爆・DAN・ジョー流ねぎらい策(藤堂+弾正+勝+原田+近藤)

藤堂と弾正がおにぎり握る話あれそれ。イケダヤ特異点のカルデア参入前。

 サーヴァントは基本、食事を必要としない。
 それでも、マスターのいないサーヴァントは魔力を得るために食事や魂喰いをすることもあると知識こそあったが、すでに特異点の聖杯がある。神剣をばらまいて一所に吸収した魔力を譲渡されてもいる。
 ——生前のように食事や睡眠といったサイクルがなくても生きていけるいびつさに、アヴェンジャーの藤堂はなんの不合理も感じていなかった。
……なんだこれ」
「見てわかんない? おにぎりよ」
「僕の知ってる握り飯とは違うんだが、……いや、なんでおにぎり?」
「食べたかったの」
 なんとも単純明快。そして非合理的。サーヴァントには食事は要らないのに不毛なことを、と藤堂は思ったが、久方ぶりの豪勢な食事の準備には目を奪われないわけにはいかなかった。備え付けの食卓にどんと置かれたおひつには艶やかに立つ白米、いくつもの平皿にはそれぞれに具材が、おにぎりの中に埋め込まれるのを待っている。
 ふだんはめったに使わない台所——当初、勝が出入りしていた頃には彼が茶を淹れるなどはしていたが——から明かりが漏れ出ていたので、すわ何事かと刀を携えて踏み込んだら、おにぎりの生産現場。弾正は胸当てがハート柄のフリルエプロンをかけている。
 藤堂は面食らった。てっきり勝か、あるいは原田あたりか、いまいち信用のおけないどちらかが内情を探りに来たと思ったのだが。
 閑話休題。冒頭に戻る。
「食べたかったって。それにしても多すぎるんじゃないのか? おまえひとりで食う量じゃないだろ」
「『新選組抹殺計画』に向けて頑張ってる神剣組のみんなへの差し入れでーす♡ ほら、同じ釜の飯を食った仲間っていいじゃない? ちょおっとアタシ、やってみたいことがあって。張り切って用意しちゃいました!」
「はあ?」
……おい、なんか文句あんのか。もしやアタシの手料理が食えねえってことはないよな?」
 ずい、としゃもじ片手の弾正に顔を寄せられて。ふざけた言動とは裏腹の、乱世を駆け抜けた大名にふさわしい威圧を覚え、さすがの藤堂も気圧されてふるふると首を横に振った。
 すると彼女は打って変わっていつも通りの自信満々な笑みに変わった。相も変わらず、ころころと感情のつかみどころのない元男、もとい女だ。
「そんなわけで、いまからおにぎりを握るんだけど。アタシの姿を見たからには、平助君も手伝ってくれるわよね?」
 御伽草子の鶴か黄泉の神を模したような台詞回しで、彼女の眼は獲物を捕らえた蜘蛛のようにあやしく光った。

     *

 ハート柄フリルエプロンは何か尊厳を削られそうで嫌だと全力拒否した結果、藤堂はアザラシのアップリケがついたエプロンを着せられることになった。
「かっわいいじゃ~ん。お似合いだよ、はいチーズ!」
「可愛いよりは格好いいのほうがいいんだけど……
 口では云いながらも藤堂は促されるようにとっさに弾正に合わせてポーズを取り、スマートフォンのカメラに一葉の写真が収められた。弾正のペースに引きずられているのは否めなかったが、口達者な弾正にはなぜか勝てる気がしない。
 本音は市中の見回りに行きたかったし、早く義肢に慣れるための鍛錬もしたい。休まなくてもいいとなれば上々で、特異点でやりたいことは山積みだ。だから、弾正の意味不明な遊びに付き合う義理はないはずだったが。
 まあいい。弾正の信頼を得るのも役目のうちだ。さっさと片付けて仕事に戻ろう。
 藤堂はそう意思を固め、袖をまくろうとして、左手が鋼鉄製に切り替わっていることに嫌でも気づかないわけにはいかなかった。鉄臭いおにぎりなんか勘弁だろう。藤堂は弾正の気を思い直させようとした。
