you_u23
2025-12-15 18:18:14
8415文字
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マッチングアプリに登録したらまさかの会社の後輩とマッチングが成立しちゃった話/番外編(花城視点)

どんぐり本に収録の書き下ろしサンプルです。

 この世に神なんて存在しないと思っていた。だけどあの人と初めて出会ったとき、運命の歯車が初めて動き出したと感じた。
 俺はその瞬間、これは神の思し召しなのだと――そう確信した。

 ◇

 花城の母親が亡くなったのは彼がまだ幼かった頃のことだ。
 物心ついたときには既に父親はおらず、花城は片田舎で母親と二人でひっそりと暮らしていた。病気がちで床に伏せることが多かった母親は熱にうなされると必ず「あなたのお父さんは私にとって運命の人だったのよ。あなたにもいつかきっとそんな人が現れるといいわね」とうわ言のように呟いた。しかし花城は、口では「そうだね」と頷きながらも、心の中ではいつも母親の言葉に疑問を抱いていた。むしろ否定的だったと言ってもいい。運命の相手なんて存在するわけがない。賢かった花城はいつも思っていた。自分に父親がいない理由は、母がその運命の男とやらに捨てられたからだと。
 母親が亡くなったのはそれからしばらくしてからのことだった。身寄りのいない花城は一夜にして天涯孤独の身となった。この先一人でどうやって生きていけばいいのだろう。いっそのこと、死んでしまおうかとさえ考えた。だがそのとき突然、父親だと名乗る人物が花城の目の前に現れたのだ。
 渡された名刺には男の名前と、それから代表取締役社長という肩書が書いてあった。
 世間知らずの子供と言えど「一流企業の社長」がどんな人物であるかは想像に難くない。けれど花城にとって男の肩書きなんてものはどうでもよかった。重要なのはこの男が母親と自分を捨てたという事実だけ。花城は伸びてきた男の手を思い切り払い除けて、きつく睨みつけた。しかし父親と名乗る男は、花城の強い眼差しなど物ともせず軽く受け流すと、後ろに仕えていた秘書らしき人物に一言二言告げ、さっさと立ち去ってしまった。
 その後のことは正直、よく覚えていない――気が付けば花城は父親の住む家に連れて行かれ、家族の一員として迎え入れられることとなった。しかし花城は孤独だった。それもそのはず――男の妻と腹違いの兄二人からすれば花城は突如現れた厄介者であり、家庭を掻き乱す異分子だ。父親はほとんど家には帰らず、家族のことなど顧みない仕事ぶりだった。
 家に帰りたい――花城はいつしかこう考えるようになった。ここは家ではなく、住処だと。衣食住が担保されていたとしても、花城はいつも孤独に苛まれ続けた。田舎町で母親とひっそり暮らしていた頃が恋しい。継母は花城の存在を決して認めようとはせず、無き者として扱った。兄二人に至っては毎日花城に殴る蹴るの暴行を加え、痛めつけた。花城もただ黙って暴力を受ける気は毛頭なかった。けれど力の差は歴然で、兄二人よりも一回り以上体の小さい花城が反撃する術はほとんどなく、ボロ雑巾のようになるまで痛めつけられる日々。次第に花城は広大な海の底に足枷をつけたまま溺れてしまったような息苦しさと孤独を感じるようになっていった。
 もう誰も信じない。唯一、花城を愛し、守ってくれた人はもうこの世にいない。誰も自分の存在を認めてくれない、もう誰も自分を愛してはくれない――そう思っていた。けれど花城は、その深い闇の中でこそ、光を求めていた。
 後に、花城の運命を決定づける人物と出会うことになろうとは、この頃は想像すらしていなかった。

 ◇

「近い将来、お前が私の会社を継ぐことになるだろう」
 父親にそう告げられたのは、花城が十五の誕生日を迎えた日のことだ。
 現在の住処に引き取られてから早くも数年が経過し、花城はみるみるうちに頭角を現し始めた。論理的な思考、リーダーシップ、カリスマ性、先見性を兼ね備えた意思決定力など、経営者として必要不可欠である素質を、花城はまだ十五歳であるにも関わらず身につけていた。お陰で継母からは更に邪険に扱われることとなり、兄二人からの暴力もエスカレートしていった。
