タロ文庫の作品置き場
2025-12-12 14:14:27
4156文字
Public 作品
 

最幸の花火

2021-11-01
ウィンとティームが見る花火シリーズ第二弾。恋人になってから行った遊園地デートの最後に。
作中の花火のテーマはウィンの俳優さんの2021年カレンダーの名前から取りました。

『Hello everyone!
In just a few minutes, we are proud to present “One and Only Happiness in the Sky.”
In this spectacular fireworks display, every joyful moment of today will be expressed as a sparkling burst of happiness.
Please cherish the happiest moments with today’s memories in your heart.
“One and Only Happiness in the Sky” will begin shortly.』
 
「え?! なんだって?」
 園内に流れていた音楽が止まり、耳に心地よいテノールのアナウンスが響き渡った。突然聞こえてきた英語に耳がヒアリングを拒否したティームが、もう閉園かと勝手な予測を立てて眉を顰めながらウィンを見上げる。
 たった今、ポップコーンを買ってもらったばかりだし、これを摘みながら次のアトラクションに並ぼうと思っていたのに。
 緑と白のストライプのビックカップにピンクの水玉のストラップがついたバケット。透明な半球の蓋の部分まで白い綿花のようなポップコーンが山盛りに入っている。味はシンプルにソルト。いつものポテトチップスもそうだがオーソドックスなものが一番最後まで美味しく食べられる。
 園内で食べるから美味しいのだ。帰りの車の中じゃ味も楽しさも半減してしまう。
 腕の中に大事そうに抱えるティームの頭を呆れと慈しみをミックスした顔のウィンがくしゃくしゃにかき混ぜた。
「もうすぐ花火だってよ。観覧車のところで上がるみたいだぞ」
「へー、花火が上がるんだ」
 そういえばパンフレットのタイムスケジュールに載っていた気がする。
 観覧車の向こう側は海で、花火はちょうどその間から上がる。毎日開催されている恒例のフィナーレイベントだが海風に煽られて中止になることが多い。今日は晴れていて風も凪いでいるから実施されるようだ。貴重だからか人の流れが近くで見ようと観覧車の方へ向かっている。
「観に行くか?」
「いや、人が多そうだからいい。それにそっちに人が集まってるならアトラクションが空いてるかも!」
 行こう先輩、とウィンの手首を掴んで目的のアトラクションへ足早に進む。途中で指の力を緩めれば、大人しく手を引かれていたウィンが隣に並ぶついでに指を絡ませてきた。チラリと見ると楽しそうに細められた目と合った。
 今日、何度も見た顔だ。
 
 
 
 先輩後輩なだけじゃ無くなって、色んなところにデートに行き始め、今日は初めての遊園地だった。
 来たからには乗り物も食べ物も制覇したいと、入園ゲートを通る時に宣言したティームのガッツは可愛げも色っぽさもなかったけれど、ウィンにはそれが面白かったのか効率的かつ臨機応変なフットワークで応えてくれた。
 ジェットコースターに乗れば日常味わえないスリルの共有にはしゃいで、メリーゴーランドに男二人で乗る珍妙さに笑いが溢れてそれぞれの子供の頃を懐かしんでみた。ゴーカートでスピードが出ないにも関わらず本気のレースをして勝ち負けを喜び悔しがり、コーヒーカップは回そうとする手と阻止しようとする手の攻防戦だった。
 ティームが楽しいことが楽しい、ということも多いウィンが一緒に楽しんでいる姿が、ティームには嬉しかった。
 今日一日よく笑った。ウィンも笑っていた。
 ただ今日のウィンはサムライのように厳つく結んでいる髪を解いていて、白いタンクトップは腕と肩のタトゥーを全て曝け出し、更に脇が大きく開いているからそこから綺麗な外腹斜筋がチラ見えしていた。
 すらりと長い手足、金髪から除くシルバーのピアスがどこか色っぽく、勝気な美貌はティームとのデートだから最高のコンディション。そこに惜しげもなく蕩けた笑顔を始終浮かべてるものだから、大学の構内とは比べものにならないくらい女性からも男の子からも声をかけられた。
 それに臍を曲げていた時間もあったけれど。
 夕暮れの観覧車の一番上でいかにも恋人的な事を真面目な顔してしてくるから、ウィンに寄ってくる人間なんてどうでも良くなった。
 
 
 
