それを知った後のウィウの行動は素早かった。
ソファからすっくと立ち上がったと思ったらスリッパの音を響かせながら階段を一段ぬかしで駆け上がっていき、階上で少し物音をさせてからパルクールかと思うくらいの身のこなしで降りてきてピカピカに磨かれた床をずさーと滑り、兄と義兄の元へと戻ってきた。
鼻息の荒さは突然の運動量からのものではなく自分が思いついた楽しいことへの期待と興奮でだろう。ウィウはキラキラと目を輝かせながらマシュマロを口に放り込んだ形でフリーズしているティームの目の前に自分の部屋から持ってきたものを勢いよく掲げた。
「ティームさん、スキップしてなければついこの前が卒業だったってことでしょ? じゃあまだ全然高校生ってことだ! 僕の学校の制服着てみようよ」
ハンガーに吊されているのは今ウィウが身につけているものと寸分違わない高校生の制服だ。ティームにとって自分の年齢は隠していたわけではないがわざわざ言うことでもなかった。だからおやつを食べながらプラモデルを作る作業の合間にさらっと言っただけだったのだが、まさかの展開に黒目をふよりと揺らして隣のウィンを見た。
これがウィンが言い出した事ならば脊髄反射で「やだ」と突っぱねられる。が、相手は純粋無垢な子犬の瞳をしてティームが首を縦に振るのを今か今かと待っている義弟である。弟属性への耐性がないティームが上二人の兄がアレな最強末っ子であるウィウのおねだりに勝てるはずがない。それもこういう時のウィンは楽しそうに目を細めるだけでよく動く口をぴたりと閉ざしている。ティームの自主性に任せるという事だろうが、ウィウの手綱が握れる唯一の人間が動かないなら実質二対一だ。
のんびりとナムデーンの入ったグラスをあおる、その唇が密かに笑ってるって知ってるからなと、マシュマロを奥歯で噛み締めながらティームはウィウの手から制服を受け取った。
一年ほど着続けて愛着が沸いた大学の制服を脱ぎ、懐かしがるには日が浅い半袖シャツと半ズボンに腕と足を通す。洗濯機で毎日じゃぶじゃぶ洗っていたティーム自身のものとは着心地が全く違うウィウの制服からはふわりとウィンのクローゼットと同じ匂いがした。シャツの裾を入れずにベルトを締めれば、お世話好きの手が伸びてきてぎゅっぎゅとズボンに押し込まれた。
「流石、年相応。違和感が全くないな」
「なんだよそれ、褒めてんのか? けなしてんのか?」
足元がスニーカーソックスのままだったが即席高校生の出来上がりにウィンは上から下まで視線をぐるりと巡らせて大仰にうんうんと頷いた。さっきまで尻ポケットに入れていたセルフォンをさりげなく手に持っているけど撮影しようものなら叩き落としてやる。
「褒めてるんだよね、ウィン兄さん。ほら、こうして並んだら同級生に見えるもん」
じとりとウィンを睨みつけている隙にウィウがはしゃいで腕にしがみついてくる。ご機嫌な末弟は自分のセルフォンを内部カメラに切り替えて鏡がわりにティームに向けた。赤い丸が点灯しるのはもう見なかったことにする。
ウィウと一緒に画面に収まる鏡像の自分は、確かに違和感が仕事をしていない。薄いブルーの半袖シャツはティームの高校の色とは違っていたがフォルムはまさしく一年と少し前の、チョンブリーに住んでた頃の自分だ。がむしゃらに泳いで、オリンピックに出る為のやるべきことばかりを考えていた。どうやったら許してもらえるか、考えていたあの頃。そんなことでいっぱいにしていた心にまさか一人の男が根付くなんて思ってもみなかった。
その男は目に入れても痛くないもの達の並びに、ほろほろと口の中で蕩ける角煮みたいな顔をして立っている。なんだかそれが少し愛おしくなって、ティームは「褒めてるなら許す」とウィウの録画画面に向かって唇を突き出してピースを作ってみせた。
