「チ
……ッ!一体ここはどの辺りなんだ
……?」
PROJECT Dの遠征で兵庫まで行った帰り道。珍しい関西への遠出だったので、少しばかり観光していたらすっかり遅くなってしまった。さらに運の悪い事に上信越道が事故渋滞でビクともしなかった為、高速を諦めて山道を通る羽目となる。通り慣れない長野の峠道という事もあり、今やすっかり方向が分からなくなってしまっていた。
「標識も無ければ目印になる建物も無ぇ
……どう見ても初めて通る場所だぜ」
仲間に聞こうにも途中のPAで解散となったため兄貴の乗るサポートカーは早々にちぎれている。だが藤原の86は俺の後ろにピッタリついてきていた筈だ。なのに今はヘッドライトの明かりさえ見えない。登りではFDの性能に劣るとは言え、藤原ほどの腕前ならばこのスピードについて来られない筈が無かった。
「
……まさかトラブルか
……?」
万が一を考え、この先にどこか駐車できる場所があれば待とうと考えていたその時。
シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン
遠くから微かに甲高い鈴の音が聞こえてきた。
「?」
スピードを緩めて辺りを見回すが、周辺の木やガードレールに音が鳴りそうな物は見当たらない。
「気のせいか
……?」
そもそも今は真夜中に近いうえ人里離れた山道だ。こんな場所で鈴の音を聞くなどホラー以外の何物でもない。
「勘弁してくれや
……峠の幽霊なんざ藤原だけで沢山だぜ」
不気味な雰囲気を一蹴するように独りごち、アクセルを踏みこむと応えるようにツインターボエンジンが低い唸り声をあげた。そのまま鈴の音を振り切るように峠の頂上を目指しスピードを乗せていく。
しかし奇妙な音は遠ざかるどころか徐々に近づいて来ているようだった。
シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン
「くそ
……っ!どうなってやがる!!」
さらに恐ろしいことに、鈴の音が大きくなるにつれ不気味な赤い光がバックミラーに映りだす。よく見ればそれは異様に赤いヘッドライトを装着した車のようだった。
「改造車だと
……チッ!地元のヤンキーか!?」
明らかに違法改造とわかるその車体はますます距離を狭め、そのライトの高さからSUVだと見て取れた。恐らくはオフロード車、しかも相当に車高が高い。
「どこの馬鹿だか知らねえが、そんな車で追いつけるほど俺のFDはトロくないぜ!!」
アクセルを目いっぱいに踏みこむと、Dでのバトルさながらタイトなライン取りでヒルクライムを開始する。とにかくこの謎の相手をバックミラーから消し去ってしまいたかった。
ギャルルルルルルルルルオオオオオオッッッ
スキール音が闇夜に鋭くこだまする。後続のヘッドライトが見る見る遠ざかり出した。
??「ふ
………、儂に勝負を挑んでおるのか?」
「!?」
頭の中に直接響くよう、知らない男の声がどこからともなく聞こえて来た。
「な、なんだ!?どこから
……!!」
??「儂と競走しようとは度胸のある奴じゃ。良い良い、少し遊んでやろうではないか」
その声と共に総毛立つほどの圧が体に重くのしかかる。出処は明らかに後ろの車からだった。今までにバトルした猛者たちから感じたものと同じ、圧倒的強者がもつ威圧感。ともすれば飲み込まれそうなほどのプレッシャーが背後から迫り、考えるよりも先にアクセルを踏み込んだ。
ギュイイイイイイイイッッッ
ノーズが登りコーナーのインサイドにある山肌へぶつかるスレスレを攻め、全開コーナリングで狭い山道をかけ上る。
「チクショウ
……アイツはいったい何だってんだ!?不気味過ぎるぜッ、クソッタレが!!」
相手の力量を完全に見誤った。てっきり地元のイキリ野郎が無謀な喧嘩をふっかけてきたと思ったのだ。
その証拠に赤のヘッドライトは遠ざかるどころか徐々に距離を詰めてきている。その恐ろしいドライビングテクニックは明らかにプロの走り屋のそれだった。
「どこの誰だか知らないが
