けがわ。
2025-12-15 00:52:13
2046文字
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千にマーキングしたい百のお話

ユキモモ

 モモの八重歯は可愛い。子供のように無邪気に笑うときも、怒ると剥き出しになるときも。だけど実は結構痛いんだよね。僕以外は知らないだろうけれど。
「んっ、モーモ。それ、痛いんだけど」
……ごめん」
 短く誤ってきて、それでも僕の首筋に立派な犬歯を突き立てて、甘噛みというにはやや痛い程度で噛みついてくる。
 もちろんアイドルだから歯型は残せないとモモもわかってはいるから、本気で噛んでくることはない。たとえ明日が二人そろってのオフだとしても。
 大きなソファに横たわって、モモが僕の上に乗っているから全く身動きが取れないし、ガッシリと押さえつけてくるモモを僕がどうにかできるわけもない。
 一つ息を吐き出して、未だに僕の首を齧るモモの後頭部を優しく撫でた。
「今日はどうしたの?」
……別に」
 素っ気なく答えて、またもぐもぐと口を動かす。
 モモはたまにこうなる。
 例えば、バラエティーで思うようなトークができなかったとき、歌番組で多少のミスをしたとき、僕の恋愛ドラマを観たとき。まぁ、これらは最近全然ないんだけど。あとは、そうだな……僕の熱愛報道がでたとき……かな。
 僕たちの熱愛報道なんて多すぎて逆に信憑性ないと思うんだけど、それでもモモは半年に一回くらいこうなってしまう。
「モモ、言ってくれなきゃお前の不安も解消できないんだけど」
……不安なんてないよ」
「僕の顔を見て言ってみな」
 強がるモモの頬を両手で挟み込んで顔をあげると、そのまま視線をかち合わせる。いつも楽しそうに煌めくマゼンタが不安そうに揺れ、それから隠すように瞳を伏せてしまった。
「本当に、なにも……
 それだけ言って、また僕に抱きついて顔を背けてしまう。
……そう」
 頑なに応えないモモに僕も素っ気なく返して、Tシャツの襟から覗く健康的に焼けた肌に、今度は僕が思いきり噛みついた。
——っい!?」
 短く悲鳴を上げたモモは、キッと僕を睨みつけ、素早い動きで噛まれた首筋を掌で覆う。
「なにすんだよ!」
「僕はモモのマネをしただけだよ?」
「はぁ!? そんなに強く噛んでないだろ! ってか歯形ついたじゃん! どうしてくれんだ!」
 さっきまで大人しかったのが嘘のように牙をむき、狂犬のごとくキャンキャンと吠える。そんなモモに僕も首を傾けて首筋を晒した。
「じゃあモモも噛んでいいよ。これでおあいこね」
「っ、」
 シャツを引っ張って噛みやすいようにしてあげると、モモが怯んだように大人しくなった。
「はぁ……おまえってほんと……
 僕にマーキングしようとするくせに、決定的な痕跡を僕に残そうとはしてこない。変に遠慮しているというか、僕の逃げ道をわざわざ用意しているというか。
 ……そんなんじゃ満足しないくせに。
「僕が誰のものなのか、ちゃんとモモがマーキングしておかないと、僕って割と自由だからフラフラどこかに行っちゃうかもしれないよ?」
「っ、……そんなの、ずるい」
「しってる」
 狡い言い方をしたって自覚はある。だけど、そうでも言わないと、僕たちはずっとすれ違ったままだろう。この五周年でお互い学んできたはずだ。僕だって、呑気にモモに守られてるだけの男じゃない。
 う~っと低く唸ったモモが大きく牙をむき出しにすると、今度は容赦なく僕の皮膚にそれを突き立てた。
——くっ!」
「っ!」
 甘噛みなんかじゃない。肉を抉るように突き刺してくる痛みはまるで、モモの独占欲の強さを表しているようだった。
 じくじくと広がる痛みに息を飲むと、顔を顰めた僕にハッとして離れようとするモモの後頭部を押さえつけた。
「んーーん゙ッ!!」
 モモが抵抗するから余計に歯が肉に食い込む。だけど、こうでもしないとモモはいつまでも僕に遠慮したままだから。
 暫くの間そうしてから、ちゅぱっと口を離したモモの唇は微かに赤くなっていて血が滲んでいる。
「ごめん! ユキっ」
「ん、いいよ。大丈夫だから」
 慌てて誤ってきたモモの八重歯を彩る赤色に、くすっと笑みをこぼした。
 モモは今にも泣いてしまいそうな表情で、瞳を揺らして眉を下げている。そんなモモのメッシュに指先を通して撫でるように梳き上げる。キスマークなんて生易しいものじゃなくていい。僕だって本当はおまえに——モモに、自分のものだって刻んでほしかったのだから。
 モモの頭を引き寄せて、見つめ合いながら甘く交わした口付けは、やっぱり鉄臭くて、肉が嫌いな僕には少しだけキツかった。それでも、蕩けるようにふにゃりと微笑んだモモが嬉しそうに瞳を瞬かせているから、僕も満たされた気持ちになる。
「モモ」
「うん?」
 こてんと首を傾げるモモの可愛らしい仕草にふっと噴き出して、それから耳元に唇を寄せて小さく囁いた。
「この噛み痕、さすがに明日のオフだけだと消えないと思うんだけど」
「っ! あーーーーーーーっ!!」
 真夜中の絶叫に、また僕は肩を震わせた。