最果て(棚樫オーハ)
2025-12-08 16:22:05
3602文字
Public 類司何でもない話
 

【類司】隣に眠る君

かつて支部に載せていた🎈🌟
隣で眠るだけの話

 布団の海に泳ぐ、ゆるい顔をした魚。はだけた布団から覗くのはそんな可愛らしい光景。けれども、そこから視線を枕へ移すともっと可愛らしい顔が見えるのだから目に毒だ。
 腕を投げ出して、無邪気にも口を開けて眠る司くん。僕が隣に眠るのなんてまるでお構い無しだ。きっと彼は、僕が不埒な目で見ているなんて想像もしていないんだろう。
 先程まではショーの鑑賞会で大いに盛り上がっていた。往年の名劇団『浜松ファモス』の劇団解散公演DVD。あまりにも感動した司くんが、クライマックスで瞳を潤ませていたのが印象的だ。もちろん内容は素晴らしいし勉強にもなるのだけど、僕は一度見たことがあったから、今日はつい、映像よりも彼の反応を見てしまった。

 そもそも誰かが泊まりに来るなんて、僕だって両親だって想像していなかった。泊まりに……どころか、最初は家に友人を連れてくる事すらも驚くべき事態だったのだから。最も今現在、僕から彼への感情を加味すると『友人』と言っていいのか、些か怪しいけれどね。

 こっそりと、布団から出ている愛おしい頭に手を乗せてみた。冷えた僕の手に反してその存在は温かい。規則的な寝息を立てて、優しく微笑むような顔をしている。愛おしいと言うのはこういう気持なのだろう。

「ねえ、司くん」
……すう……
「キスをしてもいいかな」
…………すー……
 返事がないのは当然だけれども、ほんの少しだけ残念に思ってしまう。本当は寝たふりをしていて、彼もキスを待っていて──なんてロマンチックな夢を見るべきではない。万が一本当に寝たふりをしていて、僕の言葉を聞いていたとしても、答えないのは戸惑ったからに違いないのだから。

 それでも心のどこかで期待をしてしまうのは司くんのせいだ。それは責任を押し付けて安堵するだけの思考なのだけれど、同時に疑問を残すような行動をしたのは彼なのだ。
 予備の布団を出すと言ったのに、雑魚寝でいいからと断ったのは何故なのだろう。それで居ながら僕の布団に一緒に寝る提案を受けたのはどうして。無邪気に、無防備に眠り出したのは信頼しているからなのか、それとも誘っているからなのか。
 考えてもどうにもならない事で、頭の中が埋まっていく。

 眠れないな……
 布団に入ってもう数十分。こんな時、普段なら眠るのを諦めてガレージで作業をするのだけど、今はそれも出来ない。隣にいる存在のせいで眠れないと言うのに、その存在から離れるのが惜しい。視界に入ると脈拍が早まり、脳を痺れさせていくその顔を、ずっと眺めていたいと言う途方もない欲が湧いて出てくるのだから。
 こうなったら眠くなるまで眺めていれば良いのかも知れない。僕は布団に潜り直して横を向いた。
 先程と同じように、手を投げ出して口を開けて眠る姿。布団の中をもぞもぞと進んで、彼の腹部に手を乗せてみた。温かい、それに何だかとても可愛い。もう少し手を進め、腰を弱く抱く……ここまで来るとイケないことをしている気分になる。身を寄せているせいで、高校生にしては愛らしすぎる頬が至近距離に迫っていた。これは……もちもちだねえ……。そんな事を考えて一人でにたにたと笑ってしまう。これは夜中のテンションだからかな。実際にやる事はないものの、この頬に吸い付いて唇で食んでみたら気持ちいいだろうな……なんて考えて、笑い声が溢れてしまった。危ない、起こしてしまってはいないだろうか。
「──……すっ……う」
 良かった。変わらず眠っているらしい。
 安堵と同時に、好奇心がうずうずと顔を出す。ドクンドクンと打つ鼓動、じりじりと頬に近づく手。最早これはチキンレースだ。
 君が起きないと、このまま君が眠り続けてしまうと、僕はキスをしてしまう。良いのかい? ──心で語り掛けたって伝わる訳がないのに、わざと黙って迫る僕は最低だ。

 鼻先を明るい色の髪へ。良い香りがする……うちで風呂に入ったのだから僕と同じ香りのはずなのに、司くんからは『司くん』の匂いがする。僕よりもずっと、ほっとするような良い香りだ。
 やはりこれは毒だ、視覚にも、嗅覚にも、聴覚にも、触覚にも。これ以上眺めていると、本当に過ちを犯してしまう。とは言え、例え僕がキスをして、それに彼が気づいてしまったとしても、彼はきっと許してくれる。驚くとは思うけれど、僕が誤魔化せばそれに乗ってくれるし、本気で怒って関係が決裂する事はないのだろう。
 だからこそ、怖い。
 一度唇を重ねてしまったら、僕は何度も求めるだろう。その度に誤魔化されてくれて、彼は何度もキスをされるんだ、僕に。

