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むかいえ
2025-12-09 17:44:38
4880文字
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シャアム
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ひとつにならなくていいよ
ここから始まるシャアム。CCA後生存if、握手する二人の話。
「シャア」
名前を呼ばれてシャア・アズナブルは顔を上げた。近付く足音で気付いてはいたものの、やはり自分が目当てだったらしい。
木の下に設置された古びたベンチに座る彼の前には、左腕を三角巾で吊るした仏頂面の男が立っていた。アムロ・レイである。
「いい加減抜け出すのをやめろ。治るもんも治らないだろ」
それ、とアムロの視線がシャアの左足に向けられる。シャアの左足はギプスで固定されていた。すぐそばには松葉杖が立て掛けられている。
「私の足が治ったら困るのは君ではないのか」
「逃げても追いかけるさ」
「フ
…
、今度こそ殺すか?」
「そうかもな」
肩をすくめる。物騒な軽口も、何度も繰り返せば慣れたものだ。
後にアクシズ・ショックと名付けられる不可思議な光の奔流からすでに二ヶ月経つ。
アクシズ自体は地球へ落ちることはなかったものの、光の中心地にいたアムロとシャアは、エネルギーダウンと同時に重力に捕まり墜落していた。だがνガンダムと、その機械の巨人が包み込むように抱えていたイジェクション・ポッドは、大気圏の摩擦熱で燃え落ちながらも奇跡的に中にいたパイロットたちを守り抜く。そうして二人はとある島の沖合に落ち、島の人々に保護されたのである。
運が良いのか悪いのか、軍の息がほとんどかかっていない離島だった。島であるが故か、独特のおおらかさや純真さを失わない島民たちは、発見した二人を島の診療所に運び込む。大破したガンダムやパイロットスーツを着込んだ男たちを見れば軍属であることなど明らかなのに、怪我人だからと至極真っ当な善意で二人は治療されることになる。さらに、これまたどんな奇跡なのか、二人共に打撲や骨折のみで済んでいたので大きな病院に移る必要もなく。結果、彼らは治療のためにも島に留まっていた。
二人共に順調に治癒し、そろそろギプスを外す段階だ。多少動き回る程度なら、一応、主治医からも許可が出ている。
診療所からそう遠くない場所にあるベンチは、シャアの最近のお気に入りだった。診療所自体が少しばかり小高い場所に建っているため、ベンチのある場所から海が見えるのだ。シャアが松葉杖を用いて歩けるようになってからは、よくベンチに座って夕日が海に沈んでいく様子を眺めている。
「飽きないな、あなたも」
「
…
ああ」
理由はわからなかった。美しい光景だとは思うけれど、特別に感動しているわけでもない。ただ彼は毎日繰り返される日没をぼんやりと見つめていた。
アムロもまた、よくシャアを連れ戻すためにそのベンチへとやって来る。シャアは行動範囲を制限されているが、彼の方は腕の骨折のためそこまで制限されていないのである。診療所近辺のみと定められているのに、そこから逸脱した場所まで歩いて行くシャアを呼び戻すのは、いつの間にやらアムロの役目になった。おおらかな島民の仲間である医師も看護師も、シャアの奔放な行動に苦笑するばかりなので。
小さな診療所の入院患者は二人だけ。それも互いに知り合いで、けれど友好的には見えず、何やら訳あり。それが島の住民たちが深く踏み込めない理由なのだろう。だからこそ、なんだかんだとシャアを探しに行くアムロに任せてその背を見送ってくれる。
「もう暗くなる。戻るぞ」
今日も太陽が水平線の向こうに沈んでいく。結局シャアが壊せなかった地球の景色だ。
夜が近付く気配にアムロがそう促すと、あっさりとシャアは立ち上がった。松葉杖がかつかつと音を立てる。
