羅繊(せら)
2025-12-09 10:34:13
5743文字
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【よだつか】インフルにかかった🦅×看病する☀️

※恋人同士だけど、まだ同棲してない

#タイトル# めそめそ泣いてる君も好き
#章# 風邪を引いた夜鷹と同棲の話

 俺は今日も参加させてもらった夜の貸し切りスケートリンクでウォームアップしながら、夜鷹さんが滑るのを見ていた。だけれど、何だか様子がおかしい。夜鷹さんのスケーティングにいつものキレがないし、フリーレッグの上げ方が低い。調子が悪い……というよりは体調が悪そうな気がする。
 しかし、曲がりなりにも恋人とはいえ、夜鷹さんのスケーティングに対して『今日、調子悪いですか?』とは聞きづらかった。
 心配になって目で追っていたら、夜鷹さんは三回転ジャンプの着氷に失敗してブレードが滑り、ずしゃっと転倒した。
「わーー!! 夜鷹さん、大丈夫ですか!?」
 普段の夜鷹さんからしたら、ありえない転び方だ。迷ったりせずにすぐに声を掛ければ良かった。彼が三回転ジャンプを失敗して転ぶなんてただ事じゃない。
 夜鷹さんはすぐに起き上がれずに、氷に手をついてのろのろと上体を起こす。
「ちょっと、くらっとしただけ……
 俺は慌てて傍にしゃがみ込んで背を支え、すぐに異常を感じた。いつも俺の方が体温が高いのに、明らかに夜鷹さんの方が熱い。
「鴗鳥先生! タクシー呼んでください! 夜鷹さん連れて帰るので」
 遅れてリンクサイドにやって来た鴗鳥先生に向かって声を上げて、タクシーを呼ぶよう頼む。
「まだ滑り始めたとこ……
「こんな熱で何言ってるんですか! 帰りますよ!」
 立ち上がれもしない夜鷹さんが何か言ってるのを叱りつけて、問答無用で抱き上げた。

 二人分の帰り支度をして、マスクを着けさせた夜鷹さんを抱き上げてタクシーに乗せる。鴗鳥先生も『何か手伝いましょうか』と心配してくれたけれど、インフルエンザだとしたら鴗鳥先生に移すわけにはいかないので断った。
 夜鷹さんのマンションに帰る途中でドラッグストアに寄ってもらい、必要だと思われるものを急いで買い込む。

 マンションの部屋でベッドに座らせて、抗原検査キットを使う。試薬を垂らすと、さして待たずにAのところに赤い線が表示された。
「あー……、インフルエンザですね。夜鷹さん、予防接種とかは?」
……何それ」
「えっ、今までかかったことくらいありますよね」
「ないよ」
 三十半ばまでかかったことない人なんているんだ……でも夜鷹さんだからな。妙に納得した。
「熱は……、今で八度二分か……もっと上がりそうですね。もう今日は遅いので朝一で診察してもらって、薬もらいましょう。予約入れておきます」
 水を飲ませて、夜鷹さんをベッドに寝かしつける。俺はスマホでオンライン診療の予約を入れて各所に連絡し、夜鷹さんの隣で横になった。
「君に……うつるんじゃないの」
 今更だけど、夜鷹さんが心配してくれる。移るのならもうとっくに移っているだろう。俺は夜鷹さんは現在大流行しているインフルエンザだと予測していたから、構わずに接触していたんだ。
「今年は予防接種もしたし、Aはこの前かかったので大丈夫です。もう寝ましょう、何かあったら起こしてください」
 夜鷹さんに布団を着せかけて、上からぽんぽん、と撫でた。
 眠れる内に、眠っておいたほうがいい。

