よつもり
2025-12-14 20:44:02
2413文字
Public 2025年
 

二次創作同人経験が資格試験勉強に活かされている話でもしようか


色々なめぐり合わせとタイミングにより、ヨッシャ国家資格の一つでも取ってやるかと思い立ったのが10月下旬頃だったでしょうか。
その資格は法定のカリキュラムの受講が必須であるため、まずはスクール探しから始まりました。
高いところだと50万円(パンフレット:上質紙フルカラー)、
平均価格は30万円前後(パンフレット:普通紙スミ一色刷り)の中で、
運よく20万円(パンフレット:PDFを自分でダウンロード)のスクールを見つけることができました。

20万円、キミに決めた。

というわけでサクッと入金。授業が始まったのが12月6日。
授業はすべてZOOMでの実施です。
週一回、朝9時半から夕方の18時半まで。
トイレ休憩や昼休憩を適宜挟むものの、かなりの長丁場です。

受講生は日本各地からの参加です。
年齢も性別も仕事も様々。
というわけで自己紹介から始まる。

さて、ここで思ったのが、皆さん自己紹介ってあんまり得意じゃないんだなということです。
ZOOM、つまりオンライン通話だと尚更、空気感が掴みづらい様子で、大半の人は緊張した様子で、話をすることに戸惑いが見えました。
そもそも自分の経歴や自分の話を、その場で即興でまとめて人に聞かせる形で口頭で述べる、というのは、もしかすると普通はあまりしない経験なのかもしれません。
「長年営業をやっておりました」というおじさまが一人おられて、流石、喋りがうまい。こういう方は聞かせる話し方をしますね。

私はXのスペース機能で、一時間一人で喋りたおすということをしょっちゅうしていたからか、回りの反応はともかくそこそこペラペラと喋ることができましてですね。
創作界隈というものはそれぞれ仕事や家庭のバックグラウンドが違う人が集まっているものですが、今回参加している講義のクラスの受講生も同じようにそれぞれの仕事や家庭がある中で、たまたま集まった人たちなわけです。オタクか勉強かという違いはあれども、そういった違う環境にいる人が共通の目的で偶然集っている、という中で発言をするのも、私はそんなに抵抗がありませんでした。
何に活かそうと思ってやっていたわけでもないオタク活動が、なんだか妙に活きているなと思い始める。

さて、座学で歴史や倫理や理論を山のように詰め込むわけですが、
ここに関しても、いくらかうんざりはしているんですがさほど戸惑いや抵抗はないわけです。
だって、私たちオタクは、山のようにいるキャラクターの名前とプロフィールとストーリーと能力と武器と好物と誕生日まで諳んじることができる生き物ですよ? 関係図まで頭の中に入っているんですよ?
脳の容量はたっぷりあるということが肌身でわかっているのに、勉強だけには適用されないなんてあるわけないじゃないですか。
もし「歴史も倫理も理論も覚えれないよ。ぴえん」とか言えないわけですよ。自身に能力自体はあるわけなんですから。
興味のあるなしが関連するにしたって、自分から申し込んで20万円払って、そして今後それを飯の種にしていこうと思うなら、興味ないのでなんて言ってられないですし、とっとと覚えないとお話にならないんですよね。
というわけで、ただの暗記部分はさっと覚えちゃおうと思えるんですが、勉強に対する心理的ハードルもかなり低くなっているなということに気がつくわけです。

さて、講習には実習やワークのパートもあり、すでに触りの部分は始まっているわけですが、
課題を出されて「さあやってみましょう」と言われて、15分のタイムリミットを与えられるのですが、私は5分もあればある程度形になるんですよ。
人によっては時間内で形にならずに発表段階で混乱している様子が見られたりなどありますが、それはその人の能力が低いというわけではないんです。だって皆さん立派に社会人を長くお務めで、更に資格を取って今後に活かしたいという志のある方ばかりなので。
というわけで様子を伺っていると、そもそも「文章にする」であるとか、「考えを形にする」ということに慣れていない様子なんですよね。まずは自分をサンプルに理論に当てはめてみましょう、というようなワークが出されたときは、自分の経験を思いついた順に喋るけれども、理論のフレームに当てはめることができないという。

オタクは文章を書くので
妄想過多の二次創作小説を書いて早年。
小説を書くというものはつまり、情報を物語のフレームに当てはめて構成して記述していくという作業なわけです。
これが妙に活きているなと思われてなりませんでしたね。

Xに妄想を詰め込んで投稿することだって、頭の中にあることを字数の制限がある中で表現するという訓練ですからね。
これだってたぶん何らかの力になっている。

こうやって誰に要求されたわけでもない日記やエッセイをひたすらカタカタ書くということを続けていたのも良かった。
私は自分への理解がかなり進んでいる方なんだなということが、他の人との比較でわかりました。
「自分は何者か」「何をしたいのか」「どこに向かいたいのか」ということが自身で分かるというのは大きなアドバンテージだなということを実感します。

オタクって求められてやっていることではないし、ただの趣味だし、持ち出しだし、
それでも楽しくて自己満足でやっていたことが、とあるジャンルのとある場所においては、
かなり強みになる能力として発現してきていて、なんか面白いなということを思いましてね。
伏線が回収されている感覚とでもいいましょうか。

そういうわけで、二次創作同人オタクであったこれまでの人生が妙に活かされて今後の飯の種として統合されていくような感覚があります。不思議ですね。
人生どんなふうに展開するかわからないものだなあとつくづく思います。楽しくやっていきたいと思います。