それを見つけたのは偶然だった。アーモロート近郊の実験場にて暴走しているイデアを止めてほしい、という依頼にアゼムが飛び出して、盾役が欲しい、とエメトセルクを呼び出して。助けを求めた人はまさか十四人委員会の者が二人も来るとは思っておらず、解決したのちに萎縮して頭を下げていた。そんな相手にひらひらと手を振るアゼムのローブが破けており、柔い皮膚に切り傷がいくつか見られたので、現場の報告を部下達に任せた後、アゼムを連れて己の執務室に戻って。
「このぐらい放っておいても治るって」
苦笑しながらもアゼムは躊躇いなくボロボロのローブをぽいっと脱ぎ捨てた。中に丈夫なカミーズを着ているとは言え、こうも簡単に肌を晒すのはどうなのか、と思いつつも怪我をすることの多い彼女はそこまで気にしないのだろう。気安く親しい友人であるエメトセルクに対してならば、なおのこと。殆ど友人達専用になっているソファーに並んで腰掛け、エメトセルクは肌を差し出すアゼムを見やった。
息を吐きながら背中についた切り傷を一つ癒す。腕に付いたものも指で辿れば、むずむずする、とアゼムが少し肩を震わせた。触れる瑞々しい肌からどうにか意識を逸らしながらも治癒をして、ふと肘と肩の間の柔らかい部分に、いくつか歪な鈍い赤みを見つけた。
「おい、虫刺されか? 身に覚えは」
人を刺すような虫の中には有毒のものも含まれる。その場合正確な治癒が必要になるな、と腕を掴んだところで、え、とアゼムは小さく呟いた。
そして、顔を真っ赤に染めあげた。
「いっ、いや、それは、大丈夫! ありがとうっ!! もうへいき!!」
やけに明るく慌てた声に、腕を掴む手に力が籠る。は、と短く息を吐いて、ぐるりと思考が回った。
虫刺されの痕に似て、柔い肌に残る、頬を染めるような赤い印。今までそんなもの、付けてきたこと無いくせに。いや、エメトセルクが知らなかっただけなのか。それは、そうだ。エメトセルクはただの良き友人であって、それだけだ。アゼムにとって、それだけなのだ。
しかしエメトセルクにとってはそうではなかった。ずっと、ずっと。それだけではないのだ。
「……誰、に」
滲むような声にアゼムは目を丸くして頬を染める。そう言った印を残す行為とは、それだけではないものだと認識している。つまり、彼女に触れる人がいたのだ。
「本当に、なんでもないの」
「……いつのまに、恋人なんて作ったんだ」
「えっ」
逸らされていた視線がパッとエメトセルクを見た。少し潤んだ瞳と赤い頬がよく見える。ちが、と唇を震わせ、アゼムは首を振った。
「恋人なんていない! 私が全然アーモロートにいないのは君が一番知ってるでしょ」
ムッと睨む顔に、苛立ちと共に暗い感情が立ち込める。
「……存外、アゼム様とはこちら側も奔放と言うことか」
「何が、わっ」
無理矢理ソファーに引き倒し、肩を掴んで体重を乗せる。なに、と混乱するアゼムを見下ろし、指先で二の腕をそっと撫でた。エーテルを纏わせればいくつかの痕はすっかりと消える。かわりに消えたその場所に唇を寄せると、舌を這わせた。
「ひゃあ!?」
悲鳴を無視して唾液で濡れた肌に吸い付く。ちゅぷ、と音が鳴って唇を離せば、鮮やかに濃い色合いで痕が一つ。その横にさらに唇をずらして、また吸い付く。
「え、エメトセルク! ね、ねえっ! なにしてん、の!!」
エメトセルクの背中のローブを掴んで引き離そうとするが、体勢的優位さを持って抑え込む。並んだ赤に息を吐いて、そのまま首筋に顔を埋め、口を開いて思いっきり噛みついた。
「いっ……」
きっと、ここは見えてしまうことだろう。彼女が消すことを拒んだ、隠し込んでいた印とは違う。じわりとエーテルを滲ませながら吸い付けば、エメトセルクのエーテルがよくよく残った痕が出来上がる。
「エメトセルク、ほんとう、きみ、何してるの……っ!」
「……恋人でなくとも、誰でもその肌に触れていいのだろう」
「よくないけど!?」
「……何故?」
「なぜって、だめでしょ、こう言うのは、その、好きな人同士が……っ」
苛立ちのままに肩口に噛みついてやる。しっかり残った歯形の上から吸い付いてやれば、アゼムはびくりと体を震わせた。
「現に、恋人がいないのに痕を残していたお前が何を言うんだ」
「ちがう、ちがうんだって」
「誰が相手でも構わないのだろう、お前は」
「そんなことないっ」
そんなことないのだろう。分かっている。だからこそ、エメトセルクは選ばれなかった。分かっているのだ。それでも、感情はどうしようもない。
「なあ、何故だ」
息を吐いて、アゼムをしっかりと抱え込んで抱き締める。いっそ、このまま取り込んで一つになってしまえば、酷く痛む感情は消えてくれるのだろうか。
「何故、私はだめなんだ」
「ちがうの、ねえ、エメトセルク……」
「一番、お前のそばにいたのは私だろう」
堪えきれない感情に声が震える。全くもって酷く自分勝手だとはわかっている。それでと、どうしようもなく赦し難い。ずっと、ずっと、誰よりも。長く長く、想っていたのに。等しく触れられないからこそ、一番そばにいられることでどうにか心を満たしていたと言うのに。
「何故、誰よりもお前を想っている、私ではだめなんだ……」