……ッ、Dの名にかけて負ける訳にはいかねぇ!!俺はPROJECT Dのダブルエース、高橋啓介だ!!!」
生い茂る木々に切れ間が見え始める。おそらく山頂が近いのだろう。
相手の車との距離はおよそ20m。追いつかれるのも時間の問題だ。本当の勝負は峠を越えた辺りで始まる。
俺と奴の限界ダウンヒルバトルだ。
「チッ
……やっぱりケツに食いつかれたか
……!だがここからは下りだ!その車高でどこまで攻めきれるか見せてみな!!」
下り坂に入ってすぐ最初のコーナーが現れた。左足でブレーキを押し潰しすぐさま右足のアクセルワークで後輪を滑らせる。ノーズと岩の間に数cmの隙間を残し、流れるようにコーナーを抜けていく。
相手の車も同じように車体をドリフトさせ、二台が横並びになった。そこで初めて敵の姿をはっきりと視認する。
「な
………!?」
全く予期せぬ状況に手が滑りFDが大きくブレた所を、反射的に立て直しすぐさまスピードを戻した。今見たものが信じられない、到底信じることなど出来ない。
「ソリ
……、だとぉ
………!?」
後続の車はてっきり車高の高いオフロードだとばかり思っていた、だがその高い位置にある赤いライトは二匹のトナカイから発せられていたのだ。そしてトナカイは大きなソリを引いており、そのシートには赤い服を着た大柄な男が座りトナカイの手綱を握っている。
「馬鹿な!!ありえねぇだろ
…………ッッッ!!!」
信じられないが、これはまさしく──────
「サンタクロースじゃねえか!!!!」
??「いかにも、儂は子供らに夢と希望を届ける𝓢𝓪𝓲𝓷𝓽 𝓝𝓲𝓬𝓱𝓸𝓵𝓪𝓼じゃ!分かったのならば道を開けよ。早うみなにプレゼントを配らねばならぬ!!」
こちらを威嚇するように赤いヘッドライトのハイビームが浴びせられる。よく見れば興奮した様子のトナカイが角を振り回し今にも突進してきそうな勢いだった。
「こ、こっちに来るんじゃねえ!!!」
限界までアクセルを踏み込み謎のサンタクロースを振り切ろうとする。しかし相手はこちらの先を読むように、絶妙なライン取りでしがみつき離れようとしない。
??「ハッハァ!誰かとかけっこをするのは久しぶりじゃあ!!高橋啓介と言ったか。せっかくじゃ、こんな夜に誂え向きのℳ𝓊𝓈𝒾𝒸を共に楽しもうではないか!!」
そう叫んだ男がシートに備え付けられたCDラジカセを操ると、スピーカーから爆音のダンスミュージックが流れ始めた。
「うるっせええええぇぇぇッッッ!!!!」
??「む、流行りの歌は好かぬか?」
閉めた窓を貫いて入り込んできた重低音が体に響く。凶器と呼べるほどの音の津波に襲われながらも、サンタ男とトナカイはますます調子が上がってきたようでコーナリングのキレがよりいっそう冴えていった。
そのまま付かず離れずの攻防で急カーブを三つ四つと抜けていく。
「クソ!振り切れねぇ
………っ!!」
焦るこちらとは対象的に悠長な様子の声が聞こえてくる。
??「なかなか良い運転ではないか、随分と楽しめたぞ。まだ遊んでやりたいが、残念な事にそろそろ時間切れでのう
………ジビエ太郎、ジビエ次郎、選手交代じゃ!」
それと同時に長い直線へさしかかり、二台が横並びになった。そしてあろう事かソリに乗るサンタクロースが座面を蹴り上げ勢いよく前方に向け飛び出していく。
「なッッッ!?」
男が道路に着地するのと入れ替わるように、ジビエと呼ばれたトナカイ達がソリの座席に飛び乗った。そして──────
??「お主の車はせいぜい280馬力程じゃろうが、儂は城に1000頭の馬を飼っておる。つまり馬主の儂は1000馬力という事よ
………ッ!!」
プシャッゴアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ
爆音と共に甲高いエンジン音とスキール音を響かせながら、男の引っ張るソリがロケットエンジンの加速のように直線道路を駆け抜けていく。
こちらがどれだけベタ踏みにアクセルを踏んでも一向に追いつけない。
「なんだよそれ!!!なんだよそれそれ!?!?!?」
