なりさ
2025-12-15 20:41:48
6546文字
Public 駄文拙文
 

七夕


初出:2015/07/06 pixiv
数年前の七夕に合わせて何かSSを書いてみようって思っていたのですが、結局その時は話の大まかな流れくらいしか出来ず、その後七夕の頃に思い出しては色々と打ち込んでみるけれど結局しっくりこなくて、何年も書き上げることが出来なかったのですが、なんか今年は冴えていたのか話の流れが上手く進むような感じで、ようやく自分の思った着地点に到着出来ました。
数年分の月日をかけた短いものではありますが、もしよろしければ目を通していただけると幸せです。
たぶん完成までに4年費やしていると思います。七夕の近くになると書こうとして思うようにいかず断念してばかりでした。


 何だか、外が騒がしい。
 ここ数日蒸し暑い日々が続いているが、開け放った窓からかすかに入る風は日中とは思えないほどひんやりとしている。
 その風に乗って、男たちの騒がしい声が聞こえ、麻上龍一は読んでいる雑誌から顔を上げ、椅子の背もたれに寄りかかり大きく伸びをする。
 本日は日曜日。練習も終わり、この暑さで宿題をする気にもならない麻上は、先日長瀬が買った雑誌を借りて読みふけっていたわけだが、騒がしい声は徐々に大きくなり本を読む気を失せてくる。
 何してるんだ、と窓際に移動し外を眺めるが、残念ながらこの部屋の窓からは声のする方角が見えない。何を騒がしく歩いているのか興味をもった麻上は、とりあえず寮の玄関に向かおうと机の上の雑誌を閉じ、部屋を出た。


 明和大日立高等学校は運動部の盛んな高校である。様々な部活でインターハイや国体に出場する選手がいるのだが、そういう選手を県内外から集めているため、家から通学するのが不可能な者がいる。
 そういう生徒のために寮が完備されているので、希望者は寮に入り学業と部活を両立させている。
 麻上が入っているバスケットボール部もインターハイの常連で、全国四強といわれる強さを誇る。そこに惹かれて入学した麻上も親元を離れ寮で生活をしていた。


「おーっ!すげー!」
 感嘆の声が玄関ホールを埋め尽くし、建物の通路を通って響き渡っている。
 その声に圧倒されながら降りると、なにやら人垣が出来ていた。
 どうやら、陸上部の長距離選手たちが、練習中に見つけた笹を分けてもらったらしい。
 ホールを埋め尽くす大きな笹ではなく、部屋に挿せるような大きさの笹だったが、一部屋に一本ずつ、いや寮生全員に渡しても有り余る位の量がそこにあった。
 麻上はさほど七夕には興味ない、というより地元での七夕は8月のため、今週に七夕の日があると言われてもピンとこず、おもしろそうなイベントに飛びついている寮生たちで騒がしい玄関ホールから踵を返し、部屋に戻った。
 部屋のドアを閉めると賑やかな声の音量が低くなる。完全な防音にしてもきっとこの大騒ぎは筒抜けになるだろうと思いながら机に向かうと、麻上はまた雑誌をめくり始めた。


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 玄関ロビーでは思わぬイベントに暇を持て余した寮生たちが集まってくる。
 娯楽室という20畳ほどのテレビのある部屋でサッカーを見ていた長瀬も沢本と一緒にその中の一人として輪の中に入る。
「なあ、せっかくだし折り紙とか短冊とか飾ろうぜ!」
「でも、この寮に短冊になる紙や折り紙があるかよ」
「くくりつけるものもないしな」
「ちょっと行ったところのスーパーに売ってないか?」
「いや、さすがに金は出せないだろ……
 そんなやりとりが輪の中で繰り広げられていると、どこからか声が聞こえてくる。
「折り紙持ってます」
「色画用紙のセット持ってるけど使いますか」
 喜びのどよめきがロビーにこだまする。そうなるともう誰もが決行に向けて進むのみだ。
「くくるのは和紙とかティッシュで紙縒こより作ったらいいんじゃないか?」
「穴開けるならニードルとかあればいいだろ」
「じゃあ、せっかくだし作るか!」
 輪の中心の上級生の意見がまとまったところで、それなりの人数が集まる部屋への移動が始まった。
 長瀬と沢本は実行役の有志の中に先輩を見つけ、声をかける。
「作るの参加していいっすか?」
 もちろん即参加決定と相成った。

