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みすみ
2025-12-07 22:55:58
6205文字
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来年まで待てない×来年まで待たない
シャアム生誕 現代AU社会人両片想いシャアム
「あなたって、ひとをだめにするってよく言われない?」
わずかに身体を動かしただけで肩と肩が触れ合い、心臓が跳ねた。アムロの家のソファーはシャアの家のソファーよりも小さいため、並んで座ると距離が近くていい。シャアの家のソファーではこうはいかない。こんなに自然に距離を縮めることが叶うなんて。
酔っ払った頭でぼんやりとそんなことを考えていたシャアはソファーに並んで座っていたアムロにじっと顔を見つめられたまま問いかけられ、一拍置いて問いかけられた言葉を繰り返した。
「ひとをだめに
……
?」
シャアの困惑した声にアムロは「うん、そう」とうなずく。ひと口だけ残っていたワインを飲み干したアムロは持っていたワイングラスをテーブルにそっと置くと、右の手のひらをシャアに向けた。シャアはその勢いに少し仰け反る。
熱のこもった視線が交差した。アムロは「優しいし」と親指を曲げ、「きれいだし」と人差し指を曲げ、「おもしろいし」と中指を曲げ、「俺のことがすごく好きって目で見てくる」と薬指を曲げた。
喜びと戸惑いで思わず笑みがこぼれる。「なるほど?」と首をかしげたシャアは、残ったアムロの小指に自身の小指をそっと絡めた。アムロは口を尖らせる。しかし振り解かれることはなく、シャアはひそかにほっとした。不満そうな表情もかわいい。
「だから俺は時々あなたが俺のことが好きかもしれないって勘違いしそうになる。気をつけたほうがいい」
勘違いなんかじゃない、むしろ君には勘違いしてほしい、と伝えることができたらどれだけよかっただろう。いまだってシャアはアムロを抱き寄せて、負けじと逸らさない目のふちに、ほのかに赤くなった頬に、眉間に寄ったしわに、順番にキスをしたいのを必死に我慢しているのだ。
シャアの誕生日を祝おうと提案したのはアムロだった。仕事終わりに最近気になっていたレストランで直接待ち合わせたアムロは、顔を合わせた時から珍しくそわそわと落ち着きがなかった。夏の終わりが近づいていた。
久しぶりに会ったアムロの子どものようにわくわくした表情をよく覚えている。
「ねえ、あなたの誕生日ってもうすぐなんだって?」
一体どんな話の流れだったのかその場にいなかったシャアには知る術がないが、先日シャアの誕生日をシャアの妹であるアルテイシアから聞いたのだと報告された。
アムロとアルテイシアは以前同じ会社で働いていたらしく、アルテイシアにはとてもお世話になったのだと聞いている。「まさかセイラさんがあなたの妹だったなんて
……
」と目を丸くしたアムロは「でもまあ確かに似てるかもなぁ。世話焼きなところとか」とシャアの返事を待たずになにやらひとりで納得していた。
ふたりの付き合いはシャアとアムロの付き合いよりも長い。お互いに転職したいまも連絡をとり合う仲のようで、血の繋がった兄妹よりも元同僚のアムロとアルテイシアのほうが近状を把握し合っているのだから不思議なものだ。
ふたりのあまりの親密さに、シャアは一時期アムロとアルテイシアは交際しているのではないかと疑っていたが、アムロはきっぱりとそれを否定した。「セイラさんは俺のことを心配してくれているんだ。あなたがいちばんよくわかってるだろ、優しいひとだって」と。困ったお兄さん、と言わんばかりにため息を吐くアムロの表情は、シャアにアルテイシアの姿を思い出させた。
「しかしな
……
君の気持ちはうれしいが、わざわざ誕生日を祝ってもらう年でもない」
「年は関係ないよ。あなたが生まれ日を俺が祝いたいんだ」
