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タロ文庫の作品置き場
2025-12-12 14:06:51
6347文字
Public
作品
きみは四月のバルール yellow
2021-04-27
WinTeam創作企画『春のWinTeamまつり』(2021/04/01-30)
WinとTeamの四月にまつわる話シリーズ第一弾。
ティーム1年→2年、ウィン3年→4年の春休みあたり。
暑さ真っ盛りのタイの四月に洗車してイチャついてるだけの話です。
バルールは美術用語で『色価』という意味だそうです。
ウィンはじわりと汗が浮き出てくるこめかみを手の甲で擦ると水道の蛇口を捻り、バケツの中に水を溜め始めた。
長めのホースから勢いよく出て来た水力によってシャンプー液をモコモコに泡立てる。普段はバイク一台分なので少量で済ませているが、今日は車一台分だ。寮の共益費を払っている分たっぷりと水を使わせてもらおう。
まだ朝の九時だというのに夏季真っ盛りのバンコクは既に三十度を優に越えて、熱帯夜で冷めきらなかった空気を更に熱し始めていた。青いバケツの中に溜まっていく水を見ながら、まだ何も作業をしてないのにウィンはじわじわ浮き出る汗にキンキンに冷えた自室に帰りたくなった。もしくはプールに飛び込みたい。
そもそもウィンはもっと早い時間にこの作業をする予定だった。それを事前に伝えてあったし昨夜の就寝も今朝の起床もその予定に沿っていたはずだった。
それなのに。
「あいつ、いつまでも食ってやがって」
新しく出来た近所の韓国粥専門店に連れて行ったらティームの胃のツボを押してしまったのか二回もおかわりをされてとんだタイムロスになった。美味しく食べている顔はずっと眺めていたかったが、今日は連れていくべきではなかった。
ウィンが眉間に皺を寄せぶつぶつと一人で文句を言いながらたっぷりと泡立ったバケツへの出水を止めていると、耳に砂利をゆっくり踏むタイヤの音がしょりしょりと聞こえてきた。
ティームがいつも駐車しているところからこの水場まで車を移動してきたのだ。
視線を上げた先に見たものにウィンは呆れを通り越して苦笑してしまった。
「今日はまた
…
一段と凄いな」
やはり今日の予定をこれにして正解だった。
日本車の白い車体は目にも鮮やかな黄色で覆われていた。それは車の動きに合わせてウィンの近くに停車されるまでの道筋に、ヘンゼルとグレーテルのパン屑のように点々と零溢れている。
エンジンを切った車から降りてきたティームが顰めっ面のままドアを強く閉める。バタンッという衝撃で、またいくつもの黄色がルーフとボンネットからころりと転がり落ちた。
「あっつい!」
駐車場の端からここまでの短い間だからと車内のエアコンも付けずに走ってきたのだろう。ティームの鼻の頭にも汗の玉が浮かんでいて、タンクトップの胸元を引っ張り上げて拭い大きく息をついた。
ウィンはふわりと眉を上げて、シャンプー液が泡立つバケツをティームの足元に置きながら再び水道の蛇口を捻った。
「お前さ、少しは払ってから持ってこいよ」
「どうせ全部洗うんだからいいじゃん」
「水で濡れるとへばりつくぞ」
「大丈夫大丈夫。さぁ、さっさと終わらせて部屋に戻ろう!」
何が大丈夫なんだ。一度も洗車した事ないって言ったくせに。
ウィンはタンクトップを大きくはためかせて肌に風を送り込んでいるティームを横目でじとりと睨む。ぼたぼたと水が出てきたホースの口を指で潰して元々白い車体のティームの車へと水をかけていった。
ウィンとティームが住んでいる寮は駐車場が広い。
住人一人あたり二台分の駐車スペースが契約に含まれており、それでもなおスペースに余裕があった。停める場所も自由だったが住んでいるうちに自然と置き場所が決まっていき、ティームも利用して暫くすると駐車する定位置が決まっていた。寮のエントランスからは遠いが木影で直射日光が当たりづらい。バンコクの痛いくらいの日差しに車内温度が地獄のように上がるので、少しでもそれが防げるから助かっていた。
