匣舟
2025-12-07 22:59:48
4520文字
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末永く幸せであれ

ネタで思い浮かんだショートショートになりきれなかった文乱♀︎
乱と結婚していることを言っていない文と同期(六年)の話です。

 華の金曜日である夜の繁華街で肩を担がれながら歩いているのは、今日で怒涛の残業ラッシュを抜け出して上機嫌になって酒を飲みすぎて酔いが回っている潮江文次郎である。
 すでに視界も朧気で、足元もおぼつかなく呂律も回っていないことから、いつもなら出会った瞬間から喧嘩をするほど犬猿の仲である留三郎に肩を担がれていることに気づいていないほど今日の文次郎は酔いが回っているらしい。
 その二人の両隣は彼らの同期である仙蔵、小平太、長次、伊作の四人がその二人を取り囲むようにして歩いている。
「んで、文次のイマジナリー奥さんと連絡はついたのか?」
 文次郎の肩を担いでいる留三郎が他の四人に問いかけると文次郎のスマホを持っていた仙蔵がああ。と肯定した。
さっき連絡がついた。駅まで来てくれるそうだ。」
「お!じゃあ、やっと文次郎のイマジナリー奥さん論争に決着がつくな!」
というか、聞きたいんだがそもそもなんでそんな話になったんだよ?」
 話の中心人物である文次郎の左手の薬指に確かに指輪が嵌められていることを確認した留三郎は呆れ顔をしながら同期たちを見た。
そんな留三郎の顔を見て口を開いたのは、そのイマジナリー奥さんと連絡を取っている仙蔵だった。
「なぜ、そういう話になったのかと言うとだな。最近、ふと気づいたら文次郎が左手の薬指に指輪を嵌めて出社してきていて、それを疑問に思った私たちがそれはなんだ?と問い詰めたら、結婚したんだよ。とだけ言ってきたんだがアイツが結婚しただなんて怪しいと思ってな。」
……もそ。」
「そうなのか!?仙ちゃん、長次!そうやって文次郎が言ってたか?」
ああ。」
「さっき酔っていろんなことを吐いていたぞ。」
「例えば?」
「家に帰ったら明かりがついてて、温かいご飯があって、とか色々言ってたな。」
「へー。文次郎も隅におけないなぁ~。」
「なんだ、伊作。羨ましいのか?」
え、そんなんじゃないよ、留三郎。まあでも羨ましい気もするけど、それがイマジナリーだったらちょっと激務過ぎて頭がおかしくなったのかな。って。」
まあな、それは否定できない。」
「うん」
「お、お前ら……!!」
 言われっぱなしの文次郎のことを守っているのはもはや犬猿の仲と言われている留三郎だけで、長次はあくまで静観しているため何も言わないし、仙蔵は酒に酔っているのか普段より口数が多いし、そして普段からテンションが高い小平太は相変わらずだし、いつもあまり人の悪い所を言わない伊作でさえ、もう擁護するのはやめたようである。
「ところで、文次郎の奥さんってどんな人なんだろう?やっぱり、美人さんだったりするのかな〜?」
 文次郎以外の五人が一番気になっている疑問が伊作の口から出ると、仙蔵が文次郎のスマホ画面を弄りながら、眼鏡をかけているそうだぞ。と呟いた。それを聞いているか聞いていないか分からない小平太が高らかに笑いながら口を開く。
「俺は背が高い女の人だと思う!」
小平太、お前の好みを聞いてるんじゃないよ。今話してるのは文次郎が好きなタイプだろ?」
「ん?そうか?」
ふふ、そうだよ。」
 そんなやり取りをしている間に、仙蔵はスマホをスクロールさせながらもうすぐ駅だな……。と呟く。それに反応した伊作がどこに居るんだろう?と周りをキョロキョロとしていると、仙蔵の持っているスマホが震えた。
 ピコン!という音と共に来た通知に文次郎以外の五人は注目は仙蔵が持っているスマホに集中し、画面を見つめている伊作がポツリと小さな声で言った。
「着きました……。だって。」
駅の真ん中にある時計の下に居ます、か。」
……もそ。」
そうだな!長次っ!眼鏡もかけてるしあの女性っぽいな!行ってみるかっ!」
「あ〜っ!ダメ小平太!大声もダメだし走ったりしてもダメだよっ!長次!」
もそ。」
 小平太の肩を掴んでなんとか大声もそこまで走っていくことも阻止することができ、安堵する四人は小平太が走っていこうとした方向にいる女性のことを見た。時計の下にいる女性は、腰まである長い髪の毛をポニーテールでまとめていて色白で眼鏡を掛けており、誰かを探しているかのように辺りを見渡していた。
 その女性に対して仙蔵が手を振ると、それに気づいたのか早々とこちらに駆け寄ってきて、開口一番にオロオロしながら謝罪の言葉を口にした。
「す、すみませんっ!うちの夫がご迷惑をおかけして!」
いえ、いつも助けて貰っておりますので。貴女が蘭さんでよろしいですか?」
