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タロ文庫の作品置き場
2025-12-12 14:09:03
2596文字
Public
作品
きみは四月のバルール Purple
2021-10-28
タイ沼版春のワンドロ(2021/04/24)テーマ 『約束』
WinとTeamの四月にまつわる話シリーズ第二弾。社会人の二人の短い話です。
行こうとしている国はブルートレインというラグジュアリーな列車の旅が出来ます。してほしい。
バルールは美術用語で『色価』という意味だそうです。
ティームとは出会った頃から何かと約束事が多い関係だった。
入学と同時にあった水泳部のトライアウトの後、トレーナーとしてつくことになった時。奨学生のくせに勉強が追いつかず渋い顔をしているところに家庭教師をかって出た時。住んでいる寮が同じで生活圏まで踏み込んで世話をし始めた時。
少しの言い合いの末、引くタイミングを逃したティームの着地点の為にウィンはよく提案をした。
新人強化合宿の夜から眠りを提供する為に招き入れた自分の部屋でのこと、イルミネーションの下や筏リゾートで重ねた宣誓はティームからウィンに向けられた精一杯の感情で、ウィンはそれもまた真正面から受け取った約束事たちだった。
こうして約束を重ねた関係の上に、日々の細々とした周りからしてみればただイチャついているだけにしか見えないような約束が縦糸のように織り重なって、ウィンとティームの日常は続いていった。
中には守る事ができなかった約束も沢山ある。共に生きていれば当たり前のことで、だが決して二人とも破る事はなかった。
その守る事が難しかった、現在も進行形で難しい大事にしている約束がウィンにはあった。
もう何年も春を見ていない。
ティームの卒業後、ウィンの帰国を待って共同生活を始めた。なので一年を通して一緒に過ごしていない季節は、正確には無い。
一緒にはいるのだ。日々の生活の中では。
ただ、ウィンの業種は繁盛期が世間と逆で、世間が長期の休暇に入り旅行のハイシーズンになると忙しくなる。ソンクラーンはその主たるもので、ウィンが働き始めた初年度に「むこう三年は絶対にわがままを言わない」とゴリ押ししてもぎ取った休暇を使って日本へ行って以来この時期を二人でゆっくり過ごした事はなかった。
ピンク色の桜が無数に舞い散る中でウィンが口から零した言葉をティームはいまだに覚えていてくれて、夏季と呼ばれる季節のタイにいてそれを感じられるようにと毎年ウィンに見せてくれていた。
ある年は花瓶がわりのコップに黄金のゴールデンシャワーが挿さってテーブルに置かれていた。水泳部の本気を見せた水かけ祭りに参加した際の水鉄砲が置かれてた時は、まだ取ってあったのかと夜中に一人で笑ってしまった。桜の代わりにピンクのチョンプー・パンティップが置いてあった時もある。いつかはキッチンのカウンターに飾ってある写真が同じ季節にティームが訪れたイギリスのものに差し代わってたこともある。
どれもウィンがティームと過ごして愛しさを募らせた春の思い出だった。
ティームもまたあの約束を大事にしてくれている事がわかり嬉しいと思う片隅で、「おれ達は約束を破っているわけじゃないって分かっているよ」とフォローされている気がした。
リゾートホテルはソンクラーンの時期が掻き入れ時で、大学の水泳部は新年度の体制準備に忙しい。お互いに分かっていた事だ。
そうして今年も同じ家には帰ってくるがなかなかに慌ただしい生活の中で季節は過ぎ去っていってしまい、ウィンは密かに奥歯を噛み締めていた。
ウィンは根に持つ有言実行タイプである。こと、ティームに関しては。
それから約半年後。
帰宅したティームはリビングに入るや否やウィンに呆れた声をかけた。
「先輩、玄関にトランク置いてあったけど荷造り終わったの? 早くない? フライトは明け方でしょ」
ウィンはちょうど冷蔵庫の中身のチェックを終えたところで、キッチンから顔を出してティームを出迎える。自然と上がる眉と口角は帰宅後から止めることが出来てなかった。
「おかえり」
「ただいま」
「シャワー浴びて着替えて来いよ。水着とタオルと服は洗濯機入れとけ。洗ってやるから」
自分の汚れ物は既にドラムの中に放り込んである。ティームのと合わせて乾燥までさせておけば、一週間以上後に帰ってきた後の自分達が楽だ。
口でティームに指示を出しながらテキパキと家を留守にする作業に勤しむウィンに、ティームもふよりと眉を上げて笑ってハイハイと言い残しバスルームへと向かった。長年一緒にいると表情の作り方も似てきてしまう。十代の頃よりぐっと精悍になったティームがウィンに似た仕草をすると大概の人は惚けてしまうのだが、ウィンにとってはいつまで悪戯っ子の生意気な可愛いティームの表情だった。ウィンは緩む口元を誤魔化すように首を横に振って、ショルダーバックに入れた貴重品類の最終チェックを行う。
二人分のパスポートとEチケット、クレジットカードとランドに換金する為のバーツ。旅の途中で乗るブルートレインのチケットプリントアウト、セルフォンの充電器にタブレット。持っていきたくはないが仕事の連絡用のセルフォンも渋々入れた。WiーFiは空港でレンタルしてティームの鞄にも入れておこう。ガイドブックにはレストランやお土産のページに付箋がびっしり貼られている。
相変わらずいくつになっても食い気が旺盛で、日本で教えてもらった〝花より団子〟という言葉がぴったりだ。
そんなティームでも、今回見せる花をまた気に入ってくれることをウィンは期待している。
黒目いっぱいに光を入れて目の前の景色に感情を動かすティームを見たい。その為にロイクラトン直前のこの時期に堂々と休暇をもぎ取る為に半年かけて調整してきた。
『今年のお前の誕生日は春を見に行こう』
『春? 春って四月とかじゃないの?』
『とは限らないだろ。世界は広いぞ』
そう言ってティームの日程も調整した。
現地で誕生日を迎えるティームへのプレゼントをバッグの中に入れてあることを確認して、ウィンはその箱を一度本人の頬にするように撫でた。
ひとつの都市が丸ごとジャカランダの紫の花の色に染まる。
その満開に咲き誇る名誉という意味の、南半球の春の色を見ながらもう一度ティームに誓いの言葉を言ったら、流石の食い気の化身も〝団子より花より約束〟になるだろうか。
「ねぇ、ウィン先輩。プレトリアって主食はパンだっけ? お米だっけ?」
バスタオルで髪を拭きながらパンツ一枚でリビングにやってきたティームの言葉にウィンは一瞬停止した後に思わず盛大に吹き出して、何年経っても塩素に負けない艶やかな黒髪をバスタオルごと大きな掌でくしゃくしゃと混ぜた。
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