異常すぎる状況にもはや頭が追いつかず、まともな言葉すら出てこない。いや、こんな光景を見ている時点で俺の脳みそはどうかしちまっているのかもしれない。
ともあれこの長いストレートの先には急カーブを示す標識が見えている。これほど明らかなオーバースピードで進入すれば、ガードレールを乗り越え闇の中へ真っ逆さまだろう。
相手もそれを分かっていないはずが無い。だが信じられない事にサンタクロースの男はさらに足を加速させ、150kmを優に超えるスピードで先の見えないカーブへ突っ込んで行く。
「馬鹿な!?曲がりっこねぇ!!」
??「刮目して見よ!!これぞ儂のウルトラスーパー運転ドライブじゃ!!」
サンタ男の引くソリはトップスピードを維持したままコーナーに突入し、急なカーブをものともせず
ガードレールを突き破り視界から消えた。
「うわあああああああああああああああああああッッッ!?!?!?!?!?!?!?」
あまりにも衝撃的な光景に思わずハンドル操作を誤ってしまい、カーブを抜けた先で車体がスピンする。ステアリングを調整し奇跡的にぶつけること無くFDを急停車させると、すぐさま車から飛び出し事故現場へ走った。
「馬鹿野郎!!言わんこっちゃねえ!!!」
あのスピードで飛び出したからには間違いなく無事では済まないだろう。サンタ男とトナカイを救助するためガードレールから身を乗り出し、崖下の様子をうかがう。
だが果たしてそこには予想だにしない光景が広がっていた。
「なん、だと
………っ!?」
眼下にあるはずの事故車両が存在せず、代わりに木々をなぎ倒し新たな道が開かれている。その先では今しがた自分を脅かしていた赤い光が猛然と進み続け、ついには崖下を通る峠道へショートカットを果たしていた。
「そんなのありかよ!?!?!?」
??「覚えておけ!儂の前に道はない、儂の後ろに道はできる!!全ての道はこの儂に通じておるのじゃ!!ではな青年!良い聖夜を!!」
意味の分からないことを叫びながら猛スピードで文字通り走り去るサンタクロース。理解が及ばない出来事の連続で混乱をきたし、もはや声を出すことも動くことも出来ずその場に立ち尽くして遠ざかるスキール音と爆音のダンスミュージックをただ聞いていることしかできなかった。
やがてどれほど時間が経っただろう。ふと気がつけばあれだけ騒がしかった音楽も聞こえず、シンと静まり返る闇夜だけがそこにあった。
まるで謎のサンタ男なぞ最初から存在しなかったかのように。
俺はふらつく体をどうにか動かし、開いたままのFDのドアから倒れるようにシートへもつれ込んだ。ドッと力が抜けてハンドルに腕をかけもたれる。
「
…………なんだってんだ、信じられねぇ
………………俺は狐にでも化かされたのか
……………?」
項垂れたまま独りごち、重いため息を吐いた。
精神的にも肉体的にも消耗しくたびれ果てていたが、とにかく峠を抜けない訳にはいかない。大きな街にでれば深夜営業のファミレスか何かあるだろう。とにかく早くこの場を去ろうと顔を上げ、バケットのベルトを締めるために横を向いたその時。
助手席に見覚えのない物体が置いてあることに気がついた。
「なんだこれ
……?」
赤と緑のストライプ柄に彩られた、クリスマスプレゼントと思しき箱を恐る恐る手に取り軽く振ってみる。すると内側からカタカタと硬質なものが当たる音がした。
意を決して蓋を開け中を覗き込めば、なんとそこにはファミコンの古いカセットが封入されているではないか。
「『ポートピア連続殺人事件』
……?一体だれがこんなものを」
カセットを持ち上げ裏返すと、背面に毛筆で「行き詰まった時にはこのヒントを見よ。犯人の頭文字はヤ、最後の文字はスじゃ」とデカデカと書き込んであった。
「
…………………………いや、ヤスじゃねえか!!!!!」
疲労困憊の体に鞭打って上げた雄叫びが、峡谷の静寂に木霊する。
闇の中から「𝓜𝓮𝓻𝓻𝔂𝓒𝓱𝓻𝓲𝓼𝓽𝓶𝓪𝓼!」と叫ぶあの男の声が聞こえた気がした───────
𝕗𝕚𝕟
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