katakuruten
2025-12-15 21:11:58
4514文字
Public 本編(書きかけ)
 

第一章おつきみ山後編(仮題「VSサイドン」)

書きかけ

——『こおりのつぶて』」


 戦場の空気が冷える。それはシトラールの体感としてだけではない。クリムゾンが反応するよりも早く、瞬時に作り出された氷塊がサイドンめがけて放たれた。
 声の方を見れば、シトラールの背丈はありそうな顔だけの氷の塊のようなポケモンと、そのトレーナーであろう少年がいた。
 夜明けの空のような淡く赤みがかった紫の瞳に、適当に括ったのか結び目がやや左よりになったグレージュの髪。年はシトラールより少し上だろうか。だが、まだ10代前半であろう、発展途上の少し華奢さの残る体躯で、首元に巻かれた紫のバンダナが印象的だった。
 連れているポケモンは初めて見るポケモンで、おそらくこおりタイプなんだろうなという程度にしかわからなかった。そうだ図鑑、とかざして見ればすぐに情報は表示された。がんめんポケモン・オニゴーリ。こおりタイプ。主な生息地はホウエン地方。 
 第三者の乱入で戦況は拮抗して、クリムゾンの猛攻は止まった。
 サイドン相手にピカチュウで戦っているシトラールを一瞥して、少年は口を開く。

「お前、馬鹿か? せめてタイプ相性ぐらい考えてから突っ込めよ」
「手持ちで動けるのがこいつだけだったんだよ!」

 そんな場合じゃないことはわかっているが、思わず相手に突っかかる。シトラールだって、他の選択があるならわざわざじめんタイプ相手にちゅちゅかを出さない。が、タイプ有利を取れるふしすけは早々に落とされしまったし、たぴすけもひんし状態だ。むしろ、ここまでちゅちゅか一匹で善戦したことを褒めてほしいぐらいだ。

「サツかレンジャーでも来やがったかと思ったが、ただのガキか。——サイドン、戻ってこい」

 羽虫一匹ぐらいなら手間も変わんねェな、とクリムゾンは言う。
 傍らに戻ってきたサイドンの鼻先の角をひと撫でしてして、クリムゾンは懐から注射器のようなものを取り出した。透明なシリンダーの中には容器の向こう側が見えないほどに濁ったどす黒い液体が満たされている。そしてそれを、サイドンの背、鎧のように硬化した皮膚の継ぎ目の比較的柔らかいところをめがけて突き刺した。
 薬剤であろうそれを打ち込まれたサイドンの怒号が空間に響き渡った。 

「喰らいつくせ」

 痛いほどの叫び声に、息が詰まる。響き渡った絶叫に、シトラールの「チャンネル」のようなものが合わされた気がした。まるで目の前のサイドンの苦しみを共有しているかのように、重い感覚に締め上げられる。痛い。息ができない。何かがつっかえているわけでもない喉に自然に手が伸びて、喉をかきむしりそうになる。知らない感覚にパニックに落ちかけたシトラールを、少年の声が正気に引き戻した。

「お前、ぼさっとするな! 死にたいのか!」

 気づけばすぐ目の前にサイドンがいて、両腕を振りかぶろうとしていた。それをオニゴーリが再び『こおりのつぶて』で先制して牽制する。こうかばつぐん。大した威力のわざではないが、タイプ一致なのも相まってけして効きは悪くない。洗練された『こおりのつぶて』にサイドンはひるんでいた。
 気がつけば重苦しさも、何かに繋がったような感覚も消えていた。

「ちゅちゅか、まだ動けるか」

 他の手持ちと変わらず大概満身創痍なちゅちゅかは、それでも立ち上がって頷いた。目にはまだ闘志が宿っている。

「よし、ちゅちゅか、『アイアンテール』だ!」

 小さな体で地面を蹴る。高く跳ね飛んで、上空から勢いをつけて硬化した尻尾をサイドンの頭めがけて叩きつける。衝撃にたたらを踏んだサイドンが体勢を崩した。このまま、畳みかけろと指示を出そうとしたがそうは上手くはいかない。

「おいおい、まだやる気かよ。良くないなァ。サイドン、『ダークラッシュ』で叩き潰せ」
「なんだ!? ちゅちゅか、避けろ!」

 黒いオーラを纏ったサイドンがちゅちゅかめがけて突撃をかます。壁を蹴って避けようとするが、間に合わない。直撃を喰らったちゅちゅかが地面に落ちる。

「おい、ちゅちゅか!」
「そのまま貫け『ダークホーン』」
「『こごえるかぜ』からの『こおりのキバ』! 凍らせろ!」

 黒いエネルギーがサイドンの鼻先のツノへと集中する。おそらくツノで突くための溜めの動作だろう。そうはさせまいと、少年はサイドンの攻撃を邪魔する。氷点下の暴風にすばやさを奪われたサイドンの動きが鈍くなり、それほど攻撃速度の速くないオニゴーリの『こおりのキバ』を喰らった。けれども、サイドンの皮膚は分厚い。オニゴーリの発達した牙でも、あまりダメージはないようだった。

「よし、よくやった」

 だが、狙い通りだった。噛みついたところに薄い氷の膜が張っていた。"こおり"状態だ。パキパキと、氷の膜が広がって、すぐにサイドンは身動きが取れなくなった。

「こいつ、ちょこまかと。……先にお前から片づけるべきか」
「お前には無理だな」
「あァ?」

 ちゅちゅかを仕留めようと動いていたクリムゾンが標的を変えた。よく鍛えられたオニゴーリだ。トレーナーの方はガキではあるが、それなりの実力者だろう。放っておくと面倒になる。サイドンにそう指示を出そうとする。だが、サイドンは指示に従わない。それは足元にまで広がった〝こおり〞状態のせいではない。