シャッターチャンスを逃さないウィウは録画しながら写真ボタンを押しており、そのままメッセージアプリのティームとウィンとのグループに送ってくれた。腹を括ったなら楽しくなってきて、ティームはウィウの学生鞄や教科書を借りて一通り高校生らしいポーズをとってみた。その度にウィウは「似合う似合う」とか「教室にいる!」だとか囃し立ててどんどんテンションを上げていった。
ウィンよりも近い年齢、更にそれより一つ自分に近い歳だと判明した出来たての義兄が嬉しくてしょうがないのだ。
兄にそっくりの、目を糸目になるくらい細めて大きな口を大きく横に引っ張った笑顔に、ウィンが弟の為なら何でもすると言った気持ちが今なら分かるなとしみじみと感じていた。
だがティームは、ここがウィウの本領では無かった事をすぐに思い知らされる。
「ティームさんありがとう! めっちゃ楽しい! こんな機会滅多にないからさ、ウィン兄さんも久しぶりに着てみようよ。皆で高校生しよう!」
「え?!」
「ウィーウ
……」
ティームの周りをくるくる走り回っていたウィウがくるりと振り返り、ソファでくつろぐウィンの腕を引っ張り始めた。蕩けていたウィンの顔が一瞬にしてあずきバーになる。
「お前の制服が俺に入るわけないだろ」
「違うよ、兄さんは兄さんのを着るの」
「は?!」
「ファミリークローゼットの方にまだとってあるの知ってるんだからね」
「先輩の、高校の制服?」
「そう! ティームさんも見たいよね? ね? ねー!」
やめろ頷くなとウィンのアーモンド型の目が見つめてくる。そんな目で見ても無駄だ。いまだ一人だけ大学の制服姿でいたウィンに今度はティームが口角を上げる番が来た。
「見たい! 見たい見たい見たい!」
「ね! ね! ねー!」
ティームを味方につけたウィウはこの家では無敵だった。鬼だ悪魔だと泣く水泳部の同期に見せてやりたいくらい柳眉をうにゅりと八の字に下げて、複雑な視線をティームに送りながらウィウに早く取ってきて! と背中を押されたウィンがのそのそと階段を登っていった。
ウィウよりもずっと時間をかけてウィンが戻ってくる間にティームはウィウから高校時代のウィンの話を聞かされた。概ね本人から聞いてる事と差は無かったが、それまでも人気はあったが金髪になった時に爆発的にファンが増えたと聞いて、目がいつも以上に半目になってしまった。ウィウがビフォーアフターの写真を送ると言い出したのでウィンとのグループではなく、端末に直接無線で送信してもらった。今よりずっと丸みを帯びた輪郭の黒髪の少年に、ティームはこっそり削除防止のロックをかけた。
「兄さん!!」
後でウィンがシャワーを浴びてる間にでもじっくり見ようと考えているとウィウの大声が家中に響き、慌ててセルフォンをソファに放り投げた。視界の端に階段を降りてくる人が見えて、見上げた先にティームも思わずうわぁと声を上げてしまった。
「懐かしい!! 兄さんもまだまだ着れるじゃん! ねぇ、ちょんまげも取ってみてよ。高校の時は短かったでしょ」
「お前、注文多すぎるぞ」
視覚の暴力が呆れた声をあげてこちらへ近づいてくる。それもここまで来たら何をやっても変わらないと思ったのか潔く括っている髪ゴムを取って結い癖のついた金髪をばらけさせた。大きな手でくしゃくしゃと掻き混ぜられて再びバックへと流された髪は程よく額とこめかみにかかり、ウィンの勝気な目尻を隠して雰囲気を和らげる。
薄いブルーの半袖シャツと濃紺の半ズボンからは筋肉が程よくついた大人の男の腕と足がすらりと伸びていた。
まだまだ着れる? 嘘だろ。こんなお色気高校生が居たら犯罪だ。いや、ふらっと手を出す大人が犯罪者になるからコレがいる学区域だけ犯罪率が爆上がりだ。
「なに? 見惚れてんのか?」