 人の流れは逆方向で、みんな花火への期待に周りの人なんて見ていない。
 ティームは絡んだウィンの指を自らキュッと握った。
 楽しい気分が自分の背中を押している。心に抵抗を感じないなら追い波には乗った方がいい。その方がグッと距離を縮められる。
「ウィン先輩」
 ティームは水流を味方につけてイメージ通りに泳げた時によく似た高揚感が身体を巡っているのを感じて、そのまま表情に乗せてウィンに差し出した。
 握ったウィンの手がピクリと跳ねて、アーモンド型の目がティームを捉えてまるく見開かれる。メリーゴーランドの煌びやかなライトアップが、さっと染まっていったウィンの耳の色を照らした。
「な、なんだよ」
「今日めちゃくちゃ楽しかった」
 連れてきてくれてありがとう、と左手のポップコーンバケットと右手のウィンの指のどちらにもギュッと力を入れると、ウィンもギュッと握り返してくる。
「なんで過去形なんだ。まだ終わってないだろ」
「そうだった」
 それでも言いたくなった。自分のタイミングのおかしさにまた一つ笑うと、ウィンが何か言おうとして口を開いた。
「ティ、」
 パァンッ
「っ!」
 その瞬間、背後で炸裂音がして重なるように壮大な音楽が近くのスピーカーから大音量で流れてきた。
「花火、始まったな!」
 胸いっぱいに響く音楽に負けじと声を張り上げるウィンにうんうんと頷いて後ろを振り返る。
 ライトアップされたアトラクションの向こう側、夜空にどんと構える赤と紫に光り輝く観覧車の大輪の花。そこに寄り添うようにまずゴールドの花火が次々に上がっては花開いて瞬いていく。
 周りの人達も足を止めて魅入っている。花火の迫力や美しさにロマンティックな音楽がタイミングよく合わさって気分を盛り上げてくる。心臓に響く振動が鼓動と重なってどちらが早鐘を打ってるか分からない。
 今のうちにアトラクションに並んでしまいたいと頭の片隅で思っていても、ティームの目も耳も花火に釘付けになった。観覧車から遠くにいても結構見える。水平線まで続く海の暗い夜空に鮮やかな大輪はよく映えていた。
「ここからでもちゃんと見えるな」
 ウィンも同じことを思っていたのか、耳元によってきて普通の声量で話しかける。それにもうんうんと頷いて夜空を眺めていると繋いだ手をくんっと引っ張られた。
「ティーム」
 呼びかけに振り向けばウィンの手にはセルフォンがあった。
「撮るか?」
「うん」
 既にタイマー仕様のインカメラになっているのを見てティームはウィンの手の速さに歯を見せて笑った。
 ウィンが長い腕をピンと伸ばすと自分たちとまばゆいメリーゴーランド、遠くに観覧車に花火と全部がフレームに入る。角度を調整する動きに合わせて頭を動かせば、いつの間にかウィンに肩を抱かれて頭をくっつけあっていた。
 花火はちょうどスターマインになっていてこれならどの瞬間でも綺麗に写りそう。
 今日一日ウィンと過ごした楽しさが最高のタイミングで残せると思い、ティームは自然と笑顔が大きくなった。口を大きく横に広げて、買ってもらったポップコーンバケットを自慢げに胸元に掲げる。そんな自分を画面の中で見ていたウィンが横を向いて直に見つめてくる。
「あ」
 そのままカシャリと音がして、自分だけがカメラ目線で笑ってる写真が切り取られてしまった。ウィンの視線は自分に向いていて、ティームはウィンの腹を肘で押した。
「なんでこっち見るんだよ」
 せっかく花火も周りの照明も、自分の笑顔も最高だったのに。
 ただ横を向いているウィンの表情も最高に蕩けてはいる。幸せそうではある。
「なぁ」
 唇を突き出して拗ねるティームにウィンがそのまま耳元で話しかけてきた。ん? と顎を上げる仕草で聞き返す。
「この花火の名前、さっきのアナウンスで聞いてたか?」
「おれが英語が聞き取れるわけないだろ」
 ハローエブリワンしかわからなかった、と言うとウィンが可笑しそうにくつくつ笑う。
「唯一無二の幸せ」
 ロマンティックな音楽にも破裂音にも、周りの歓声にも阻まれないクリアな声が耳殻に触れる。
「俺にとってはお前だな」
 ウィンの言葉を脳より先に胸が反応して、そのくすぐったさにティームは思わずしゃがみ込みたくなった。
 いつも揶揄い倒してくる男の厄介な口は恋人になって厄介に拍車がかかっている。それを嬉しいと思ってしまうくらいには被害が甚大だ。
 雪崩が起きた身体の中と顔面を何とか立て直し、ティームはもう一発ウィンの腹筋に肘鉄を食らわせた。かたくてダメージは入っていなさそうだが心の持ちようである。
「もう一回撮る!」
 照れ隠しですと言っているようなものだとわかっていてもぶっきらぼうに叫んでしまい、ウィンが呆れたふりではいはいと言う。
 花火がクライマックスに入り、音楽も光も破裂音も盛り上がってきた。
「ほら、次は先輩もこっち見てないでカメラ見てよ」
 その写真あとでおれも欲しいから、ちゃんとカメラに向かって笑えよな。今日たくさん笑ってただろ。
 左のこめかみをウィンの頬骨あたりにこつりと当て、ぐりぐりと顔を動かしてウィンに前を向かせる。ウィンは猫かよと笑いながらティームの肩に置いた手に力を入れて、更に自分の腕の中に引き寄せた。
 ウィンの伸ばした腕の先、タイマーがカウントダウンしている画面の中で、ウィンの満面の笑みの後ろに『唯一無二の幸せ』がパァと夜空に花ひらく。
 ティームは手の中のバケットをギュッと握り直して、大輪の花たちに負けないようにもう一度思いっきり笑顔を浮かべた。
 今日この世で一番幸せなのは自分なんだと自慢げに。