そして、その色を裂く銃撃の音がした。
待って、だとか、違う、だとか、そういう言葉が口から出る筈だったのだと思う。それらは声にならずに、いびつな呼吸としてシルーの喉を鳴らした。アルゴス方向からの射撃に、ロハが被弾している。
ロハに気付いた時、彼女の接近をアルゴスにも伝わるような威嚇射撃をしたのはシルーだ。艦にはメロペイア人に恨みを抱く隊員も居れば、純粋に敵前の同胞を心配する隊員も居るだろう。
撃ったのは自分も同義だと思った。騙し打ちと思われても当然だと。それを否定したかったのは、自己弁護というよりも、ただ、交わし合った言葉に込めた心ばかりは誠であると伝えたかったからだ。シルーの光が続くことを祈ってくれた彼女のもとにも、穏やかな光あれと、願ったが故に。
「このメロペイア人に戦意は無い。──今の攻撃で戦える状態でもない。以降の発砲は、このメロペイア人がアルゴスに接近しない限り行わなくて良いと進言する」
無線でアルゴスに呼びかける。呼びかけながら、アルゴスからロハへの射線を切るように立った。彼女の肩の辺りが血でぬれている。誰かの怪我を直視できないのはいつぶりだろうか。気持ちが正しく伝わらないことへの恐れは。
何も言えずにいるシルーへ、細い声がかかった。
「ソアラ、は、私の、跡
……たどってもらえたら、待っている、はずだから」
苦しげに肩を押さえ、それでもロハはシルーを見た。変わらぬ薄明がある。自らの行先を『どうしようもない』と言う諦めの言葉の内に、終わりへの悲しみが強く燻っているのに。憎らしく思っても仕方ない敵星のとある親子を、終末の淵に至っても助けようとしている。傷付いてなお、彼女にとっての守るべきものを守ろうとし、──シルーに、託したのだと、思った。
「
…………怪我は」
「
……、平気」
乱れた呼吸を整える合間に、なんとか紡いだような応えが返る。
「
……でも、家に帰る、よ」
「そうか」
「どこも土ぼこりがひどくて、片付けないと」
「そうか」
どこかうわ言めいた響きに、宛て先が自分ではなかったかもしれない声に、それでもシルーは相槌を打った。彼女の家がどこにあるのか、シルーは知らない。彼女の望む終末が叶うのか、その様子さえ、想像がつかない。だからせめて肯きたいと思った。
ロハの足が、ふらつきながら一歩、砂を踏んだ。その足跡を崩して吹く風が、冷たい。
シルーは、外套を脱いだ。syzygyの技術の粋を集めた隊服は、風を防いで体温を保つ筈だ。他の隊員も、今となってはこれを着る者を無闇に攻撃しないだろう。そんなことを薄ぼんやりと考えた気もする。訓練で染み付いた動作をなぞるくらい無意識のうちに、シルーは自分の外套をロハの背に掛けた。
それは、敵対した異星の者の背であって、シルーの恩人を連れて来たお人好しの背であって、ほんの数刻、互いの光を祈り交わした後ろ姿だった。家に帰るまで、凍えることがあってほしくないという単純な思いを、のせた。
「気を付けて、帰ってくれ」

誰かを思い、誰かに思われる幸福。家族、恋人、同僚、そして異星の知らなかった誰か。双方へ気持ちが伝わり合うことの、果てない難しさといったら。シルーの頭には、メロペイアの民と戦うことを拒んだ隊員たちの姿が浮かんだ。彼らは、その難しさの先にある幸福を諦めなかったのだ。
ロハからの返事は無かった。
外套をその背に乗せたまま、薄く微笑んだように見えた。
シルーには、それで充分だ。
*
「リードさん、」
副部隊長、と呼ぶのはやめた。そんなに大した意図はなかった。シルーは過去を捨てられないし、捨てたくない。多分ずっと大事に抱えて、そういう自分で笑ってみせようと決めた。
ただ、一番楽しそうな未来を行方に定める勇気と恐れを、ひとつ、歩みに換えて、ひとつ、言葉に換える。
「オレ、医官と約束したんです。帰ったらお茶しましょうって。輸送部隊の先輩たちの思い出話とか、オレの知らない話も教えてくださいって。了承もらったんですよ」
成人男性ひとりを抱えて、重いと感じるような鍛え方はしていない。それでも上背の差分、リードの足先は砂を撫でた。その微かな揺れがそのままシルーの心臓を絞める。
「なんとですね、そのお茶会、リードさんを呼ぶことになってるんです。初耳でしょう? 今初めて言いましたから」
遺体がこれ以上傷付かぬように、細心の注意を払った。先だっては、確実に取り戻すために何も厭わない心算だったが、自分の手元にあるとなっては僅かな振動さえ恐ろしい。イニシエーターが、この人の何を取りこぼしてしまうか、知る者はいないのだ。
「あの医官が、あなたを呼んでも良いって言ったんです。あなた達、話してると空気が冷えますから、紅茶はホットが丁度いいと思います」
未来を思い描く。
この星に降り立った時も今も、誰かを生き返らせようとしている。欠けないようにと、踠いている。
そうしなくてはならなかった。そうあるべきだと、思っていた。
アルゴスの機体は最早目前だ。隊員はとうにこちらに気付き、担架を広げている。皆、大なり小なり怪我をして、隊服は汚れている。今回の任務の前後で様子の変わらぬ者を、目に入れぬ方が困難だろう。
失くしてはならないと思っていた。命を以て助けられたのだから、それに見合う働きをするべきだと思ってきた。
今だって、そう思っている。何も変わらない。
それでも、アルゴスの艦内に続くステップが、違う色に見えた。重い金属の音。踏み入って、シルーは言った。
「着きましたよ、リードさん」
担架にリードを降ろす。
ひと、ひとりの重さが、背から離れる。
軽いのに、重くて、重たいのに、軽かった。リードの体重が倍だったところで、アルゴスへの距離が三倍だったところで、シルーは絶対に彼を連れて帰ってきたのだから。
詭弁だろうか。それでも、この心はそれですっかり得心していた。自分の人生が、何を背負って征く道であろうとも、きっと問題ない。
大切なものは、何より重く、
──そして、軽いのだ。どこまでだって負って行けるほどに。どんなに長い道だろうと、征けるほどに。
シルーは、そういう生き方を誇れる。そういう道すがら、出会う鳥や、空や、花や、朝の光に心を動かすことがきっとできる。それは多分、与えられた命をめいいっぱい楽しむ、かけがえのない一歩なのだ。
credit.
イラスト:9000(@DAB92979)
文章:草枕(@kusamakura_siro)
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