2025-12-13 02:04:43
5459文字
Public 僕せか小説類
 

赤星に触れた日

以前あげた捏造500%の小説の修正+若干の追加版です。未完成。
https://x.com/nagaame3/status/1999533889333624841?s=61

 昔は純粋に魔法が好きだった。
 別に何か特別な理由があったわけじゃない。単に街で見掛けた魔導士がなんだかキラキラして見えたとか、本に出てくる魔法使いが引き起こす小さな奇跡に憧れたとか、理由なんてその程度のもの。表面上のイメージから抱いただけの根拠のない“好き”は今思えば随分薄っぺらいものだったが、それでも自分の中ではいつだって星みたいに煌めいて、触れるたび温度を感じさせてくれる大切なものだった。
 魔導士の素質があることは既に判明していたから、いつ使えるようになるのか、どんな魔法が使えるようになるのかと幼い自分はいつも心を躍らせていて、そんな自分を両親は優しく見守ってくれていた。こんなことができるようになりたいと空想を語る度に、きっとなれるよ、楽しみだねぇと頭を撫でて笑いかけてくれた。───俺の人生で一番楽しくて、優しい記憶。

 そのときが来たのはそれから数年後のことだった。
 魔女の啓示。
 魔導士の素質がある者が魔力に目醒める際に、魔法を使うための鍵となる『魔法発動呪文 アクセスキー』が示される現象。一般的には十二歳前後に起こるものらしいから、九歳で覚醒した自分はわりと早いほうだったのだと思う。
 そのきっかけは果たして何だったのか。未だに判然としないが、家の庭先でひとり遊んでいる最中にその瞬間は突然訪れた。

 『 ───────── 』

 音もなく。
 滲むように。染み込むように。
 ひとつのフレーズがすぅっと頭に浮かんで───次の瞬間にはもう、記憶に馴染んでいる。
 不思議な感覚だった。
 初めて聞いた言葉のはずなのに、ずっと前から知っているような気がした。
 授かったのは一秒前。紅茶に落とした角砂糖が形を失くすよりも、温かいミルクを注いだチョコレートが蕩けるよりも早く、自分の中に溶けきった言葉。きっと最初から、生まれたときから自分の中にあった言葉。……ああ。
 これが、魔法の鍵。
 直感でそう理解した。
 だけど。

 ───このとき悪かったのは何だったのだろう。
 周囲に誰もいなかったことだろうか。誰かいれば止めてくれただろうか。
 庭先には自分ひとり。両親は家の中で家事や仕事に追われていて、外で遊んでいるだけの息子のことなど逐一気にしてはいなかった。……当然だろう、幼児じゃあるまいし。だから両親は何も悪くない。
 悪かったのは自分だ。
 平均より早い覚醒の分、無駄にあったらしい資質。人によっては時間を要するという“魔法を使う”感覚を、何もわからないくせに掴めてしまったこと。適正値が高く魔力と馴染みやすかったのが火の魔法だったこと。きっと全部が悪かった。
 そしてその全部を引き寄せた自分の迂闊さが、きっと一番悪かった。

 口を開く。音を紡ぐ。

『 主のお気に召すままに 』

 最初に感じたのは、風。
 ぶわっ、と。少し長い金髪を巻き上げるようにして一迅の風が頬を掠めた。
 その風が纏う気候に見合わない熱に驚いて顔を上げると、瞬く間に目の前がオレンジ色に染まって風景が掻き消える。
「え?」
 一体何が起きたのか。慌てて辺りを見渡す。そのときにはもう、周囲に広がっているはずの庭の緑は少しも見えなかった。代わりに不安定に揺らめくオレンジ色が唸るような音を上げて自分を取り巻いていることに気付く。それが炎であると認識して、ひゅっと息を呑んだ。
「なんで」
 燃えている。
 自分を中心に、煌々と燃える炎が膨らんで壁を成している。
 どうして。思わず後ずさる。しかし一歩退がった足元にも炎は草を焦がしながら這っていて、慌てて足を引き戻した。呼吸が浅くなる。涙で視界が歪みだす。必死になって周囲を見渡すも、突如出現した炎は前でも後ろでも高々と燃え盛っていて、子どもの歩幅と体躯では到底潜り抜けることなどできそうになかった。
 逃げ場が、ない。
「ひっ、だ、誰か……なんでっ」
 頭を抱えて蹲る。
 助けを呼ぼうするも、恐怖で引き攣った喉はまともな声を発してくれない。
 こわい。あつい。たすけて。叫びたい言葉はどれも音にならなくて、代わりに大粒の涙がぼろぼろ溢れて足元に落ちていく。だがそんなもので炎の勢いが収まるわけもない。むしろ炎はこちらに襲いかかるかのように大きくうねり、蹲った分空いた頭上をも覆い始めた。
 熱が籠る。視界と意識が霞む。激しい炎の中にいるせいだろう。
 パチパチと周囲が焼ける音を耳で拾いながら考える。
 これは自分が引き起こしたのだろうか。
 たぶんそうなのだろう。だってあの言葉を口にした瞬間、こうなったのだから。
 魔法の鍵だなんて。こんなものがそうであるはずがない。魔法とはもっと星みたいにキラキラしていて人を幸せにするものだ。これは違う。だから、きっと。
 ───俺は何か勘違いをして、唱えてはいけない呪文を唱えてしまったのだ。
「ばかだなあ」
 掠れた声で零した自嘲はすぐさま炎に呑み込まれた。涙すら地面に落ちる前に蒸発してしまいそうなほど、終わりがすぐそこに迫っていた。
 あーあ。魔法使えるの、楽しみにしてたんだけどなあ。
 悲鳴が聞こえる。唸る炎の合間から自分の名前を呼んでいる。家の中に居た両親が事態に気付いたのかもしれなかった。少しだけ顔を上げる。
 揺らめく炎の隙間からこちらに向かってくる人影が見えた。その姿にほんの少し安堵を覚えて、だけど。

