kuraba
2018-05-26 22:48:22
3443文字
Public
 

合同創作 Blood And Sand(ピエルルイジ)

独白調、若干のピエジジ



人間というのは、他人と関わる中でどうしてもその相手に関する質問をしたがる生き物らしい。

例えば部下でも初対面でも、誰彼問わず「ピエルさんは西の国の人ですか?」「それか祖先の人がそっちの方とか?」などと尋ねてくるものだ。まぁ、決まって「私は国のモンじゃない。ピエルルイジ・ザヴァッティーニ。それ以上でもそれ以下でもないな」と返すのだが、そうするようになったのはいつからだったか。他人からすると情熱的な男に見えるそうで、それこそ安直ではないか? と笑いが溢れてしまう。
現状これは全くの無意味、無価値な記憶であるから考えるのは止しにしよう。第一にどこ出身だとか、何が好きかだとか、訊きたがる訳が私には理解不能だった。近頃は幾らか理解の兆しを見せてきたものの、きっとこの身が土に還る迄付き纏うテーマになるのだろう。


物心ついてからだいぶ──5年ほど経った頃に分かったことだが、私の母親は所謂『娼婦』だ。我が組織・TKでも管理若しくは監視対象の店が幾らかある。
因みに私は第三者から『女好き』のレッテルを貼られている。この期に及んで否定しようとは思わない、実際否定できる自身を持ち合わせてなどいないのでね。それにこの社会においては忌避する職業でもなし、それが彼女たちの稼ぎ方、生き方なのだから盛大に称賛する義務が私にはある。

話を線路に置き直すが、勿論、父親の顔なぞ知らない。子種をブチ撒くだけブチ撒いた男に過ぎない。父親の腕ではなく母親の子宮こそ揺り籠だ。
若しかしたら知らぬ間に作った表情、はたまた母親が見せない癖や言動をしていたのならそれが父親の血なのかもしれない。彷彿させるものだったかどうかは訊かないと不明瞭ではあるが、彼女のことだ、きっと「うーん……わかんないやぁ!」と誰が見ても頭が可哀想だと思う顔をして、気の抜けた声を出すのだろう。こちらが脱力してしまう、そんな話し方をするのだ。


今となっては彼女がどこに住んでいるのか、あれから何人の男にその股座を広げたのか、何を食べ、何を飲み下したのか、化粧はどこの会社のものを使っているのか、ある程度は家事が上手くできるようになったのか……と思う所も沢山ある。それこそ隣人に無邪気な嫌味を口走っていないだろうか、或いは……もう既に天国の住人になっているのではないか、と。死人に口無しとはよく言ったもので、それこそ無用な心配ではあるのだが血というのはやはり色濃いようだ。
それでも波のような霧に覆われるがよろしく、少しずつ家を去る形になったのは流石に申し訳なく、あれこそ私の最大の “不運” だったのではないだろうか。入ってみたが最後、このごみ溜めは蟻地獄だと諦めざるを得なかった。


幼い頃の記憶を引きずり出してみるならば、あの人はそれなりに自由に、それなりに自分の手足を使って、ある種真っ当に踠きながら生きていた人だったのかもしれない。有り難くもその気質は確実に私に受け継がれたらしく、多少の事ではへこたれず、無理なハードルは飛び越えず潜ってしまえ、或いはその高さを人知れず変えてしまえ、という生き方が完成された訳だ。

ところで私の母親は『母』と呼ばれる事を甚く好まなかったようで、名前で呼びかけなければ振り向く事はなかった。変わり者なのだろう、きっと。それか娼婦であったが故に本人にしか分からない都合があったのかもしれない。
そうだな確か、名前は──







「カルメン」

蝶番の高く軋んだ音は子供の耳にはよく響く。少し鉄臭いドアノブを捻り母親の名前を呼ぶと、キッチンの方からガチャガチャと音を立て彼女は賑やかな声を上げる。
「あーおかえりぃピエル、暗いからさぁ心配してた! ごはんもうできるよ」
そう言ってゆるゆると顔を緩める。カルメン・ザヴァッティーニ、私の母親。

カルメンはクルチザンヌとは真逆の生き物だ。我が母ながら残念な程に学がなく、学ぶ気持ちが微塵もない。おまけに根っこがその機能を放棄し、日によって手に入れる陽光も水もバラつきがある、アンバランス極まりないままに伸びてゆくか細い蔓植物のような生き方をしている人間。支柱なんて一生……一生刺さることはないのだ、この女が踏みしめる土塊には。
それでも生まれてからずっと、この人に生かされていた事実がある。10代半ばには頼らずとも、下手をしたらカルメンよりも日当を得ていた、というのは小声で伝えておこう。