「ほら、暴走(ハイパー)状態だ。薬で無理やり暴走ギリギリまで能力を引き上げようとしたんだろうが、こうなったらお前の言うことも聞かないんじゃないか?」
「てめェ……いちいちいらつかせてくれるな!」

 クリムゾンが逆上する。さらにハイパー状態に入ってさらに暴れ狂うサイドンを無理やり指示に従わせようとする。だが、サイドンは指示に従わない。”こおり”が膜張った身体を引きずって、横たわったちゅちゅかを嬲ろうと近づいていく。

「ちゅちゅか、動け!」

 まずい、とシトラールはちゅちゅかに声をかける。もはやひんし状態だった。ピカ……と小さな呻き声が上がるだけで動かない。

「ピカチュウをしまえ」
「は?」
「いいからしまえ」

 少年の突然の指示に戸惑うが、ひんしのポケモンを出していたところでできることなどない。ごめん、ちゅちゅか、とモンスターボールを向けてちゅちゅかをボールに戻した。ボールの中で丸くなるちゅちゅかは、全身ボロボロで今にも息絶えてしまうのではないかというほど傷ついていた。 
 シトラールがちゅちゅかをしまったのを見た少年はオニゴーリに指示を出す。

「オニゴーリ、——『ぜったいれいど』」

 ぜったいれいど——絶対零度。それは、この世界における理論上の最低温度の顕現。分子一つの揺らぎすら許さない、全てが停止した世界の再現だ。
 生命の存在など許す気もない温度が部屋に広がる。オニゴーリを起点に、瞬間的に過冷却された水蒸気が衝撃を受けて氷へと姿を変えた。その一瞬で、部屋全体が氷に包まれた。
 そして、クリムゾンもサイドンも反応するよりも早く少年は言った。

「逃げるぞ」
「え!?」

 オニゴーリをモンスターボールにしまった少年は、呆気にとられているシトラールの腕を引っ張って部屋の出口へと走った。
 
 速足で駆け抜ける少年に置いて行かれまいとシトラールは走る。灯りに照らされているとはいえ、洞窟の中は薄暗く足元が悪い。その中を器用に少年は足を止めることなく進んでいく。どんな運動神経と視力をしているんだとシトラールは舌を打ちそうになる。

「おい、あいつ倒さなくてもいいのかよ!?」
「部屋の奥、見ただろあの火薬。あれ以上あそこに留まってたら、あの男を倒す前に俺たちが生き埋めだ」

 指摘を受けてシトラールはハッとする。そうだ。気がついて身震いがした。もし、この少年が乱入しなかったら、もし、あの男が何か一つでも行動をたがえていたら、自分はあの岩部屋もろとも吹き飛んでいたかもしれない。
 走り続けて、漸く地下を抜けて一階の少し明るい場所に戻ってきたところで少年は足を止めた。相変わらず人の気配はしないが、かろうじて通用路として整備された地下よりは歩きやすい洞窟。

「流石にここまでくれば大丈夫だろ」
「あのサイドン……
「忘れろ、駆け出しのひよっこトレーナーが首を突っ込むようなことじゃない」
「忘れろって! すっごい苦しそうだったじゃないか!」
「首を突っ込んだところでお前に何ができる? 実力に見合ってないことをするな。お前だけならまだいいが、手持ちまで巻き込むのか?」

 少年はシトラールのベルトに固定されたモンスターボールに目を向けた。そのどの手持ちもが、今は"ひんし"状態で、速やかな治療を受けさせないといけない状態だ。この少年の言うことは正しい。シトラールがさっさと逃げれば、ちゅちゅかもふしすけもたぴすけも行動不能の"ひんし"まで追い込まれることはなかっただろう。

「英雄になろうなんてたいそうなことは考えない方がいい。身を滅ぼすぞ」

 気まずい沈黙が落ちた。
 けれど少年は気にすることなく、スマホのマップを表示する。おつきみやまの中は電波が弱い。あらかじめダウンロードしておいたものだろう。

「ここからなら最寄りのポケモンセンターはハナダか。そこまでは送ってやる」
「いいのか?」
「手持ち全滅してるやつ放り出せるわけあるか」

 そう言って、少年は斜めがけにしたボディバッグの中を漁った。ぽいぽいと荷物から取り出したであろう何かを投げ寄こしてくる。手元を見てみれば。それはきのみだった。オレンのみ、オボンのみ、モモンのみ。"ひんし"状態にはたいして効きはしないだろうが、ないよりはましだ。ついでにげんきのかけらまで投げ寄こしてくる。

「食わしとけ。そっちのフシギダネは"どく"まで受けてるだろ。洞窟を抜けたらすぐにポケセンとはいえ、その状態で連れまわすのは酷だ」

 その言葉に、見た目のわりに優しいだな、とシトラールは思う。オニゴーリを使った戦術や理性に比重を置いた判断から、なんとなく血も涙もないような人間かと思いきやそうでもないらしい。実際、シトラールの手持ちにある"どうぐ"類では満足に治療してやれないからありがたく受け取っておくことにする。案外いいやつなのかもしれない。

「お前名前は? オレはトキワシティのシトラール、よろしくな!」
……アルマディン」
「出身は?」
「ホウエン」
「やっぱり! オニゴーリってホウエンのポケモンだもんな。にしてもバトル強いな、お前!」
「まぁ、それなりにな」
「ジム巡りとかしてる? オレはこの前、ニビシティでグレーバッジ貰った」
「ホウエンにいたときは」 

少年は会話などする気はないとでもいうようにバッサリとシトラールの発言を切り捨てた。前言撤回、いいやつかもしれないけど、多分気が合わないタイプだ。