タロ文庫の作品置き場
2025-12-12 14:18:27
4738文字
Public 作品
 

最愛の花火

2021-11-01
ウィンとティームが見る花火シリーズ第三弾。一緒に暮らす記念に。
ムーバーンというのは建売住宅街です。セキュリティーがちゃんとしていて敷地内にスーパーやジムもありWTの日常生活に夢が広がります。
もちろん捏造です。
ティームの最後のセリフは中の人たちの写真集の名前から拝借しました。と思ったら、数年後ウィンのツッコミも中の人たちの写真集の名前になってました。

 家の近所を散策がてら屋台で夕ご飯を買い込んでいると、細い路地裏の突き当たりにその店はあった。
 ティームは見つけるや否やウィンの肩を指で突き、振り返ったところを笑顔で店の方に視線を誘導させる。
「先輩、良いもの見つけた。買って帰ろう」
 複数の屋台を巡り、いま会計を済ませている屋台で既に両手いっぱいにビニール袋をぶら下げることになったウィンはじっと目を凝らしてティームの示す店を見つめた。赤い看板の黄色い文字の店名にティームのやりたいことを察して片眉と口端をひょいと持ち上げる。
「いいな。今なら隣近所もいないし、少しくらい派手にやっても怒られないだろ」
「やった!!」
 小さくガッツポーズをして今すぐに駆け出しそうになったティームに、両手が塞がっていて首根っこを掴むことが出来ないウィンが「待て待て待て」と早口でストップをかける。頭の中は既に入店していてあれやこれや品定めをし始めているのに、出鼻を挫かれたようでティームは口をへの字に曲げた。何年経ってもウィンに対してこういう可愛げのない顔を向けてしまう。
 ウィンはそんなティームの顔を何年経っても可愛いと思い小さく鼻で笑うと、しょうがないとばかりに最低限の釘を刺した。
「買ったばかりの新築戸建てを燃やさない程度の花火にしろよ。間違っても尺玉は買うな」
 
 
 
 個人が営む花火屋には一斗缶サイズの打ち上げ花火も売っていたがティームはウィンの言いつけを守って一般的な大きさの打ち上げ花火とそこそこの量の手持ち花火を買った。
 ガレージに置いておいた『洗車道具』と書かれた段ボールの中からバケツを引っ張り出して、真新しい蛇口を捻って水を溜める。庭とガレージの間にある立水栓は洗車するにも芝生に水を撒くのも丁度いい位置に設置されて使い勝手が良さそうだ。水がある程度溜まっていく間ぐるりと庭を眺めてティームは満足げに笑みを浮かべた。
 どっさり買った花火のカゴの側までバケツを運ぶと、カラカラとガラス戸を開けて家の中からウィンが出てきた。いつもはきっちりしたスーツに隠れているタトゥーをタンクトップから惜しげもなく晒し、長い腕を上に伸ばしてゆったり歩いてくる。
「うーん、真新しい芝生の匂いって良いな」
「先輩遅いよ! こっちは準備万端だっていうのに」
 早く始めたくて気持ちが急いてるティームは高速の手招きで早く早くとウィンを呼ぶ。家の明かりを少し落としてきたウィンの表情は逆光だったが眉を顰めているのがよく分かった。
「お前な、飯食い終わってすぐにピャッと庭に飛び出して行きやがって。こっちは一人でベッド作って風呂場も整えてきたんだよ」
「適材適所だろ。先輩の職場仕込みのベッドメイキングの方が綺麗で気持ちいい。効率よく動けっていつも言ってくるのウィン先輩じゃん」
「言ってろ」
 ふへへと笑うティームのこめかみを小突いてウィンも小さく笑う。先程の顰めっ面がポーズだということは一緒にいるうちに知っている。
 カゴいっぱいの花火の中からろうそくを見つけて、ウィンがライターで火をつけた。微かにぬるい湿った夜風が吹いているものの火を消すほどの風力ではない。
 花火をするには絶好の日だ。
 ろうそくを家の前の道に転がっていた石で囲って支えて、ウィンがよしと立ち上がる。ティームがカゴから手持ち花火を抜きウィンに手渡した。
「我が家のオープニングセレモニーだな」
 二人で見合ってニヤリと笑うと火薬のついた先端部分をろうそくの火につけた。
 
