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千代里
2025-12-15 07:56:24
9500文字
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君触れ・クガネ編・一話
「っせーの!!」
威勢のいい掛け声に続き、ドスンと重たいものを置く音が響く。
よほど大きなものだったのだろうか、昼下がりの日差しを受け止めていた窓ガラスが、音を立ててビリビリと震えた。
一体何事かと、読書の世界に没頭していた青年
――
ミィハ・ト・リーゼも目を丸くして顔を上げる。
ここは、冒険者たちの住まいが集まる居住区
――
ミスト・ヴィレッジの一角だ。
今日も今日とて、冒険者たちが道を行き交い、あるものはのんびりと余暇を楽しみ、あるものは次の冒険に備えて浜辺で訓練を続けている。誰かが派手に爆発を起こして浜辺の一部を吹き飛ばしたなんてことも、この居住区では日常茶飯事だ。
ゆえに、またぞろ誰かが大きな宝箱でも見つけ出して運んできたのかと、興味本位でミィハは席を立つ。ずっと同じ姿勢をしていたので、軽い運動も兼ねてのことだ。
「最近は宝の地図と、そこに生じる転送魔紋から宝物庫に転移するのが流行ってるらしいからな。また、とんでもない宝を見つけてきたと騒ぎになりそうだ」
先日は、金銀財宝がたっぷり詰まった袋を持った冒険者が凱旋して、しばらく皆の話題を攫っていた。
珍しい織物を見つけて、高値で取引できたと喜ぶ声も聞いている。
なぜ、そんなにも都合よく宝の地図や財宝が見つかるのか。それは、どうやら遠く東にある国のさる富豪が、自身の財宝を冒険者の宝として提供する遊びを始めたかららしい、という噂だ。
財宝にたどり着くまでには、配置された魔物たちを倒さねばならず、さらには一方通行の分かれ道もある。一筋縄ではいかない四苦八苦をゲーム感覚で楽しむ冒険者も居れば、その苦労を眺めて楽しむ仕掛け人もいるということだ。
閑話休題。
今回はどんなお宝が見られるかと、ミィハは窓の鍵を開き、潮風を部屋へと招き入れる。
だが、聞こえたのは予想していたような歓声ではなく、
「違うって、もう一尺くらい右だ! ちょっと傾いちまってるだろ! おい、そんなに下げたら見えなくなっちまうだろう!」
声を荒らげているのは、この辺りでは珍しいアウラ族の男だ。白い鱗が生えた腕を振り上げている。
彼が声をかけているのは、脚立の上で掲示板に飾りをつけようとしているヒューラン族の少年だった。まだあどけなさの残る顔立ちではあるが、今は真剣な顔つきで手に持った飾りを掲示板の真ん中に吊るそうとしている。
そばに大きな箱があり、中から雪だるまを模した飾りや、縄を編んだような飾りが顔を出していた。先ほどの音は、この荷物を置いたためだろう。
「そうか。そろそろ降神祭の時期だったか」
年が変わる頃になると、リムサ・ロミンサを筆頭にエオルゼアの主要都市には、遠く東の国から使者がやってくる。彼らは、年が変わるときに行われる、東の国の祭りを伝えに来るのだ。
東方の国ならではの風習は、西方のエオルゼアでも受け入れられている。今となっては、見知らぬ異国の文化が来訪するこの時期独特の風物詩のようになっていた。少年が掲示板に取り付けようとしている縄の飾りも、東の国の伝統的な飾りの一つである。
「ああ、すみません。うるさかったっすか?」
家の窓から顔を出したミィハに、指示を飛ばしていたアウラ族の青年が頭を下げる。ミィハは「いえ」と軽く首を横に振った。
「親方ー! この辺ですかー?」
「だーかーら、もう一尺ほど右だって言ってるだろ! ああ、もう
……
仕事がないから一日だけでもって言うんで雇ったんですが、エオルゼアの子供にはどう言ったら伝わるんだか」
