toko-honey
2025-12-14 14:19:41
4000文字
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髪飾りのおまじない

2025年12月14日のタクミ誕のレオタクです。
流鏑馬をするタクミのお話。
タクミが流鏑馬をしたらかっこいいだろうなーと思って書きました。
あと、お話に出てくる髪飾りはFEHのお正月タクミのデザインがモチーフです。レオタク推しなので何でもレオタクに結びつけます。

 新年の空気は冷たく張り詰め、空は晴れていた。
 タクミは馬上から顔を上げた。正面には両側に縄の張られた陣道が長く続いている。先ほどここをタクミよりも年少の射手を乗せた騎馬が駆けていった。その姿が小さくなったと思ったら、遠くから歓声が聞こえた。
 この陣道の先には湖があった。左手にある湖のほとりには的が三つ並んでおり、道を挟んだ反対側には見物人が大勢集まっている。
 シラサギ城の前庭で行われる流鏑馬は白夜王国の新年の行事のひとつであった。数人が馬で陣道を駆け、的を射る。射手に選ばれるのは弓の名手ばかりだった。タクミも王子として腕前を披露することになっていた。出番は最後だ。
 歓声があったということは、先ほどの少年は見事に的を射抜いたのだろう。彼だけではない。タクミより先に出た射手たちはほとんど的中させていた。弓と手綱を持ったタクミの左手にじわっと汗がにじんだ。
――もし外したらどうしよう。自分だけが全部外したら。
 気弱になっていることに気づき、悪い考えを追い払うように小さく首を振る。
 タクミは髪の結び目に手を触れた。高い位置で結んだ髪の根元からは、紅白の布でできた髪飾りが垂れている。
――大丈夫。絶対に当たるよ。
 髪飾りに触れると、優しくかけられたレオンの声が思い出された。
 タクミは陣道の先に目をこらした。この先の群衆のどこかにレオンがいるはずだ。彼は来賓として一番いい席に座っている。ここからは遠くて判別は難しいけれど、木の枝のすき間から、金の髪のきらめきが見えた気がした。