 そんな花城の類稀なる才能を認めたのは意外にも自宅にほとんど寄り付かない父親だった。さすが経営者といったところだろうか、父親は花城の才能を早い段階から見抜いていたらしい。
 誕生日の翌日、花城は父親に連れられてその場所へと赴いた。都心の一等地に聳え立つ高層ビル――そこは父親が経営する会社だった。吹き抜け構造のビルのエントランスへと花城を連れて行った父親は、開口一番こう言った。
「花城、よく見ておくんだ。お前は数年後、私の跡取り候補として一花商事に入社することになるんだからな」
 父親の放った言葉の意味を理解した瞬間、花城の中に湧き上がったのは怒りという感情だった。まるで決定事項のような言い分。花城の意思など関係ないとでも言うような口ぶりだ。
(どの口が言うんだ。俺と母さんを見捨てたくせに)
 贖罪のためだけに自分を引き取った男が、一体何を言い出すのだろうか。兄二人よりも自分の方が優秀であることは、花城自身とっくに気付いていた。自分の方が次期社長候補として相応しい人間であることも。だが父親らしいことをこれまで何一つとしてこなかった男に、自分の人生をとやかく言われる筋合いなどない。こんな奴の敷いたレールの上を歩く人生なんて真っ平御免だ。
 花城は怒りの感情に突き動かされるように、無我夢中で駆け出した。出来るだけ遠くに行きたいと思ったからだ。けれど土地勘のない場所で自由に動き回れるはずもなく、花城は警備員らの目を盗んでセキュリティゲートを潜り抜けてオフィスの内部へと侵入すると、そのまま屋上を目指して再び走り出した。
(死んでやる。こんな人生クソ食らえだ)
 会社のビルの屋上から人が死んだとなれば――しかもそれが一流企業の社長の隠し子だったとわかれば、世間を揺るがす大ニュースとなるだろう。花城は非常階段をひたすらに上り続け、目的の場所に辿り着く頃にはすっかり息切れしていた。
 立ち入り禁止と書かれた貼り紙を横目に見つつ、花城はドアノブをゆっくりと回す。扉の先には真っ青な空と白い雲が広がり、花城はその眩しさに思わず目を眇めた。そしてその眩しい青に吸い寄せられるように屋上の端へと一歩ずつ近づいていき、高く設置されたフェンスにもたれかかる。カシャン、と物寂しげな音が奏でられ、花城は小さくため息を吐くとその場で膝を抱えて蹲った。
……馬鹿か、俺は」
 別に本気で死にたいわけじゃない。でも自分の人生に嫌気がさしたことは確かだった。まるで暗い海底に沈んでしまったみたいだ。どこにも居場所がなくて、ふらふらと彷徨う海の亡霊のような自分。誰も救い出してくれない。手を差し伸べてくれない。深い海の底でもがき苦しむ自分を、誰かが見つけて救い上げてくれたらどんなに幸せだろう――そう思っていたときだった。
「坊や、どうかしたの?」
 花城の耳に届いた声。穏やかで凛とした声はどこか人を安心させる色を含んでいて。花城はおずおずと顔を上げ、そして思わず息を呑んだ。
……!」
 なんて綺麗な人なんだろう。まるで咲いたばかりの花のような、楚々とした美しさに、花城は一瞬で目を奪われた。と同時に「坊や」と呼ばれたばつの悪さについ目を伏せてしまう。
 この頃の花城は周囲の同世代と比べて発育があまり良くなく、十五歳の誕生日を迎えたというのに未だに十二、三歳くらいに間違われることが多かった。普段であればこんな些細なことなど全く気にならないのに、何故か今日はひどく恥ずかしく――惨めに思えて、花城は「坊やじゃない」と掠れた声で否定した。
 麗人は僅かに目を見開き、それから柔和な笑みを浮かべ、花城の前に手を差し出した。
 花城が戸惑いながらも麗人の手を取って立ち上がると、麗人は安心したように微笑み、花城の頭を優しく撫でた。
「そうか、すまない。私の名前は謝憐。姓が謝で名が憐の一文字だ。君の名前は?」
 謝憐と名乗る彼は、どうやら花城と話がしたいらしい。こんな風に気さくに話し掛けてくる人など今まで出会ったことがなかった花城は戸惑いながらも小さく口を開いた。
