三崎
2025-12-09 21:08:28
3647文字
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鉄と追がなんやかんやする話 エピローグ
ジャーナルネタバレあり リバあり 捏造あり スケベなし 鉄レ匂わせあり かなりめちゃめちゃ これでおしまい!

 朝焼けの中、風鳴き丘へ向かって、老いた二頭の馬がゆっくりと駆けていく。その背には、隻腕の青年と、空色の耳飾りをつけた美しい女性が跨っていた。女性の腕には籠いっぱいの花が抱かれて、優しく甘い香りを漂わせている。
 かつて、二人が若かった馬と共に駆けていた丘には、同胞たちの墓標が無数に建てられ、さみしく風に吹かれている。しかし、今はもう、狂った雨に打たれることはない。あたたかな太陽に照らされて、誰かの――自分たちを悼んでくれる同胞たちの訪れを、穏やかに待っているようだった。
 丘のふもとで青年と女性は馬を降り、一歩一歩、踏みしめるようになだらかな丘を登っていった。傷ついた青年に、女性が優しく手を差し出す。その手を取る青年の片方しかない眼差しは、傷だらけの顔からは想像出来ないほど、慈しみに溢れていた。
 草原を踏みしめるたび、懐かしい匂いが二人を包んだ。子供の頃はなんとも思わなかった、青い、命の匂い。頬を撫でる風と、そよぐ草木の囁き。二人は思い出していた。この丘を駆け回り、日が暮れるまで遊び回っていた頃のことを。子どもたちの笑い声と、大人たちの談笑が響く丘。今はただ静かで、風の音しか聞こえない。
 丘の頂上が近づくにつれ、無数の墓石が見えてきた。長い夜の中で命を落としていった、同胞たちの眠る場所。泣きながら子の墓を掘った親がいた。狂った親を手にかけ、そのまま自死した子も。生き延びた者が墓を掘り、その悲劇の全てを青年は見届けた。最後の墓を――父の墓を掘ったのは、この青年だった。それからずっと、この丘を訪れることは無かった。一人きりで彷徨って、戦って、そして今は、再会した妹と共に、ここにいる。
 ずらりと並んだ墓石に、二人は一つ一つ、丁寧に花を供えていった。彼らの家族、親戚、かつての友人、隣人たち。妹がこの丘を離れてから産まれた幼い命にも。
 二人は最後にもう一度だけ家族の墓の前に立った。ぶわりと風が吹き、供えた花を空へと巻き上げていく。彼らを縛るものはもう何もなく、吹く風を追い風に、思うがままに歩いていける。
「いきましょう、兄上」
 兄と呼ばれた青年は、最愛の妹の頭をそっと撫でた。彼女の髪は、兄に渡された髪留めできっちりとまとめられている。兄の、そしてもう一人の男のおかげで、彼女もまた、願いを叶えた。兄を救い、こうしてもう一度共に生きていける日が来るなんて、願うことにさえ目を背けていたのに。
「彼は……今、どうしているのかしら」
 丘を降りながら、妹は兄に尋ねた。その名を言わずとも、それが誰を指しているのか、兄もよくわかっている。兄は急に表情を無くして、つまらなさそうに答えた。
「さあな……どうせ、自分勝手にどこかで生きているだろう」
「もう……兄上が思うほど、悪い人じゃないと思うけれど」
……
 どうやら同意は出来ないらしい。妹はくすくす笑うと、丘の麓で休んでいた愛馬たちを呼び寄せた。彼女の指笛が心地よく風に響き、賢い彼らはすぐにとことこと二人の元へやって来た。
 兄を馬に乗せてやり、妹もまたひらりと馬に跨った。
「兄上だって自分勝手な大馬鹿者なんだから、お互い様じゃない」
「それは……
 妹は義賊らしい悪戯っぽい笑みを浮かべると、口ごもる兄を追い越して、のんびりと馬を走らせた。
 そう、身勝手な行いは償わなければならない。手始めに、面倒をかけた仲間たちへ、謝罪と、感謝を伝えに行かなければ。どこに還ったかもわからない夜渡りたちを探し出すには、きっと長い時間がかかるだろう。それでも、再会した兄妹の最初の旅にはぴったりだ。
 兄もまた馬を走らせ、すぐに妹の隣に追いついた。風鳴き丘を離れ、二頭の双子の馬が駆けていく。その背に向けて、優しく追い風が吹いていた。


