冬暁
2025-12-14 21:53:46
2048文字
Public 鳴保
 

遠き背中に顔を埋める

鳴保版ワンドロワンライお題【手を伸ばす】より。

 全身が重い。腹の中が掻き乱されているかのように気分が悪い。細い血管が限界を迎えてプツリと切れる。血と砂の味が不快だった。
 それでも柄を握りしめる。一歩踏み込んで、刀を一閃させた。核を砕いた確かな手応えを感じる。
「とりあえず、これで……ッ!? あかん!!」
 息を吐く間もない。本獣の体から不穏な光が放たれる。シールドを展開してその場に伏せた、その時にはもう炸裂していた。
 周辺の瓦礫をも飲み込み弾けたその威力は凄まじく、足場が崩れていく。建物内部での戦闘が仇になった。
「く、ッぅ……!」
『保科副隊長!』
「大丈夫、やで〜。一先ずは、な」
 辛うじて崩れなかった部分を掴めはしたが、限界もいいところだった。這い上がる力すら残ってないなんて情けない。スーツの駆動はシールドで使い果たしてしまった。両手足で這い上がろうにも、片腕は痺れてピクリとも動かないし、片足は折れているらしい。
 片腕が回復するまで保つかといえば、それまた難しいところだった。
 関東全域で相次いだ怪獣の出現。そのほとんどが余獣ではあったが、何せ数が多かった。第3部隊全員であたることで何とか凌いでいた状態だ。討伐は一週間にも及び、全体的に疲弊が溜まっていたところに本獣の襲来だった。
 部下たちは無理矢理休ませてはいたものの、そのツケを自分で払った代償が来たと言うべきか。体調管理はしていたものの、流石に限界があったらしい。
「参ったなぁ」
『すぐに近くの隊員を向かわせます』
「頼むわ」
 ふぅ、と短く息を吐く。耳を澄ませれば、意外と静かだった。一般人はもちろん、戦力解放に合わせて隊員の避難も行われたからだろう。
 ドローンの音に紛れて、微かにヘリの音がするくらいだ。
 止血操作だけはしっかりと行いつつ、意識を万が一にでも飛ばしてしまわないようひたすら思考を回す。
 余獣討伐の報告は上がってないからまだ完全には終わっていないか。そういえば、余獣が世田谷の方に移動したなんて報告もあった。それに合わせるように新たな余獣が現れたから、第1部隊も出動したらしい。まぁ、そっちこそ問題ないはずだ。懸念があるとすれば境界での縄張り争いくらいだろう。
 申請出せそうなら出しとけとは言ったはず。
 そんなことをつらつら考えていると、コロコロと何かが転がる音がした。ピシ、とひび割れるような音が続いて聞こえると嫌な予感に変わる。
 バキともドゴとも言えるような重たい崩壊音がした。体が宙に投げ出される。高層階だ。受け身すらまともに取れなければ流石に危ない。
 下をチラリと見ると、足場になりそうな場所はまだある。
「保ってくれ……ッ!」
 無理矢理体を動かす。壁面に片足をついて体勢を整え直した——ところで崩壊が進む。運の悪いことに頭上から瓦礫が降ってきた。
 例え着地出来ても埋まる。
 ——無理だ。
 そう思った瞬間だった。
「オカッパぁあああ!!」
 上から降ってくる、鳴海隊長。
 親方、空から……なんて言葉が暢気にも脳裏を過ぎた。
「何で……!?」
「手!!」
 伸ばされた手を反射的に掴む。グッと背後に強い力が加わった。力強く握りしめられた手だけが命綱だ。全身に走った激痛を歯を噛み締めて耐える。不意に引き寄せられて抱き込まれると、体が回転した。
 トッと一瞬壁に足をつけた鳴海隊長は、それ以上力を加えず落ちるように力を流す。
 ビル群での戦いによく慣れた動きだった。
 トッ、トッと何度かそれを繰り返したところでようやく地面を掴む。その頃には崩壊したビルは随分と先にあった。
「鳴海隊長、何でこんなとこにいるんですか」
「開口一番がそれか貴様」
 青筋を立てたのが見える。
「ああ、すみません。驚いてしもて……。助けて頂き、ありがとうございます」
 フン、と鼻を鳴らした鳴海隊長は先程までいたビルの方へと視線を向けた。
「本獣に苦戦してると聞いたからな。わざわざ来てみたら……。まさか怪獣の討伐じゃなく、二次災害で死にかけたバカを助けることになるとは思わなかった」
……っぐ」
 耳が痛い話だ。自分でもわかってる。
 鳴海隊長はボクを肩に担いで歩き始めた。横抱きされるよりはマシとはいえ傷が痛む。
「連戦が続いたとはいえ、自己管理も出来ていないなら前線に出るな」
…………ッ」
「お前の死はお前だけのものじゃない。お前はもう一般隊員じゃないんだ。今回はボクがいたから良かっただけで、次はない」
「はい……
「保科。命の賭けどころを間違えるな」
……はい」
 悔しさに唇を噛み締める。副隊長になった。でも、僕はまだまだ弱すぎる。
 俯けば最強を背負ってなお、気高く立ち続ける人の背中が見える。目の前にあるのに、それはひどく遠く見えてならなかった。
 ポン、と背中に手を当てられる。たまたまだろうか、それとも————
 どちらでもいい。ただその手の力強さを、温かさを僕は忘れてはいけないと思った。


Posted by 冬暁/薄明