その木影の木が何であるか、去年のこの時期はまだ新学期前で入寮していなかったティームは知らなかった。片や入寮二年を経過していたウィンもずっとバイク通学だった為に知らなかった。
この時期にティームの周りに駐車していた車が一斉に場所を移していた事も、空いて停めやすくなったラッキーくらいにしか思っていなかった。
二人がその木がトンクーン、別名ゴールデンシャワーだと気づいた時には一斉に黄金の花が咲いていて風にゆったりと揺れていたのだった。たわわに咲き乱れ重みで垂れ下がる房の黄色と葉の黄緑色が鮮やかで、長年見慣れているウィンとティームでも圧巻されるほど、寮に植えられていたゴールデンシャワーは立派だった。
黄金で埋め尽くされた天井のような満開の花房に、始めは二人ともはしゃいでツーショットの自撮り写真を撮ったりもしていたが、すぐに咲き盛りを終えて散り始めた黄色い花弁のおびただしい量に閉口していった。それも悪いことに駐車位置が風の吹き溜まりでもあり、ティームの車の真上の花だけでなくどこからか連れてきた花がタイヤにもこんもりと積もっていた。払っても払っても完全には取り除けず、ティームの車は次第に花弁と花粉で黄ばんでいった。
ティームは散り終わったら洗車店へ持っていき一気に綺麗にしてもらおうと放置していたが、ほぼ毎日朝の通学で運転しているウィンには耐えられず部活が休みの今日に洗車を行うことになった。
ティームは始めるまでは文句も多く腰も重かったが、元来身体を動かすことが嫌いではないので始めてしまえば楽しそうにスポンジで車体に泡を擦り付けていた。
黄色い花弁が白い泡に浮いて、ゆっくりと滑り落ちている。
反復横跳びをするように車体の周りをぴょこぴょこ跳ねながら口元に笑みを浮かべている様子に、子供かよと心で苦笑しながらウィンはそばの車止めに腰掛けてティームを眺めていた。最初は手伝おうかと思ったが、遊ぶように洗車をしているティームがウィンが座って眺めているだけだということにも気付いていないようなので、その様子を楽しむことにした。
持て余している長い足を放り出すように座ったサンダルの先で、黄色い花弁が泡と一緒に水溜りの水流でくるくると舞っている。その先には靴紐がだらしなく解けたままの赤いスニーカーが水を含んで色濃くなっていて、そのびしょ濡れの靴をティームがどうするか考えてオートでウィンの眉間に皺が寄った。数回瞬きをしてとりあえず面倒な考えは横へ押しやり、そのままくるぶしの影とふくらはぎの張りを通って灰色のタンクトップが腰元に作っている皺を眺めた。
ティームは反復横跳びをやめ、今は思い切り背伸びをしてルーフの真ん中あたりを擦っている。
「先輩、ホース取って! 水で流し取る!」
スポンジを持っていない方の手だけをウィンに向けて指先をちょいちょいと動かした。太々しいティームの仕草にウィンは小さくため息をついて立ち上がるとその手のホースを乗せてやる。蛇口を捻ってやると水がホースを持つティームの腕を濡らしていった。それを見て、にっと口端を上げたティームがスポンジとホースの両方をルーフの上で平泳ぎをするように動かしている。
よほどこびりついて取れないのか、うーやらむーやら唸り声を上げて腕を伸ばし切っているせいで、ティームは車体に寄りかかり流れる水に前面を濡らしていた。それでも笑っているティームにウィンは半ば呆れた。
半分水遊びだな。
太陽の高度が高くなりじわじわと確実に温度を上げていく中で、水で冷えた車体が気持ちいいのだろう。そうしたい気持ちはウィンにもよく分かる。それも普段は行く手を阻むようにぬるく重い水を掻き分けて泳いでいるから、さらさらと冷たい自ら流れていく水に触れるのが楽しいのだ。
「びしょ濡れだぞ」
「良いよ別に。暑いしちょうどいい」