 ◇  ◇  ◇


 戦後初のタクミの誕生日にはレオンがお祝いに来てくれた。国として特に式典を催さなかったにもかかわらず、彼はわざわざ白夜王国まで顔を見せに来て、直接「誕生日おめでとう」と言ってくれた。
 暗夜王国との国交正常化を最優先にしていた時期だから、両国民への政治的なアピールの意図もあったのだろう。だがどんな意図があろうとも、タクミは彼が来てくれたことが嬉しかった。
 会食後、来賓用の部屋で二人でお茶を飲んでいるときに彼が言った。
「何だかぼんやりしているね。もしかして、僕のプレゼントはお気に召さなかった?」
 プレゼントのことが冗談なのはすぐにわかった。
 レオンからのプレゼントは暗夜の哲学書とスープのレシピだったのだ。タクミの好みを熟知しており、少しの文句もあろうはずがない。戦時中の拠点で触れて以来の暗夜の哲学書は物珍しくて興味深かったし、スープのレシピを渡されたときは拠点での会話を思い出して思わず吹き出してしまった。
「ぼんやりしてた? 僕」
 レオンはうなずくとタクミの湯呑みに視線をやった。目の前の湯呑みはいつの間にか空になっていた。その湯呑みにレオンがお茶を注いでくれる。
「ありがとう、……ごめん」
 失態だ。よりにもよってレオンの前でぼんやりしてしまうなんて。一緒の時間を退屈しているのだと誤解されてはいないだろうか。
「謝らなくてもいいよ。それより、何かあった?」
「ちょっと考え事をしていただけだよ」
「心配事?」
 そう聞かれてタクミはレオンの顔を見た。
 なぜ彼にはこんなにも自分のことがわかってしまうのだろう。
「うん、ちょっとね」
「僕に話せること? それなら話してみなよ。少しは心が軽くなるかもしれない」 
 優しくかけてくれる言葉は気の置けない友人としての言葉だ。初対面の頃の嫌味な口調を知っている分、今は本心からこちらを気遣ってくれているのだとわかる。この友人の前では白夜王子としての対面を気にしなくてもよいのだと思ったら、すらすらと言葉が出た。
「毎年のことなんだけどさ、僕、誕生日が来るたびに憂鬱になるんだ。『ああ、またこの時期が来ちゃったか』って」
「毎年?」
「そう、毎年」
 レオンが不思議そうな顔をする。
「誕生日に何か嫌な思い出でもあるの?」
「誕生日そのものにはないよ。でもさ、僕の誕生日から半月経ったら新年だよね? その新年の行事が問題なんだ」
「問題って?」
「流鏑馬だよ」
 レオンが合点のいった顔になった。
「ああ、それなら聞いているよ。白夜から招待があったからね」
 新年の行事の流鏑馬は来年も予定通り行われる。今回は初めての試みとして、その行事に暗夜王族を招いたところ、レオンとエリーゼの二人が来訪することになっていた。
「新しい年を迎えた祝いを兼ねて、武芸を披露する場なんだろう? どんなものなのか楽しみだな」
「見る方は気楽に楽しめばいいけどさ、する方としては大変なんだ」
「タクミ王子も参加するんだ」
「当然だよ。王子は必ず参加することになっているからね」
 リョウマも今年の新年にはタクミと共に参加していた。でもリョウマは今や白夜王だ。流鏑馬を披露する王子はタクミだけになってしまった。
「流鏑馬に参加するのは王族だけじゃなくて、弓の得意な将や、子供も参加する。でも一番注目を集めるのはやっぱり王子なんだ。特に僕は風神弓を継承しているから」
「過度に期待されるのを重荷に感じているってこと?」
「その通りだよ」
 タクミはため息をついた。
「的に当ててしまえばいいことだし、ここ数年は練習でも本番でも外したことなんてないんだけど。でも、つい悪い想像をしちゃうんだ。『外したらどうしよう』って。毎年誕生日になるとその心配をするようになっちゃって」
「外したらどうなるの」
「別にどうもならないよ。表立っては誰からも何も言われない。でも僕が外しちゃったら、裏で誰かに何か言われるんじゃないかって思うと、絶対に外せなくて」
 レオンは「そうなんだね」と言うと考える素振りを見せた。
 その真面目な顔を見てタクミは少し後ろめたくなった。ちょっとだけ嘘を吐いたからだ。
 流鏑馬のことが心配なのは本当だ。毎年誕生日付近になると不安で落ち着かなくなってしまう。
 でもその理由は違っていた。的を外して誰かに何か言われることが嫌だったのは前回までの話だ。次の流鏑馬でタクミが何よりも恐れるのは、レオンにがっかりされることだった。
 要するに、タクミはレオンにかっこ悪いところなど見せたくないのだ。
 そもそもレオンはタクミが的を外したくらいのことで失望などしないだろう。だが、それではタクミが嫌だった。何としても成功させ、彼の前でかっこいいところを見せて、関心を引きたい。そして。
――もっと自分を好きになってもらいたい。
 ふと浮かんだ本心にドキリとして、軽く身震いする。レオンを見るとそんなタクミの様子には気づいていないようだった。いつも通りの、タクミの好きなきれいな顔のままだ。半分ほっとして、半分残念に思う。
 今の友人関係だって十分だと思うのに、もっともっとと高望みしてしまう。自分が彼のことを好きなくらい、彼にも自分を好きになって欲しかった。彼の整った顔も、自信満々な態度も、ふと見せる優しさも、タクミを惹きつけて止まない。
 幸いなことに、この気持ちを彼にぶつけないだけの分別はあった。だけど、思うくらいなら自由だ。
 考え込んでいたレオンが言った。
「おまじないをかけよう」
「おまじない?」
 レオンは白いシャツの襟元に手をやった。柔らかそうな幅広の白いリボンが緩く結ばれており、胸の前に垂れている。
 レオンはリボンを解くとするりと引き抜いた。手に持ったリボンに向かって何事かを唱え、タクミに渡してくる。
「はい。これを持っていれば失敗しないよ」
「えっ?」
 渡された布はふわりと軽くて、想像通りの柔らかさだった。
「これに魔法をかけたってこと?」
「魔法っていう程じゃないんだけど、ほんのおまじないだよ。『タクミ王子が失敗しませんように』ってね。ブリュンヒルデの継承者がかけたおまじないなんだ。効果はあるよ」
 レオンはふふっと笑った。
 不安に思う気持ちを励ましてくれているのだとわかり、タクミの胸の中がみるみる温かくなる。魔法ではないということはこのリボンはあくまで普通の布なのだろう。けれど、タクミにはそうは思えなくなっていた。
「大丈夫。絶対に当たるよ」
「うん、そうだよね。ありがとう、レオン王子」
 タクミは白いリボンを手のひらの上で折りたたみ、きゅっと握りしめた。勇気がそこから身体の中に流れ込んでくるような気がした。


 ◇  ◇  ◇


 レオンにもらったリボンをどうやって本番で身に付けるべきか、タクミはしばらく悩んだ。
 服の中に収めていたのではレオンからは見えないし、手首に巻き付けるのは包帯のように見えて見栄えがよくない。
 髪の結び目に巻くのが自然なのだろうが、そのまま白い布を結んだのでは芸がなさ過ぎて恥ずかしかった。どうにかして自分とレオンにだけわかるようにはできないだろうか。
 髪に結んでいるいつもの赤い布と、もらった白いリボンとを両手に持って見比べていると、オボロが声をかけてきた。
「縫い合わせて紅白にするのはいかがですか?」
 お任せ下さいという言葉を信じてオボロに二枚の布を託すと、表が赤で裏が白のリボンができあがった。おまけに彼女は同じ布で紅白の正方形の角が交互に連なった紙垂風の飾りも作ってくれた。リボンと組み合わせると、見事に新年にふさわしい髪飾りとなった。

 そして今、タクミは流鏑馬用の衣装に身を包み、例の髪飾りを付けて馬上にあった。髪飾りの布にはレオンのおまじないがかけてあるのだと思ったら、彼が側にいて励ましてくれるように思えた。
 合図を受けて馬を走らせる。腰を浮かせて弓矢を構えると、すうっと気持ちが凪いだ。的が迫ってくる。
 目の端が、貴賓席の金の髪を捉えた。
 放った矢は、次々と的の中心に吸い込まれていった。