つぐころね
3660文字
Public √Eden
 

余燼

💭千颯くん視点

 
 ――ヒトの子は、難しいねぇ⋯?

 そう呟く彼女の横顔は、いつだって近いのに遠い。
 姉のようで、守るべき妹のようで、ずっと想い続けていた幼馴染。俺が覚えている最初の記憶は彼女で、思い出す記憶も彼女だらけ。いつまでも傍にいてくれる、とそう勘違いしていた幼かった俺の――初恋の人。

 触れたい、と最初に思ったのは何時だったか。
 それこそ二次性徴なんていうものの、ずっと前。あの頃は両親も生きていて、咲良彩は生まれていなくて、週末になる度に彼女と二人で爺さんの家で過ごしていた頃からそうだった気もするし。笑い話のネタで「藍花から離れんくてな」と爺さん達が幾度も話すくらいには、事実そうだったらしい。実際、彼女に抱き着いて一緒に転んで叱られたような記憶もないわけではない。

 でも、その頃の彼女は身体的成長をしていなくて。物心着いた頃は姉みたいな存在だったはずなのに、気が付いたら俺よりも小さな女の子なっていて。小学校に上がる頃には『誰よりも大好きな姉』が『気になる女の子』と『守らなきゃいけない妹』の間みたいな存在になって。俺が9歳、咲良彩が3歳の頃。何故か妹と同じように成長をし始めた彼女を祖父が書類上の養い子として迎え入れ――『家族』として過ごすようになったのを機に。俺の初恋は花開く事なく、こっそりと姿を隠すことになったのだけど未だ根強く密やかに初恋の残り火が諦めきれずに燻り続けていた、大学1年の春。

 6つ下の妹と同じ学年として同じように中学校に上がった彼女は、俺と咲良彩が成長期真っ最中で身長も伸びる中、相変わらず二次性徴前にしか見えないくらいに小さくてほっそりとしていて。爺さんの店に並んでる西洋人形ビスクドールみたいで。最近は、身長だけじゃなくて腕力脚力も伸びてきている妹が「藍花ならお姫様だっこできる気がする」と言い出す程の、体格差で。既に180を過ぎている俺からしても、140㎝に満たない彼女は触れる度に鼓動が高まった。うっかり壊してしまいそうという意味でも。

 


 「ねぇ、千颯。ガッコの先輩の⋯確か、お姉さん?が、これ千颯に渡してって

 そんな彼女から、こうして手紙を差し出されるようになったのはいつからだったか。その意味が分かっているのかいないのか、こてりと傾いた表情はいつだって変わらなくて。何を思うこともなく、ただ頼まれたから受け取って差し出しているだけ。自分が恋の橋渡し的な事をしている気なんて一切なさそうで。
 俺が幼い時から彼女はずっと変わらない。前の家族アノ人と、俺たち家族以外に興味はなく、人の感情に鈍い幼い少女みたいなままだ。

 「藍花、次からは『自分で渡してくださいと千颯が言ってました』と断っていいんだよ。咲良彩もそうしているらしいし」
 「そういう、ものなの?」
 「蓬平家ではそういうものです」
 「んー分かった」

 そんな彼女になんともいえない気分になりながら、何気ない顔で嘯く。咲良彩はそもそも使いっぱしりにされる事なんてないし、面倒くさいと一刀両断する姿しか思い浮かばないくらいだ。同じように育ったのに、どうしてこうも違うのか元々の気質の違いなんだろうけれど。もうちょっと、彼女は自分本位になった方がいいと思う。

 俺も妹も人受けしやすい外見をしているらしく、昔から彼女がこういう『使い方』をされる。彼女が断らないのを分かった上で頼んでくるのだから、それは『お願い事』なんかじゃないというのが俺と妹の見解で。しかも――6学年も下だというのに、同じ学校に通ったことなどないはずの相手から懸想されても正直、困るだけだし。その姉だ従姉だとしても迷惑なだけだ。本人に当たる気概も、当たって砕ける覚悟ないのなら、粛々と想っているだけに留めておけばいいと思う。俺のように。

 「千颯? なんか、怒ってる?」

 きゅ、と俺の手を握る小さな手。頭一つ分以上下から見上げてくる蕩けた藍色の瞳。こんな可愛い小動物みたいな彼女が、これから思春期真っただ中に突入する男達の中にいるだけでも厭すぎるのに、どうして他人の色恋に…………いや、うん。ちょっと落ち着こうか、俺。

 「藍花には怒ってないよ」
 「には、なのね?」
 「そう、藍花"には"」

 ふふ、と花がほころぶように彼女が笑う。身内にしかみせないそれは、今はまだ俺達家族だけのものだけれど。今後、どうなっていくのだろう。変わってしまう気もするし、変わらない気もする。今、彼女の『唯一』は固定されている。それを祖父からも彼女本人からも聞いているけれど、それが今後変わる可能性だってあるわけで。それが俺になる可能性だって零なわけではないはずで。だけど――