 食堂での飾り作りは賑やかである。
 食堂で働いているおばちゃんたちにも指導してもらい、長瀬はこより作りに挑戦する。
 誰かが持ってきた和紙をき、くるくると丸めしっかりとした一本の紙縒こよりにするのだが、これが案外難しい。
 無骨そうな手をしている別の部活の先輩は器用にこよりを作っていくのを眺め、自分の下手くそなこよりにため息をつく。
「結べは同じなんだからそんなに落ち込むなよ」
 眺めていた先輩の言葉に明るく返事をすると、またひとつ紙縒こよりを作り始める。
「すげー!」
「なんでそんな鶴折れるんですか」
 折り紙作りをしている面々の方で簡単の声が上がる。どうやら意外と器用な人がこの寮にはたくさんいるのかもしれない、長瀬は普段では決して分からなかったであろう寮生の違う一面を発見することが出来て、それだけでも参加してよかったと思った。
 見回してみると有志はまだ幼さを残した顔つきの1年から大人へと成長を見せた表情の3年まで全ての学年が揃っている。
 短冊作りグループの中には沢本がいるはずだが、探してみると楽しそうに笑いながら鶴を折っている。どうやら沢本は短冊作りではなく飾り作りに移っているようだ。
 麻上はどうやら参加していないようだが、今年の明和にとって最大の売りになる1年生の結城希の姿もないようだ。木下は友人と出かけているからこの場にいないのは当然ではあるが、きっとこういうことに興味がない麻上や、全く興味すら示さない希の参加がないのは当たり前とはいえちょっと寂しかった。
 後で、この場にいない友人たちの笹をもらって届けてみようと長瀬は決めた。


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 それからどのくらい時間が経ったのか。窓の外の日差しが夜に向けて柔らかくなって来た頃、麻上の部屋のドアを叩く音がしたあと扉の開く音がする。同室者が戻ってきたんだろうとドアに視線を向けると、笹を持った長瀬がいつもの爽やかな笑顔で入ってきた。 
「よお。麻上も短冊作りに参加すればよかったのに。楽しかったぞ」
「別に興味がないからな」
「ほら、一個やるよ」
 興味がないという言葉は無視か、そう思いながら長瀬が差し出した笹をを受け取る。
 笹の葉には折り紙で作られた鶴とかよく分からないものが飾られている。
「有志で短冊も作ってたんだよ。ほら!」
 そう言って長瀬は数枚の短冊を見せる。
 赤、青、黄色。
 どこからそんな紙が用意されたのか、どこからくくりつける和紙が用意されたのか分からないが、確かに飾り付けられる短冊が長瀬の手にあった。
「俺も短冊作りに挑戦してみたけど、結構器用な人たちばかりでびっくりしたよ」
「ふーん」
 楽しそうに報告をする言葉だがあまり興味ないので適当に相槌を打つ。そんな相槌を気にすることなどしない長瀬は青い短冊を渡してくる。差し出されたものを受け取らない訳にはいかないので、しぶしぶという感じで受け取る麻上を気にすることなく、机に自分の分の笹と短冊を置く。
「希の分もあるからな、渡してくるよ」
 そう言うが早く、希用に用意したであろう黄色の短冊と笹を持って部屋を出て行った。
 やれやれ。希もとんだ迷惑だろうな。そう思いながらさっき渡された笹と短冊を麻上はどう処理をしたらいいのかと眺めるのだった。


