Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
よるうみはる。
2025-12-13 12:55:23
9038文字
Public
原作軸
Clear cache
逃げられない席に座っていた。
2月に出す予定の本の途中まで、一応キリが良い感じのとこでは終わってます。
この後の話と、肉体関係を入れるか全年齢で終わらせるかは今から模索したいです(今から…?)
おしゃれな話を書きたくて、iris-outとファタールを永遠に流し続けてたのでその辺がBGMです。
黎明にとってのオムファタールであれ敬一くん。
あと叶黎明は絶対うつくしい男であると思っているので、うつくしく魅力的な28歳でいてほしい。
れめしし、うつくしい二人であれ。
ギャップ、というものに人は弱いらしい。
いつも見ているものが、普段とてんで違う行動をしてしまう場合、人はそれに何らかの感情を突き動かされる。怒りなのか、喜びなのか、驚きなのか。千差万別に衝き動かされる感情の前に、人は魅力を感じるものだ。
獅子神敬一もまた、それは例外では無かった。
普段、ストリーマーとして動画配信やトークを主に行っている叶黎明といえば一九〇センチもの巨躯にも関わらず萌え袖に角つきフード、そのうえ紫色のアーガイルパンツというとんでもない格好で配信をやっている。
――
が、その言動はおおよそ可愛らしさからは一線を画して、口も粗暴も悪く、彼の世界に入ることを赦されなければ即ブロック又は垢バンということになる。まさしくその様は暴君と呼ぶに相応しい。彼の王国における王様らしき振る舞いに、視聴者
――
彼風に言えば【観測者】たちは、魅了されているというわけだ。
とはいえ、獅子神がこれに対してギャップを持ったことは無い。
そもそも出会い頭に「暴かれたいって顔してるぞ」と宣ってきたような男だ。瞬間的に、地の果てまで追い詰めてくるタイプだと認識してからは一線を引いていた。獅子神の中での評価は、変な格好のイカれたギャンブラー。それ以上でも以下でもなく、ただ真経津と似た友人だというだけだ。
ならば、どこでギャップっていうものを感じたか
――
。
それを問われたならばやはり、あの時だろう。
ハーフライフの初試合。
獅子神が降り立った死地の先、叶は別人のような姿で現れた。
場の空気を丸ごと変える服と所作。いつもの暴君が、静かに牙を隠した獣のようにそこに立っていた。
あの瞬間、獅子神の中で何かが音を立てて転がり落ちたのを覚えている。恐怖と、見惚れたという事実が、同時に胸を掴んだ。あの時の獅子神は畏怖とも驚嘆とも言える感情を渦巻かせ、期待で見遣れば、そこにはバケモノが口を開いて待っていたという話だ。
当たり前だが、ゲームとして当たる可能性を考えなかったわけではない。ハーフライフでどんな相手が来ても殺す覚悟を持っていた。けれども【友人】という枠組みを殺せるかという話に関しては、準備をしていなかったという方が正しい。その点から恐らく獅子神は叶黎明という男とすでに勝敗を別っていたのかも知れない。今更ながらにそんな風に思う。
それから彼を観る目が、またひとつ変わったのは自明の理だろう。
さて、そんな獅子神がゲームを経てから数日。叶黎明からひとつ連絡が届いた。
普段、彼はグループチャットの方へと連絡を寄越すことが多かったが、その日届いたのは、個人宛のチャットだった。
『食事に行かないか?』
文面は実にシンプル。
文字から彼の真意を汲み取るのは難しく、二つ返事をするのも容易ではない。デスゲームをしたからと言って、叶の態度は特別変わることもなく、以前と変わりはない。それを残念だと少しばかり思っている自分がいるのも確かだ。