……おい、やっぱり、僕なんかが」
「ほい手袋」
 ぞんざいに顔面に投げつけられた使い捨てビニル手袋を寸前にキャッチする。心を読んだような弾正は親切なぞ素知らぬふりで、食卓で作業できるだけの隙間を作っている。藤堂はふっと浮かんだ感謝をそのまま飲み下した。
 素直に手袋をはめて、弾正の隣に立つ。
 具材は藤堂もよく知る、梅干し、おかか、焼き鮭、昆布の佃煮、胡麻、あたりはわかる。しかしそれ以外は、おにぎりの具材として記憶にないか、まるきり初めて見たものばかりだ。
 藤堂は特異点の聖杯から与えられる未来の知識を取り出し、それらが現代のおにぎりの具であることを確認した。ツナマヨ、唐揚げ、エビフライ、牛肉しぐれ煮、桜でんぶ、ウインナー、キムチ、焼き明太子、天かす、わさび漬け、きゃらぶき、小松菜のナムル、キャロットラペ、バター、角切りチーズ、コーン、等々……。卵は玉子焼きとゆで卵、炒り卵の三種類があったし、味付け用なのか塩や醤油、マヨネーズまでもある。
 藤堂が生きていた時代には高級品で、のちに一般的に広まったという板海苔も用意してあった。弾正の顔くらいには大きい海苔だ。
「作り方を説明するわよ」
「握り飯だろう? そのくらいわかる」
「平助君、ゲームアップデート後にお知らせ読まないタイプ? 全サーヴァント交代制ピックアップだっつってんのに先に三騎士で石全ツッパして後悔するわよ。いいから黙って聞きなさい。これは革命よ。名付けて、爆・DAN・ジョー・握り!」
 何が楽しいのか、弾正は完璧なウインクもつけて見せる。内容は微塵も理解できなかったが、ひとまず藤堂は気のない拍手を贈った。
「そうそう、平助君その調子よ! 一度しか説明しないから眼をかっぴらいてよく見てなさい」
 弾正はボウルを用意し、ラップを敷いた。その上にまずは焼き海苔を豪快に三枚並べ、ご飯を山南弁当もかくやというような山と盛る。
「具材は最低でも五種類は詰めて頂戴」
 迷うことなく明太子一本、おかか、ナムル、紅しょうが、唐揚げふたつ、マヨネーズを絞り、少し考えて枝豆とチーズもごろごろと乗せる。
 だんだんと埋もれていく具材の山を藤堂は啞然と見つめていた。
「コツは一個につき二合は使うことよ。白米はたっぷり炊いたから安心なさい」
 さらにご飯で具材を埋め立て、ラップを器用に巻きつけながら、海苔でおにぎりを隙間なく包み込む。
 ねずみが追いかけて喜ぶような、おむすびころりんなんて音はしなかった。どしん、と大皿に大砲の弾のようなおにぎりが顕現した。
 藤堂は眼を白黒とするばかり。具材も白米も惜しまずふんだんに、こんな贅沢が許されるのだろうか。
「これで、爆・DAN・ジョー握りの完成! 材料ぜんぶ使い切る勢いで作るわよ!」
 押し切られるように藤堂もボウルとラップを手元に寄せた。
 まずは海苔を敷く。ご飯を盛る。さて、そこまではいい。
 鮭をほぐして入れようとすればまるごと乗せろと弾正に茶々を入れられる。昆布をつまめば足りないとなじられる。おかずが色々とありすぎて選べないでいると、どれでもいいからさっさと決めないとご飯が冷めて固くなるとごもっともな指摘をされる。
 やっと桜えびと高菜と大葉の醤油漬けを選び、胡麻をふって白米で覆い隠し、さて巻こうとすれば、ご飯が海苔の隙間から飛び出した。しかもラップが千切れた。弾正はぱぱっといとも簡単にやって見せたというのに。藤堂は四苦八苦して手に余る大きさのおにぎりをまとめようとしたが、米粒はぼろぼろと潰れて食卓にこぼれ、海苔は破けて鮭の尻尾やら桜えびやらが飛び出す。
 出来上がったおにぎりは子供でももう少しうまくやるだろうという歪な出来で、藤堂はすでに三個目に取りかかっている弾正の見栄えのいいおにぎりと見比べてみる。どう贔屓目に考えても誰も好んで食べたくはないだろうと思うと、ずんと気が沈んだ。弾正がぶっと噴き出した。