 「ね、千颯。今日ね、咲良彩部活、早く終わるんだって。一緒に遊べるかな?」
 「何かしたいのかい?」
 「えっとね?」

 照れくさそうに俺の手を引っ張る姿は、まだ幼くて。祖父よりもずっと以前から記憶の積み重ねがあるはずなのに、肉体に引っ張られているのか過去故か情緒に幼さが残る彼女の髪を撫でながら思う。

 いつまで家族でいられるだろう、と。
 いつか本当の家族になれる日がくるのだろうか、と。
 ちゃんと、他の奴の隣りで笑う彼女を祝福できるようになる日がくるのだろうか、と。

 ああ、本当にアイツの事を笑えない。無自覚なだけなアイツと、『家族』を言い訳に前にも後にも進みきれない俺。どっちもどっちじゃないか⋯なんて。




 10年だか前は悩んでいたなぁ、と思う夢現。
 無邪気に触れ合えていた幼い頃も、触れる事に戸惑いを覚えた日も、初めての彼氏報告をされた翌日の勝手に感じた気まずさも、一番俺らに近い位置にいた相手と別れた日の夕暮れに染まる横顔も、家族だから当たり前なくらいに彼女がいる日々。それは彼女が店を継ぐと決め、店で一人暮らしを始めたあとも大差なく…………
 



 ――千颯?

 そんな事をつらつらと考えていたら、俺を呼ぶ藍花の声が聞こえて。覚醒しきっていないまま、何も考えずに手を伸ばせば。すっぽりと両腕に収まる温もりと、ころころと笑う声。

 「どうしたの? 嫌なこと、あった⋯?」

 もう三十路前な男に対して、その言い方はどうなんだろう?と思う傍ら、彼女らしいとも思っていれば。腕の中に収まったまま、自分の頭を撫でる彼女の指先を感じて。重たくてたまらない瞼をもちあげれば、楽しげな蕩けた藍色が俺を真っ直ぐとみていて。もう30年近く変わらない、このやり取りに安堵に混じる――ひと欠片、小石程度の落胆。いつまで経っても藍花にとっては『可愛い千颯』なんだな、と。

 「嫌な事があったっていったら、甘やかしてくれるのかい?」
 「ふ、ふふ。いいよ⋯? 何して欲しい?」

 宥めるようなやわらかな声、指先。それを知っているのは家族の特権……ではもうないことを、知っている。この一年、彼女にとって世界が広がった。それ自体は嬉しいし、そうあるべきだと思っている。だけど、時折燻ったままの残り火がパチリと弾ける。彼女が求めてくれる時まで封じておこう、と。あの夕暮れに染まる横顔に決めたというのに。

 「じゃあ、今日は俺と晩酌しようか。二人で」
 「あら、咲良彩はいいの⋯?」
 「たまには、いいんじゃないかな。最初は俺達だけ、だっただろう?」
 「あらあら⋯また古い話を持ち出しちゃうのだね?」

 くすくすと小さく笑いながら懐かしそうに蕩けた藍色を細める彼女へと、冗談っぽくいえば。彼女は「仕方の無い子」と俺の背中に回した手でポンポンと肩を叩き。「わいんで良き?」と笑い、するりと俺の腕の中からすり抜ける。そんな彼女に頷きながら、空っぽになった自分の両手を軽く握る。

 (いつまで、こうしていられるだろう……

 その都度意味合いの違うこの言葉を幾度思ってきたのだろう。そしてそれはこれからも続くのだろう。俺か彼女の初恋が実るにしろ枯れるにしろ決着がつく、その日まで。

 でも、何にしろ、どうであれ。
 物心がついた時から隣にいる彼女が、しあわせそうに笑っていてくれれば……それだけで報われる気もする。そんな事を小さな彼女の背中をみつめながら、なんとなく思った。
 



~終?~
独り言 メイちゃんとの話の流れだったかで書きだしてみた小噺NPCな千颯くんの小噺でございます。
 初期設定として藍花さん→アノ子紡さんこそエモさ全振りにしてたのですけど、千颯くんも中々だと思うのですよねぇ。ただ現行の千颯くん、ベースが長男モードなので咲良彩ちゃん共々「藍花が幸せなら別になんでもいいよ」なのですけれども。初恋だし、燻ってるんだろうなぁ?みたいな。
 とりあえず、先んじて読んでもらったメイちゃんがニコニコしていたので、まぁいっか?(๑❛ڡ❛๑)テヘペロ☆



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√Eden 藍花 / 藍苺堂