口をぽっかり開けて呆けてるティームの鼻を突きながらウィンがニヤリと笑った。爆笑すると思っていたティームが大人しくて少し機嫌が戻ったようだ。ティームは慌てて猫パンチをウィンの指先目掛けて繰り出した。
「見惚れてない! 違和感がめちゃくちゃ仕事してるって思っただけだ」
「当たり前だろ。いくつだと思ってるんだ、もう二十二だぞ俺は」
「えー! そうかな? 僕はあんまり変わってないと思うけど。ちょっと身体が大きくなったくらいで、ウィン兄さんが初めて金髪にした時もそんな感じじゃなかった?」
「ウィウ、身内贔屓もほどほどにな」
肩周りがきついのか、しきりに袖山を引っ張っている。ウィンが歳不相応なのは置いといて、近くで見るウィンの制服は長年着ていなかったとは思えないくらいヘタリが無くて綺麗だった。思わず胸の生徒番号の刺繍を指先でさりりと撫でる。糸の綻びもない。なんて物持ちが良いんだ。
「どうした?」
「いや、保存状態が良いなって思って」
「そうか? うちのは皆こんな感じだぞ」
この金持ちが、と睨み上げればウィンは思わせぶりに笑っていた。眉を顰めると徐に顔を近づけて耳元でこそりと囁く。
「いきなり触ってくるからムラついたのかと思った」
「ばっ!!」
瞬時に血圧が上がった。
そんな事は毛の先も考えてなかった。と言い返したいところだが少し思い返してみてウィンの周りの犯罪率を心配した落ち着かない気持ちがそれに値するなら言い返せない。無駄に頭を回転させた結果、口をもごもごと動かす事しか出来ないうちに、ウィンは大きな口を横に引っ張って楽しそうに笑った。
「ごほんごほんっ!」
ティームが悔しい思いをしているとウィウのわざとらしい咳払いが聞こえ、無意識に近づき過ぎていたウィンから勢いよく身体を離す。ウィウはこれまた兄そっくりなチェシャ猫のような目の細め方でニンマリと笑って、兄と義兄を交互に指差した。
「もし高校生の格好で違う遊びがしたいなら兄さんはコンドミニアムに持って帰って、ティームさんは自分のを実家から送ってもらってね」
「ウィウ! このエロガキ!」
リアルな高校生はお年頃真っ只中な冗談を言って、真っ赤になったティームからキャーと悲鳴を上げながら逃げ回る。ソファの周りをドタバタと、猫の運動会のような有様で追いかけた。
こんなこと大学生になってから暫くしていない。パームやマナウは勿論、ABCたちはあの三人がこうなってるのを自分が近くで笑っているだけ。
制服は着ると気持ちが服に引っ張られるみたいだ。
懐かしい気持ちを胸に、へばってきたウィウの腰のベルトをあと少しで掴めそうになった時。
「何してるんだ、お前たち。気でも触れたのか?」
困惑に満ちた声が玄関から聞こえてきた。振り向けば眼鏡の奥から現状を把握しようとして黒目を忙しなく動かしている長兄がいた。困り眉の眉間に皺が寄っている。
「ワン兄さん! おかえりなさい」
ティームがワンにワイを向けた隙にウィウは見事に逃げ切り、ぴゅうと風の早さでワンに駆け寄った。靴を脱ぐワンの腕を取って中に引き入れると共に、ワンの背後にいた人物にペコリと会釈する。
ティームの斜め後ろからウィンの「げ!」という珍しい声がした。
「トゥンさんも、いらっしゃい」
「ウィンなんだよその格好、新手のファンサービスの練習か? 一部の人間にぶっ刺さり過ぎて重課金者続出レベルだぞ」
「黙れ」
ぶふぅと吹き出す口元に拳を当てて、人差し指を向けてくる級友にウィンの表面温度が一気に下がる。大笑いしながら靴を脱ぐトゥンはティームを見ると「こっちは違和感全くなし。そのまま出せる」と指でOKマークを作りにっこりと頷いて、ワンに裏拳を胸に入れられて黙らされた。