誰かに奪われてしまったとしても。叶わないと理解してしまったとしても。それでも、赦せないほど愛しているのだ。
「何故だ、アゼム…………」
その柔い肌に、彼女の心に、エメトセルクの知らない表情に。自分以外の誰かが触れたことが、どうしようもなく赦せない。彼女にぶつけるべきではないと分かっていても、それでもどうしようもなかった。
「……あ、の、ハーデス……っ!」
胸の中から上がった声に、息を吐く。彼女からすれば、信頼していた友人にいきなり襲われたのだ。肌を見せ治癒を望めるほどの信頼を、たった今、エメトセルクは壊してしまった。きっともう、二度とそれは戻らない。
「君って、もしかして……っ! わ、私のこと好き……!?」
息を一度止めて、キツく目を閉じる。それからゆっくりと溜息をついた。それだけだ。それだけでも、彼女はエメトセルクの感情を正しく知ってしまう。
「うそ、だって、そんな様子」
「隠していた。お前がそう言ったことを望まないと持っていたからだ。しかし、蓋を開ければこれだ。……無理矢理にでも、奪ってしまえばよかったのか?」
少し腕を緩め、そのまま顔を下していく。カミーズの少し上、膨らんだ胸に唇を寄せて吸い付く。ここも、今でこそ綺麗な肌が残っているが、誰かが触れたのかと思うと心臓が厭な音を立てる。そのままもう一度痕を上書きした二の腕に噛み付けば、はーです、と泣いた声が響いた。
「本当に、君が思うようなことはなくて、まって……」
「あんな痕を残しておいてか?」
背中に手を回し、カミーズの留め具を外してしまう。ふるりと解放された膨らみにアゼムが悲鳴をあげて両手で己を抱え込む。それに苛立ちながら手首を掴んでどかしてしまえば、ハーデス、と悲鳴が響いた。
「は、初めてがこんなのはヤダ!!」
泣いた声に動きを止める。顔を真っ赤にしてどうにか逃げ出そうともがく姿を見下ろす。
……初めて?
「…………誰が」
「私がっ!! なに!? 悪い!?」
「…………私にとっては悪いことではない、が」
ひぇぇ、と悲鳴が上がった。ひとまず続けようとした動きを止めて、詰問に移る。
「なら、あの痕はなんだ」
あの肌に、触れたものがいるのだ。彼女が言う通りだとしても、それでも赦し難いことである。しかしアゼムはぎゅう、と目を閉じて真っ赤に頬を染め、震えながら呟いた。
「………………で、」
「なんだ」
「じぶんで、つけたの!」
震えながら叫ばれた声に思考が止まる。瞑った目尻から滲んだ涙が落ちるのがよく見えた。
「そう言うのがあるのは知ってたけど、付けかた初めて知って、どんな感じなのかなって……腕なら、口届くし柔らかいし……っ」
ひくり、と喉を鳴らす様子に、エメトセルクは呆然とする。
……彼女は、アゼムだ。好奇心のままに、自らそう言ったことを試してみる。実に、彼女がしそうなことである。
それに対して己のしでかしたことを自覚し、どうしようもできないまま見下ろすエメトセルクを、アゼムはゆっくりと瞼を持ち上げて見上げた。
「………………きみは、私にそう言うの、しないって思ってた、し……っ」
「…………………………は?」
口を開けてアゼムを見下ろす。涙を落としたまま羞恥に顔を真っ赤に染め上げて、アゼムはエメトセルクを睨んだ。
「だって、知らないよ君が私にそういうことしたいって思ってるとか! 私は、君以外としたいって思ったことないし、でも、そんなのきっと無理だろうから、だからじゃあ自分で、試してみるぐらい、いいでしょ!!」
また暴れ出した身体を咄嗟に押さえ込んで、そのまま抱き締める。今度はゆるゆると持ち上がった腕がエメトセルクの背中に回った。ゆっくりと息を吸い込めば、アゼムの匂いがする。他の誰でもない、混じり気のない彼女だけの匂いだ。
「…………すまなかった」
「……君じゃなきゃ、許してないんだから」
ぐずりと鼻を鳴らしながらアゼムがすりすりと顔を寄せる。それにじわりと滲む喜びを少しだけ噛み締め、ゆっくりと息を吐く。
「アゼム」
「なあに」
呼び掛ける声にきちんと応えがある。あ、と呟いて、アゼムがえっと、と呟いた。
「あっ、だ、だめだからね! こ、ここではしないから!」
思わず呻く。ここじゃなかったら良いのか、と問いただしたくなるがそれは堪えて、腕を緩めて肘をついて身体を起こしながら、アゼムの身体も起こしてやる。緩んだ胸元を抑える姿についもう一度鎖骨あたりに唇を寄せれば、こら、と甘く咎められたが、気にせず吸い上げる。
「……なあ、アゼム」
「ここではしないったらしないから」
「それはわかったが。……せっかく自分の肌で練習をして、その成果を試そうとは思わないのか?」
エメトセルクが胸元の紐を緩めながら尋ねると、アゼムは一瞬きょとりとしたあと、すぐに顔を真っ赤に染めた。えっ、あ、うう、と暫く唸り、それからゆっくりと顔をエメトセルクの首筋に寄せる。ぱくり、と唇が触れて、ちう、と可愛らしい音が響いて。
ついた、と小さく響いた声に、エメトセルクはどうしようもなく満たされる感情のまま、アゼムの唇に己のそれを重ねた。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.