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碧月
2025-12-12 22:11:09
2800文字
Public
最後の手段で決めちゃいたい!
手に取っていただき、ありがとうございます!
スカラビア寮の調理室に広がる、甘い匂い。
ザクザクと、チョコを刻む音。
たった一人、調理室で作業する男、ジャミル。彼は、やけに真剣な顔つきである。
まな板の側にある、彼のスマートフォンには、古代呪文語で書かれた本の挿絵があった。
「これで、次はチョコを溶かすんだな」
ジャミルは、手際よくチョコをテンパリングして、用意していたアルミカップの中に、丁寧に入れる。丁寧に処理され、艶のあるチョコレートが、小さな容器に、渦を巻いて落ちていく。
かつて、東方の国で作られていたという、伝統的な手作りチョコレート。ジャミルは、それを作って、明日レオナに渡そうとしていた。なんでも、東方の国では、2月14日にそのチョコレートを作って親しい人に渡すのが、一種の愛情表現の方法らしいのだ。ツイステッドワンダーランドには、そのような行事は存在しない。でも、古代呪文語に長けている、レオナならその意味がわかるであろう。レオナの部屋にある本にも、似たような描写があるのを見たような気がする。
全てのカップに均等にチョコレートを入れると、それらをトントン、と均等に慣らし、そして冷蔵庫を開ける。そこには、先日購買で購入したチョコのトッピングが入っていた。可愛い形の砂糖でできたシュガースプレーやアラザン、ナッツ。こういったものは、重さで沈んでしまわないよう、一つ一つ丁寧にチョコに乗せるのが大切だ。見た目の華やかさこそが、このチョコの様式美である、と本にも書いてあった。そのため、それらを、色や向きに気をつけて、一つひとつピンセットで摘みながらジャミルはチョコレートのデコレーションをしていく。
「はあ
……
、どうしてこんなことに真剣になっているんだ
……
」
チョコの海に、慎重にトッピングを乗せている時、思わず息を止めていることに気がつき、ジャミルは呟いた。
消灯後の、深夜の調理室は静かだ。
夜は、静かに更けていく。
――――――
「
……
ということで、これは俺からレオナ先輩へプレゼントです。一応お世話になっていますからね」
「はぁ?!」
翌日。昼休みの植物園。ジャミルに、リボンの掛けられた小さな箱を手渡され、レオナは呆れたようにジャミルを見上げた。真っ赤な、「いかにも」という感じのリボンを解いて箱を開けると、中には、小さなカップに入ったチョコレートが6つ入っている。
「バレンタインデー、っていう風習らしいですよ。図書館の本に書いてあったんです」
「へえ、随分可愛らしいものを」
レオナは、ジャミルの話には、興味なさそうに、ジャミルの作ったチョコレートを摘み上げる。確かに、そのチョコレートの華やかな感じは、ジャミルのイメージには合わない。レオナの呟きが聞こえたのだろう、ジャミルはほんのり赤く顔を染めた。
「とっ
……
、東方の国では、親しい相手にチョコレートを贈る風習があるらしいんです。もちろん、既製品も販売されていますが、伝統的な手作りチョコもあるのだとか。文献の資料と写真を見て、作ってみたんですよね」
「へえ、これが、ね
……
」
レオナはチョコをまじまじと見る。どう見ても、溶かして固めてトッピングをしただけのチョコレートだ。
「最大の魅力は、トッピングだそうですよ。派手なシュガースプレーやアラザンで溶かしたチョコをデコレーションするのだそうです。トレイ先輩やケイト先輩が得意そうな分野ですよね。俺は、その
……
文献のものと同じようにしかデコレーションできませんでしたけど」
「へえ」
レオナは、ジャミルの話を聞きながら、チョコのアルミを剥がして、一つ、それを口に放り込む。上等なチョコレートを使用したのだろう。舌触りが滑らかだ。舌の上にザラザラとしたものが残るのは、シュガースプレーだろう。
「まあ、悪くはねぇな」
レオナは、不要なアルミケースを丸めて、箱に戻した。確かに、ケーキ作りの得意なトレイや、ケイトであれば、オリジナルの、これよももっと派手なデコレーションが可能だろう。だが、ジャミルのデコレーションには味がある。伝統的な作品を真似たものだということは先ほど聞いたが、それでも、この繊細なトッピングの配置はなかなかできないと思う。
「でも、結局、溶かして固めただけだろう?」
「同感です。俺も作りながら思ったんですよ。何故こんなに面倒な手順を踏むのだろう、って」
確かに、バレンタインデーには、既製品のチョコレートもあると文献に書いてあった。
溶かしたチョコレートに何かを混ぜることもない。ただ刻んで溶かして混ぜただけ。この行為に意味があるのだろうか。随分非生産的な行為だな、と思いながらジャミルは作っていたのだ。
わざわざこんなチョコレートを作る方が、金も時間もかかる。それでも、こんなチョコレートが伝統的だと言われているのは、何か理由があるのだろう。
「世界には奥深い行事があるのですね。こんな行為に、意味を見出すなんて」
ジャミルは、そう呟きながら、レオナの側に座った。レオナの側にあった箱の中身はいつの間にか空っぽになっており、丸められたアルミのかけらが6つ、箱の中に転がっていた。
「ああ、そういえば、ジャミル」
チョコを食べ終わって、甘い匂いを漂わせたレオナの尻尾が、ジャミルに寄っていく。気がつけば、ジャミルの腕は、レオナの尻尾に絡め取られていた。
「バレンタインデーの、もう一つの風習、って知っているか?」
ニヤニヤと笑っている表情が憎たらしい。ジャミルは、本の内容を思い出す。読んだ本には、チョコを渡すという伝統について、主に書かれていた。そして、チョコレートの制作に集中しすぎて、それ以外の情報はジャミルの記憶になかった。
「いえ
……
書いてあったような気はしますが、記憶にはないですね」
「教えてやるよ」
レオナは、体を起こして、ジャミルの体を引き寄せた。
「何するんですか?!」
叫んだジャミルの頬に、レオナはそっと口付ける。
「は?何してるんですか?!その、キキキ、キスするなんて」
レオナが口付けた途端、真っ赤になって動揺するジャミルを見て、レオナは得意げに笑った。
「バレンタインは、互いのパートナーに愛を伝える日、なんだってな」
してやったり、とレオナは得意げに舌を出して見せた。
「
……
やるよ。さっきの甘い菓子の例だ」
「はあ?!」
レオナは、魔法で何かを出して、ジャミルに押し付ける。ジャミルはくしゃ、と音を立てるそれを眺めた。それは、一本の真っ赤な薔薇だった。わざわざ花屋で購入したのだろうか。丁寧なラッピングと、赤いリボンが巻かれている。
勢いで受け取ってしまったジャミルは、目を白黒とさせている。
「ジャミル、ハッピーバレンタイン!」
得意げに笑う、レオナの表情に苛立ちを覚え、ジャミルは思い切り、レオナの頬を叩いたのだった。
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