憎からず思う人間にそうお願いされては断ることができるはずもない。いつにするか、どこがいいか、なにが食べたいかなにが飲みたいかと話している途中で、「実はさ」とアムロはシャアから不自然に視線を逸らした。
「実はさ、俺も十一月生まれなんだ。お揃いだな」
「それを早く言え!」
声を荒らげ「十一月の何日なんだ?」と前のめりになったシャアにアムロは「びっくりした
……
。シャア、急に怒鳴るなよ」としばらくむっとしていたが、「アムロ、君の誕生日もいっしょに祝おう」というシャアのひと言にきょとんとして、すぐにはにかむように笑ったのだった。
それから今日を迎えるまで、アムロと顔を合わせるたびに誕生日を祝う日が楽しみだとシャアは伝えた。浮かれていた自覚はある。誕生日を祝ってもらうことも祝うこともこれほど楽しみに感じたのは子どもの頃以来だ。
過去にはもちろん異性に好意を寄せられ付き合うこともあった。恋人に誕生日を祝われたことも祝ったこともある。にもかかわらず、シャアの経験はアムロを前にするとほとんど役に立たない。
今回はお互いに誕生日プレゼントは用意しない約束だった。アムロの家でテイクアウトした食事とワインと苺のショートケーキをふたつだけ。食事を終え、ケーキも先ほど食べ終えてしまった。何本か用意したワインもあと少しでボトルがすべて空になる。ふたりきりの小さなパーティーの終わりは近い。
「あなたともっと早く出会いたかったな」
「なぜ?」
アムロの潤んだ瞳はきらきらと輝いていた。シャアは無防備にゆっくり瞬きをするアムロから目を離すことができない。
「もっと早く出会えていたら、俺はあなたの誕生日を一回でも多く祝えた」
「
……
君こそ」
シャアは慎重に口を開けた。
「君こそそんなことばかり言って、普段からひとを勘違いさせているんだろう」
優しいのは君に頼られたいからだ。君に容姿をきれいと思われているなら好都合だと思う。おもしろいと君が笑ってくれるなら道化になろうと構わない。
足の指でシャアのふくらはぎを軽く蹴り、アムロはふふっと小さく無邪気に笑った。
「勘違いしてみろよ」
シャアが口にすることができなかった言葉を易々と口にしたアムロに閉口する。易々と、悪魔のように挑発的に、悪戯っぽく。
君のことがすごく好きだ。勘違いなんかじゃない、むしろ勘違いしてほしい。
今日が早く来てほしいという願いは、当日になると今日が終わってほしくないという願いに形を変えた。願いが、強い気持ちが、シャアの背中を押す。
「アムロ、来年の誕生日は君にプレゼントを渡させてくれないか?」
「えー、ははっ、もう来年の話? 気が早いなぁ」
心臓が痛い。声は、絡めたままの小指は、震えていないだろうか?
「ああ。だから、君が欲しいものが知りたい」
「うーん、ほしいもの
……
、なんでもいいの?」
小指を軽く揺らしたアムロに応えるように、シャアは小指にかすかに力を込めた。
「もちろん。君が望むなら」
「ほんとに?」
シャアの懇願に、アムロが気がついた様子はない。
アムロは期待する表情を隠すことなく、シャアにぐっと顔を近づける。ごくりと唾を飲み込んだ時に上下した喉仏に、一瞬だけアムロの視線を感じた。
「私が用意できそうなものか?」
「世界であなたにしか用意できないよ」
信託を受けるような気持ちでシャアはじっと言葉の続きを待った。心臓の音がうるさい。
「おれのことをすきになってほしい」
聞いたことがないほどふにゃふにゃとした幼い口調でとんでもなく凶悪な殺し文句を残してソファーの背に顔を伏せ寝てしまった酔っ払いを前に、シャアも向かいで同じようにソファーの背に顔を伏せた。鏡で確認するまでもなく顔が赤くなっていることがわかった。ワインのせいだけではないだろう。不甲斐ない顔をアムロに見られなかったことだけが救いだ。
最後の悪あがきで先ほどのアムロを真似て小指を軽く揺らしてみたが、返ってきたのは小さな寝息だけだった。
「
……
来年まで待てないよ、アムロ君」
シャアはとっくにアムロのことが好きなのだから。
*
「あー、くそ
……
飲みすぎた
……
」