とはいえ、それがどうしてなのかという明確な理由付けは獅子神本人の中には無かった。漠然とした不安のような、何か不明瞭な意識が、そこにはあるのだ。
既読を付けたままスルーする訳にも行かず、食事に行くことを了承する旨を送った。
瞬時に、その返事を待っていたと言わんばかりに、叶から折り返しの連絡が届く。日時、場所、それからドレスコードの指定。
流れるような速さの文面に、思わずぎょっとする。
そのうえ、ドレスコードがいるような場所へ食事に行くのかと、思わず電話を掛けて真意を問いただすべきか。てっきり軽食程度の何かを予想していたので、叶から高級レストランの指示はなんだかちぐはぐにも見えた。やはり文字からの真意は読み取り難い。
しかも個別のメッセージを送っている。どう考えても、二人で、ということだろう。以前、真経津にパーティーと偽られた時と同じであれば他にいるのかも知れないが、叶は少なくともそういうタイプでは無い。逡巡しているうちに液晶画面が電話の画面に移り変わった。叶からの電話だ。
『敬一くん』
耳に充てると、穏やかに名前を呼ばれる。普段はうるさいほどの声量だが、獅子神と二人、もしくは騒ぐ人間がいなければそこまで大仰に声を上げることは少ない。
「メッセージ、読んだ。ずいぶんたけぇ店だな」
『うん、初めて二人でご飯に行くならいいとこがいいなって』
電話越しの叶は少し浮ついているのか、なんとなく嬉しそうな気配がする。字面だけでは乾いているよう感じたそれも、途端に温度を持ち始める。
『そういうことだから、ちゃんとおしゃれしてきてね』
「
……
おしゃれ、な」
茶目っ気に彼がそう伝えて、電話は切れる。おしゃれ、という単語に獅子神は口をへの字に曲げた。
正直、そういう概念がいまいちピンと来ない。とりあえずはファッション雑誌に載っているものを着れば、それなりに見繕えるだろう。そもそも高級レストランと言っても差し支えない場所であるならば、フォーマルであれば間違いない。
とはいえ、ただふつうに着こなすだけでは面白みに欠けるため、叶が洒落ていると褒めてくれるような格好を悩む羽目になったのだった。
■ ■
「これでいいか
……
?」
鏡の前で何度目かのチェックをしながら、獅子神はなにが正解なのか分からなくなっていた。
ベッドには朝から脱ぎ散らかした服が散乱し、あーでもないこーでもないと取っ替え引っ替えを繰り返す。叶と会うのは夜の七時だが、朝から浮足立った心地で獅子神は服装のひとつも決まらない。さてどうしたものかと、ウォークインクローゼットのジャケット群を見つめた。
手持ちには白のスーツが多く目立ち、やはり必然とその色に手が伸びる。もちろん無難に黒やグレーもあるが、白は自分自身をピカピカに見せるためのアイテムだ。純白であるからこそ、自分はそこに近付けると、そんな風に夢想するためだった。
――
が、最近の獅子神にとっては、日常の切り分け、覚悟の色になっている。今日はある意味では叶の元に赴き、真意を探るという行為が必要だ。そのためにはやはり、白、だろうか。
正直なところ普段はファッションに頓着するほうではない。基本、気に入った同じ服を何着か着まわしているような性分なので、洒落ているかと言われれば違う。だが、叶から「おしゃれしてきてね」と言われた以上、適当に濁すことはしたくなかった。だからこそ選んだのが、妥協のない純白のスーツだった。
ジャケットはシングルの二つボタン。形はクラシックだが、肩のラインは自然で、無理に盛っていない。余計な飾りはなく、ただ体の線をまっすぐに見せる潔い白。皺さえ目立つ厄介な色なのに、それを堂々と着こなせるのは、自分の体躯しかないと知っている。獅子神の背丈と胸板の厚みが白に反射して、存在感が飾りのようなものだ。