困った様子の青年をチラと見てから、ミィハは掲示板の真ん中あたりを指差す。
「あの辺りに飾りをつけてほしいのか?」
「そうです。もう少し右にずらしやいいのに、明後日の方向ばかり動かしやがる」
ミィハは一度ゆっくりと瞬きをしてから、
「そこの君! そこから右にだいたい一フルムだそうだ!」
ミィハの言葉を聞くと、少年が恐る恐る飾りの位置を調整する。ちょうど掲示板の上部中央に据えられたそれを見て、アウラ族の青年は大きく手で丸を作ってみせた。
「ふう、助かったぜ、兄さん。こっちじゃ物差しの基準が違うんだったな。すっかり忘れてたぜ」
「一尺は大体一フルムだ。他の桁を覚えるのが面倒なら、ひとまずそこだけ覚えていれば指示としては十分だろう」
「そうするぜ。それにしても、あんた、ずいぶん詳しいな。もしかして、ひんがしの国の出身か?」
だが、ミィハはゆっくりと首を横に振った。
「知り合いに詳しいものがいるんだ。前に雑学で教えてもらった」
「へえ。
……
だけど、それにしちゃ、あんたの家から何だか懐かしい香りがするな
……
。こいつは、ひんがしの国の調味料の香りじゃないか?」
言われて、ミィハもスンと鼻を引くつかせる。塩気の感じる嗅ぎ慣れない香ばしい匂いに、ミィハは思わず苦笑を浮かべた。
今、キッチンに立って調理をしている人間など一人しかいない。
「
……
多分、僕の友人が新しい料理に挑戦しているんだろう」
***
ケイ・ア・モルコーは悪戦苦闘していた。
彼が戦っている相手。それは、凶悪な魔物でもなければ、難解な謎解きでもない。
「うーん
……
。あのおじさんに試食させてもらった時の味とは、何か違うんだよな」
味見用に用意された小皿に広がる、茶色のスープ。それを、慎重に口に含む。芳醇な香りと濃厚な後味は、普段使う調味料と明らかに違うものだ。
だが、それでも何か足りないとケイの鋭敏な舌が訴えていた。
彼が立つ戦場は、この家のキッチンである。新たに購入した調味料を早速使ってみようと料理の試作を試みたのだが、思ったような味が出せずに首を捻っていたのだ。
「塩を多くするのでもない。かといって砂糖でもない。スパイスだと味が喧嘩しちゃうな」
その言葉通り、ケイの立つキッチンには多種多様な調味料が並べられていた。味見用に取り出したスープを何度も口に含み、尻尾をパタパタ揺らしていると、
「ケイ。随分と長く何をしているんだ?」
「あ、ミィハ。ごめん、まだご飯はできてないよ」
「二時間前に昼ごはんを食べたのに、まだ何か食べたがる食いしん坊だと思われているなら心外だな」
苦笑しながら、ミィハはキッチンに足を踏み入れる。
嗅ぎ慣れない匂いが充満しているが、決して嫌な匂いではない。食べ物の香りだとわかる程度には、芳しいとも思える。
しかし、その匂いの正体を見て、ミィハは怪訝そうに眉を顰めた。
炎のクリスタルを使ったコンロの上
――
鍋にたっぷりと入っているのは、ミィハの見たことのない茶色く濁ったスープだった。
「
……
泥水か?」
「ちょっと、泥水はひどいなあ! これはね、ひんがしの国にあるミソって調味料を溶かしたものなんだよ」
ほら、とケイがミィハの前に出した木製の入れ物には、鮮やかな泥としか形容できないねっとりとした物体があった。このドロドロとしたものが『ミソ』であり、これを水に溶かした結果が鍋の中の液体らしい。
「今、ひんがしの国の人たちがいっぱい来てるだろ? 露天にもひんがしの国の調味料が並んでて、試食させてもらったスープがすっごく美味しかったんだよ! これを使えば作れるって言われたから、こうして買ってきたんだけど」
「どうにも思うような味にならず困ってる、といったところか?」
「うん。ミィハはこれ、どう思う?」
ケイは味見用の小皿をもう一枚取り出し、茶色のスープを少量掬ってミィハに渡す。彼は、何度もしつこいくらいに息を吹きかけてから、慎重にそれを啜った。