   ※※※


 夜陰に紛れ、男は静かに弓を構えた。聖なる力を宿した矢が狙うのは、緑の装束を身につけた弓使い。〝この世界の〟鉄の目だ。彼は別世界の鉄の目を討てという巫女の依頼を受け、自分を探している。自分がかつて同じ依頼を受けて倒したのは、夜に呑まれた別世界の鉄の目だった。しかし、今の自分は、夜に呑まれてなどいない。自分も、今目の前にいるのも、〝本物〟の鉄の目だ。死に生きる者、死ねない施設の申し子。ならば、成り代わるためには相手を殺さなければならない。
 鉄の目は、自分と同じ姿をした男に矢を放った。完全に気配を消して放った一撃。それは男の心臓を貫いて、彼に本物の〝死〟をもたらした。鉄の目が未だ味わったことのない、甘美な瞬間。それを羨ましいと思わなくも無かったが、自分がそれを味わうには、まだ早い。彼の体が動かなくなったことを見届けて、鉄の目は彼の心臓から聖律の刃を抜き取った。
「悪いな。俺はまだ……この夜の中にいたい」
 この世界の自分自身の胸から噴き出した血を浴びながら、鉄の目はぽつりと呟いた。雨音が近づいている。この夜を越えて円卓に戻ったら、その時は――もう一度、あいつに会えるはずだ。早く、もう一度あいつと戦いたい。妹のために夜の王へと変じた、あの哀れで愚かな男と。


 夜の王のルーンを手に円卓に戻った鉄の目を待っていたのは、息絶えた追跡者と、彼を取り囲む夜渡りたちだった。いつもの兜もなく、傷だらけの顔を晒し、左腕は焼け焦げていて見る影もない。おそらく、夜の王と戦った時の姿のままなのだろう。この円卓を終わらせるために、ルーンを捧げるべき象徴として、彼の遺体が現れたのだ。
 顔を見せないことへの恨み言を言ったばかりなのに、こんなにすぐに見せられることになるとは、こんなにつまらないことはない。夜渡りたちに見守られながら、鉄の目は興冷めした心地で、夜の王のルーンを追跡者の遺体に捧げた。この遺体を殺したとしても、もう、あれほどの戦いは望めない。この円卓は用済みだった。
 夜が明け、あたたかな朝焼けが円卓を包み込む。その優しい光を浴びながら、傷だらけの追跡者の顔が、ふっと微笑んだ。馬鹿な、こいつは死んだはず。見間違いか、それとも――巫女である鉄の目の祝福を受けて、一命を取り留めたとでも言うのか。
 困惑する鉄の目に、追跡者がぽつりと呟いた。
「やっぱり俺は……お前が、嫌い、だ……
 それが鉄の目が口にした告白への返事だったのか、それを確かめる術はもうない。円卓は崩壊し、夜渡りたちはそれぞれの現実へ、追跡者もまた、死にかけている現実の自分の体へと戻っていった。巫女である鉄の目だけが、深く暗い闇の中へと落ちていく。その先にあるものが何かはわからなかった。ただ、それが〝死〟ではないことだけは、なんとなく察しがついていた。誰かを呪うには、追跡者の顔は、あまりにも穏やかだったから。
 目を覚ました鉄の目は、リムベルドにいた。懐には、自身を殺すためのもの――聖律の刃と、去り際に追跡者の耳から引きちぎった、傷だらけの耳飾り。こんなものが無くても忘れようがない。けれど、これがあれば、いつまでだってあいつを追いかけていられるだろう。そのためには、この世界の自分と成り代わる必要がある。自分は、鉄の目は、二人も要らないのだから。
 追跡者の手によって作り変えられた円卓は、崩壊と共に巫女を道連れにしない代わりに、巫女に別世界へ渡る力を授けた。望みさえすれば、穏やかな、夜の脅威のない世界へ渡ることだって出来たのに、鉄の目はそうしなかった。彼の望みは、そんな温い世界にはない。


 元の世界の追跡者がどうなったのか、それはもう、鉄の目にとってはどうでも良いことだった。死んでいようが、解放された巫女と再会できようが、どっちでもいい。幸せになって欲しいとも、不幸になって欲しいとも思わない。ただ〝終わった〟のだ。楽しく殺し合い、極上の時間を過ごせた。それだけだ。
 今度は、とびきり甘くあれを口説いてやるのも良いだろう。そうしたら、隠し続けていた兜の下を見せてくれるかも知れない。その裏で妹を手酷く犯してやったら、あいつはどんな顔をするだろう? ああ、早く試したい。もっと、あいつの憎しみを、力を引き出してやるには、どうしたら良いだろう? この世界が駄目でも、次がある。夜に呑まれた別の世界へ渡ってみるのも面白い。そこのリムベルドはどれほど荒れ果てていて、どんな姿をした夜渡りたちが待ち受けているのだろう……。鉄の目はマスクの下でくっくっと楽しげに笑った。 
 この世界は、理は、戦いの火種に溢れている。並行世界の夜を渡り、鉄の目は戦い続ける。夜の王のルーンは――追跡者は、鉄の目が願った通り、終わりなき戦いを彼に授けたのだった。
「夜はまだ……いや、永遠に終わらない。終わらせない」
 血濡れの刃を懐に仕舞い、鉄の目は黄金樹の光の下へと歩き出す。明けぬ夜の中、彼は永遠に、あの不器用で愚かな青年の――追跡者の影を追い続けるのだった。


終わり