新たに現れたもう一人の兄と義兄にウィウが斯く斯く然々楽しそうに説明してる間も、トゥンはこちらにセルフォンのカメラを向けようとしてウィンの顔面から繰り出される無表情の圧に阻止されていた。ウィンはあからさまにティームを背中に隠してくるけど、ティームとしては世に出せないのはウィンの方だとせめてもの抵抗で手でウィンの目の当たりを隠し特定防止対策を取った。ティームは至って真剣だったが、目隠しはウィンのいかがわしさに拍車をかけただけで、トゥンは横隔膜がどうにかなってそうな声も出ない笑い方をして身体をくの字に曲げて撮影不能状態になっていた。結果オーライではあるが目隠しした手をそっと退かしたウィンからのジト目は複雑な色をしていた。
「そうだ! 折角だからワン兄さんも制服着ようよ」
ポンと両手を合わせたウィウが楽しさの頂点に君臨する者として当たり前のように長兄に期待の眼差しを送る。ティームはまだまだまだ、この家の末っ子の本領の底が見えなかった。
「はぁあああ?!」
「賛成!!」
家に響き渡る二つの声にウィウはついにぴょんぴょんと飛び跳ね始め、ワンの腕を取り階段を指差した。
「ワン兄さんの大学の制服もファミリークローゼットの方に仕舞ってあるの知ってるよ。ね、ね、ウィン兄さんだって着てるんだからワン兄さんが着ないなんてダメじゃない?」
「いや、意味がわからない」
「皆で若返ろうよー」
「そうですよ、大学の制服ならシャツとスラックスで今着てる服と大差ないんだし。オレ達の学校と違ってネクタイの色が緑なんでしょ? 見たいなー」
「今着てる服と大差ないなら着なくても良いだろ」
「いや、制服と私服じゃ全然違うから」
「真顔で真逆のことを言うな」
「ワン兄さんって確か大学入ってコンタクトにしたよね? 合わなくてすぐ辞めちゃったけど」
「ウィウは余計な事言うな」
「眼鏡なし、学生服ネクタイ着用新入生バージョン! 激レアSSRキタ」
「きてない」
「お願いします。見るだけ。撮らないから。ね、ぴわーん」
「そうだよ、〝ぴわーん〟」
「ウィウ、この男の真似をするな」
「ヒア~」
「〝ヒア~〟」
「お前にヒアって呼ばれたくないっていつも言ってるだろ」
両脇を大型犬なのに子犬の濡れたような瞳を持つ二人に固められて、ワンは身体の奥底からため息を吐き出している。身体の向きはもう階段に向けられていて、さりげなく少しずつずりりと引きずられていってるのに本人も気づいているだろう。ティームはこの場にいる唯一のストッパーのシャツをくいっと引っ張った。
「先輩、あれ止めなくていいの?」
止めどなく続く三人の攻防戦は、自分がウィンに強請った時より難攻に見える。だが長年上と下の兄弟の噛み付き合いを見てきたウィンはのんびりと首を横に振ってから鼻で笑った。
「いい。兄貴の負けは開始二秒で決まってたからな」
「え、そうなの?」
「そうだ。ほら、見てみろ。折れたぞ」
ウィンに顎で指された先に視線を戻せば、ワンは口をへの字に投げながらもパタパタとスリッパを鳴らしながら階段を登っていた。ウィウはトゥンの耳元で何かを囁き、慌ててセルフォンを取り出すトゥンにキャッキャと笑いながら何かを送っていた。身に覚えのある取引現場に、ヤバいと思ってティームはウィンをソファに座るように促した。
「そ、そういえば先輩もまだ一年の時のネクタイ持ってるの?」
何でもいいからウィンの気を自分に引き付けようとティームはナムデーンを一気にあおった。考えなしの発言に案の定ウィンは怪訝な顔をして「お前がたまに俺のクローゼットから制服持ち出した時にしてたネクタイは誰のだよ」とド正論をド直球に投げてくる。それを甘んじて一身に受け止めながらも、ウィンが含みにある流し目でこちらを覗き込んでくるので、作戦は成功したと言っていいだろう。
「なに?」