「ぎゃははは! 平助君たら、ずいぶん愛らしいおにぎり作るじゃない」
「云わないでくれ。僕だってわかってる」
 おにぎりひとつ作るのさえも不格好。つくづく、自分はなにもかもが半端者なのだと思い知らされて嫌になる。
 ぐるぐるとかつての失敗ばかりが頭を回る。立派な父の迎えを望む母の期待に応えられずに失意の中で死なせてしまった。剣技も学問も作法も寸暇を惜しんで勝ち得たもの以上にはならず、常に先を往く天賦の才には一生叶わないまま。そう、新選組と御陵衛士、どちらか一方を選べと迫られたとき、伊東を引き入れた責を取る心積もりで御陵衛士に属したのちも、新選組に未練がなかったとはとても云いきれなかった。
 そんなだから藤堂は、新選組とも御陵衛士とも信用されない、裏切り者にしかなれなかった。特異点における現状とて、復讐者のクラスで召喚されているというのに、御陵衛士の憎い仇たる近藤の手を借りなければ『新選組抹殺計画』の進行もままならない——……
「なあ……僕は必要か?」
 自我の根底に潜む、劣等感。
 義肢がなければ歩くことすらできぬ自分は、本当は、計画には不要なのではないか。
 みずからを女の身体に変化させたり藤堂の義肢を組み上げたり、あるいは未知たる未来と魔術の知識を使いこなしたり。器用貧乏という言葉はあるが、弾正はなべて優れた才を発揮しているように見えた。近藤にもよく信頼されて、重要な儀式を一手に任されている。藤堂の任務はせいぜい、兵士の鍛錬や市中の治安維持、勝や原田の監視、隊長なら誰でもこなせる程度の仕事ばかり。こうして弾正の手伝いを望まれても、藤堂はたいして役に立てていない。
 おまえは不要だと告げられるのが怖い。裏切り者だと誹られるのが怖い。それなのに確かめずにはいられない。召喚されてこのかた、繋ぎ合わせたはずの身体が端からまたバラバラに裂けそうな矛盾をずっと抱えている。
「は? 一回失敗したくらいで手も動かさず何ぐだぐだ重いこと云っちゃってんの、平助君は」
 実に手際よく、具材を美しく並べながら弾正が舌打ちする。
「みんな、弾正のおにぎりのほうがいいだろ。これは僕が責任もって食うから、あとは弾正が作ったら」
「だーかーら、仕込みだけでびっくりするくらい時間かかってそろそろだるいから手伝えっつってんでしょ。それともか弱いアタシひとりに重労働させて自分は美味しいとこだけいただく寸法? 別に無理強いはしないけど、三つにひとつは激辛味噌入りのロシアンルーレットにしてやんよ」
……食料を粗末にするなよ」
「アタシが食べてみたいんだからルール無用でーす。勇ちゃんと原田は普通に食べてくれるでしょ、食べそうな顔してるし。勝先生は知ーらない」
「そ、そうか? 僕は甘味噌の方がいいと思うんだが」
「それならアンタが作りな。材料はあんだから」
 弾正は話しながらも完成したおにぎりをごろんと皿に転がし、手早く次に取りかかっている。藤堂ものろのろと新しいラップを広げた。弾正はそれでいいのよと云わんばかりに鼻を鳴らす。
「何事も最初っから完璧目指す必要なんかないでしょ。失敗したなら取り繕おうなんて無駄割かないでさっさと切り捨てて次よ次。ワンターンキルしなくてもクリアできりゃいいのよ。アンタの好きな実践だって日頃の素振りの成果に過ぎないでしょうが」
……おまえ、本当に戦国の梟雄と謳われた松永久秀なんだな……
「なによ、疑ってたわけ? こんなに有能でプリティーでキュートなダンジョーちゃんを?」
 藤堂はくすりと吹いた。
「キュートってたまかよおまえ」
「神剣組のキュート担当は当然アタシでしょ、あっ、まさか平助君ちゃんキュートの座を狙ってたの⁉ 顔がアイドル並の可愛い系だからって反則じゃないの、っ痛(ダ)ァ! 蹴ることないじゃない⁉」
