フリンズさんがお見舞いに来てくれる話

ライトキーパー事務員さん3

(さすがにしんどいな
 
 昨日の仕事途中から、なんとなく喉に違和感があったのは分かっていた。明日は休みの日だし、ゆっくりしようと早めに就寝したのだが、そんな努力も虚しくしっかり風邪をひいてしまった。幸い昔から、熱が出ても食べて寝てれば一日程度で治るタイプなので、今日を乗り切ればなんとかなると思う。そんなことを考えていると、
 
 ――コンコン。
 
 誰か尋ねて来たようだ。昨日少し体調が悪いと話した女性同僚だろうか?ゆっくりと体を起こして玄関に向かい、「はい」と言って扉を少し開けると、予想外の人物が立っていた。
「え、フリンズ……?」
「はい、貴女のフリンズですよ」
「どうして……
「あぁ、声がガラガラで辛そうですね、喋らなくて良いです。――少しだけお邪魔しても良いでしょうか。色々買ってきたので」
 コクンと頷くだけにして、大きな紙袋を抱えた彼を部屋に迎える。迎え入れてから気付いたが部屋の片付けが適当だな……諦めるか。
 
「さきほど『どうして?』とおっしゃいましたが、逆に僕が聞きたいところですよ。なぜ昨日会った時に僕へ声をかけてくれなかったのか、と」
「それは「いえ、喋らなくて良いですから。今度改めて詳しく伺いますから」
 言葉を遮られ、言い訳すらさせてくれない。しかもこれ、絶対あとで怒られるやつだ。
「事務所の方に寄った時に、貴方が昨日辛そうにしていたと数人から声を掛けられましたよ。様子を見れるなら見て欲しい、とね」
 ……それは先日、大々的に君が外堀埋めてくれたおかげで、もう職場の皆が知ってるからね……。これについては困ったもんである。このフリンズ、なかなか怖い男だ。
 
 フリンズが買ってきたものを、キッチンに並べてくれている。お水、ハチミツ、林檎、ミルク、ホワイトベリー。スープのテイクアウトまである。最近お気に入りのお店の品だ。これは嬉しい。
「さて、いま食べられそうな物はありそうですか?」
 そう聞かれたので、ミルクとハチミツを指さしておいた。
「わかりました。少しだけキッチンをお借りしますね。貴女は横になっててくださいね」
 と言うと、さっと私を抱え上げて、数歩先のベッドに乗せてくれた。(これぐらい歩けるのに)、という顔をしたところ、彼は目を細めてフフっと笑うだけだった。こちらの意図が伝わっているかは分からないが、まぁいいでしょう。
 
「ホットミルクのハチミツ入りですよ。熱いので気をつけて」
 ベッドでゴロゴロしていると、マグカップを持ったフリンズが近寄ってきた。私が起き上がると、彼はベッドの端に座って背中を支えてくれた。受け取った温かいマグカップから甘い香りがして、ほっと落ち着く。まだ痛む喉にも優しい甘さが助かる。私の顔を見ていたフリンズも、少し表情が柔らかくなった気がする。
 
 ゆっくり飲み終わったマグカップは、手を差し出してきたフリンズに渡した。至れり尽くせりである。
「さて、僕はそろそろお暇します。人がいると休めないでしょうから。スープは食べられそうな時にでもどうぞ」
 そう言いながら立ち上がる彼の背中を見て、手が伸びてしまった。逃げる服の裾をくいっと掴む。無意識だったその行動に自分が驚いて慌てて手を離したが、もちろんソレに気付いたフリンズは立ち止まり、顔だけ振り返って目を丸くさせていた。
 
――あ、えと……
「はい、どうしましたか?」
「なんでもない……
 彼はすぐに向き直り、マグカップをサイドテーブルにコトンと置いてもう一度ベッド端に座ってくれた。私の方は無意識の行動が恥ずかしくて、シーツを顔まで引き上げて隠れる。その引き上げたシーツは少し引き下げられてしまい、出てきた私の顔を眺めて微笑むフリンズ。穴があったら入りたい。
 
 私の頭を撫でながら、彼は少し顔を近づけて、耳元でおかしなことを言ってくる。
「風邪は人に移すと良くなるとも聞きます。僕に移してくれませんか?」
「それは、私が嫌だよ……
「おや、それは残念です」
 冗談だか本気なんだか分からない提案をされたが、それは全力でお断りしたい。
 
 今度は掴まれなかった裾を翻し、彼がキッチンに向かう。カップを洗ってくれているようだ。
 戻ってきた彼に、サイドテーブルの引き出しを開けるように指差す。取り出してもらったのは鍵束である。チェーンから一つ鍵を外して、フリンズに押し付けた。
――これは?」
「うちの鍵。まだ時間あるなら、寝るまで手を、握ってくれる?寝たら鍵閉めてね……
「えぇ勿論。その可愛らしいご用命、承りました」
 自身の胸元に手を添えて、私の目を見ながら恭しくお辞儀をするフリンズ。執事か何かかな?
 手を握ってもらって安心したのか、私はそのまますぐ眠ってしまった。良い夢見た気がする。
 
 
 ***
 
 
 ふと目が覚めた。
 
 外が暗くなっている。今は何時なのだろうと思ったところで、暗闇の中に青い光が少し見えた。まさか。
「おはようございます。ご気分はいかがですか?」と、青い炎のランプを持ち上げてフリンズが微笑む。
 鍵を渡した意味とは……、と少し呆れてしまった。ほんとに風邪が移ってたら……もう、知らないんだからね。
 
 
 
『貴方のその、手の温もりと優しさを求めて』