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南篠
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永遠の放課後
/ くらくら
/ 現乃と御薬袋くん
卒業アルバムをいくら捲っても、そこにわたしはいない。
高校は、多分中退ということになったのだと思う。
受験はなんだかんだでちゃんとしただけに勿体ないような気もしたし、心残りも無いではなかったが、もう十分かもしれないという気持ちも微かにあった。
わたしはあの場所で、十分なふつうの幸せを見たのかもしれなかった。
学校にはいつからかぱたりと通わなくなった。
多くの悪意に触れたし、それだけでなく、もちろん優しさにも触れた。わたしは人付き合いは好きではなかったし、それゆえ遠巻きかつ無遠慮に眺められることもあったが、結果的に満足はしている。
卒業アルバムを捲り、一人一人の名前を、そこに写っている顔写真をなぞっていく。見覚えのない生徒もそれなりにいたが、記憶に引っかかる生徒もそれなりにいた。
彼女は
……
一度、消しゴムを拾ってくれたことがある。良い人だ。
彼は
……
わたしが怪我をして来たとき、心配してくれた人だ。この人も良い人。
こっちは
……
わたしの陰口を言っていたグループの独りだっただろうか。良い人ではないので、そのうち仕返しをしよう。
そんなふうに記憶を手繰りながら眺める卒業アルバムで、いつも、目を留める場所がある。
三年生になった彼をわたしは知らない。どんなふうに過ごして、どんな歌を歌っていたのか、わたしはそれを知る権利を失った。記憶にある一年生の頃からあまり変わらない顔立ちをそっとなぞり、目を閉じた。
覚えている。
彼と会うのなら、放課後の教室が良いと思った。
卒業アルバムを放り出したまま、ベッドのシーツに滑り込んだ。
次に目を開けば、そこは思った通りの学校だった。高校
……
ではなくて、中学校の教室。傾いた夕日がカーテン越しに射し込んで、放課後特有の雰囲気を描いている。窓の外からは運動部の声が、どこかの廊下からは吹奏楽部の演奏がうっすらと届いていた。
机に突っ伏していたらしく、もぞもぞと上半身を起こす。そしてふわあ、とひとつ欠伸をした。夢の中でも眠いというのは不思議だ。
「
……
現乃?」
声が聞こえ、そちらに視線を向ける。教室の扉には思い描いていた彼が、思い描いていた姿のままで現れた。
「御薬袋くん」
名前を呼ぶと、どこかほっとしたような表情が彼の顔に浮かんで、後ろ手に教室の扉を閉めるのが見えた。吹奏楽部の音色が聞こえなくなり、そしてついでのように運動部の声も聞こえなくなって、教室は静かになった。
わたしのことを覚えているとは思わなかった。
ここは、あくまでも彼の夢の中だ。
わたしはこの舞台を作っただけ。わたしの姿を認めて、わたしの名前を呼んだのは、間違いなく彼の意識に違いなかった。
なんとなく嬉しくなって、そんな浮ついた気持ちのまま頬杖をつく。昔みたいだ、と思う。
「つい寝ちゃってたみたい。君はまだ帰らないの?」
「え? ああ
……
う、うん、もうすぐ帰ろうとは思ってるけど
……
」
言いながら、彼はわたしの席まで歩いてきて、こちらと向かい合うようにしながら前の椅子に座った。まるで既に決まっていたかの動作のわりに、御薬袋くんは時折、落ち着かなさげに視線をさまよわせている。
まだ混乱しているのかもしれない。夢を夢だと、半ば認識しているのかもしれない。この中学生という時間が過去のものに過ぎないことをわかっているのかもしれない。
せっかくの夢なのに勿体ない。
でも、それならそれで仕方のないことだ。その分、わたしはきちんと、夢の住人であり続けよう。
「すぐ帰るわけじゃないなら良かった。君の歌、聴かせてくれる?」
じっと目を見つめる。中学生の時のわたしの言動なんてよく覚えていないけど、きっと変ではないはずだ。彼との思い出のほとんどは彼の歌で埋まっているのだから。
御薬袋くんの目がぱちりと大きく瞬いて、それから、微かに息を呑む声がした。視線が揺れる。幼い顔立ちは不安をめいっぱい映していて、わたしは、彼のそんな顔を見たことがなかった。
どうしたのだろう。彼はいつも、少し気恥ずかしそうに、けれどもとても嬉しそうに歌っていた。わたしが聴きたいと強請ったときにも、いつもそんな表情を浮かべていたはずだった。たぶん、わたしの思い違いでなければ。
微かに震えてすらいる指先を見つめる。すぐに頷いてくれない理由も、そんなにも何かに怯えている理由も、わたしにはわからない。もしかすると、ずっと夢を訪ねようとしても失敗していたことに関係するのかもしれない。眠れないような何かがあったのかもしれない。
でも、それを聞いてしまったら、これは悪夢になってしまう可能性もあった。
彼にとってのわたしが悪夢の象徴になるのは、それは、なんだか嫌だった。
だから知らないふりをする。少し首を傾げてただ純粋なふりをする。
「ほら
……
昨日と同じ曲。わたし、また聴きたくて」
夢というのは不思議なもので、適当なことを言うと自然と整合性を取ってくれることもある。昨日なんて、わたし達には存在しない。存在しないのに、わたしの言葉に反応して、彼の中でなぜか記憶が作られて、なぜか納得してしまうものだ。
御薬袋くんは「昨日、」と小さく呟いて、それからほんの少し頭を振った。それは否定の表れではなさそうだった。ちょっとだけ混乱して、それでも、夢の不思議な力で納得してしまったみたいな、そんな感じ。
「そう、昨日。いつも歌ってくれていたでしょう」
『今日』はいつもの延長線。
なんでもない毎日の繰り返しだった、穏やかなあの頃の続き。
少なくともわたしの知る限り、君が歌うことに怯えないで済んでいたあの日のまま!
わたしの駄目押しに、彼ははくはくと何度か口を動かしたあと、小さく頷いてくれた。まだその瞳には何か後ろめたいものがあったけれど、そんなことどうだっていい。
夢を見よう、君の為に、そして何よりわたしの為に。
―――
お借りした方
御薬袋清廉くん(@renka_kikaku さん)
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