「次に顔を揶揄したら斬るからな、僕はクール担当だ」
「図星だからって気安く仲間殺すんじゃないわよ。自爆 ボンバーするわよ」
 その耳は飾りかよ、と有言実行しようにもあいにくと手がふさがっていた。藤堂は甘味噌とウインナーとコーンとツナマヨとゆで卵とを詰めていく。
 黙々と巨大おにぎりを量産しながら、藤堂は弾正が云ったことを考える。
 数多の陣営を裏切った悪名高い弾正らしい仕草だった。いつだって弾正は率直で、情を逆撫でするような冗談は飛ばしても嘘で塗り固めはしなかった。無茶苦茶なようで自信満々にやるべきことをそつなくこなす様子は眩しすぎる。
 弾正のように降り切れたなら、どんなにか楽になれるだろう。
 でも、と藤堂は舌の上で呟く。
 未練がましい愛着と憎悪が紙一重に霊基を繋ぎとめているアヴェンジャーは、誰とも選べず半端なまま終えてしまった過去が心臓を縫い留めていて、満足に息もできそうにない。
 今度は具材を入れすぎて、弾正が作ったおにぎりの倍はあろうかという大きさになっていた。

     *

 屯所に使いをやってまで呼び出された勝と原田は、それぞれに驚きを表現していた。片やあんぐりと間抜けに口を開け、片や実にわかりにくい表情変化のまま呆然としていたという違いはあったが。
「これ、藤堂君が握ったの? すごいねえ」
 しげしげと大皿の山盛りおにぎりを眺め、勝は髭を撫でながら感心しきったような声を出す。素直に褒められると背中がむずむずする。
 藤堂は努めて憮然とした態度を崩さないよう応えた。
「ほとんどは弾正の作ですよ。僕は多少手伝っただけです」
「あの弾正君がね……ところででかくない? オジサンの腹具合にはキツイんだけどさぁ。この半分でよくない?」
「だらだらしてるからなまってるんじゃねえっすか」
「あのねえ! 若いもんにはまだわからないかもしれないけど、ふつう歳取るとトンカツとか大食いとかは胃もたれして後で苦しむもんなの!」
「すみません、僕若くして死んだのでよくわかりません」
「俺もべつに好き嫌いなかったっすね、その日の食い扶持稼ぐのに精一杯だったもんで」
……ごめんよ」
 謝らなくてもいいのに。ただの事実だ。ズタズタに刻まれたことのある身体の節々が痛みを思い出そうとするのを藤堂はひと呼吸で無視した。
「弾正曰く神剣組への差し入れだそうです。お好きなだけ食べていいですよ」
 当の本人は誘っても顔を出さない近藤にキレて、自らおにぎりを担いで飛び出して行った。弾正のことなので近藤が拒否しようが口にねじ込むだろう。そのどれもが激辛味噌やわさび漬けや和辛子のような舌への強烈な刺激が確定するおにぎりだったのには、藤堂はいい気味だと思った。
「んじゃあ、遠慮なくいただきます」
 原田がおにぎりを手に取ってなんの躊躇もなくかぶりついた。藤堂は内心で目を瞠る。近藤の『裏・局中法度』を恐れてか、原田は粛々と距離を置いているように見えたから、毒だの云々と断られる可能性も考えていなくはなかった。
 狼のような口でもてっぺんしか剥がれないような巨大なおにぎりを、原田は頬袋いっぱいにむしゃむしゃと頬張り、こくりと嚥下し、真顔のまま勝を振り返った。
「うめえっすよ。具材これ、エビの揚げたやつっすかね? あと佃煮と……和え物のにんじん? なんか色々入ってます」
「それまた風変わりだねえ。どれ、僕もひとつはいただこうか」
 勝も手を伸ばしかけ、視線を上下左右に動かしてから比較的小ぶりそうに見えるおにぎりを取った。おそらくは弾正が作ったものだろう。そうだよな、と藤堂は最初に失敗して別皿に選り分けてあったものにかじりつく。
 ……思ったより、味は悪くはない。弾正が用意した食材はほとんどまともだったのだから、食べ合わせを除けば悪くなりようがないのだ。藤堂は良くも悪くも感じられない、冷えたような飯を噛みしめる。
