きなこ湯
2025-12-14 17:47:39
1353文字
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確信犯


カネブラ、3rd後帰りが遅くなったヒロインとそれを不満に思いつつ出迎えるトキシンの話。
大学生編という存在しない記憶です。ヒロインが善良ではありません。なんでも許せる人向け。


 大学生になり、夜遅くまで出歩くことがちらほらと増えた。同じプチゼミの友人と期末レポート提出の打ち上げでご飯に出かけた夜、一軒目を出たところでトキシンから数件の不在着信とメッセージが入っていることに気付く。迷った末、友人たちがカラオケに行くつもりらしいと聞いて、〝迎えに来なくても大丈夫〟と返信した。味のわからないご飯ならまだしも、カラオケなら楽しめる。
 都心にアクセスの良い神無町の終電は比較的遅い。案の定すっかり日付が変わってから帰宅すると、すぐにトキシンが玄関先まで出迎えにきた。

「こんなに遅くなるなら俺が迎えに行ったのに」

 どうやらわたしが帰宅するまで起きているつもりだったらしい。明らかに不満げな顔を見上げて、しまったなと思う。これをきっかけに今後トキシンが迎えに来るようになったなら、わたしの平穏な日常はあっという間に崩れ去るだろう。
 であれば、ここでとるべき選択肢はひとつ。
 わたしは靴を脱いで、正面からトキシンに抱き着いた。くたっと緩い部屋着には、当たり前だけどトキシンの匂いが染み込んでいる。最初の頃は他人の気配がしたはずなのに、もうすっかり馴染みのある匂いになってしまった。
 頭上から狼狽える素っ頓狂な悲鳴、それからごくりと唾を飲み込む音が聞こえてくる。身体の横で行き場をなくした両腕があちこちさ迷った末、ぎこちない仕草でわたしの肩を緩く掴んだ。

「どっ、どうしたの、いきなり」裏返った声が恐るおそる続ける。「……もしかして、酔ってる?」

 うんともううんともつかない声で返事をして、背中に回した手に力を込める。ほとんど凭れかかるような体勢だ。これなら〝酔った末に正気を失っている〟ように見えるだろう。
 ダメ押しに、敢えて舌足らずな声で「ただいま」と囁いてみる。――さあ、これで騙されてくれたならいいのだけど。

「う、うん。おかえり。……お前がちゃんと帰ってきてくれて、嬉しいな」

 凭れるわたしを支えるように肩を掴んでいた手がゆっくりと離れてゆく。それが背中に回り、きっと抱きしめ返してくれると思った瞬間、わたしはその両腕の隙間をくぐりぬけてトキシンから離れた。

「えっ?」

 空ぶった腕はそのまま、トキシンがこちらを振り返る。間髪入れず「お風呂入ってくる」と言うと、トキシンは澄んだ青色の目をぱちぱちと瞬かせ、一拍遅れて頷いた。

「あ、ああ……うん、そうだね。たぶん湯船冷めてるから、ちゃんと追い炊きしてね」

 わかったと頷き、そそくさと部屋から着替えをとってくる。廊下の途中、きちんと自分の部屋に戻るトキシンの背中が見えた。
 これでさっきの不満を忘れてくれたなら上々だ。トキシンはその場の気持ちを最優先に動く男なので、おそらくこれで大丈夫だろう。軽い足取りで脱衣所へ向かうと、まだ起きていたらしいヨルがキッチンから顔を出す。

……アンタ、本当に悪びれねぇな」

 嘆息しながらそう言ったヨルに、これは仕方のないことだよと答える。トキシンにつきまとわれる日常なんて、平穏からはほど遠い。それに酷い言葉で傷つけたわけでもないのだ――多少の意図的な誤魔化しはあったかもしれないけれど。
 ヨルは何も言わず、ただ胡乱げな様子で肩をすくめた。