「は、はいっ。申し遅れました。私、潮江の妻の蘭と申します。初めまして。」
 ぺこり。と六人を前にして深々とお辞儀をして仙蔵を見ている蘭に、五人はイマジナリーじゃなくて本当に実在するんかい。という同じ心境を心の中で発していた。
 そんな五人を他所に、留三郎に肩を担がれていた文次郎は、微睡んでいた目をうっすらと開けて毎日聞いている愛しい声が声が聞こえてくる方向へ顔を向ける。すると、文次郎の視界には自分が愛おしくて仕方がない、とてもよく知っている人物の姿が目に入った。
「ら、ん……?」
「はい。」
……な、んで……?ここに、いるんだ……?」
「ふふ、それは酔ってる文次郎さんを迎えに来てくれ。ってメッセージが来たからですよ。」
 蘭がそう言った瞬間、辺りを見渡した文次郎は一気に酔いが覚めたようで、目の前にいる自分の同期達の顔を順番に見て、自分がやらかしたことに気づいたのか最悪だ。と自分の顔を手で覆った。そんな文次郎の肩を留三郎がポンッと叩いて口を開く。
「なんだよ、文次郎。ちゃんと奥さんいるんじゃねーか。」
最初からそう言ってるんだが?」
「まさか、こんな可愛らしい女性が文次郎の奥さんだとはな。」
ふん。俺の自慢の妻だ。」
「わははっ!文次郎の奥さんはすごくかわいらしいなあ!な、長次!」
……もそ。」
あげねえぞ。」
「奪わんから安心しろ、ばかもの。」
お前、奥さんのことはちゃんと大切にしてやれよ?」
お前に言われなくてもそのつもりだ、このバカタレ!」
「あ〜もう、すぐ喧嘩しちゃダメだってばあ!」
もそ。」
 欠かさず喧嘩腰になる犬猿のふたりに伊作と長次が仲裁をしようと二人の間にはいると、文次郎の後ろに隠されていた蘭がふふ。と笑い声を漏らした。
 突然の蘭の笑い声にみんなが不思議そうな顔をして蘭を見ていると、頬を赤らめながら照れ臭そうにしている蘭は自分に注目が集まったことで慌てた様子を見せた。
「わ、笑っちゃってすみません!文次郎さんが楽しそうだったので、つい!」
 蘭がそう言うと、五人は文次郎の方を見て、ああ、なるほど。と納得したような表情をしてニヤニヤと文次郎のことを見ていると文次郎はバツが悪そうな顔をしてプイッ。とそっぽを向いた。五人は、そんな文次郎の態度が面白くて五人ともが笑いを堪えていると、先程まで文次郎と言い合いになっていた留三郎が蘭を見て口を開く。
「蘭さん、文次郎のことお願いしていいか?」
「はい。うちの夫がご迷惑をお掛けしました!いつも酔った状態で帰ってくることってほとんどないのでびっくりしましたが、ここまで送ってくださって本当にありがとうございます!」
「いつも文次郎には世話になっているし、酔ったまま帰せなかっただけだから気にしないでくれ。」
私たちも文次郎を送っていくの楽しかったからな!気にすることはないぞ!蘭さんっ!」
もそ。」
「そうそう、僕達だってここまで文次郎を酔わせてしまった責任もあるからね。あまり気にしないでね。蘭さん。」
ありがとうございます、みなさん。」
 蘭はその場にいる全員に丁寧に頭を下げ、再度感謝の気持ちを伝えると、先程までそっぽを向いていた文次郎が、蘭の腕を引っ張った。
「おら、帰るぞ。蘭。」
「え、うわっ……!」
「じゃあな、お前ら。また月曜日から会社で。」
「ああ、二人共、気をつけて帰れよ。」
「また月曜日会社で会おうなっ!文次郎っ!」
「はいはい、またな。小平太。」
「またね〜!」
「もそ。」
「蘭さん、泣かせるんじゃねえぞ、バカ文次!」
「うるせえよ、バカ留!」
 結局ここまで送ってくれたのだから改札までは送っていきましょう?という蘭の言葉に負けた文次郎は、こちらをニヤニヤと見ながら歩いている同期たちを送るために改札口までの道のりを歩く。駅の改札口へ向かう最後の最後まで犬猿のふたりは言い合っていたが、蘭もそれに慣れたのか二人のことを微笑ましく見ており、それを見た犬猿の二人が気まずくなって争いをやめ、他の四人が腹がちぎれるほど笑っているのを蘭は不思議そうに首を傾げていた。
 五人が改札口を通ってこちらに手を振りながら歩いていき、やがて改札口から見えなくなると文次郎は蘭の手を繋いで歩き始めた。急に文次郎に手を繋がれて驚いた蘭だが、珍しく文次郎に手を繋がれていることが嬉しくてニコニコと笑いながら文次郎の手を握り返した。
「ねえ、文次郎さん。」
「なんだ、蘭。」
「いい同期の方々に恵まれましたね。」
……そうだな。」
 頭をガシガシと掻きながら照れた動作をする文次郎を見てニコニコと笑う蘭の目線に気づいたのか、照れ隠しで見せもんじゃねぇぞ。と言って蘭のおでこにデコピンをして睨む文次郎の顔を見た蘭はクスクスと笑った。
 そんな蘭の態度に、やれやれと言わんばかりにため息をつく文次郎だったが、蘭の手を離すことをせずに二人の住む家に着くまでずっと手は握ったままだったという。