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 希にも笹と短冊を渡した満足感で部屋に戻ってきた長瀬は、机の上でどうしたものかと短冊と笹を眺めている麻上を横目に自分の机に座る。
 何を書こうかと赤い短冊を目の前に考え込んでいた長瀬に麻上が声をかける。
「なあ、これ、処分はどうするんだ?」
「玄関ロビーに飾る場所があるからそこに置いといたら一週間後にみんなで処分することになってる。もし片付かたづそこなったら食堂に持って行ったらおばちゃんたちが処分してくれるって」
 願い事を書いた短冊をつけた笹は一週間後に有志で片付けようという事になった。ゴミとして出すことになるが、よければ自分たちのゴミと一緒に処分するとおばちゃんたちが快く引き受けてくれたことを長瀬は思い出す。
「そうだよな。川に流すことも出来ないしな」
「流すって、笹を?」
「昔はそうしてたってはあさんが言ってたからな」
 意外な一言に長瀬は目を丸くする。今日は自分の知らない人の一面を見つけることが多い日だ。この一言だけで判断するのは申し訳ないが、もしかしたら麻上はおばあちゃん子なのだろうか。
「ってことは、麻上は処分の仕方しってるのか?」
「そういうわけじゃない。地元で小さい七夕祭りがあるからな、話に聞いただけだ」
「へー。そのお祭りのあとはどうやって処分してるんだ?」
「七夕祭りの神社で焼いてくれるらしい」
「ふうーん」
「それに七夕って8月のイメージだけどな」
 いわゆる月遅れというものか。自分が住んでいるところでは七夕に祭りをしていることはないが、東北ではたしか有名な祭りがあるはずだ。そこの出身ではない麻上の地元ではどんな祭りなんだろうか。とはいえ、七夕は7月7日というイメージが強いから8月にするということが全く想像できない。むしろ8月は、と長瀬は頭を切り替える。
「8月はインハイでそれどころじゃないだろ」
「それもそうだな……
 麻上の顔にほんの少し陰りが見えた気がした。
 しまった、と思った。フォローしなくては。
「せっかくだから一緒に願い事書こうぜ」
「俺は特に願うことなんてない」
「何言ってんだよ。『インハイ優勝』とか『レギュラーになれますように』とかいろいろあるだろ」
「そういうのは努力で取るものだろう。いちいち願い事するまでもないだろうし」
「麻上らしいな。だけど願ってみるのは悪くないんじゃないか」
「じゃあ、長瀬が願っておけよ。おまえはベンチ入りしてるんだし」
 昨日発表されたインハイのベンチ入りメンバーに自分は選ばれたが、麻上は選ばれなかった。麻上の実力であればレギュラー入りは出来なくてもベンチ入りは出来ると思っていた。しかし、トータル的に見た今年のチーム編成の結果として麻上は今年のチームにはそぐわないと判断されてしまったのかもしれない。
 現実を受け入れバネにして次を目指すことが出来る人間だと麻上のことは思っているが、昨日の今日ではまだ気持ちの整理が出来てないのだろう。インハイには触れないほうがよかった、と思った時、長瀬の頭がひらめいた。
「それじゃあ、『身長が伸びますように』ってのはどうだ?」
「これ以上伸びてどうすんだよ、ばーか」
「バスケするんだったらタッパがある方がいいじゃないか、ゴールにその分近くなるし」
「俺に九工大福岡どこか二階堂だれかさんみたいになれってのか」
明和大日立うちではお前がその候補に上がってる、俺の中だけだけど」
「それは無理な相談だ、よそにあたれ」
「希はキャラが違いすぎる」
「そういう問題かよ……
 脱力した麻上はそのまま長瀬の方へと向けていた身体を机に戻す。
 そのまま短冊へ視線を向けているようなので、自分も願い事を書こうと短冊へ視線を戻した。そして『インハイ優勝』と書こうとして手を止める。
 麻上の言うとおり『インハイ優勝』とか『レギュラーになれますように』というのは願うものではなくて努力で取るものかもしれない。
 今年の明和大日立はキャプテンのあきらさんを始めとした、内山さん、池田さんという高校では超一流と言われる3人のガードと縁の下の力持ちとして頼りになる柚木ゆずきさんがいる。今年のチームのディフェンス力は全国一じゃないかと個人的に長瀬は思っている。そこに自分も入れたらいいと思って練習してきた。ベンチ入りしたのだから自分が先輩たちと一緒に全国一のディフェンス力で相手を圧倒させたいと思うし、そう出来るよう努力してきた。
 だが、今年はそれだけではない。結城希というスーパールーキーが入った。希にボールが入れば高確率でシュートを決める。努力だけでは手に入れることが出来ない『才能』を持つ希のオフェンス力は誰が見ても超高校級だ。総合的に見ても今年の明和大日立というチームは必ず優勝が狙えるはずだ。ただ、先輩と希との間の関係を除いて、という話になってしまうが。希の性格が生意気と言われるようなものではなかったらもっと違っているのかもしれない。だがあの性格が試合にはプラスになっていると思うから、性格を直せとか思わない。むしろ自分が出るならば希がシュートを打てるようなパスを出したいと思う。
 そうだ、と考えて長瀬は短冊に閃いた願い事を書いていった。


