歯がゆい思いを笑顔の下に隠し、トルガはにこやかに応じた。トルガが貴族に選ばれたことと、アルダンが引退とトルガの指名、細かい時系列は家の使用人ですら把握していない。
知らせる必要のない真実だ。
「ではもう国を離れたのか」
「ええ、冬が来る前に。レシーの人間にとって、バンデイアの冬は応えます」
これは真実だ。トルガにとってもこの地は寒い。
それに冬になると海が荒れがちになるから旅程も長引き、船旅が辛くなる。早めに出発しなければ、老体には辛い旅になっていただろう。彼は春になるまで待つつもりはなかったのだ。
「海が荒れる前に、どうしても戻りたかったようですね。おかげで領地の内政を引き継ぐのに少しばたつきまして……。この通り若輩の身の上故、万事滞りなくといういわけにもいかず、恥ずかしい限りです」
「良い良い。こちらも構い立てするする余裕がなかった。むしろ落ち着いてからでよかったとも思っている」
鷹揚な態度で執政は口髭を撫でる。
一時的に国を預かっているだけのはずだが、もう王のつもりでいるらしい。
「商人から貴族とは大出世だが、戸惑うことも多いだろう。荷が重ければいつでも助けになるぞ」
そう来るだろうな。
それを単なる善意と捉えてはいけない。
相手を立てれば上手くいくわけではない。善意だけではなにも解決しない。引けば引いた分だけ踏み込んで自分の利益を増やすのが、国と国との関係だ。
想定の範囲内だ。どの程度鑑賞しようとするのか、それに興味があった。港の管理か、領地の差配か、あるいは人か。どれをとっても、自分の勢力をリュネストに送り込むことができるという点で価値がある。
「いえ、お時間をいただいたおかげで、概ね整いました」
「港の方は、少し騒がしかったと聞いているが」
知られているか。そうだろうな。
何が入ってくるのか、何が出ていくのか。
国としては気になるところだろう。
「空模様を気にする者が多いのが船乗りの国ですから。今は落ち着いていますよ。ああでも、ご存知でしたら話が早いですね。その件で、少し相談したいことがございまして」
そこでトルガはチラリと女に視線をやった。
ディルストーンのものだろうと言うのはトルガの予想で、紹介があったわけではない。家と家の話に知らぬ人間を同席させるとわけにはいかないというのが、リュネストの立場だ。
無論、彼女がここにいるべき理由でもあるというなら、話は別である。
「ああ、そうだった」
執政は今思い出したというような顔をした。
「すまなかったな。会うのは初めてだったか。ガニメデ・ディルストーンだ」
なるほど、噂くらいは耳にしたことがある。王位継承戦に参加するべき序列であることには間違いない。であるならば、やはりあわよくば話に参加させたいと思いここに呼んだのだろう。
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