  ◆ ◆ ◆

 さっきまで寒気がしていたのに今度は身体が熱く、身体のあちこちの関節が軋むように痛い。
「うぅ……
 頭もガンガンしてきたし、信じられないくらい体調が悪くて、勝手に呻き声が出た。
……夜鷹さん、大丈夫ですか」
 隣で眠っていた司がナイトライトをつけて声をかけてくる。まったく大丈夫とは言えないが、大丈夫じゃないと弱音を吐いたところでどうしようもないだろう。好きな子の前で格好付かないところを見せたくなくて黙り込んでいたら、額にそっと手のひらを当てられた。
 司の手のひらがひんやりしているなんて初めてだ。これは僕が発熱しているからなのか。
「かなり熱が出てそうですね。寒気はありますか? 今の症状は」
「熱い……、頭が痛い……
「氷を準備してくるので、熱を測っててください」
 司の手が離れていくのが惜しい。パジャマの襟元を緩められ、スイッチを入れた体温計を脇に挟まれる。
 司がベッドを降りて寝室を出ていくのを霞む目で見送った。すぐに戻ってきてくれるとわかってはいるが、少し心細くなる。
 音が鳴った体温計を引き抜いてデジタル表示を見たら、三十九度を超えていた。記憶にある限りでは最高記録だ、嬉しくない。
 どうにかスマホを手に取って時間を確認すると五時前だった。
 半ば脅すような形で『俺なんて夜鷹さんに釣り合わない』と泣く司に迫って、恋人という関係になったものの、司が僕の家に来るのは夜のスケートの後、セックスをする時だけだ。
 司は夜の貸切スケートの日だけは夜の予定を空けているが、それ以外の日はバイトを入れているかコーチの仕事で忙しいらしい。
 一緒に住もう、と何度か誘ったものの、未だに断られ続けていて、合鍵も受け取ってもらえていない。
 考えてみれば、性行為をせずに司と一緒のベッドで寝るのは今日が初めてだった。これじゃ、身体が目的だと思われても仕方がない。体調が最悪なせいで、どんどん気分が落ち込んでくる。
「夜鷹さん、熱はどうでしたか?」
 司が寝室に戻ってきてベッドに乗り上げる。
…………
 僕は無言で体温計を渡した。
「ううーん、これ以上上がるようだったら、アセトアミノフェン飲みましょうか……。朝一で予約取れたので、それまで大丈夫そうなら、診察してもらってからにしますね」
「うん……
 司が風邪の対処に慣れていそうなことに安心する。具合が悪い僕を色々と気遣ってくれるのも嬉しい。
 司の手が僕の額に触れて、うっすらと滲んだ汗で張り付いた前髪を掻き上げた。
……っ」
 ちょっとだけ息を呑んだのは、僕の前髪の内側にある白髪の束を見たからか。司は僕のそれをまるで流れる『星』のようだ、と言う。
 現役時代の演技中に前髪を上げていたのが好きだったらしく、恋人になって最初の頃は僕が髪を掻き上げるだけで『無理いいい!!』と泣いていた。
「司……、好きだよ……んぶっ」
「ああっすみません!」
 僕が発言したタイミングが悪かったのか、司が手を滑らせて、ごしゃっと顔に氷嚢が落ちてきた。
「ううっ、大変申し訳なく……
 べそべそ泣いた司が氷嚢を額に載せ直してくれる。
 氷水が入っているらしい袋は、ひんやりしていて、少しだけ熱の不快感が和らいだ。
「あんまり冷やしすぎるのも良くないんですけど、足りなかったら言ってください。額だと冷たすぎたら、脇の下とか、鼠径部を冷やすのもいいですよ」
「うん……明日、仕事だろう……もう寝て」
 看病してくれるのは嬉しいが、変な時間に起こしてしまったし、これでは司が眠る時間がなくなってしまう。
「一日だけですけど……明日は、連絡して休みにしてもらったので大丈夫です。……仕事に行ったら、帰ってくるのが夜になっちゃうし、それまで、あなたを一人にしておきたくないので」
 僕の隣で横になった司が、手を握ってくる。司の手は冷たくて気持ち良かった。
 そうか、司が一緒にいてくれるんだ。
……ありがとう」
 閉じた瞼の裏が、潤んだように熱かった。

 朝から汗をかいた身体を清拭せいしきされ、電解水で薄めたスポーツドリンクを飲まされて、パジャマを着替えさせられる。熱が下がっていない僕は倦怠感がひどくてまともに動けず、されるがままだった。
 司が予約したと言っていたからこの最悪な体調でよろよろしながら病院に行くのかと思っていたら、オンライン診療だった。
 スマホのカメラ越しにやり取りし、画面には医師が映っている。
 喉の不調で声が掠れてしまってほとんど喋れない僕の代わりに、隣にいる司が現在の体温や症状を伝えて、抗原検査キットの判定を見せている。司は健康そうだしあまり病院に行く機会はなさそうなのに、とても応対に慣れていた。
 僕は順当にインフルエンザだと診断されて、薬を処方された。今は当日中に自宅に配送までしてくれるらしい。
「夜鷹さん、何か食べられそうですか?」
 司に聞かれて無言で首を振る。普段から食欲がないのに、体調が悪いと更に何も食べられそうにない。
「うーん……かぼちゃスープならどうですか? インスタントのを少しだけ作ってくるので」
 既に多大に世話になっているし、僕のために一生懸命考えてくれているのを無碍にするのも忍びなくて頷いた。
「ベッドに横になって、待っててくださいね。解熱剤飲んでもいいって言われたから、スープの後で解熱剤飲みましょう」
 ベッドに寝かしつけられ、掛け布団を着せられて目を閉じる。頭が痛くて、目を開けているのも辛い。
 司は十分も経たずに戻ってきた。
 腰の後ろにクッションを置かれてベッドのヘッドボードに背を預けるように起こされ、司はベッドサイドに運んできた椅子に座っている。
 司は木製のスプーンで掬ったとろみのあるかぼちゃ色のスープにふうふうと息を吹きかけて冷まし、僕の口元に運んできた。
「はい、あーん」
 彼はこの状況に思うところはないのだろうか。司はいたって真面目で、僕は仕方なく口を開けて食べさせてもらった。恋人らしい甘さはなく、どちらかといえば介護だ。
「頑張って食べてえらいですね!」
 司に褒められたので、まったく食欲はなかったが、二口目もどうにか口に入れて嚥下する。
 そうして宥められたり褒められたりしながら、僕はスープを完食した。
「全部食べられてえらい! よく頑張りましたね」
 頭を撫でられて軽く抱き込まれて、こめかみにキスをされる。やっと少し恋人らしい……いや僕の方が八歳上なのに、子供扱いされている気もする。
 司が市販薬のパッケージを開けて、白いタブレットのような錠剤を二つ取り出して渡してくるから、水と一緒に飲んだ。昨日の内にドラッグストアで買っていたのか。準備がいい。
「効果は一時的ですけど、少しは楽になりますよ。薬が届いたらまた起こしますね。氷嚢変えてきます」
 司は本当に甲斐甲斐しく世話をしてくれる。これが逆の立場で司が熱を出していたら、僕に同じことができただろうか。……無理だな。
 僕は熱で朦朧としながら、鴗鳥家で聞いた汐恩しおんと光の会話を思い出していた。