「んん……
……! 」
 ああ、寝返りを打とうとしただけらしい。心臓に悪い。せめて早く寝なくては……早く……──。



「類! 」
「どうしたんだい、司くん」
 司くんは両腕をいっぱいに広げて、僕の腕ごと包むように抱きついてきた。これは夢だ、ハッキリと認識できる。明晰夢と言うやつなのだろう。だったら自由に、したい事をすればいい。
「そんな抱きしめ方じゃあ、僕から抱きしめられないよ」
「ん? そうかそうか、類もオレを抱きしめたかったのか」
 僕の腕への締め付けが弱くなったため、そこから腕を引き抜いて、目の前の愛おしい存在を包んだ。ああ、温かい……可愛いね。
「フッフッフ、どうだ、未来のスターの抱き心地は」
「うん、これは良いね……
 瞼を閉じて感覚を享受する。ふわりとした髪、きちんと筋肉の付いた健康的な肩や背中、ほのかに甘さを感じる匂い……そのどれもが僕に染み込んで行く、そんな気がした。
「うーむ……類は細いな。それなのにあれだけのスタミナがあるのは何故なのだろう」
「スタミナは君の方があるだろう。壁登りまで出来る肉体にしては細いと思うよ」
「ハッハッハ、それはスターたるもの、美しい筋肉の付き方になるよう日々鍛錬を行っているからな! 」
「うん……そうだね」
 夢の中なのに、寸分違わぬ君。それはそうだ、僕の脳内から発出される司くんなのだから、僕のイメージと違わぬのは当たり前だ。こんな風に、抱きしめ合いながら話しているのに、普段とあまりにも変わらなさすぎるのが良い事なのか悪い事なのかは難しいところだけれど。
 だって、本当に彼を抱きしめようと思ったら、こんなに平然としていないだろう。戸惑うか、もしかしたら怒り出すかも知れない。そうか、僕は怖いんだ。抱きしめた事よって、或いはキスした事によって、君が君ではなくなってしまうのが……──。



 瞼を開けると、変わらず司くんの腕が僕の背に回っていた。夢……じゃない、先程と違って横たわっているのだから。それに窓の外が白んできている。あのまま眠ってしまったのだと気付いたけれど、問題はそこじゃない。
「ん……
 ごそごそと僕の胸に頭を埋める。何をしているんだい、寝ぼけているのかな……
「類……? 」
 半分しか開かない目を僕に向けて、いつもより小さなデシベルで名前を呼ぶ。寝起きは数度見た事があるけれど、こんなに甘えたような起き方をするのは初めて見た。
……おはよう、司くん」
「ああ、朝か。狭かっただろう、すま……ん、んん?? 」
 目が見開いて、いつもより更に丸くなった。状況を認識したのだろう、僕の背に回る自分の腕をキョロキョロと見て、それから上目遣いでこちらを望んだ。
…………おお!? す、すまん、抱き枕か何かだと勘違いしたようで、類を締め付けてしまった」
 僕は咄嗟に、彼の身体を抱き締めた。もちろん彼は急いで腕を離そうとするけれど、そうはさせない、させたくない。そんな事をしてどうなると聞かれても答えようが無いのに、どうしても離れたく無かったんだ。
「る、類……? 」
「ふふ、僕を抱き枕にした罰だよ。少しの間僕の抱き枕になってもらおうかな」
「ええい、暑いだろう」
「先に抱き着いてきたのは君じゃないか」

 じたじたとしていたはずの腕の中が、急に静かになった。おや? ……不思議に思って覗き見ると、司くんの真っ赤な顔と恨めしそうな目、それに加えてどこか嬉しそうに結ぶ口が見えた。

……そうだな、オレが先にやったのだから、お前の気が済むまで抱き枕になってやろう……

 ……ああマズい。僕はきっと今、自分でも見たことの無いような、緩んだ顔をしている。見られないように強めに抱きしめて、彼の頭を僕の胸に沈めさせた。
「うん。何か心地いいからもう少し……
「ぐぬ……トイレに行きたくなったらさすがに離せよ」
「それは保証しかねるね」
「何でだっ」

 あれ、僕ら、抱きしめ合っていても普段通りの会話ができてしまうのか。そんな呑気なことを考えながら、今一度、愛おしい身体を抱き直した。