 
 
 二年の留学を経て帰国したウィンはティームを空港で抱きしめながら「もう離さない」と言った。出発の時に言った「帰ってきたら離さない」とのブレのない言葉に、望むところだと笑って腕を背中に回した。
 シヴィルパートナーシップを結び、暫くは大学近くのコンドミニアムに住んでから、この度ウィンがずっと目をつけていた小規模のムーバーンに一軒家を購入することになったのである。終の住処というわけではないが賃貸ではなく自分たちの名義で家を持つことで、またひとつ節目を迎えた気がティームはしていた。
 メンタルやフィジカルの拠り所をお互いと決めた後は環境を落ち着かせる。その一歩が『家』だった。
 
 
 
 ウィンの実家の敷地内に建てるという案が出た時はすったもんだしたなと、そんな昔のことでもないのに懐かしく思い出しながら、ティームは花火の光の中でほんのり浮かび上がる白壁を眺めた。
 最初は一本ずつ色や形の違う火花が出るのを楽しんでいたが、まだまだある在庫を見てまどろっこしくなってきて、一度に何本持てていっぺんに火をつけられるかなんて指の股に手持ち花火を挿して振り回した。二人でそんなことをするものだから子供みたいにはしゃいでしまった。一斉につけられた花火は方々に火玉を飛ばし煙を漂わせる。大きく口を開けて笑うウィンがむせるのを見てティームが笑い、同じように煙を吸ってむせてしまいそれがまたくすぐったい笑いを生んだ。
 手持ち花火が在庫薄になってきたあたりで、ウィンがティームの足元にポイッと円状の花火を投げた。それはあっという間に火花を散らして回転し始めて、ぴょんぴょん跳ねるティームを何故か追いかける様に不規則に回転を続けた。
「うわああ、先輩なにこれ!」
「ちょ、おま、こっち来んな」
「だって追いかけてくる!」
 ティームが一蓮托生とウィンのタンクトップの片側を掴んだところで、回転していた花車がビビる二人をせせら笑う様にパンッと軽く爆発した。思いの外大きな音に二人して驚きお互いを抱きしめ、また笑い合う。
 ウィンの言う通り、まだ両隣の家に入居者が居なくて良かった。煙と良い歳した男二人の野太い騒音にすぐに苦情が来ていただろう。
 ひとしきり騒いだところで、ティームが置き型の花火を芝生の上に置いた。
「威力がわかんないからまずは単発ね」
 家を燃やすなと言われたので家庭用の打ち上げ花火の中でも比較的大人しそうなデザインのものを選んでみた。下の方にちょろりと出ている導火線にライターで火をつけると離れたところにいるウィンの隣に駆け寄る。
 念のため庭の中でも道路に近い電線のないところに置いた。
 じじじと導火線が焦げる音がした後に、本体へ着火するとジュッとオレンジの火花が縦に伸び打ち上がる。その光を追って夜空を見上げれば二階くらいの高さでドンッと大きな音が鳴り緑と赤の花が眩しく開いた。
「おー」
 大人しそうなデザインだったのに思いの外大きく咲いてしまいティームはのんびり声を出しつつ隣のウィンの反応が気になったが、ウィンは黙ってそれを見つめていた。
 花火は大きく咲いた後パチパチと煌めきを余韻で残して消えていき、束の間二人の周りはろうそくの火だけで灯された。別にまだ花火は残っているし隣にウィンはいるのに花火が咲き終わった後の夕闇は少し寂しい。
 先程までのお祭り気分が落ち着いてしまった気がして、ティームは単発ではなく連発して発射するタイプの打ち上げ花火を手に取った。
「先輩、次のやつ五十連発だって」
「ティーム」
 導火線に火をつけてまたウィンの隣に並ぶとそれまで黙っていたウィンがティームを呼ぶ。ティームがウィンを見上げるのと連発花火がポンポンと上がり始めるのが同時だった。
 明るいゴールドの光に照らされたウィンは楽しそうに目を細めて口端をにぃと持ち上げていた。
「知ってるか? 花火の下でキスすると永遠に愛し合えるってジンクスがあるらしい」