ルーフから流れる水の速度で、残りのゴールデンシャワーの花弁も放射線状に流れ落ちていく。思った以上に残っていた花弁は風に吹かれて落ちる姿とはまた違った動きで地面へと流れていった。ウィンはティームが跳ね散らかす水飛沫の被害が少ない位置から、その様子をなんともなしに眺めていたがふと視線をゴールデンシャワーから横に滑らせた。
今朝、寝巻き代わりのTシャツから着替えた時から常々思っていたことだったが今改めてウィンの目と脳はそれをじっくりと確認した。
ティームのタンクトップは、脇が腰までざっくりと広く開いているタイプだった。
そんなの持ってたのかと訊くと一番暑いこの時期だけ着てるんだと、実家から持ってきた段ボールの底から引き摺り出したと言う。去年のこの時期はまだ出会っていない。なるほど、だからウィンが知らなかったのも致し方ない。
ティームのもっちりとした白い脇のラインが惜しげもなく晒される光景に、ティームがこちらを見ていないのを良い事に上から下までゆっくりと視線でなぞった。それもたっぷり水気を吸ったタンクトップは素材のおかげで重くたわんでティームの肌から離れている。
胸まで見える。
昼でも夜でもプールでも部屋でも、見飽きるほど見ている肌だ。手も舌もどういう感触かを知っている。それでも見える場面ではない時に目の前に差し出されると見てしまうのは自然の摂理だと、ウィンは思った。
隙間があれば手を入れたくなるのも摂理のひとつと思いつつウィンは自分の手が勝手に動かないように腕組みをして、代わりにタンクトップの内側に向かって言葉を投げた。
「暑いなら寝る時もそれで寝ろよ」
「え? やだよ。先輩の部屋寒いから腕出すと冷える」
腕、ね
…
。
ティームの頓着と自分の執着の部位の差にウィンは思わず耐えていた口元の緩みを解放して歯を見せて笑ってしまった。
「それにもう今年で捨てるからいい。バンコクって外は暑いけど建物の中が寒すぎる。タンクトップなんか着るとこないよ」
地元はエアコンないとこもあったからこういうのでちょうど良かったんだけどね、とルーフの泡と花を流し終えたティームが車体から離れてチラリとこちらを伺うので慌てて目線を遠くに飛ばした。
適当に相槌を打ちながら適当に流した目線の先はちょうどティームの駐車の定位置。あれだけ花を散らしても、まだ葉の黄緑より花の黄色が目立つ色合いをしていた。今日は風がないので花は散るよりもその場に元気に咲き誇っている感じがした。
遠目からでも分かるパキッと明るい黄色は黄金と表現されるもののゴージャスと言うには元気が良すぎて色気が足らない。花言葉は『可憐』だがシャワーが降り注ぐように咲く様子は大胆だ。かといって花びらを一つ一つ見てみると小ぶりで蝶のような形をしていて、その花言葉も間違っていないことに気づく。遠くで見た時と手のひらに乗せた時で印象の違う花、それがウィンの中のゴールデンシャワーだった。
「ウィン先輩」
風に揺れない黄色たちを眺めていると、ティームの低い声がウィンの視線を引き戻した。
なんだよ、とピントをティームに合わせるよりも先にティームはウィンの顔にホースから出る水を浴びせた。
「っぶは!! なに、すんだ!!」
何も構えていなかったウィンには水は冷たさよりも痛さが優って、咄嗟に手を前に出し顔を背ける。すると今度はホースを上下に大きく動かしてウィンの身体を満遍なく濡らしていった。
シャツが張り付き、デニムはずっしり水を吸う。
「ティーム!!」
堪らず後ろを向いて強く名前を呼ぶと、その背中にも水をかけながらティームが笑った。
「ウィン先輩、のぼせそうな顔してボーッとしてたから応急処置」
「ばか、やめろ!」
「冷たくて気持ちいいでしょ」
第一の攻撃で鼻に入った水を抜き、ツンとした痛みに耐えて、ウィンが振り向きざまにティームを睨みつける。いつの間にか全身びしょ濡れになっているティームがホースを手に仁王立ちでケタケタ笑っていた。
