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タロ文庫の作品置き場
2025-12-09 12:00:37
3656文字
Public
作品
多幸で多忙
2023-06-30
タイ沼ワンドロ2023/6/24【世界一】
BU EP4とBUSP Week5のウィンとティームの食卓を参考に。部屋の間取りは原作ネタからの捏造です。
未来の社会人WT。
ティームが飲んで美味しいと言ってるのはオーワンティン(Ovaltine)です。
敏腕ホテルマンの朝は忙しい。
起き抜けにシャワーを浴びて軽く身支度を整えたらリビングのカーテンを全開にして太陽光を浴びて自律神経を整える。大気汚染が酷くなければ窓を開けて換気をするのだが今日は数値が悪いようなので空気清浄機のスイッチをいれた。
今日一日の予定をセルフォンで確認しながらキッチンに入って洗濯機を回す。緊急の連絡は入っていない。今日の午前中の会議はリモートに切り替え済み。昼前に出勤して経理の締め作業の確認とシーズン企画の書類に目を通す。持ち帰りの仕事は無し、十九時には帰宅予定。
セルフォンをポケットにしまい冷蔵庫から卵を三つ、ソーセージとベーコンのパックを取り出してコンロにフライパンをセット。
ベーコンを重ならないよう並べたらミネラルウォーターで浸す。ついでにソーセージも四本入れて強火で放置。後ろのトースターに最初のパンを二枚入れて焼き上がる頃にはフライパンの水が沸騰するから蓋を開けてソーセージを取り出し、そのまま水気がなくなるまで弱火でベーコンを焼く。次のパンを二枚、トースターにセットする。学生時代は二人で一斤まるまる食べていたけれど、最近は二枚ずつで充分だ。カリカリに焼き上がったベーコンをキッチンペーパーの上に置いて余分な脂を切り、丸い皿の上、ボイルしたぷりぷりのソーセージの隣に並べる。
さてと。
ウィンは腰に手を当て、リビングから寝室に続く廊下の入り口に視線を流した。二つ並んだ寝室の手前側、ウィンの部屋から微かに水音が聞こえてくる。どうやらきちんと起きたようだ。
のそのそ動く様子を想像して緩く口角を上げながら、卵を手に取りリズムよくフライパンに割り入れる。今朝は三つ。これも学生時代からのルーティーン。
ベーコンから溢れ出た油に白身がじゅわりと美味しい音を立てる。ここで慌てず火は弱火のまま、白身がぶっくり膨らんでくるまでの間を利用してパンにバターを塗っておく。テーブルにランチョンマット、カトラリーをセット。向かい合わせに二つ並べるのは久しぶりで、ウィンは朝日のせいだけでなく眩しそうに目を細めた。
コンロの前に戻れば、目玉焼きは揚げ焼きの最終段階への良いタイミングだった。中火に火力をあげて白身の周りをきつね色にする。普段の呼吸三つ分待って、コンロの火を消し、ベーコンとソーセージの待つ皿へと滑りこませる。これで朝ごはんは完成。
あとはシャワー上がりの、なぜか未だに育ちざかりを主張する男の為に、冷蔵庫から牛乳を取り出しマグカップへと注ぐ。スティックタイプのチョコレート風味の麦芽飲料を一本混ぜて、レンジで二十秒。学生時代はジョギングから帰ってきてはひとの部屋に上がり込み、シャワーを浴びて朝食前にコクコクと飲んでいた。それからどれだけ経っても美味しい、また作ってよと言ってくる。子供舌を保ったまま大人になっている。
程よく溶けた茶色の液体をティースプーンでくるくるかき回していれば、ガチャリと扉が開く音がした。
タオルで大まかに水気を切っただけの散らかった黒髪の間から、同じ色の黒目がぼんやりとこちらに向けられる。ウィンのクローゼットから引っ張り出したセットアップの部屋着は確かティームの部屋にも色違いで置いてある肌触りが心地よい二人のお気に入りのものだ。思わず上がった口角をそのままに、のたのたとリビングテーブルを越えてキッチンの中に入ってきたティームに声をかけた。
「おはよう。起こされなくてもちゃんと起きれたな」
ほら、と取っ手をくるりとティームに向けてマグカップを滑らせれば、ミュゲの香りがする頭を肩口に擦りつけて唸ってくる。
「起きるに決まってるだろ。何の為に夜のうちに帰ってきたと思ってんだ」
マグカップに口をつける前に発せられた起き抜けの低い声は語尾が掠れ上がり、誤魔化すように大きく飲み下す様子に思わず笑ってしまった。マグカップの中のティースプーンがティームの鼻先にあたり、じとりと睨み上げる目に光を入れる。
「何って、俺で満腹になる為だ、痛っ!」