 それにしても、作りすぎているように考えて藤堂は嘆息した。神剣組のサーヴァント全員でふたつみっつ食べてもなお余りそうな数がある。冷暗所に置けば多少日持ちするだろうか。
「うまいよ」
 横から声が降ってきて、藤堂は肩を跳ねさせた。
 油断していた。密偵の技を持っているだけあって、原田は気配が薄い。彼はもう食べ終えたらしく、とびきり大きなおにぎりを選んだところだった。藤堂の作だ。
 原田は感情の読めない表情と声色で、藤堂をちらと見た。
「嘘は云ってねえ」
……そんな調子のいいこと云っても、絆されませんからね」
 仲良しこよしのために作ったのではなかった。断り切れなくて弾正の気まぐれに付き合っただけで。同じ釜の飯を食ったところでむしろ、無意味に時間を費やされたぶん藤堂の内に巣食う復讐心は焦りを増していく。
 うまい、なんて。露程も云われる道理がない。裏切り者と斬り捨てられた藤堂が新選組から与えられる軽い言葉に心を乱されはしない。藤堂は精一杯の虚勢を張って、皮肉げに口角を上げて見せた。
「あなたはずいぶん余裕がおありなんですね。僕が何か仕込んだとは考えないんですか? もしかして忍びの者だから、たいていの毒には耐性があるとか」
「だったら勝先生には勧めねえよ。あー……わかったって。単に白米食えるから乗っただけだ。食材は貴重だかんな。この話は終いだ、いいな」
 聞き分けのいい顔をして平然とおにぎりを食べ続けている原田に無性に腹が立ち、藤堂はいっそ刀を出現させてやろうかと物騒な発想が頭をよぎる。が、馬鹿馬鹿しいと思って食べかけのおにぎりを持って退室した。
 直後、激辛味噌入りおにぎりに当たったらしい勝の汚い悲鳴が廊下にまで響き渡ってきたが、藤堂には知らぬことである。

     *

 翌日の早朝、藤堂がおにぎりの残り物を気にして台所に向かうと、食卓の蠅帳は空になっていて、流し台の横の水切り籠に、洗い終えた食器が几帳面に乾かされて並んでいた。だいぶ経っているのか、もう水滴はついていない。
 いったい誰が食べ尽くしてしまったのだか。否、藤堂も作り手の責任感から食べようと思っただけで、食事を必要としないサーヴァントなのだから、ないならないでよい。たとえ原田が一皿は平らげていてもまだ数皿あっただろうおにぎりが一晩で消えるというのも変な話だったが。
 藤堂が食器を棚に片付けていると、やってきた弾正がセミの大合唱のような金切り声を上げ、藤堂にぜんぶ食っちまったのかと迫るのはその数分後のこと。藤堂はそれきり忘れることにした。
 ……カルデアが介入してきて。新選組を捕らえ。原田がまず寝返り、近藤が怖気づいて裏切り、無理にマガツヒノカミを降ろすも藤堂もまた脱落し。勝はまったく思い通りにはならなかった。仕舞いに、弾正がたったひとりで計画を成し遂げようとするも、思わぬ余所者によって神は奇跡のように斬られた。
 神を失った特異点は崩壊する。
 それまでのわずかな時間、昼日中の稽古がひと段落して、縁側の隅で汗を拭いていた藤堂の隣にふと、黒の剣士の格好をした近藤が腰かけた。
 藤堂は視線を中庭に走らせる。いまはみな、カルデア風汁粉をすすっている。気持ちのいい風がいつまでも死人のように冷たい肌をくすぐっていて、藤堂は少しの水分補給ののち植木に陰った隅で休んでいた。
 あれほど望んだ幼馴染たちやニュー新選組のちびノブ隊長がいるのだから、藤堂のところになんか来なくてもいい。どす黒く滲み始める引け目に、ああ自分はどこまでも復讐者の烙印から逃れられないのだと、藤堂は身の内の泥をすんでに抑え込んだ。
……苦しくはないか。身体は」