シャツは淡いライトグレー。真っ白に白を重ねるとブライダル感が強すぎるため、獅子神なりの直感で一段階だけ色を落とした。これが偶然にも、白スーツを硬派に寄せている。襟はセミワイド。ネクタイは悩んだ末、光沢のないシルバーを。変に主張せず、だが誠実さだけを表に出す一本に。
胸ポケットにはポケットチーフを挿していない。飾り立てるのは性に合わないし、無理に華やかさを加えるよりも白の潔さを崩したくなかった。そもそも獅子神の顔の造りがすでに派手なのだ。彫が深く、アイスブルーの瞳に金糸のブロンド。すべて自前なので、必要以上な華美さは下品になるだけだ。
パンツは細すぎず太すぎず、動きやすさを優先したストレート。裾はシングル。靴は丁寧に磨かれた黒のストレートチップ。獅子神がフォーマルを選ぶならこの形しかないと言わんばかりの、正攻法の選択だった。
「まあ、これで問題ないだろ、
……
」
無骨で、飾り気がなく、けれど真面目に整えられた白のセットアップ。これでいいだろう、念を押すように口にする。アクセサリーの類を付けるか悩み、ラウンドのカフスをひとつ左の袖口に留めると、獅子神は予定時間に間に合うよう、目的の場所へ向かうために呼びつけたタクシーへと乗り込んだ。
行先は、最近増えた外資系五つ星ホテル。その最上階が予約の会場である。
投資家同士のイベントでこういう場に来ることは時々あるが、たいていが立食パーティーだ。ましてや今夜のようなディナーというのも数えるほどしかない。
その上、今夜のディナーは、叶黎明という男からのお誘いである。そもそもやはり、叶と高級レストランというのはあまり結びつく組み合わせでは無かった。普段と言えば、オーバーサイズのパーカーを着ていて、奇抜なファッションなのに上手く人混みに溶け込ませている。ジャンクな店先に屯している方がよほど想像に容易い。
こういう場を自ら設けたのだ、恐らくは彼も相応の格好をしているだろうが
――
。
「敬一くん」
やわらかに声を掛けられ、振り返る。獅子神の目がそこへと釘付けになった。
見慣れたはずの顔だった。けれど、そこに立っていた男は、普段の姿とは異なり、洗練されたうつくしい姿がそこにあった。思わず、口を開くより先に彼の格好を眺めてしまう。
街の灯を背に、叶黎明がまるでスポットライトを浴びた主役のようだ。常々、自分が観られるという立場なのを理解している言動をするが、この日ほどそれを明確に悟ったことはなかった。
獅子神が白のスーツで清潔感を纏うなら、彼はその真逆だ。身に纏ったのは、深い墨をそのまま形にしたようなブラックスリーピース。黒に近い紫で、シルクの糸を極限まで密度高く織り込んだ生地特有の、鈍い艶が波のように走る。動くたび、光のグラデーションが彼の体格を露骨に浮かび上がらせた。
ジャケットはピークドラペル。縁にはごく細い赤のパイピング、彼の瞳と相まって獰猛さすら帯びていた。ボタンはあえてマットな黒。光らせれば豪奢になるが、それをしないのが叶らしい。華美より支配力が勝つほうを無意識に選んでいる。中のベストは同じ生地だが、前身頃だけ微細なヘリンボーン柄が織り込まれ、近づかなければ分からない程度の遊びが入っていた。
シャツは黒に沈まず、ほのかに青みを帯びたチャコール。首元を一切崩さず留め、黒の細身のネクタイは、彼の気質とは真逆のほど端正な結び目だった。そのアンバランスさが、むしろ雄の風格を研ぎ澄ます。
アクセサリーはほぼなく、ひとさし指にシルバーがひとつ着いているだけだが、十二分に叶を飾るために発揮されていた。
足元は、艶を抑えたプレーントゥのレースアップ。この場にいる誰よりもフォーマルなのに、誰よりも危うい。白いスーツの獅子神を照らす光の中で、叶黎明は影を連れて歩く男として立っていた。