先を歩くアムロとシャアの距離は二メートルほど空いている。さっさと歩き去ってしまいそうなアムロは、しかし、それ以上距離が開くと立ち止まってシャアを待つ。かと言って近付くと足早に距離を取る。連れ立って歩くには少しばかり遠い空白は、二人の微妙な関係性を如実に表していた。
「
……
、」
夕暮れ時、いつも迎えに来る彼に何かを言いたいのに、シャアは今もまだ言葉が見つからない。今日も名前を呼ぼうとして、結局口を閉じた。
――
どうしてアムロは、自分を気にかけるのだろう。オレンジに染まる彼の背中を見ながらぼんやりと考える。
アクシズこそ落ちなかったものの、フィフス・ルナは落ちた。犠牲者は多い。現状、総帥だったシャアは生死不明、事実上の死亡扱いらしく、つまり新生ネオ・ジオン軍も負けた。世の中は、最終的には勝者こそ正義だ。そして、シャアには裁かれるだけの罪がある。何故アムロはシャアを殺さないのだろう。彼自身も怪我をしているが、方法も機会も、いくらでもあるはずなのに。
ギプスが外れる
…
つまり、肉体の治癒が近付くということだ。その話を聞いてから、シャアは物思いに耽る時間が増えた。治ってしまえば二人は診療所から退院となる。善良な医者は「行く当てが無いなら島に住んではどうか」と提案してくれたが、シャアは何も返事ができなかった。
アムロがこの島で生活する様は想像できるのに、自分の姿は思い浮かばない。シャアは自分の未来を上手く想像出来なかった。この島で静かに隠遁するにせよ、置き去りにする形になったネオ・ジオン軍に復帰するにせよ
……
後者はおそらくアムロが許してはくれないだろうが
……
今後どうしたらいいのか、頭の奥がずっとおろおろと戸惑っている。
今日もまたはっきりとした答えを見出せず、夕暮れの中、アムロに促されて帰路に着く。
俯いた視線は長く伸びた自身の影を映した。先を歩くアムロの足元に、シャアの影の頭が重なり、溶け合っているのが見える。境もなく、ふたりがひとつになって、同じ暗闇に染まっている。そんな些細な光景に、何故か今、シャアの胸は刺されたように痛んだ。
「
……
影なら、こうしてひとつになれるのにな」
ぼそりと吐息と共に落ちた声は小さい。口をついて出た言葉にシャア自身も驚いて、咄嗟に唇を噛み締めた。
足音が止まる。空に溶けそうなセンチメンタルな呟きは、追い風のせいでアムロに届いてしまったらしい。背中しか見えなかった男が振り返る。
「
……
俺とひとつになりたかったのか、あなた」
思いの外、静かな眼差しだった。
聞こえなかったふりでもするか、怪訝そうな顔をされるかと思っていたシャアは、話を続けるつもりのアムロに少しばかり動揺する。松葉杖を動かす腕が僅かに震えて、かつん、と地面を叩いて止まった。
「い、や
……
いや、君に成りたかったのかもしれない。私が勝てなかった君に。強いニュータイプの君に
…
」
――
ララァが惹かれた、君に。最後は声に出さなかった。
問われた言葉に咄嗟に返す内容は曖昧だ。シャア自身、気持ちの整理が全くついていないのである。ぐるりぐるりと思考が巡る。
影を見て脳裏をよぎった願望。ひとつになりたい。それはかつて愛したララァとなのか、執心したアムロとなのか。自己分析したところで、それが正しいのかも、シャアにはわからなかった。
「だが
……
人間はひとつになどなれない。だから君に
……
同志になってほしかったのだろう。私のそばで
…
私を、導いてほしかったのだろう
…
」
ひとつになりたかった
――
ララァやアムロのようになりたかった。
シャアの根幹にある妬心、憧憬、畏怖、理想。ララァを喪った今、目の前に生きるアムロにそれら全てが向けられている。かつてはニュータイプの危険性故に同志になれと望んだ少年。その強さが欲しかった。人間はひとつになどなれない。だから彼が隣で、シャアと共にいたのならと夢想した。背を預け、隣を歩き、支えてくれたなら。
それも、すでに終わった話だ。
「しかし、もう私たちの道は交わらない。ニュータイプは誤解なくわかりあえると聞くが
――
私たちは結局、わかりあうことなどできなかったな
…
」
シャアは緩く頭を振り、自嘲気味に笑った。一歩横に足を踏み出せば、ひとつに重なっていた影がついてきて、ふたりに戻るのが見えた。