………………
「花?」
 花城は小さく頷いた。本当の名は花城なのだが、謝憐に対する警戒心がまだ拭いきれず、敢えて本名を告げることはしなかった。謝憐も何となく事情を察したようで、それ以上深く探りを入れてくることはなかった。その代わりとでもいうように謝憐は花城をまっすぐに見つめて、素敵な名前だねと褒めてくれた。
「すごくいい名前だ。それじゃあ君のことは小花と呼ぼう。ところで小花はこんなところで何をしていたんだ?」
 本来なら子供がいるはずのないオフィスビルの屋上――しかも立ち入り禁止の場所である。謝憐が疑問に思うのは当然だ。花城はどう言い訳しようかと悩んだ。まさか馬鹿正直に「俺は一花商事の社長の隠し子で、会社のビルの屋上から飛び降りて迷惑をかけてやろうと思った」などと言えるわけがない――というよりもどうしてか目の前の彼にだけは自分の醜い部分を知られたくないと思ってしまったのだ。
 どうやって誤魔化そうかと花城が思案していると、ふと謝憐の目つきが変わったように思えて花城は首を傾げた。
「あの……?」
「ごめんね。少し我慢して」
 そう言ってすぐ、謝憐は花城の腕を強引に掴むと服の袖を捲り上げて「やっぱり」と独り言のように呟いた。
……っ!」
 花城は僅かに顔を顰めると同時に、忘れていたはずの傷の痛みを思い出した。
「この傷はどうしたんだい? 古い傷の上に新しいものができている。この痣はまるで……
 謝憐は言葉を詰まらせると、わずかに顔色を失い、無意識に口元を押さえた。そしてある考えへと辿り着く。彼の身体に残された幾重もの痣――これはおそらく虐待の痕跡だろう、と。
 実際、花城の腕には――否、腕だけではなく身体中至るところに兄二人から受けた暴力の痕跡が残っていて、謝憐は目敏くその痕を見つけたのだ。
「誰にやれたんだ?」
「兄貴二人に……でも俺はあいつらを兄貴だと思ったことはない。向こうだって同じだ。俺のことを弟だと思ったことなんて一度もない」
 花城は唇を尖らせながら言った。
 彼らは花城のことを決して認めようとはしない。花城の存在も、能力も、何もかも。汚い、醜いと罵り、自分たちの気が済むまで永遠に殴り続けるのだ。
(クソッ……あいつらの事を思い出しだけで吐き気がしてきた)
 花城は心の中で舌打ちする。謝憐と出会った事ですっかり引いていたはずの怒りが再び込み上げてきたからだ。
 一方、謝憐は「ちょっと待ってて。すぐに戻るから」と花城へと告げると、屋上を後にした。それから数分ほどして戻ってきた謝憐の手にはコンビニの袋がぶら下がっていた。
「傷を見せてごらん。私が手当をしてあげよう」
 謝憐はそっと花城の手を取ると、ガーゼと包帯で傷の手当を始める。身体中に残る暴力の痕跡を、ひとつずつ慈しむように触れる手。
 花城は忘れかけていた他人の温もりをふと思い出した。
……どうして俺に親切にしてくれるの?」
 これまで母親以外の人から優しくしてもらったことなんてなかった花城からすれば謝憐の行動はとても不思議に思えて、純粋に抱いた疑問を口にする。
「人を助けたいと思うことに理由が必要かい? うーん、そうだなぁ……君が可愛いから、かな」
「か……わいい……?」
 花城の両目が大きく見開かれる。可愛い、だなんて。汚いとか、醜いとか、そんな風に罵られたことは何度もあったけれど、可愛いだなんて一度も言われたことがなかったから驚いた。
 謝憐はゆっくりと目を細めると優しく語りかけるように言葉を紡ぐ。
「私には兄弟がいなくてね。だから君みたいな可愛い弟がいてくれたらなって思ったんだ」
 少し俯きながらはにかむ謝憐の表情を目にした瞬間、花城の鼓動がどくんと大きく高鳴った。心なしか頬が熱くなったように感じて、咄嗟に目を逸らす。それからおずおずと顔を上げた花城はか細い声で「兄さんって呼んでもいい?」と尋ねてみた。すると謝憐は顔を綻ばせてにこりと微笑み「もちろん」と頷いた。
「兄さんはここで働いているの?」
 どきどきと鳴り止まることを知らない心臓の音に気付かれないよう、花城はこれまで気になっていたことを聞いてみることにした。