髪は無造作に後ろへ流しているのに、光の拾い方が計算されているみたいに整っている。ジルコンの小粒が目元にだけ置かれ、ボルドーのアイライナーが刃物のように視線を縁取っていた。
「なんだ、お気に召さないか? 敬一くん」
笑う声は低く、やけに静かで、いつもの暴君とは別の生き物だった。
獅子神はうまく視線を合わせられない。叶はそれを当然のように許さない。自らを観測しろと、他者に強要する叶の手が伸びてきて、獅子神の顎先を掬う。
「俺を見ろ」
長身の獅子神よりも更に背の高い男を見あげるように、視線を絡める。そこには上等な光沢の奥に潜む獣がいた。ひとつも誤魔化していない、磨き切ったうつくしい男。自分はといえば服装以外に気が回っていなかったと反省をする。
それを見越したかのように、叶が口を開いた。
「敬一くんも今日は特別に着飾ってくれたんだろう?」
「
……
まあ、でもお前ほど丁寧じゃなかった。悪い、もっと
――
」
真っ黒なネイルが咎めるように口を塞いだ。
「もっと? これ以上魅力的になっちゃうのか?」
いたずらを思いついた子どものような顔で目を細める叶が、まるで内緒話のように声をひそめる。獅子神のオールバックに撫でつけられた髪から垂れた一房を、そろりと耳口へと掛けた。
「オレのことを考えながら服装を選んだんだろう? それ以外に必要なことなんてあるのか?」
不意に手首を取られる。カフスを付けた方の手首は叶にはバレバレだったようで、丸みを帯びたラウンドの光にくちびるが触れる。
「これは」深く、一見すれば黒にも見えるようなアメジストの紫。目立ちすぎないのに、覗き込めば深淵を覗き込むような気持ちになるのは、叶とよく似ていた。「オレの色だろ?」
わざと選んだそれに、獅子神は視線を瞬きだけで返事をした。
そのうちにふと、周囲のざわめきが気になりだし、獅子神は慌てて手を離す。「寒くなってきたから、早く行こうぜ」誤魔化すように言い逃げると、叶はその背を追いながら、目元だけで静かに笑った。
大理石のエントランスに獅子神と叶が足を踏み入れると、視線が集まる。
高い天井から落ちてくるシャンデリアの光が、獅子神の白を鮮やかに浮かび上がらせ、隣を歩く叶の黒を深く沈めていた。対照的な二色が並ぶだけで、ロビーの空気がさざめく。
白は光を引き寄せ、黒は影を引き連れる
――
そんな二人が揃えば、目を奪われるのも当然だった。
スタッフが一瞬だけ息を呑むのが分かる。宿泊客たちも会話を切り、ちらりと二人の後ろ姿を追ってしまうほどだ。長躯のスタイルの良い二人の関係性を探るような視線に居心地悪く、獅子神はどことなくバツが悪くなり肩をすくめる。隣の男が、今日に限っていつもの百倍は目立つせいでどこか落ち着かない。
叶はというと、
――
注目を糧にする生き物みたいに、微かに愉快そうな気配を漂わせていた。まるで「もっと見ろ」とロビー全体に命じるような、静かな支配力が充満していた。とはいえ、今宵は二人の愉しみを邪魔させるつもりは無いのか、気軽に話しかけられるような雰囲気でもない。
歩幅の大きい二人が並んで進むたび、床の大理石が低く光を返す。
まるで、これから始まる夜のために道が整えられているかのようだった。
鏡面のように磨かれたエレベーターホール、エスコートされるがままに乗り込んだ密室は、妙に緊張を孕んでいた。
叶の距離が、いつもよりずっと近くにある。
箱の中は外が見えるように外壁がほとんどガラスで、上へ行くほど街の光が足元に沈んでいく。密室のはずなのに、ガラス越しに外の夜気が入りこんでくるようで、呼吸が少しだけ浅くなった。光の加減で、外の夜景と叶の横顔がひとつの画面に重なるように映る。磨かれたガラスに夜景が流れ、室内の照明が淡く反射して揺れる。高級ホテルの匂いと、叶の体温だけが確かな現実だった。