「独特の味わいがあるな。少し塩気が強いが、これはこれでいいんじゃないか?」
「えー、俺が飲ませてもらったやつはもうちょっと
……
こう、風味が違ったんだけどなぁ」
「だが、その味を求めたところで、時間は有限だ。今日はあいつらが来るから、腕を奮ってもてなすと息巻いていたのはケイだろう」
ミィハのごもっともな指摘に、ケイは苦いものを飲んだような顔になる。
彼のいう通り、今日は親しくしている冒険者仲間が家に訪れ、一泊していく予定だった。冒険の後で疲れているだろう彼らに、中途半端な料理を出すわけにもいかない。
「じゃあ、ミソを使うのは諦めるかあ。ねぇ、ミィハ。今日は諦めるけど、今度また試食手伝ってよ」
「それは構わないが、僕は君の作ったものならどれも美味しいと感じる。味見役としてはあまり適切ではないと思うが」
「そうかなあ。ミィハって意外と顔に出てるから、ちょっとした違和感とか、すぐ分かるんだよ」
たとえ口では美味しいと思っていても、わずかに酸味が強かったり、味にばらつきがあると、すぐさま顔が教えてくれる。そう言われて、ミィハはもの言いたげな顔をしたが、ひとまずキッチンから退却することを選んだ。
おりしも、ドアをコンコンとノックする音が響く。耳の端で捉えていた足音から察するに、本日の客人の来訪に間違いない。
扉を開けば、そこには予想通りの二人組がいた。
「お邪魔します、ミィハさん。ケイさん。こんにちは。依頼の品も持ってきましたよ」
一人目の来客は、雪のように白い髪のアウラ族の少女
――
ユキハネだ。
可憐な見た目をしているが、彼女の背には使い込まれた杖が掛けられている。こう見えても冒険者としては一流の魔道士である。銀色の丸い瞳は柔和な微笑みをたたえ、冒険者の装束を身につけていなければ、清楚な村娘のようにも見えただろう。
「ったく、この程度のもんなら、ちょっと足伸ばして自分で取りに行きゃいいだろうが」
そう言って、ずんずんと部屋へと入り、どさりと皮袋を置いたのは、灰肌に褐色の髪のエレゼン族の男だ。
エレゼン族の中でも、彼のような容姿のものはシェーダー族と呼ばれることもある。荒くれ者が多いと言われるシェーダー族の例に漏れず、この男
――
フェリキシーの人相はお世辞にも爽やかとは言い難い。
三白眼の紫の瞳は油断などかけらも見せておらず、彼の顔面には二、三の傷跡が残っている。顔の半分を覆う蔦状の刺青と合わさって粗暴な印象が拭い切れないが、ミィハは勝手知ったると言った調子で、さっさと袋の中身を検め始めた。
「依頼通りの内容だな。助かった。特に、バットの血は無くなりかけていたんだ」
「バットの血なんざ、わざわざ俺たちに頼まなくとも、ちょいと冒険者ギルドに採取依頼を掲示すれば、やりたがる奴がいくらでもいるだろうが」
「だが、依頼を受けてくれた者が僕の望む形で血を採取してくれるかはわからない。僕の用意した瓶ではなく、適当な薬品の入った瓶に入れてくるものもいる。中には、他の生き物の血を混ぜ込んで誤魔化す連中もいる始末だ」
ミィハは、錬金術で薬品を作り、それを売ることで生計を立てている。薬作りには、材料の正確さが必要不可欠だ。混じりものの入った材料では、薬が本来の効果を発揮できなくなってしまう。
「僕にとって重要なのは、値段や手軽さではなく、堅実な手段を取るかどうか、ということだ」
「要するに、ミィハはフェリキシーのことを信頼してるって言ってるんだよ!」
理屈っぽい相棒の言葉をざっくりと要約して、キッチンからケイが口を挟む。
「
……
。つまり、そういうことだ。君は見かけによらず、丁寧に仕事をするからな」
「一言余計なんだよ、てめえは」
このやりとりも、かつては緊張感が漂うこともあったが、今となっては軽口の延長線だ。