 近藤が、まっすぐに藤堂を見つめている。本当に気遣われているのだと、理解できてしまうのが憎たらしかった。藤堂は初めて、近藤のこの姿の眼の色が、流された血汐の多さを象徴するような鮮血のごとく染められていたことに気が付いた。特異点に召喚されて以来ずっと互いに見ないふりをしていた。
 積み上げられた死体の一人である藤堂があなたのせいだと突きつけてしまえば、近藤は傷ついた顔をしてくれる。ただ、藤堂はたやすく楽にさせるつもりはなかった。
 藤堂の存在は、きっと今度も新選組を苦しめる。近藤は何度でも後悔するだろう。退去するいつかの日まで、せいぜい苦しんでいればいい。
 ふたたび浅葱の羽織に袖を通したのは藤堂なりのけじめだ。変えようのない過去を数え、新選組と御陵衛士、どちらも英霊藤堂平助が歩んだ道だと忘れえぬため。もし、カルデアの門戸を叩くことを許されるなら、新選組の皆に会いに訪ねてみてもいい。そこでなら、きっと己が抱える憎悪も悲観も抱えたままに、堂々と刀を振るえるだろうから。
 古今東西の英霊集うカルデアならば、敬愛申し上げる伊東や服部、先に退去した弾正とも再会する機会もあるのではないかという仄かな願望。
 ——我ながら思いのほか図太くできていたと藤堂は思う。
「もしかしたら、今度は御陵衛士の羽織を纏って対立するかもしれませんね」
……フ。そうだな。平助は、平助の思うようにすればいい」
「厭味ですよ、これ」
「そうか? 正当な判断だと思うのだが」
 きょとん、と大の男が小首をかしげて云うので、藤堂は両手を挙げた。
……ああもう! 厭味の云い甲斐がないひとですね……! 伊東先生がつくづく苦労されていたのがわかる気がします」
「伊東先生か。あの方ともまた言葉を交わしたいが、たしかに俺の咎を的確に抉ってくるだろうと思うと、なぜか胃が痛い気がしてくるな……歳もいい顔をしないだろうし……
「いい顔をしないどころじゃないですよ、犬猿なんですから」
 そうだなあ、あれはどうにもならなかった、と近藤は召喚されてこのかた背負っていた影が吹っ切れたようにからからと声を立てた。
「喧嘩しようものなら、俺たちで片端から口に飯でも突っ込んでやろうか。そうしたら得意の弁舌もうまくはいくまい。歳には沢庵にして、……伊東先生には平助の、あのでかいおにぎりがいいだろう。まさか門弟が懸命に握ってくれたおにぎりを無下にはしないおひとだろう?」
 どきり、と仮初の心臓が跳ねた。
 藤堂はまじまじと近藤の顔を見つめた。復讐を進行する中途の、本筋からまるでかけ離れていたせいで忘れたことにしていた記憶が忘却補正のスキルによって克明に甦る。
「近藤さん」
「ん?」
「食べてた、んですか。あれを」
 呆れるほど大きな、弾正の名前をもじったようなおにぎり。弾正が近藤に持って行ったのは弾正特製の激辛おにぎりばかりだったはずだ。実利のないことはしない彼女のことだから、わざわざ近藤に藤堂の作もあったと告げるはずがない。
「台所に置いてあっただろう? 夜に鍛錬していたら食いでがあるものが欲しくなって、勝手に悪いとは思ったんだが、有難くいただいた。旨かったとも。私は辛味噌よりも、甘味噌が好きだな」
 食い尽くすなと後で弾正に詰め寄られたのだけ参ったな。なんてことないように、近藤は明るく語る。藤堂は返事に詰まった。あんなに形の悪いおにぎりを、欲張って詰め込みすぎて弾正のものより大きくなってしまっていたおにぎりもぜんぶ食べていたとは。
「あれはいいな。腹に溜まるし、味変もできて飽きがこない。平助さえよければ、また握ってもらえまいか?」
……いいですけど、近藤さんも手伝ってくださいよ」
 ようやっと、藤堂は凡庸な言葉を口にする。燃費が悪いセイバーといえども明らかに食べすぎだ。今度は皆に行き渡るように気をつけてほしい。近藤は屈託なく笑って了承する。相も変わらず青空の下がよく似合うひとだと、藤堂もつられて笑みをこぼした。