「ちょっとドキドキするな」
黙っていると見知らぬ他人のような気配だが、口を開けばいつもの叶なのでどこか安堵する。
「こういうのって、落ちたらどうしようって考えたりしない?」
「こえーこと言うなよ」
ガラス張りのエレベーター、これもまた天空レストランと銘打つこのホテルの最大の売りだ。
視界の端では、遠ざかる街の灯りがゆっくり沈んでいく。叶はそんな景色にまるで動じず、軽口のまま獅子神の反応だけを楽しんでいる。
エレベーターが滑らかに減速し、静かな電子音とともに扉が開いた。
外に出た途端、空気が変わる。
ロビーよりもさらに落ち着いた照度で、足音すら吸い込むような静けさがある。磨かれた床に照明が淡く滲んで、遠くの窓辺には夜景が一枚の絵みたいに貼りついていた。
獅子神が一歩踏み出すと、叶も自然にその背へ寄り添う距離でついてくる。エスコートというより、見守るような歩幅だ。
すぐにスタッフが二人へ視線を向け、柔らかく会釈する。叶は予約をしていたのだろう、スタッフと二言三言交わすと、給仕の男が席の方へと案内を申し出た。
食事スペースは、エレベーター付近とは対照的に柔らかなロールカーペットが敷き詰められている。二人が歩くと談笑していた他の客が一瞬だけ声をなくす。視線が絡み、そうしてまた元に戻る。叶はどこまでも誇らしげなので、こういう時ほど彼の自信家な様子を羨んだことは無かった。
すれ違う客の視線がほんの一瞬擦れるが、獅子神の白と叶の漆黒が並ぶせいか、どれもすぐに吸い込まれて消えていく。二人の影だけが並んで揺れ、照明の切れ目ごとに長さを変えた。
中央にはバーのようなカウンターがあり、その奥にテーブル席が広がっている。案内された席は、窓際の半個室。外の光と店内の灯りがほどよく混ざり、テーブルには控えめなキャンドルの火が揺れている。
「ジャケット脱いでもいい? やっぱりちょっと慣れなくてさ」
断りを入れる叶に、特に問題ないと肯定する。獅子神もまた、ジャケットの前ボタンだけを外し、席に着いた。間接照明にキャンドルの炎。あの日の試合のように、死の間際に触れるような緊張ではない。それだけは確かだった。
テーブル越しにちらりと叶を見遣る。落ち着いた照明が、叶の輪郭をいやに鮮明に切り出していた。影と光のあいだから浮かぶ頬骨の角度が、普段よりもずっと男らしい。
角付きフードが[普段着]と言えるのかはさておき
――
あれを被っている時の叶も端正さが隠れているわけではない。こうして【普通】の恰好をするだけで途端に色気だけがあふれるのだから、人というのはいろんな側面があるのだなと感心すらした。
「食事に合うのでいい」
席に着くと、その場に留まっていたウェイターに酒に明るくない旨を素直に伝える。ウェイターがメニューを差し出したワインリストを片手に控えた。
獅子神は置かれた水に手を伸ばし、喉の渇きを潤す。見知らぬ場所に放り出された迷子のような緊張感が残っていた。
「敬一くん」
二人になった途端、普段より低めの落ち着いた声音が響いた。目元だけがわずかにほどけた叶の表情に、胸の裡がどきりと跳ねる。睫毛に縁どられた眼差しが熱を帯びているように見え、どことなく試合の時の印象と重なる。
「なんかずっと緊張してるね」
「するだろ。なんかいつもとちげえから」
獅子神からすれば、叶からの誘いから惑わされっぱなしなのだ。普段とやけに雰囲気を変えてきた男の姿を受け止めるには、まだこの時間までには難しいものだった。
「まあオレも敬一くんにかっこいいって思ってほしいから気合い入れちゃったのは認めるんだけど」