「そうだよ。今年入社したんだ」
「新入社員? こんなところでサボってて大丈夫なの?」
 まだ学生の身である花城だが、社会の縮図はなんとなく理解しているつもりだ。新人が――それもあの厳しい父親が経営している会社となれば、サボりなど言語道断ではないだろうか。
「あはは。心配してくれたのかい? ありがとう。でも大丈夫だよ。少しくらい抜けても問題ない」
「でも……
「私が君と話をしたかったんだ。だから心配しなくていい」
 しかしそれを少しも感じさせない謝憐は、随分と懐が広いというか、肝が据わっているというか。とにかく謝憐の意外な一面に、花城はさらに心惹かれた。
 それから二人はしばらくの間、色々なことを話した。謝憐の人となりを知れば知るほど、花城は彼の魅力にますます心奪われていった。
「もうこんな時間か」
 すっかりおしゃべりに夢中になっていたら、あっという間に時間は過ぎていて。そろそろ仕事に戻らないと、と謝憐は言って腰を上げた。
「兄さん……その、また会える?」
 別れ難いけれど、いつまでも引き留めているわけにはいかない。わかっているからこそ余計に寂しく感じてしまって、花城は思わずぽつりと呟いた。
「どうかな。何事も縁だからね。でも君がまた私に会いたいと思ってくれたなら、会えるかもしれない」
 さもすれば突き放すような――残酷にも聞こえる言葉だが、過度に期待させるようなことをしない謝憐の返答に、花城は心地よさを感じた。またこの人に会いたいと、強く思わせてくれる言葉だった。
 憧れにも似た恋慕が花城の心をじわじわと占めていく。
「俺はまたあなたに会いたい」
 花城のひたむきな想いはまっすぐ届いたようで。謝憐は花城の声に真摯に答えてくれた。
「うん。それじゃあまた会おう。約束だ」
 またね、と言って謝憐は手を振り去っていった。花城は遠退く謝憐の背中を見つめ、そして決意する。
 生きようと。あの人ともう一度会うために。
 こんなところで死んでたまるものか。堂々と胸を張り、いつか彼の隣に並んで歩けるように強く生きるのだと、花城は心に誓ったのだった。

 ◇

 あの人にもう一度会うこと。そして、優しくて強いあの人の隣に立っても遜色ない男になる――その思いが花城を突き動かす唯一無二の原動力となった。
 幾度目の季節が巡り巡った頃。花城は国内屈指の大学をトップの成績で卒業すると、父親の経営する「一花商事」に新入社員として入社することとなった。結果として、父親が描いた通りの道を歩むことになってしまったことへの嫌悪感は拭えなかったが、それと同時に花城はこうも考えた。必ずイニシアチブを握ってやる。場を掌握し、俺が全てを制してみせると。
 手始めに花城は己の身分を隠して入社することを決めた。自らの実力で、この会社での地位を確固たるものにしたかったからだ。営業部への配属を希望したのもそのためだ。営業部はこの会社の花形でもある。しかし花城が営業部を希望した理由は他にもあった。もちろん、兄さん――謝憐がいるからだ。
(やっと会えた)
 新入社員の挨拶回りのとき。ずっと想い焦がれていたあの人を一目見た瞬間、初めて出会ったときの記憶が鮮明に蘇って胸が熱くなった。
 もちろん、謝憐が自分のことを覚えているなどといった淡い期待は最初から抱いていない。伝える必要もないだろう。
 だが花城は欲しいものがあればどんな手を使っても手に入れる。使えるものはなんでも使う。事情を知っている人事部のトップにそっと耳打ちすれば、謝憐を自分の教育係にすることだってできた――つまり謝憐を教育係に指名したのは他でもない花城自身だったのだ。
 そうして謝憐と共に過ごす中で、花城の想いはより一層強くなっていった。謝憐への想いは、性愛を含むものだと自覚もしていた。何度、夢想したことだろう。初めて夢を見たときは驚いたけれど、同時に納得もした。花城は今までも、これからも謝憐に恋をし続けている。