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 さて、どうしたものか。長瀬が何かを書き始めたことに気づいた麻上は短冊とにらめっこを始める。願うことなんて何にもないのに書けというのは無理だろ、と麻上は今日何度目かの心のため息をつく。願って叶うものならすでに叶ってもいいことがあるはずだ。神様や何かに願っても叶わないことがあるということに気づいてしまったから、短冊に願い事を書くことはどうしても躊躇ちゅうちょしてしまう。
 何か以前もこんなことがあったと思い返す。あれは高校受験の絵馬を書こうとした時だ。推薦とはいえ試験はあるのだからその結果によっては取り消しされることもある、と聞いて絵馬を書こうということになった時も同じように悩んでいた。その時、『絵馬は願い事を書くものだけど、それは成し遂げられるように決意を示すものでもあると思うんだよ』と教えてくれた言葉に、躊躇していた『高校合格』という文字を書いたんだっけ、と思い返す。なら、目の前の短冊に願い事という目標を書けばいいかというところに落ち着いた。
 現実は現実だ。それは受け止めるしかない。でも自分には次のチャンスがある。その時はまたどうなるか分からない。だから目標を達成できるように決意することを書こう。そう決めた時に浮かんだ言葉を麻上は短冊へ書いていった。


 
 夕食前に玄関ロビーに設置された笹を挿すために用意された瓶の数々を見ると、もうすでにたくさんの笹が飾られていた。
「早いな、どんだけやる気があるんだよ……
 麻上は運動部のバイタリティーに半ば呆れも混ざった脱力感を感じる。
 笹につけられた短冊には『インハイ優勝!』『全国大会で勝つ!』『レギュラーを取る!』というお決まりの言葉が多かったが、中には『努力は才能を凌駕する』とか『勝つことをあきらめたらそこで試合終了だ 』という何処かで見たことがある言葉もある。だが『今年こそ彼女を作る』とか『彼女が出来ますように』という青年の切なる願いを書いている者もいるから面白い。学校が共学だからといってもこんな男だらけの寮生活で彼女が出来るのかは謎だが。
「麻上、願い事書いたよな。後で笹を挿しに行こうぜ」
 一緒に短冊を眺めていた長瀬は決定事項のように言う。
 長瀬が何かを書いたのは気がついていたのと同じように長瀬も麻上が短冊に何かを書いたことに気がついたのだろう。
「風呂の前にでも飾りに行くか」
 麻上の提案に長瀬は笑顔で同意の返事をした。



 風呂への道中、持ってきた笹を飾ろうと玄関ロビーへ寄り道をする。夕食前に見た時よりもまた笹の量が増えている。麻上と長瀬は『チーム一丸となって勝利を積み重ねますように』『自分の力で打開する』と書かれた短冊に書いた言葉がお互いらしいなと語らいながら2人はそれぞれの笹を同じ瓶に挿す。
 挿し終わって他の笹を眺めていると、長瀬は「あれ?」と声を出した。
「麻上、これ見てみろよ」
 そう示された黄色の短冊には『打倒哀川』と記されていた。
「分かり易いな、あいつ」
「だな、そこが希のイイトコだけどな」
 明和大日立を選んだ理由は全国4強で、必ず天童寺と戦うことができるから。そう公言している負けん気の強い1年生は、こんなところでもそれを発揮している。さすがだ。
 ただし、あれはあれでプラスだがマイナスも多すぎる。だからこその長瀬の短冊なのかもしれない、と麻上はふと思った。

 インハイまではあと少し。
 今回もまたベンチ入りすら出来なかったが、次こそはベンチ入り、レギュラー獲得目指して明日からまた練習に励もうと麻上は決意を新たにした。



<END>