衝撃が去り水の冷たさを肌が感じる。それ以上に張り付いたシャツや腰元でずり落ちてきたデニムのパンツが気持ち悪い。
「子供かお前は!」
「暑いからちょうどいいじゃん。ほら、ソンクラーンの練習だよ、先輩」
今年は水泳部の帰省しない組で参加でしょ? と白い歯まで見せて笑う顔に、先程のぼせた顔の原因がバレたのかと一瞬慌てた心がホッとして、ホッとした分こちらも悪戯心がむくむくと湧いてきた。
括った金髪の穂先からもぽたぽたと滴り首筋を流れる水を手の甲で乱暴にぬぐい、ウィンは目をぎらつかせて口角を綺麗にあげた。獲物の隙を絶対に見逃さない狼は、ティームが笑いの合間に息を吸った瞬間にホースを持つ手ごと手中に握り込むとそのまま全部が露わになっている額の真ん中に水先を向けた。
「ぶわっ!」
「ソンクラーンの練習っていうならお前にも特訓してやるよ」
「わ、ちょっ、やめろ!」
顔にかかる水を首を振って避けようとしながら、ティームの手がウィンの手の中でもがく。ホースの水先があちこちに向いて二人の上にはソンクラーンの本番のように大量の水が降り注いでいた。お互い譲らぬ腕力でホースの主導権を奪い合い、歯を食いしばって交戦するもどちらの口角も上がっていることに気づいている。
そしてこういう時はより頭が切れる方が強い。
「おいティーム、虹が出たぞ」
「え? どこ?」
ふとウィンが口調を柔らかく変えて言った矢先にティームの集中が切れて身体の力が緩まる。ウィンは一番疎かになっているティームの膝裏に足を絡ませて、車のボンネットへとティームを押し倒した。
「うわっ!」
ボコンと音を立てティームの背中が車体に乗り上げる。勿論上からはウィンが押さえつけていた。
降っていた水は止み、ウィンが車体に押しつけたティームの手の中からだばだばとティームの背面とボンネットの間を流れている。
両手首を掴み足の間に足を割り入れ、部屋では良くある体勢をだいぶ高くなった太陽と青空の下で取りながら、上がった息を吐き出し合う。
見下ろすティームはいつものように眉間に皺を寄せて、ジト目で睨んでくる。
「今ので凹みが出来たら先輩が修理に出せよ」
「これくらいで凹むか。この車は持ち主に似て頑丈なんだよ」
唇から滴りそうになる水滴を舌で舐めとってウィンが意味を含ませ揶揄うと、眉間の皺が深くなるのが間近に見えた。
その眉間の皺の延長線、ちょうど前髪の生え際あたりに、今の一戦でどこかに残っていたのかゴールデンシャワーの花びらが一枚くっついていた。両手の塞がっているウィンがフッと息を吹きかけて取ろうとしても濡れてるせいもあり軽やかには飛んでいかず厄介にティームにくっついている。
「何?」
至近距離で息を吹きかけられたティームがウィンの唇をじっと見ながらボソリと問う。ウィンは黄色い花びらに懲りずに小さく息をかけ続けながら、この厄介さ加減にゴールデンシャワーの印象を一つ追加させていた。
「花びらがお前にくっついて取れない」
勿論ティームを押さえている両手を離して摘めばすぐ取れる事なのだが、それはしたくなかった。そして勿論ティームも気付いている。
ティームは一度黒目を上に動かして花がついているであろう額に視線をやってから、ウィンと目を合わせた。
「先輩にそっくりだ」
その黒目はたっぷり水気を含んで灼熱の太陽の光でキラキラとしていた。熱帯夜の艶はなくパキッと明るく輝いていて、それはそれで厄介だった。
どっちがだよ。
ウィンはティームの額に口を寄せる。花びらを唇で摘むとその黄色を乗せたままティームに見せつけるよう突き出してから、ぷっと横に噴き出した。
それから花よりも離れがたい唇に水よりも冷たくて熱い自分のそれを押しつけた。
この国のこの季節は黄色と水で彩られる。
ティームを通して見た色が眩しくて、ウィンは目を柔らかく細めて笑った。
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