アゼムは悩んでいた。ゆっくりと溜息をついたところで、エメトセルクはちらりとアゼムを見て、どうしたと言わんばかりに片眉を上げる。
何でも無い、と言いながらグラスに手を伸ばして揺らめく液体を一口飲む。果実の香りとかすかなアルコールは飲みやすくて、酔い潰れる心配もない。それに酔い潰れたとて、ここはエメトセルクの部屋だ。彼以外、誰の迷惑にもならないのだろう。
残った液体を飲み干して、ソファーに深く座り込む。隣に座るエメトセルクがまだ液体の残るボトルを手に取ったが、大丈夫、と首を振った。テーブルにボトルが戻され、空いた手がアゼムに伸びる。肩を軽く押されて、されるがままにぐらりと身体が傾いて、ソファーの座面に頭と背中がくっついた。少し暗いと感じて見上げれば、エメトセルクがアゼムを見下ろしている。
「アゼム」
きゅう、と喉が鳴った。だって、しかたない。エメトセルクが、すごい声色でアゼムを呼ぶのだ。そんな優しい声、滅多に聞けない。それなのに、ここ最近は聞くことが増えている。こうして、二人きりのときだけ。
エメトセルクの手がアゼムの頬を撫でて、そのまま耳を少し摘んで、首筋をなぞる。くすぐったさに震えながら動かずにいると、エメトセルクはアゼムのローブの前の紐をふつり、ふつりと解いてしまう。空気が通るのを感じた、と思えば、すぐにさらさらとした髪が肌をくすぐった。白い頭を眺めながら、肌に触れる柔らかい熱を実感する。
ほんの少しの痛みにも似た感覚に、少しだけ声が漏れた。位置をずらして、また一つ。軽く甘噛みをされて、またもう一つ。鎖骨の下ぐらいに三回吸い付いて、エメトセルクは少し身体を起こしてアゼムを見下ろす。きっと、アゼムの胸元には新しい赤い痕が三つ増えているのだろう。朝見た時に散っていたいくつかの痕達は薄れていた。また、あとで鏡を見よう。そう思っているとまたエメトセルクが身を屈める。耳の下。頸に熱い舌が這う。堪えきれない声を漏らしながらエメトセルクにしがみついて、されるがままにまた吸い付かれる。お腹の奥がきゅんとして切ない。
見えるところに付けられると、どうしようもなく胸が苦しくなる。ふと窓や鏡に写る自分を見て、見えるかな、なんて首を傾けて見てしまう。他の人から指摘されないかドキドキして、気付かれてるのかな、なんてぐるぐる考え込む。ただでさえ頭の中がぐちゃぐちゃになってると言うのに、エメトセルクは時折外で、アゼムの首筋にかかる髪を持ち上げるのだ。彼の執務室に行ったときや、昼食を共に取るとき。議論を終えた後に並んで歩くときの、ほんの少しの動作だ。少しだけ指と視線が肌を撫でる。画面の奥の瞳が満足げに細まるのを目の当たりにして、アゼムは真っ赤になる他ない。
ぷちゅ、と可愛らしい音とともにエメトセルクの顔が離れていく。じぃっと見つめてくる視線にぎゅう、と目を閉じる。前が広く開かれたローブの隙間から、もしかしたら少し繊細なレースが見えてるのかもしれない。エメトセルクにこうされるようになって、常にかわいい下着を付けるようになった。しかしそんなキラキラ宝石のようなものを持っているわけでもない。レースやリボンで飾られてる、少しだけかわいいものだ。きちんと上下も揃えてつけて、赤い痕が残る肌と共に眺めて、何をしているんだとさらに赤くなって。
何をされてもいいと、目を閉じたのに。しかしエメトセルクはアゼムの背中に手のひらを差し込むと簡単に身体を起こしてしまう。ということは、今日もまたそう言うことじゃない、ということだ。
薄く目を開けば、じぃっとこちらを見つめる仮面のない顔がよく見える。視線を逸らしたいのに逸せなくて黙り込んでいたら、不意にエメトセルクが片手で己のローブの前を緩める。ぐいっと引っ張り、首を傾けて顕になった頸を、アゼムを見つめたまま指先でトントン、と叩いた。
「アゼム」
だから、そんな声で呼ばないでほしい。うう、と唸りながら躊躇っていると腰に回ったままの手が少し引き寄せる動きを見せるから、アゼムは仕方なくソファーの上に膝で立つとエメトセルクを見下ろす。そしてエメトセルクの肩に手を置いて、ゆっくりと頸に唇を寄せた。
