望月 鏡翠
2025-12-08 00:35:17
1048文字
Public 日課
 

#1933 ミノーフィッシュの男たち11

#毎日最低800文字のSSを書く/我らが王の身罷りて 二次創作


 寝不足の頭で答えるような質問でもなかった。
「お前、バンデイアの生まれか」
「そうっスね」
 信仰する神の違いをこの男に如何に説明するべきだろう。
 レシーはこの地にさまざまなものを持ち込み、信仰もその中に含まれているが、冠婚葬祭が浸透しているわけではない。婚姻についての考え方が違うのだ。
 神の前で交わした約束である結婚は神聖なもので、そこから生まれた子供だけが神聖なものだ。
 私生児は罪深い。
 平民であれば、そもそも家名を名乗ることもないのだが、名の知れた商人や貴族の場合はそうもいかない。婚姻なく生まれた子が唯一名乗ることができる苗字がミノーフィッシュなのだ。血筋から貴族の家に迎え入れられても、私生児であることに変わりはない。
 故にトルガはリュネストに迎え入れられても、ミノーフィッシュのままだ。それが当たり前で、なぜなのかなどは考えたこともなかった。
「神に許されていない」
「神? トルガ様、意外と新人深いんですね」
 エリセオの反応は居心地が悪かった。理解から遠いところにいると、感覚で分かったからだ。
「俺、リュネストになりたいんです」
「お前、両親の顔はわかるか?」
「う〜ん、母親だけですね。父親は知りません。トルガ様と同じですよ」
 私生児。であれば、どれほど足掻いてもミノーフィッシュのままだ。売り物にもならない小魚。その土地で最もありふれたもの。小魚であり雑魚の通称ともなる。
 レシーはそれを釣り針の先にぶら下げて、バンデイアを釣るつもりなのだ。
 体に食い込む釣り針の深さが、トルガにはよく分かっている。
 エリセオの望みは、無知故の素朴な夢だった。
 その目に映るトルガは、さぞかし自由に見えることだろう。今夜のことも、謀ではなく女遊びと捕らえている。彼のように狙った通りに人を見てくれる人間は、ある意味では都合が良くて心地が良い。
 だが、その夢を叶える方法は、今のところ一つしかない。
「俺が玉座を取ったら、叶えてやる」
「本当ですか?」
 国の体制を変え、慣習を変え、新しい文化を受け入れさせるなら、王になるしかない。バンデイアの玉座を取り、そのあとレシーを取った時だけ、それは実現できる。
「絶対にお願いします! 俺なんでもしますから!」
「ああ」
 大海を知らぬミノーフィッシュはそこに至るまでに、幾度奇跡が必要なのか知りはしないだろう。
 農家でも漁師でもない人間が起床する人間には早すぎる時刻に、馬車はようやく最初の宿に戻ってきた。