 先輩と後輩としての関係を築きながら、着実に近づいていく心の距離。一緒に飲みに行くようになり、謝憐のパーソナルな部分を知れば知るほど、彼を想う気持ちは強くなっていった。そしてさりげなく恋人がいないことも聞き出し、順風満帆――と思っていた矢先のこと。花城は衝撃的な場面に出会したのだ。
 ある夜のこと。いつものように仕事終わりに謝憐と食事をしていたときのことだ。トイレに行ってくると言って謝憐が席を立った際、彼はスマートフォンをテーブルの上に置きっぱなしにしていった。
 盗み見るつもりなど毛頭なかった――しかしちょうどそのとき謝憐のスマートフォンが着信を知らせる音が鳴ると同時にバイブの振動でテーブルの下へと落下してしまったのだ。花城は身を屈めてスマホを拾い、元の位置へと戻そうとした。だがそのとき誤って画面に触れてしまい、ブラウザ画面に堂々と映し出された文字を見て、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
 何故ならば謝憐のスマホに「ゲイ向け マッチングアプリ」と検索した痕跡を見つけてしまったからだ。アルコールが見せた幻覚かと一瞬己の目を疑ったが、あり得ないとその考えを否定した。
「三郎? どうかした?」
「いえ、なんでも」
 いつの間にか戻ってきていた謝憐の気配にも気付けないほど、動揺していたらしい。動揺を悟られぬように何食わぬ顔でその場は乗り切ったけれど、あの不可思議な文字列は花城の脳裏にこびりついたままだった。自宅へ到着し、シャワーを済ませたあとも、眠りにつくときも、あの文字列が脳裏に焼きついたまま離れなかった。
 花城はベッドから起き上がると、スマートフォンのアプリストアを開き、頭の中でぐるぐると回る文字列を打ち込んだ。そして出てきたマッチングアプリを片っ端からダウンロードして、新規登録していった。
「くそっ、見つからない」
 ありとあらゆる検索方法で謝憐を探してみたが、それらしき人物は一向に見当たらない。この瞬間にも謝憐はどこの馬の骨ともわからぬ男とマッチングしているかもしれない――そう思うと居ても立っても居られず、花城は僅かに焦りを滲ませながら、素早い手つきでスマホの画面を操作していった。するとゲイ向けのマッチングアプリには些か相応しくないアイコンとプロフィールが目に飛び込んできて、花城はすぐにその人物の詳細プロフィールを確認した。
 オコジョというハンドルネームに、ピントのズレた饅頭の写真、そして更には。
(これは……会社近くにある公園の風景に似てるな)
 こちらもまたピントがズレており、ぼんやりとした風景写真ではあったが花城にとっては馴染み深いもので、すぐにそれが会社近くの公園だとわかった。
 決め手はプロフィール欄に掲載されていた、オコジョ氏のプロフィールだ。生年月日、身長、体重を確認し、花城は確信した。
 間違いない。これは謝憐だ。
 花城はすぐにメッセージを送った。返事をくれるかどうかは正直わからない。だが花城はこう考えていた。どんな手を使ってでも必ず接触してみせると。
 しかし花城の覚悟とは裏腹に、チャンスはすぐに巡ってきた。謝憐から返事が返ってきたのだ。花城は不覚にも、柄にもなく喜んだ。
 そこからはとにかく謝憐に興味を持ってもらえるよう全力を尽くし、メッセージのやりとりをした。
 謝憐の好みのタイプは何となく検討がついていた。何故なら花城は謝憐に想いを寄せていて、ずっと彼を見ていたのだから。甘えられることに弱い、ということも知っている。仕事の時も、たまに甘えてみせたりすると謝憐は嬉しそうにはにかむのだ。
 結果として、花城の努力は実った。
『私も君に会ってみたいと思っていたところだったんだ!』
(やった……っ!)
 自分の持てる力を全て駆使した花城は、どうにかして謝憐と会うきっかけを作り出すことに成功したのだ。
 無事に想い人との初デートまで漕ぎ着けた花城は、思わず心の中でガッツポーズした。
 しかし問題はこれからである。ただの会社の後輩ではなく、ひとりの男として意識してもらわなければこの先の展開は望めない。
 花城は想い人のプロフィール画面を真剣な眼差しで見つめながら、早速脳内で作戦会議を始めたのだった。