 ポンッ、パァン
 言い終わると連発で上がる花火に目をやり先程のティームと同じく「おー」と感嘆の声を上げた。
 軽快さとスピード感を持って上がる花火の音を耳に入れながらティームは瞼を少し落とし、いろんな色に照らされるウィンを呆れて睨む。
 その顔とそのセリフ、はるか昔に覚えがある。
 永遠を誓う仲とはまだ遠い関係の中で、永遠を誓っても良いと自覚させられた。
 今見ている花火と同じくらい眩いイルミネーションと今上がった花火と似ている緑のブロッコリーを頭の上に掲げられて。
 自信がないのか? なんて言葉に簡単に煽られた昔の自分を懐かしみながら、先輩の方こそと今の自分より若かったウィンに言い返す。
 あの頃から整った顔立ちもすらりとバネみたいに鍛えられた身体も衰え知らずだが、思考の根底も変わらない。
 今まで何度一緒に花火を見てきたと思ってるんだ。ウィンの寮の部屋からも、初めて遊園地でデートした時も、イギリスのニューイヤーイベントも、タイのロイクラトンも、大きくて綺麗な花火の下でいくらだってロマンティックなチャンスはあったはずなのに、なんでこんな家庭用花火を見て思いついたかな。
 本当にロマンがない人だ。
「ウィン先輩、花火見てないでこっち見ろ」
 綺麗に張った双眸の水膜にリズミカルに上がる花火の煌めきを映し出し、形の良い唇に薄く笑みを浮かべたままのウィンの横顔に声をかける。流石にウィンみたいに唇を突き出すようなマネは出来ず、顎を持ち上げて「ん」と促すことはしてやった。
 今度はそっちからしてこい。
 大学卒業までに伸びた身長の分ウィンには近づいたが今日は特別に踵を上げて同じくらいの身長になってやる。更にサービスで無抵抗を示すために両手を緩く後ろで組んでやる。
 目は閉じず相手の様子を伺っていると、アーモンド型の綺麗な目がふんわり弧を描き、同じように綺麗に口角が上がった唇がチョンと触れて離れた。いつもより角度が付いてないキスは唇の感触より鼻の頭で小鼻を押された方が強くて、ティームはムッとしてもう一度「ん゛!」と顎をしゃくった。
 今度ちゃんとしなかったら首の後ろ掴んで噛みついてやる。
 そう思ったティームの気迫を正しく察知したウィンは小さく声を立てて笑って、次々上がる花火の彩りに照らされた顔を少し傾けてゆっくり近づけてきた。
 触れては離れ、少しずつ押しつけられる時間が長くなり、食まれたり食んだり、気づいたら打ち上げ花火は終わっていて自分たちは五十連発中どのくらいのキスをしていたのだろう。リップ音を立てて離れた形のいい唇に最後カプリと歯を立てた。
「いつまでやってんだよ。花火、まだ残ってるんだから」
「念には念を入れとかないとな」
「自信がないの?」
「ばか言うな。自信しかない」
 噛まれた下唇をペロリと舐めるウィンのニヤけた顔は、花火が消えた暗がりで見えなかった事にする。
 あの日の仕返しをしたつもりが二人とも時と歳を重ね過ぎて何ら効力がなかった。
 この自信を作ったのは自分だ。それも記憶力もすこぶる優秀なこの男は、この言葉を覚えていた。
 ティームは掘った墓穴に低く唸って、まだ少し残っている花火の全てに火をつけようとカゴの方へと大股で歩いていく。
「ほら、いいから次のやる! 折角のオープニングセレモニーなんだから、ノンストップでいくよ」
「はいはい」
 早くこっち来る、とゆっくり歩いて後を追ってくるウィンを振り返えれば緩く横に振られる顔が優しくて、いつも見ているはずがとても懐かしく思えた。
 
 
 
 こうして新たな記憶を重ねていく。
 それは花火を見て感じる懐かしさと真新しさに似ているとティームは思った。今後どの花火を見ても『家』を持った日のセレモニーを懐かしむだろう。
 ウィンと見た他の花火達と共に。
「ウィン先輩」
「なんだよ」
「Welcome to You and I Home!」
「それを言うなら、Our homeだろ」