ニヤニヤしながら見つめてくる犯罪指数の高い高校生は、こてんと小首を傾げながら新たな犯罪を匂わせてきた。
「まだクローゼットに入ってるから、どのパターンでも出来るぞ」
「なにが?」
「今度おかあさんに頼んでやるよ。まだあったら送ってくださいって」
「だから、」
何がだよと言おうとしてティームの頭はきちんと自分で正解に辿り着く。たかがネクタイされどネクタイだ。お手本のように理性的にしめたネクタイがしゅるりと解かれる様を見上げる自分の格好はどれだろう。
「
……犯罪だ」
「合法だろ」
しかしまだ見ぬ新入生の格好をしたウィンは、こうして高校生姿を見た今となっては見たいの一択しか無い。プルックが「去年も今年も新入部員がみんな可愛い」と言うくらい大物新人の片割れだった一年生のウィンなんて。
「というか、なんでウィン先輩が母さんの連絡先知ってんだよ。パームが言ってたぞ、ディーン先輩も勝手に親と繋がってたって。この類友が」
想像していることがあまりにも義実家ではしてはいけないレベルになりそうで、ティームは慌てて発覚したばかりの別事案についてウィンに噛み付いた。ウィンとの関係は伝達済みだが、だからって自分の知らないところで連絡先を交換しなくてもいいじゃないか。自分にやましいところがあるからか、ついウィンもティームの過去の写真を親から見せられてるんじゃないかと、なんなら保存してるんじゃないかと考えてしまった。
ジトリと睨むティームに心から楽しいと言わんばかりにくつくつと笑って、ウィンは徐にティームの頬に鼻先を付けた。電光石火の早業でスンと嗅いで、それはそれは綺麗に微笑む。
「昔のお前のこと、また教えてくれ」
制服は着ていた時の気持ちを引っ張ってきてくれる。こんな顔でこんなこと言われたら、まぁいっかと思ってしまう。自分とウィンが出会う前の時間もお互い少しずつ知っていこう。愛している相手なら見たいし見せたい。
あぁ確かにこれは、ゲームでは開始二秒で圧勝するワンも現実世界では二秒で負ける。
ホームケームされた黒髪の高校生はまろやかな指先を頬に滑らせ金髪の高校生に白旗をあげてはにかんだ。半ズボンからのぞく膝小僧を触れ合わせて、まるで本当に初々しくて可愛い高校生カップルみたいに笑い合う。自分達が本物の高校生だったとしても時期が被っていないので本当に有り得ない高校生同士のカップルなのがまた面白かった。
「ピワンっ!!」
この広大な家の一角で和みの空間を展開していた二人だったが、高い天井いっぱいに響いたトゥンの声につられて階段を降りてきた人物に目を向けた。
隣でヒュウと口笛を吹く音が聞こえ、自分の口からもほぇという間抜けな感嘆が漏れた。
ワンは視界がぼやけるのか、ウィウとトゥンの反応が予想通りだったからかなかなかの仏頂面ではあったものの、大学の制服はきっちりと着込んでいる。その模範的な着こなしがまた新入生らしさを醸し出して、ティームは大学の構内でこういう子を見かけるなと思ったくらいだった。
「あっはっは、ワン兄さん凄すぎる! 全く変わってないね。アルバムから出てきたのかと思った」
「どうせオレは童顔だ」
身体をくの字に曲げて笑うウィウに、ワンはぶっきらぼうに言ってぷいと顔を背ける。鼻で大きく息をつきながら、目線だけが細かくチラチラとトゥンに向かう。トゥンは最初の一声を声高に叫んだ後は両手を胸の前で組んで、ぽっかりと口を開いたまま目の前の若者を凝視していた。
「おい
……死んだのか?」
あまりに反応がなくて痺れが切れたらしいワンがトゥンを正面から見上げるとそれを合図に顔面がてろんと崩れていった。
「ワンさん、キュートすぎる。うちの大学だったらキュートボーイに載っちゃいます。いや載せさせないけど。載ってもすぐに削除させるけど」
「あんな老けたキュートボーイがいるか」