ミィハは他の素材も確認してから、これまた慣れた手つきで用意していた薬瓶を数本フェリキシーに差し出す。
「こちらがフェニックスの尾の成分を抽出したもの。一滴でも強力な滋養強壮剤になるから、使いすぎないように。こちらの三本は毒消しだ。この辺りの魔物だけじゃなく、類似の魔物の毒にも効くだろう。それと
――
」
「
……
あの」
ミィハの説明を遮る、銀鈴の声。普段なら、人の会話に割って入るなど滅多にしないはずのユキハネが、ちらちらとキッチンの奥へと視線をやり、どこかそわそわとした様子を見せていた。
「どうしたんだ、ユキハネ」
「あの、ミィハさん。先ほどからケイさんがキッチンで作っているのは何でしょうか?」
「ひんがしの国の調味料が手に入って、試食の時に食べたスープを作ろうと躍起になっているところだ」
「ひんがしの
……
」
「慣れない調味料なんか使って、まともな飯が作れんのか? 今回の報酬には、あいつが作る飯も含まれてるってこと、忘れんじゃねえぞ」
フェリキシーが言うように、彼らにはここで一泊するだけでなく、食事を振る舞うことも依頼の報酬のうちに加えていた。
フェリキシーが珍しく手放しで褒めるほどに、ケイの料理の腕前は最近ますます上昇している。五つ星レストランには及ばずとも、ちょっとした小料理店なら開けるほどだとミィハは思っていた。フェリキシーたちも、ケイの料理を依頼の報酬に加えるほどに評価していた。
「ごめんごめん。今回はやっぱりやめておくよ。ミソを使った料理はまた今度で
――
」
「味噌!? 味噌が、ここにあるんですか!?」
「うわ、ユキハネ。どうしたの!?」
キッチンから出てきたケイに、ユキハネが鱗の生えた尻尾をピンと立てて駆け寄る
――
というよりも、半ば飛びつく勢いでケイの手を取った。
「味噌があるなら、昆布は!? みりんは、料理酒は、醤油はありますか!?」
「う、うん。たしかひんがしの国の調味料一揃えで買っておいたから
……
あると、思うけど
……
」
使い方がまだよくわからなくて、と言いかけたケイに被せるようにして、
「それならぜひ! 私に協力させてください!」
いくつもの銀鈴を振り鳴らしたようなユキハネの大きな声に、ケイだけでなくその場にいた者全員が呆気に取られていた。
***
魚のことは漁師に、金物のことは金物屋に聞けという言葉がある。漁業と鉄鋼業が盛んなリムサ・ロミンサらしい言い回しであるが、今回の件で言うなら、ひんがしの国の料理はひんがしの国出身者に聞け、ということになるのだろう。
塩気が混じりながらも、今まで嗅いできたもののどれとも違う芳醇な香りが、ミィハの鼻をくすぐる。
匂いの源は、彼の前に置かれた白い器の中で揺れている濃茶のスープだ。透明感のある茶色がかったスープならチキンスープやソースなどで経験があるが、独特の濁りのあるこれは、先だってミィハが言ったように、見た目だけならば泥水に瓜二つだ。
「おい、ケイ。こん中で浮いてるのはなんだ」
「野菜と、あとは海藻だよ。本当はトーフってものがあると良かったらしいんだけど、今回はそれがないから、代わりに野菜を多めにしたんだって」
それよりも、とケイは鼻の穴を膨らませて、机の中央から食器をどかし、代わりに大きな木の板を敷く。
「準備できたよ。ユキハネ、どうぞ!」
「はい。お待たせしました。メインディッシュの、ひんがしの国風パエリアです!」
はずむ声音を隠し切れず、ユキハネは大きな鍋を板の上に置く。底の浅い鉄鍋には、ミィハたちも見覚えのある料理があった。
麦に似たライスという穀物を蒸したものに、野菜だけでなくイカやエビといった海鮮を混ぜる料理だ。本来なら、味付けは香草とルビートマトを使うことが多く、鮮やかな黄色や赤の配色が食欲をそそる
――
はずなのだが。
「
……
なんだか茶色いな」