「なんだよそれ」
思わず笑みがこぼれると、叶が「ようやく笑ったな」と呟く。ずっと気付かない間、しかめ面をしていたことを指摘され、目じりを下げる。
「
……
でも、黒にして正解だった」
叶の声のトーンが、ひとつ、低くなる。
「対になるようにしたら、
――
ペアに見えるだろう? みんな見てた、オレたちのこと」
その意図を汲み取り切れず、獅子神はぱちくりと瞬きをする。「敬一くん」周囲の音が消えたみたいに、はっきりと聞こえた。獅子神の胸の内側だけが、音もなく崩れていくような感覚がした。
指を組んで、叶が緩く前に傾けたため距離が近付く。そのわずかな角度だけで距離が縮まり、獅子神の呼吸は自然と浅くなる。
照明が叶の頬のラインに沿って滑り、鼻梁の影が長く落ちる。すぐそこで、静かに光をまとっている。
「なんだよ、お前」
獅子神からすれば、叶の言動がずっと変で仕方がない。けれど、気付いてはいけないような怖さもあり、目を反らしているものもある。獅子神はもう一度手元のグラスを煽った。目の前の熱をごまかすように、喉を鳴らす。
「なんか
……
」
テーブルの上に無防備に晒されていた手を、叶の節ばった大きな手がにじり寄る。第一関節を撫でるように
――
指先がそろりと絡みつき、ひっかくように、皮膚の表面を甘くなぞった。
叶、と呼びかけたところで、ふと手が離れる。一拍遅れてウェイターの声が届いた。
食前酒用のスパークリングワインが、備え付けのワイングラスに注がれる。獅子神は、目の前の叶から視線を外す術を失っていた。
急激に離れた手のぬくもりを、獅子神は行き場なく指先に残したまま、グラスの縁を見つめた。触れていた時間はほんの一瞬だったはずなのに、皮膚の奥に染み込んだ感覚だけがしつこく居座っている。
炭酸の泡が立ち上る音がやけに大きく聞こえた。現実に引き戻すための合図みたいに。
叶は何事もなかったような顔で、グラスを受け取る。さっきまで獅子神の指をなぞっていた手で、今度はワインの脚をつまみ、光に透かす。その仕草が無駄に洗練されていて、まるで最初からここまで計算していたかのようだった。
「お前ってテーブルマナーとか苦手かと思ってた」
「まあ堅苦しいのは嫌いだよ。だってオレには必要ないことだ」
とはいえ、叶はいつも丁寧に食事をしていると思う。彼の家庭環境を聞いたことはないが、恐らくそれなりにいいところで育ったのだろう。
ナイフとフォークを持つ所作も、付け焼き刃な獅子神とは違い綺麗なものだ。
「オレは、努力もまた綺麗なものだと思うぞ」
「
……
頭ん中読んでじゃねえよ」
相変わらず脳内と会話をする叶に、苦言を訴えると「今のは分かりやすすぎるぜ」と反対に指摘されてしまう。
「そんなにかたくなるなよ、敬一くん」穏やかな声が食事の合間に挟まれる。「今はまだ、食事を楽しむつもりだ」
「なんだよそれ」
意味が分からない、という顔をするも叶は変わりなく笑みを浮かべたままだ。さっきの触れ合いも、この男の策略であることは分かっている。だというのに、本音を図れないことにヤキモキしている。
「敬一くんはさ、今日までずっとオレのこと考えててくれた?」
突然の問いかけに、そうだなと首肯する。こんな風に誰かと食事をする経験は少ない。ましてや命の奪い合いをして、そのうえ丁寧にゲームの手を引いてくれた男、とだ。何があるのかと考えてここまで来た。
――
じゃあ、と叶が口を開く。丁寧に切った、肉の端を舌にのせて。
「それを恋じゃないって言うなら、オレは困るな」
臓腑が溶けるような感覚だった。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内