望月 鏡翠
2025-12-09 23:57:36
1191文字
Public 日課
 

#1936 ディルストーン居城にて

#毎日最低800文字のSSを書く/我らが王の身罷りて 二次創作

 バンデイアで名の知れた商人であったトルガは、王侯貴族とて全く顔を知らぬ相手ではない。だからこそ、五名家を相手にして立ち回ることができると期待をされていたわけで、王都に来るのも城に入るのも今日が初めてというわけでもなかった。
 貴族に家に迎え入れられ、リュネストに名を連ねて以降、初めての訪問。臣下としての礼を尽くし、今後も変わらん忠義を誓うという威儀を整えるためだ。
 国葬は先代のリュネストが出席したため、トルガ自身が弔いに訪れたことはないという理由もある。用意した喪服はバンデイア風だ。
 他家のものであるトルガがそこまでするとは思っていなかったのだろう。出迎えた執政は驚きを隠さなかった。
 王亡き謁見の魔は閉ざされたまま、客室に通された。旅程の中に墓所への訪問もあるが、城からは少し離れるから別の日程だ。
 部屋の中、一際目を引く女がいた。立ち位置と身につける衣服からディルストーンの誰かだろうとわかるが、王の血族ではないはずだ。
 そうであるなら、幼い王の成人を待たずに玉座は埋まっただろう。
 椅子取りゲームに参加するため、トルガのように担がれて出てきたのかもしれない。リュネストの診療種の顔を覚えておけとでも言われたか。
 必要があればあとで紹介があるだろう。
「我が国の文化に通じたトルガ殿がリュネストの代表となってくれたこと、喜ばしく思う」
 口を開いても良さそうだ。
「まずはご挨拶が遅れたこと、お詫び申し上げます。この度、正式にアルダン翁の容姿となり、リュネストの一才を引き継ぐことになりました。トルガ・ミノーフィッシュです」
「アルダン殿はご隠居なされたか」
「ええ、老後は故郷で過ごしたいと言うのが長らくの希望だったのですが、後事を託すことができるものがおらず、あの落としまで領主の座を手放すことができなかったようです」
 容姿となっているが、実のところトルガはその人物の顔を知らない。バンデイアの者たちと違って、レシーのものはミノーフィッシュの名を嫌う。仕事で屋敷に出入りしたことがあっても、直に顔を合わせたことはなかったのだ。
 王が身罷られたあと、いよいよリュネストは荷が重くなったのか、退いた。その判断が本国のものなのか、アルダン本人のものなのかも聞いていない。
 その時はまだトルガも商人ではなかった。長く権力にしがみついていた男が、戦果を前にして逃げ出したと、他人事として冗談混じりに笑い飛ばしていた。
 高齢だったし、実際に領地の地位を手放した途端に、そそくさと本国に引き上げるような男だ。嵐を泳ぎ抜き、冬を越えるような器ではなかったのだろう。
 彼は隠居の立場であってもリュネストに残り、相談の乗ってくれたら、あとを引き継ぐのも、もう少し楽だったのだ。
 リュネストがバンデイアを統べるという野望を叶えたいなら、そうするべきだった。