 ───ごめんなさい。あぶないから、こないで。




 沈黙が場を包む。
 世界が水底に沈んだか、或いは時間が止まってしまったか。いつの間にか腰を据えていた重たい空気に誰もが息苦しさと気まずさを感じながら、どうすることもできずに口を噤んでいる。
 放課後の喧騒がいつもより遠い。この教室のあまりに重苦しい空気に耐えかねてどこかへ逃げたのかもしれなかった。
「ま、そんなわけで」
 そんな中、ただ一人声を発する者がいた。
 くるくるくる。肩に流した金髪を指先に絡めて遊びながら、へにゃりとした猫口に笑みを浮かべている男。カイである。
 いつでも騒がしいD組の教室を葬式のような空気にした張本人は、それに気付いているのかいないのか、平時と変わらない少し抜けた声で尚も語る。
「魔力の暴発?暴走?みたいので初っ端にトラウマ抱えるはめになっちゃってさあ。そっからかなり長い間魔法使えなかったってか、使わなかったんだよね。そしたら出遅れちゃって。……まあ他の奴らが順調に魔法の使い方身に付けてるときに何もしてなかったんだから当然だけど」
 だから未だにコントロール苦手なんだよなぁ。
 そう話を結んだカイは、困ったように眉を下げて笑ってみせた。




 発端は、この日の実技実習である。

 オリオンの授業には実技実習が多い。
 定期試験や行事が軒並み実践方式であることからわかる通り、この学校で最も重要視されるのは魔導士としての実力だ。総合的な成績には魔法薬学や魔法具学などあらゆる座学の評価も当然含まれるが、重要度が高いのはやはり扱う魔法と魔力の練度。そして実践経験値である。
 故にそこを伸ばすためのカリキュラムが組まれ、実技実習の時間が多めに設けられている。それは落ちこぼれのD組であろうと例外ではない。ただ教員と、教員が指導にかける熱量が他組とは大きく違うだけ。……実のところ、それすらもD組の生徒たちの中では徐々に「これまではそうだった」という認識に変わりつつあるのだが、これは当人たちですらまだ知る由もない話なのだった。