「黙れ義弟よ。誰がキュートボーイのページからそこのキュートボーイのアイス食ってる写真を殲滅してやったと思ってるんだ」
「誰がおとうとだ、馬鹿」
「先輩、なんの話?」
「お前は気にするな」
目の前のワンにてろてろしつつも地獄耳と憎まれ口は相変わらず類友に向かい、ウィンはその大きな手でティームの耳を塞ぎにかかった。義弟を黙らせたトゥンは再びむっすりとしているワンに対して蕩けた笑顔を向ける。
「ワンさん本当にこの格好で大学通ってたんですか? 上級生や同級生からいっぱいアプローチ受けたでしょ? 今オレが心配してもしょうがないけど、心配になります」
「いや全然。勉強しなきゃいけないことは山ほどあったし、ちょうど父親の事業も拡大し始めてた頃だったしな。オレみたいな堅物、相手にする人なんて居なかったよ」
「またまた」
トゥンの言葉や過去の自分を相手に教えるのが気恥ずかしいのかワンはしきりに指の背を頬に当てて無い眼鏡を押し上げようとした。そこにいつもあるものが無くて慌てて手を下げる仕草はティームの目から見ても少し幼く、案の定トゥンは胸を両手で押さえていて思わず笑ってしまった。
「ワンさんがノーンなら、オレ絶対サボらず学校行ってるし部活も毎回参加するし、ずっと世話焼いて奢って送り迎えしちゃうんだろうな」
そのまま夢見る乙女のようなポーズでこの家の高い天井で回っているファンあたりを見ながらうっとりと語るトゥンは、まだこの家の男児が一筋縄ではいかないことへの認識が甘かった。
親友と違い愛している相手へのIQなんてそんなものかもしれない。
この家に入り浸っているティームの方がその辺は経験値が高く、眼鏡はないがワンの黒目がキランと光ったのを見逃さなかった。
「は? 誰がお前のノーンだって? お前がオレのピーになることはない」
そう言ってワンが後ろ手に持っていたものを夢見るトゥンの眼前に突きつけると、ワンはさらに幼く見える満面の笑みをにっこりとたたえた。薄いブルーの半袖シャツと濃紺の半ズボン。
ワンがそれを持って二階から降りてきたことを知っていてずっと様子を見ていた大はしゃぎのウィウが着ているものと同じ、高校の制服だった。同じ服を着ているウィンも隣で楽しそうに噴き出している。
自分と出会う前の時間を知りたいと思うのは皆一緒。
「ほら、一人だけタイムスリップしないなんてずるいだろう。着ろ」
「え、えぇ
……いくらワンさんの服でも高校のはちょっと入らないかも
……」
「入らないんじゃない、入れるんだ。本当の年齢差なら中学だからな。ボーイスカウトの服を持ってきてやろうか」
「大学生と中学生なんて犯罪ですよ」
「今なら合法だろ」
「そうだよ、トゥンさん! ウィン兄さんもティームさんも着てるんだよ。皆で若返ろう。合法タイムスリップだよ」
キャッキャと笑うウィウの手にはセルフォンが握られていて、アイドルを応援するペンライトさながらにトゥンに向かって振られている。これは後で撮影会が始まるなと恐らくトゥンも察したのだろう。我が身を削ることで愛する人のキュートな格好をゲットできるのならばと、うにゅりと眉尻を下げに下げてワンの手からハンガーを受け取った。
その後、物持ちが良い割に物が溢れかえっていない家の思い出管理人であるウィン達の母が帰宅し早々に見つかって、義理含めた息子たちの年齢不相応で珍妙な集合写真を撮られる羽目になり、遠くない未来で各息子達の家にそれは飾られることになった。
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犬塚さん(X:zrzk_wt )に高校生制服WTのイラストをいただきました(*´艸`*)
現役でもいける可愛さです。かわいー!宝物です♡