「で、今日1日は何してた? ぜーんぶ聞かせて、ピエル」
食後、2人で片付けをしテーブルに戻ってから、カルメンは決まって口を開く。
「んー、家から出られない爺さん婆さんに頼まれたお使い6件だろ、赤ん坊の子守と、帰りついでに夕刊の配達してきた」
上着のポケットに詰め込んだ駄賃をテーブルに広げ、指で分けながら伝える。なぜ毎回訊くのだろう? と、可愛げもない事を考えながら。
「へぇ……私なんかよりずっとマトモな稼ぎ方してるじゃん! ……すごいすごい、えらいぞぉピエルぅ」
そうか弱く言っては椅子から立ち上がり、こちらに回ってきては年の割に幼い私の体躯を抱き締める。抱かれても然細腕だったからか程苦しかった記憶はない。粗末で悪質な暮らしながら、それなりに愛情は貰っていたのでは? と考えるくらいには優しい抱擁だったと思い返せる。
「これはピエルのお小遣いだね。ジェラート買うでもよし! ガムを買うでもよし! ……それかぁ、いつか使う時のために大事にしときなよ」
──私みたいにその日暮らしになっちゃうの、嫌でしょ? だいじょぶ、盗るなんて卑怯なことしない。とっておきな、大切に。
頼りなさげに眉を下げてそう言われては、「うん」と頷く他出来っこないのは当然の事だろう。


そのようなルーチンで日々を送っていたからこそ思い出す。彼女の時折見せる弱いところ、自己肯定そのものを避け続けた上での謙遜、否、カルメン自身から自身への軽蔑だろうか。
「私なんか──」
そんな事を言う輩には、時に強めに背中を叩いてやらねばならなかったのかもしれない。そう学んだのは大人になってからだ。
幼い頃の私はその言葉への返答を見つけられなかった。もしも再び、時間を気にせず会えるのなら尋ねてみたい事はいくらでも思い浮かぶ。インタビュアーには毛程もなりたくないのに、可笑しいものだな。





「──そんな訳で、頭ユルめの女性は取り分け守れる男になろうと思ったんだよ。何しでかすか分からないし、口の上手い輩にすぐお持ち帰りされかけるし」
「お前……自衛の為、思い出を語る為にわざわざ叩き起こしたのか? こんな夜更けに、思い立って急ぎ足で戻ったから、と土産もなく? 俺はもう、眠い」
目の前の男、ジローラモことジジの眉間に皺が深く深く刻まれていく。……柔い髪を揺らしながらそんな怖い顔をするな。折角、このピエルルイジが君の肩に頭を預けているというのに。最近は女の子の肩すら抱いていないぞ、どこかに在わす神々とチャロアイトに誓って。
「以前君のお母様の話を訊かせて貰ったから、今度はこちらがと思ってね。……はぁ、お眠が過ぎたかジジ? それとも飽きてしまったのかね?」
「ハァ? 違、まぁ、良いとして……別に、時間を取れる明日の昼間でも良いだろう」

そんな欠伸を噛み殺すのを間近で見せられて分からない奴もいるまい。長針は23時前を指し示している。君は朝が早いからこんな時間に眠りを妨げられるのは苦痛だろう、すまない。悪気はあるんだ、多少。
……おいピエル、他人の話を聞く気がな、い、……どうした?」
……オペラ座の広告がたまたま目に入って、母親の冥福を遅かれ早かれ祈っておこうと思い立ってね。ははっ、ありがとう気が済んだ。明日の計画を寝言で唱えながら眠ろう、ジジ」

暫しの沈黙。隣に座った男から、「そういう話題はせめて深刻そうに言え、馬鹿」と返ってきたのは、吐き出した乾いた笑いが静かに消えた後の事だ。肩口から頭にかけてに腕が回されるのを、皮膚が、髪が、神経が感じ取る。
たった今、私が得ている抱擁は記憶の彼方にあるそれとは甚だ遠く、僅かに痛みさえも感じるものだ。それでも親愛を備えた他者の腕に抱かれる心地良さは相変わらず、「暫くこうされていたいのだが、良いかね」と我儘な子供になりたくもなるのだから、ひどく安心せざるを得ないのだなぁと痛感する。









©️KURABA All Rights Reserved.
No reproduction or AI training without permission.