 そんなD組の実技実習。
 この日は午前がまるごと座学で、午後からは屋外に出て妖精杯 フェアリー・カップの後半戦をベースとした模擬戦を行っていた。
 午前中が退屈だった分の発散もあったのだろう。戦いはそれなりに白熱した。
 妖精杯当時とは違ったメンバー編成。戦闘に使える範囲がより狭く、古城に仕掛けられていた数々の罠やスッチャラカの実などがない分ルールをかなり簡略化して行うこととなった模擬戦は、それでもしっかり個々の実力を引き出し、現状を把握する機会となった。実戦において頭ひとつふたつ抜きん出ているシャオやイブキあたりには少々物足りなかったかもしれないが、実習としては充分に実りある時間だったと言えるだろう。
 だが中盤を過ぎた頃、順調に執り行われていた模擬戦はアクシデントにより一時中断することとなった。
 カイが久々にコントロール下手を発揮したのだ。
 後から聞いたところによると「中間とか妖精杯で放っていた程度の【火の精霊 サラマンダーの弄火】のコントロールにはだいぶ慣れてきたから、もう少し威力を上げてみようとしたら失敗した」ということらしい。
 中間試験対策でカイに魔法での料理を提案した際、ソロはまず「細かい調整は後回しにして、最初はとにかく決めた範囲と威力の魔法を一定時間保てるようになれ」と言った。それでまずは火力の維持時間が比較的短いチャーハンを、ある程度できるようになったらより長時間の維持が必要なエッグタルトを、と順に課題を出していき、カイはそれらを経てなんとか自分の扱いやすい出力を把握するに至った。そしてその範囲内で魔法を使うことで、どうにかこれまでを乗り切って来たのである。
 今回の失敗は、その範囲を広げようと挑戦した結果だったようだ。
 カイは哀れなほど青ざめて泣いて謝っていたが、こればかりは仕方ない。成長に失敗は付きもの。トライアンドエラーの繰り返しでできることとは増えていくものである。
 それにソロとしては、授業中という自分の目が届く範囲で失敗してくれて助かったとすら思うのだ。
 一人のときに魔法が暴発したとして、ミーコがドラゴン化したときのようにソロやイブキの対処が間に合う保証はない。もし間に合わずに当人が大怪我をしたり、周囲に甚大な被害を出したりして退学なんてことになったら自分はどうなるか。……シンプルに、何もかもが終わる。教師ソロ・ペイストリーとしても、任務としても、殺し屋No.0としても。クロノスを道連れにして、いっそ華々しいほど完膚なきまでの終わりを迎えることになるだろう。冗談じゃない。そうなるくらいなら、例え百回繰り返され付き合わされようとも文句は言わないから目の届く範囲で失敗して欲しかった。───カイに関しては、殊更に。

 暴発の瞬間を思い返して気付いたことがある。
 ソロは以前、校内オニゴッコの際にもカイの【火の精霊の弄火】が暴発するのを見たことがある。暴発といっても、あのときは精々廊下いっぱいに炎が広がる程度で周囲への被害も何もなかったはずだが、今回は違う。魔法を使った途端にそのときいた芝生広場の上空、おそらく四分の一あまりほどの広範囲が一瞬で炎に覆い尽くされたのだ。これがどういうことか。
 ───威力が桁違いなのだ。単純に見て、三倍近い威力が出ていたと考えられる。それもオニゴッコから一ヶ月半程度しか経過していないにも関わらずだ。
 いくら特訓やイベント続きで魔法を使う機会が増えていたとはいえ、魔力の成長速度が尋常ではない。
 やはりと言うべきか、初めから薄々感じてはいたが……おそらくカイには元来相当な資質がある。魔導士として底の知れない、シャオと同等か、ひょっとしたらそれ以上の資質が。なのに致命的にコントロールが追いついていない。S組にいてもおかしくない魔力を有していながら、それが原因でD組堕ちするほどに。
 はっきり言って、危険だ。
 力そのものとそれを御する力の均衡がこうも取れていないと、いつどこでどんな影響が出るかわからない。今回だって暴発が起こった場所がたまたま目の前だったからソロはすぐ間に入れたのだし、その場にダンテもいて【魔女の要塞】を広範囲展開できたから事なきを得たのだ。あれがなければ、真下にいた防御が苦手な者たちは全員危なかったかもしれない。───カイ本人だって。

 所々が柔らかく跳ねた金髪を見る。
 既に模擬戦は再開しているが、カイはソロと共に木陰で地面に座り込んでいた。先の暴発で一気に魔力を消費してしまって戦線離脱を余儀なくされたからだ。自分でも魔力がすっからかんなのがわかっていたのだろう。今日はもう大人しくしてろ、との判断を素直に受け入れソロの隣に腰を下ろしたカイは、再開からずっと静かにスクリーン越しのクラスメイトたちを眺めている。
 その表情からどうにも感情が読み取れないものだから、ソロは地味に困っていた。
 何せずっとこんな調子なのだ。見学を言い渡したときの「あんま気にしすぎんなよ」にはしゃーないか感満載の「はあい」が苦笑い付きで返ってきたものの、それ以降はずっと無表情。何を考えているのか全くわからない。普段は気の抜ける笑顔八割でわかりやすく百面相しているくせに、肝心なときに限って表情筋が職務放棄していやがる。……いやこの状況でへらへら笑っていたらそれはそれで何だコイツと思うのだが、落ち込んでいるのかすらわからないほどの“無”はもっと困ってしまう。何か言おうにも言葉のチョイスがわからなすぎて声の掛けようがなかった。


 できているのはここまで。
 一応話の着地点にはソロ先がいる予定(カプではない)ですがいつ完成するかわかりません。
 というか完成するといいね!