「醤油を使いましたから。ちょっと見た目は地味ですが、味は保証します! 炊き込みご飯みたいな感じになったはずですよ」
タキコミゴハンという未知の単語について問うより先に、フェリキシーは用意されていた大匙でライスを掬う。具材が野菜と海鮮である点は変わりなく、漂う風味だけが違うようだ。
一口でライスと野菜、混ぜ込まれた海鮮を食べたフェリキシー。思わず、その場にいる全員の注目が彼に集まる。
「
……
うめえな。今まで食べたことのねえ味だが」
「本当ですか!」
「ユキハネ、鍋持ってはしゃぐんじゃねえ。中身が飛び散るだろ」
フェリキシーにたしなめられ、ユキハネは鍋から手を離し、改めて取り皿にパエリアをよそい始める。
ミィハはフェリキシーの真似をして、ひと足先に大鍋の中身を掬う。隣にやってきたケイは慎重に息を吹きかけてから、
「さっき味見したときには、もう火傷しない温度になってたから。ガバッと食べていいよ」
「わかった」
痛みのわからない体質のミィハは、熱い食事を食べるだけでも警戒が必要だ。最近はケイの言葉を参考にしているので、温かいものもやけどせずに食べられるようになっている。忘れてしまいそうになるが、こうして出来立てのものを食べられる環境は、ミィハにとって大変ありがたいものだった。
「
……
!」
そんな感謝を胸に抱いていたミィハですら、自分の口の中に広がる香ばしい味わいに目を丸くし、美味しいという感想に頭の全てを一瞬支配される。
「普段とは違う味だな。少ししょっぱくて、香ばしさもあるのに、何だか優しい味わいだ」
「ミィハ、立ちながら食べてたらこぼしちゃうよ。座って座って」
ユキハネの配膳も終え、お茶の入ったカップをケイが手早く並べる。こちらはいつも淹れているお茶のようだ。最近ケイがハマっている香草の香りがする。
それぞれが席に腰を落ち着け、食前の祈りを守護神としている神に捧げる。
もっとも祈りを捧げているのはケイとミィハだけで、ユキハネは無言で手を合わせるだけで、フェリキシーに至っては黙ってその様子を見つめているのみである。
「味噌汁はまだ熱いだろうから、冷めるまでミィハはパエリアを食べるといいよ。ユキハネ、最後の味付けは俺がしちゃったけど、どう?」
「問題なしです。
……
ここで味噌汁を食べられるなんて、考えたこともなかったな」
噛み締めるように呟くユキハネは、ただ美味しいものに出会えた喜びだけでなく、何か懐かしいものに触れて心を震わせたような声音をしていた。
(そういえば、ユキハネは東方の出身で、もう何年も帰ってないみたいだったな)
ちらりとユキハネを見やり、ミィハは思う。
フェリキシーからそれとなく聞き出したことだが、その時の様子から察するに、ユキハネは本人が望まぬ形でエオルゼアにやってきて、帰りたくとも帰れない状況だったようだ。ユキハネにとって、これらの食事はなん年ぶりの故郷の味なのだろうか。
「ケイさんは、味噌や醤油をどこで手に入れてきたんですか?」
「降神祭の使者の人たちのなかに、商人さんが混じっていたみたいなんだ。その人たちが、ひんがしの国の味を知ってほしいって、市場のところで売り出してたんだよ」
「ふーん。でも、売れねえだろ。そんな馴染みねえ味なんざ」
「まあ、確かに売れ行きはイマイチだったけども」
ケイが試飲させてもらったスープこと味噌汁も、すっかり冷えてしまうほどに客足は鈍かった。商人自身も、エオルゼアの冒険者たちが忙しく行き交う様子にすっかり圧倒されてしまっていたように見えた。
「冒険者ってやつぁ、変わり種ってのは好まねえからな。食うもんなら尚更だ。ケイが買っただけ、そいつらはまだマシな方ってところか」
フェリキシーのいう通り、冒険者は普段と変わらない装備や食材を好む。見慣れない泥じみた調味料は、ケイ以外誰も目を止めていなかった。