間接照明のオレンジに照らされる黒も好きだが太陽光に温まる目が好きで、半月ぶりに間近で見られる喜びに覗き込めば、一緒にまろびでた揶揄いは尻に受けた膝蹴りに最後まで言わせてもらえなかった。昨夜の仕返し、にしては甘噛みなのはまだ満たされていない腹があるからだ。
「おぉい、なんだよ、朝飯のことだろ? ちゃんと作ってあるよ。ソーセージにベーコン、目玉焼き」
「あーあー、そうだな! そうだよ! いつもの先輩の朝ごはんだ! おれ、今日パン三枚!」
「あ、こら」
マグカップを指に引っ掛けて、きちんと目玉焼きが二つ乗っている方の皿にウィンの皿からパンを一枚強奪してから、やってきた時とは大違いの大股でテーブルへと歩いていく。食パン一枚しか残っていない皿を一瞥して、それでもリビングテーブルの向かいにティームが座っている風景に腹より胸がいっぱいになり、足りなくなったらまた焼けばいいと笑って自分も席に着いた。
いただきますと言い終わった瞬間に、ナイフをふつりと目玉焼きの中心に入れる。ティームのナイフに懐くようにとろりと零れる濃厚なオレンジ色の黄身に、その顔は十代の頃と微塵も変わらずぱぁと輝く。縁がこんがりきつね色に揚がった白身をくるりと丸めてフォークで突き刺し、小さな口を目一杯開けて最初の一口を豪快に頬張る。口端に残る黄身を舐めとり幸せを満面に広げるティームは、何年もやりとりしているメッセージアプリで押される機嫌のいい顔のスタンプにそっくりだ。
「これ! この半熟卵の目玉焼き! ソーセージもぷりっぷりだしベーコンはカリカリ! どっちも噛めば噛むだけ美味しい。やっぱりうちのご飯が一番だね」
「喋りながら食うな。ちゃんと噛んで、喉に詰まらせんなよ」
「んー」
カチャカチャと世話しなく両手のカトラリーを動かしては口に運ぶ食いしん坊の生返事に、ウィンは頬杖をついてうっとりと笑む。
最初の競合は、ティームの母親とパームというこの世で最も強い相手だった。ティームの味覚の礎を築いた年月にも、プロの料理人になる者の腕前にも、敵うはずもないウィンの目玉焼きがティームにとっての『うち』で『一番』になったのは、何日も何年もティームがウィンのルーティーンを食べ続けたからだ。食べる側が持っている愛情と日常という名の調味料は偉大である。
教え子が選抜されたナショナルチームの強化合宿へついていったコーチは、おれはもう食事制限ないからと毎日自慢げに宿泊先のホテルの食事の写真を送ってきた。同業者だから分かる素材と料理人の腕の良さに、毎度律儀にたらふく食えと返してやった。
空港への到着が夜になるから後泊だと聞いていたホテルもなかなかの星が光るところだった。朝食も美味しそうと出発前ははしゃいでいたのに泊まるのは選手だけで自分は帰宅すると、向こうを出発する前に電話をしてきた。ウィンにしか知り得ないティームの飢餓感がその声と空港で迎えた顔に出まくっていて、夕飯も荷ほどきもお土産話もそっちのけで玄関から近いウィンの寝室へ引っ張り込んだ。
ティームを満腹にしてウィンも気が済むまで食んだわけだが、流石の食欲魔人はそれはそれ、これはこれだと初志を覆さない。
ティームが相変わらずウニャウニャ言いながら二枚目の食パンを頬張るのを見つつ、ウィンもさくっとパンの角を齧る。バターの香りが抜けて、小麦の美味しさが口に広がる。昨日も同じものを食べて空になった皿を洗ってから出勤したはずが、やはり愛情と日常という名の調味料は偉大だ。美味しくてパンは一枚じゃ足りそうにない。
「先輩、今からおかわりのパン焼くよね」
「お前に取られたからな」
「おれのも一緒に焼いて」
「
……
ティィイーム」
ウィンが立ち上がるのを待って声をかけたのだろう、ティームの皿には二個目の目玉焼きが半分だけ残っている。ウィンは知っている。ティームがアニメを見てハマった食べ方だ。食パンの上に乗せて食べる気だ。
現役ほど使うところのないカロリーをどうするんだと睨みつければ、後でコンドのジムに行くだの、プールで泳ぎながらメニューを作りこむだの、沢山の言い訳をして。
「うちの朝ごはんが世界一美味しいのがいけない」
と、極めつけの持論で押し通すから、ウィンは幸福の降伏をせざるを得ない。
トースターにパンを二枚、セット。焼きあがるまで待とうとキッチンの中で振り返った先で、ティームがにっこりと満たされた猫の様に目を細めて笑ってこちらを見ている。マグカップを両手で突き出して、ふわりと開いた口からは、いくつ歳を重ねても変わらない安心しきった柔らかい声がこぼれた。
「ウィン先輩、この美味しい飲み物、また作って」
敏腕ホテルマンの朝は、世界一忙しい。
愛しい男との時間を幸せでひたひたに満たすために。
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