「
……
、
…
わかりあえなくても」
目を伏せていたシャアの耳に、アムロの声が届いた。雑談は終わらせたつもりだったのだが、と首を傾げる。再度アムロへと視線を向けると、夕日に照らされた男が、悩ましげな顔で言葉を紡いでいた。
「わかりあえなくても、一緒に生きることはできるはずだろ。例えわかりあうことが出来なくても
……
わかりたいって思って、手を伸ばし続けることは悪いことじゃない、はずだ」
それが無駄な足掻きだとしても
――
アムロが続ける。
「俺は、
……
無駄な足掻きをしてみたくなったから、あなたをこうして迎えに来てるんだ」
「それは
…
」
「わかりたいよ。俺は、あなたを」
あなたは? とアムロが問う。
訥々と、言葉に悩む姿は真剣そのものだ。ただの雑談が、いつの間にやら深い本質の部分まで手を伸ばしている。
アムロは表面的な返事など望んでいない。シャアの右手が、無意識に自身の胸元を掴んだ。くしゃりと衣服に皺が寄る。逸らされない星の瞳が、シャアの本音を暴こうとしている。
「
……
。わかり、たい
…
と、思う。
…
私も、君を」
「それは、結局無理かもしれなくてもか?」
「
……
それでも」
「骨折り損になっても?」
「
……
それでも」
「
……
十四年も無理で、こうして死に損なってるのに」
「
…
それでも
――
わかりたいと、思う」
君とわかりあいたい。シャアが言う。
どくどくと心臓が脈打っているのがわかる。らしくもなく緊張しているのだ。思えばこうして、自分の思いを飾ることなく真っ直ぐに、直接アムロに伝えるのは初めてではないだろうか。敵対してからはほとんど主張の押し付け合いで、クワトロであった頃すら、いつも拒絶されても構わない言い方ばかりをしていた気がする。
「そうか
…
」
シャアの言葉を飲み込んだアムロが、すたすた彼に近付く。これまで保たれてきた二メートルがあっという間に縮まり、彼はシャアの目の前に立った。
シャアと比べれば華奢なアムロは、彼の影の中にすっぽり収まってしまってて、本当にひとつになったみたいだった。
影の中で、アムロがシャアを見上げている。
「じゃあ俺と、足掻いてくれ」
あっけらかんとした声と共に、手が、差し伸べられた。アムロの右手だ。
「あなたがしたことは許せないし、許さない。これから一緒にいるなら、きっと気に食わないことだって多いだろうし。
…
また殴りかかるかもしれないな。今度こそ
…
殺し合うかもしれない」
それでも、と彼は続ける。差し出されたままの右手の指先が、怯えるように小さく震えていた。
「それでもいいなら、全部捨ててくれ。俺と一緒にいろ。俺も全部捨てるから
――――
」
シャアを見上げるアムロと目が合う。期待と不安に揺れる瞳がシャアを映す。
「
……
ぼくを選んで、シャア」
直前までの声と異なる、弱々しく自信無さげな、懇願に近い小さな声で、アムロは願った。
「逆だろう
…
」
どこか途方に暮れたようにシャアがこぼす。
「
……
君は、私を選んでくれるのか。アムロ」
彼の言葉に、予想外のことを言われたようにアムロがぱちぱちと目を瞬かせた。
「なんだよ、気付いてなかったのか」
仕方ないなあと言わんばかりに、アムロの口元が綻ぶ。拒絶に怯えていたのが嘘みたいに、目尻が柔く細まって、その精悍な顔が優しく微笑んだ。
「選んだから、まだここにいるんだよ」
促されるように伸ばしたシャアの右手もまた、少し震えていた。
彼らはひとつにはなれない。しかしきっと、それでいいのだ。
指先が触れ合い、そうして二人はようやく握手を交す。
挨拶、友好の証、親愛の情、協力関係の象徴
――
様々な意味合いを持つコミュニケーションのひとつ。二人にとってはどれも当てはまっているようで、少し違うような気もする。ただ、どんなかたちであれ、二人の新たなはじまりを意味していることは確かだった。
かたく結ばれた互いの手のひらの温もりを、彼らは生涯、忘れることはないのだろう。
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