「だが、味はいい。塩分の摂取にも使えるだろう。それに、単なる塩の塊と味わいが異なる。どうやってこんな味を出したんだ、ケイ」
「それはね、魚の粉をすりつぶしたもので、えーと
……
」
「出汁をとったのですよ」
救いの手を差し伸べたのはユキハネだった。普段は淑やかに笑って皆を見守っていることが多いユキハネだが、今日ばかりは饒舌になっている。懐かしい故郷の味が、彼女の舌を軽くしたようだ。
「そうそう、ダシっていうのを取ると、味わいが良くなるんだって。色々材料を買っておいたから、今度また試してみるよ。その時はよろしく、ミィハ」
「構わないが、いったい君はどれだけひんがしの国のものを買ってきたんだ?」
ミィハに聞かれて、味噌汁を飲んでいたケイの手が止まる。とん、と器を置いた彼は、何やら気まずげな視線をキッチン奥に向けていた。どうやら積み上げられた紙袋の全てに、今回買い込んだものが詰まっているらしい。
「降神祭のついでと言っても、よくもまあそんなに持ってきたもんだな」
「ひんがしの国って、すごーく遠くにあるんだよね? あの人たち、ここに来るまで大変だったろうなあ」
言いつつ、ケイは壁に貼ってある世界地図を見やる。ところどころ空白の部分もあるが、エオルゼアにとどまらず三大州と呼ばれる大陸が描かれている。ひんがしの国はその東端に位置すると、以前ミィハが教えてくれた。
「近年は、ガレマール帝国のせいで海を安全に渡るのも難しくなっていたと聞いている。それに、海の魔物の脅威も大きい」
「じゃあ、帰るのも安全ってわけじゃないんだね」
「これまではそうだった。だが、今はその情勢もまた変化し始めてる」
「光の戦士様のおかげでな」
フェリキシーが短く述べた言葉に、ケイは思わず顔を引き締める。
ケイにとって光の戦士はミィハの命の恩人だ。一度しか会ったことはないが、自分と同い年くらいの同族の少女に、ケイとしては少なからず思うところがあった。
「光の戦士って、この前はイシュガルドって国の戦いを終わらせたって聞いたよ。東の国の戦いも終わらせたの?」
「ああ。帝国の属州だったアラミゴとドマをまとめて解放したと、先日から噂になっている。ひんがしの国はドマとは向かい合う位置にある国だ。帝国に対しては中立の姿勢を見せているが、武力政策を進める帝国が闊歩する海よりも、解放された海の方が渡りやすいと感じるものも多いだろう」
エオルゼア地方に蔓延っていた蛮神問題を解決するにとどまらず、ついに英雄は悪しき帝国の支配を打ち砕く活動まで積極的に始めたらしい。それは、ケイやミィハには想像もつかない境地の戦いだった。
「ともあれ、そいつのおかげで、少し前から港は東の船で賑わってんだよ。降神祭の連中が少しばかり商売っ気を出した奴を連れてきたのも、商売するところを増やすためってのもあるんだろうよ」
フェリキシーの説明に、ミィハもケイも神妙な面持ちで相槌を打つ。もっとも、フェリキシー自身は彼らの緊張感をかき消すように、大口を開けてパエリアを咀嚼していた。
「つまり、これからは、ひんがしの国の食材がどんどん入ってくるってことだよね。ユキハネ、今度また俺に向こうの国の料理を教えてくれない?
……
ユキハネ?」
ケイの誘いに対して、ユキハネはどこか心ここのあらずの様子で味噌汁の器を手のひらで包み、その表面をぼんやりと眺めていた。
「おい、ユキハネ」
「は、はい。なんでしょう、お師様」
フェリキシーはケイにむけて、無言で顎をしゃくってみせる。慌ててユキハネがケイに話しかけ、再び団欒の空気が食卓を包んだ。
「
…………
」
だが、フェリキシーは、眼差しに微かな鋭さを混ぜて、ユキハネを見つめていた。
味噌汁を見つめていた少女の横顔。その無言の視線から、何かを読み取ろうとしているかのように。
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