「光はお姫様みたいだけど、結婚するなら王子様じゃなくてスパダリじゃないとダメだよ」
「え〜そうなの?」
「うん。顔が良くてお金があるだけの男じゃ、幸せになれないよ」
「それは……そうかも?」
 その会話にエイヴァが混ざり、最終的に慎一郎くんはスパダリという惚気話になっていたはずだ。優しくて、頼り甲斐があって、よく話を聞いてくれて、家事も分担してくれる……まさにスーパーダーリンだ。そういう意味では、司も間違いなくスパダリの資質を備えていた。
 それに対して僕はといえば、ろくに話を聞かずにベッドに引っ張り込んだし、脅すようにして恋人関係に持ち込んだものの、いざという時には何もできなさそうだった。司に同棲を迫っても鍵を受け取ってもらえないわけだ。

  ◆ ◆ ◆

 夜鷹さんは解熱剤を飲んでからしばらくは眠れていたようだったので、自分の食事や片付けを済ませてしまう。
 薬が届いたので受け取りに行って、飲み物を持って寝室に戻ったら、夜鷹さんがものすごくうなされていた。
 眉を寄せて汗をびっしょりかいているし、とても辛そうだ。
「夜鷹さん、大丈夫ですか」
……つかさ」
 肩を揺すって起こすと、夜鷹さんはぼんやりと目を開けて掠れた吐息で俺を呼んだ。吐息だけで名前を呼ばれて、心臓が痛いくらいぎゅんぎゅんする。
「薬が届いたので、飲んでください。最近の薬は一回でよく効くんですよ」
「うん……
 夜鷹さんの身体を抱き起こして唇の合間に薬を押し込み、ペットボトルの飲み口を添えてあげる。少し仰向いて薬を飲み込んだのを確認して安心した。
 こんな時に不謹慎だとわかっているが、発熱して弱っている夜鷹さんはセクシーさがマシマシで非常に目の毒だ。
 隙のない格好良さを見せているいつもの夜鷹さんとのギャップが……
 いやダメだ、とにかく冷静になれ。まずはこのパジャマを脱がせて身体を拭いて新しいものを着せないと。
「汗かいてるみたいだから、着替えさせますね」
……ん」
「失礼しまーす……
 夜鷹さんの服を脱がせていくこの背徳感。何度やってもどきどきして死にそうだ。
 いつも恥ずかしくて直視できないでいたけれど、汗を拭く時には前も後ろも裸の肌を見つめることになる。早く元気になって、また滑るところを見せてほしい。
 新しいパジャマを着せてベッドに寝かせ、汗でしっとり濡れたパジャマとタオルを洗濯に出しに行こうとしていたら、服の裾をつんと引かれた。
「つかさ……、そばにいて」
……っっ!」
 あまりにもズギュンと胸に来て、呼吸困難で倒れるかと思った。
 インフルは初めてだと言っていたから、今までこんなに熱を出したことがなくて不安なのかもしれない。でも、弱っている時に傍にいさせてくれるってのは、とても信頼されてるってことじゃないだろうか。
 俺は少し寒そうにしている夜鷹さんの隣に横になって、彼の身体をやんわりと抱き寄せた。
「夜鷹さんが眠るまで……こうしてます。今日はずっと、この家にいますから」
 夜鷹さんはもぞっと緩慢な動きで熱い身体を擦り寄せてくる。
「うん……、ぼくはスパダリじゃないけど……きみが、すきだよ……
 いきなり『スパダリ』って何の話だ?と思ったけれど、昨夜から熱で朦朧としているからか、普段そんなに頻繁に言ってくるわけじゃないストレートな『好き』をたくさん放たれてノックアウトされそうだった。


(この先もうちょい続きますが、千鶴子さんの漫画の方を読んでないと繋がらなさそうなので、1/25の新刊で!
12月末から予約開始予定です)