唾液で少し濡らすと、綺麗につきやすいのだ。薄れた痕を気にせずに、唇を隙間なくくっつける。ちゅう、と吸い上げて、唇を離す。少し薄い。エメトセルクが付けるやつは、くっきりと鮮やかな色をしているのだ。
「付けられたか?」
「なんか、薄い……」
「やり直すか?」
「うん……」
仕方なく、ともう一度少し位置をずらす。あむ、と唇を触れさせながら、君の皮膚が硬いのが悪い、と文句を言えばくつりと喉を鳴らして笑うのと同時にエメトセルクの身体が少し震えるから、ぐらついてしまうのを慌ててしがみついて堪える。つい歯をたててしまって、ごめん、と慌てて離れようとしたら服を広げていた手でアゼムの後頭部を支えるのだから、逃げられなくなってしまう。うううう、と唸って、もう一度。もっと強く、と意識して吸い付いて、長めに、しっかりと。パッと離れれば、エメトセルクが付けるものほどではないが、綺麗な赤がそこにあった。
よし、と満足げに頷くと、エメトセルクはアゼムの後頭部を撫でてくれる。そのままストンと腰をおろしても、まだエメトセルクの手はアゼムの腰を引き寄せていた。
「お前はもともと傷跡が残りやすい性質なんだろう。切り傷やら打撲痕やらなにやらいつも付けている」
「そうかなぁ」
まだ頭を撫でられている。これはまだチャンスはあるのだろうか、と高鳴る胸をどうにか押さえ込みながら会話を続けていることを、きっとエメトセルクは知らない。
「まあ、こちらとしては」
ぐいっ、と抱き寄せられる。後頭部から回った手が頬を少し押した。傾いて顕になったら首筋にエメトセルクが唇を寄せて、ちりっとした微かな痛みに似た感覚に声が漏れる。吸い付く感覚が消えた後も、エメトセルクの唇はまだアゼムの肌に触れたままだった。
「傷跡が残ることは望まないが、けして悪いことばかりではない」
ぶわり、と一気に体温が上がったようだった。真っ赤になって固まっているうちに、何度が唇が軽く肌に触れた。ようやく離れたエメトセルクを潤んだ目で見上げたところで、エメトセルクは少し眉を寄せて息を吐く。
「アゼム」
胸が苦しい。ずっとドキドキしている。告げられる言葉を静かに待っていると、エメトセルクはそっとアゼムから離れた。
「そろそろ帰らなくては、明日に響くぞ」
…………これで、ある。
「えっと、明日って議会は午後から?」
「忘れたのか? 午前中はアログリフが外に出ているから何もない予定のはずだ」
「そうだったね!」
エメトセルクが立ち上がってアゼムの手を引く。それに甘えて立ち上がると、持ち上がった手が解けたアゼムの胸元をしっかりと止め直していく。すっかりいつも通りの姿になったそこに、置いてあったアゼムの仮面をかけてしまえば、健全な十四人委員会のアゼム様の完成である。
「どうせ書類を溜め込んでいるんだろう。無理となる前に声をかけろ」
「ちゃんとやってるって」
むう、としながらもありがとう、と笑えば手が離れていく。なら良い、と手が離れていったので、じゃあまた明日、と笑ってテレポートをして。最後までこちらを見つめる瞳がとろりと溶けて、視界が曖昧になる。ふ、と息を付けば、ここはアーモロートにあるアゼムの自室だ。
「……う、うう………………」
獣のように唸りながら浴室に向かう。ぱちん、と魔法一つであっという間にほかほかの湯船ができあがり、ローブを適当に脱いでいく。ふと鏡を見れば、可愛らしいレースの下着と、いくつかの傷跡と、薄れたものや色濃く残る、たくさんの赤い痕……
「……はぁぁぁあ………………」
何か、してしまったのだろうか。いや、むしろ何で何もしないんだろうが。……何もしていないわけでは、ないのだけれども。
ぐるぐると思考を回していく。ああ、もう、なんで。
何で、こんなに痕を残すくせに、エメトセルクは手を出してくれないんだ!!
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