カーテンの隙間から差し込む朝日が目もとを照らす。アムロは寝返りを打ち、枕に顔を押しつけた。自分でベッドまで移動した記憶はない。昨夜いっしょに飲んでいたシャアが運んでくれたのだろう。
はあと大きく息を吐き出す。アルコール臭い。ぎゅっと強くまぶたを閉じ、ぱっと開くのと同時にきっちりかけられていた布団を蹴飛ばした。そのまま勢いよく起き上がる。
見慣れた狭いキッチンではシャアが立ったままコーヒーを飲んでいた。朝からやたらときらきらとしている。昨夜あれだけのワインを飲んだというのに、どんな時もどんな場所でも爽やかなやつだ。寝起きのぼんやりとした頭で、アムロは感心してしまう。
「おはよう、アムロ」
「
……
おはよう」
「すごい寝癖だな」
「あなたは朝から眩しい」
のろのろとアムロがシャアのそばに近づくと、自然な動作で寝癖から頬を流れるように撫でられた。コーヒーを飲むシャアの姿に見惚れてしまったことに気がつかれていないといいな、とアムロは目を伏せてシャアの大きくてあたたかい手のひらに頬をすり寄せる。
「家主に無断で悪いがコーヒーをいただいているよ」
「ご自由にどーぞ」
大きなあくびをしたアムロに、シャアは小さく笑った。指の先でアムロの耳のふちに触れ、シャアの手はアムロからするりと離れていく。あっというまに遠退いてしまった温度に、つい名残惜しい気持ちでシャアの指先を見つめてしまった。
「君の分も用意しようか?」
「うん、ありがとう。頼む」
アムロが歯を磨き顔を洗ってリビングに戻ると、テーブルの上はきれいに片付けられていた。よく見るとゴミもまとめられている。先ほどちらりと見えたシンクもきれいだった。いつのまにかシャアは食器まで洗ってくれたようだ。食器棚の中は昨日より整理されているに違いない。見なくてもわかった。忠実というか、律儀というか。
昨夜と同じようにソファーに並んで座り、アムロはシャアに手渡されたマグカップに口をつける。
「昨日はソファーで寝たのか?」
「悪くない寝心地だったよ」
絶対に嘘だ。とびきり優しい嘘。シャアの体躯に対してアムロの家のソファーは小さすぎる。
しかし、アムロにはどうすることが正解だったのかわからない。アムロの家にはシングルベッドがひとつしかなかった。終電もない時間、わざわざ家までタクシーで帰れというのも違う。成人男性ふたりがシングルベッドでいっしょに寝るのもおかしい。
……
おかしいよな?
「うーん」
突然うなり出したアムロに、シャアは不思議そうに、そして少し不安そうな顔をしている。「私が入れたコーヒーが美味しくなかったかな?」と聞く声が哀れで、アムロは一旦考えるのをやめることにした。
「美味しいよ。俺が入れるより何倍も」
「光栄だ」
「毎朝入れてほしいくらい美味しい」
うれしそうにシャアは目尻を下げた。「君のためなら毎朝振る舞うよ」と甲斐甲斐しいシャアの顔を知る人間は、アムロの他にどれだけいるのだろう。
誕生日にしたってそうだ。シャアのことを祝いたい人間は大勢いるだろうに、聞く話によるとここ最近はそういった誘いはすべて断っているらしい。
「シャア、昨日のパーティーは楽しかった?」
「人生でいちばん楽しくて幸せな誕生日パーティーだったな」
「人生でいちばん? さすがに大袈裟じゃないか?」
「大袈裟なものか。控えめな表現の間違いだろう?」
真面目な顔でシャアがアムロを見つめるので、アムロはおかしさと恥ずかしさで思わず噴き出してしまう。
「改めて誕生日おめでとう。俺も楽しくて幸せだったよ。人生でいちばん」
「それはよかった。アムロもおめでとう。来年も楽しみだ」
「本当にあなたって
……
気が早いなぁ」
大仰な言葉選びに笑ったアムロに不満そうなシャアを宥めるためというわけではないが、恥を忍んでアムロが正直な気持ちを伝えると、シャアはすぐに機嫌を直してくれた。アムロの年上の友人は、時々こうして子どもっぽくなる。
そういうところもかわいくて好きだ。
きれいでかわいくて、優しくて、ずるいひと。
「今日の予定は? 休みだろ?」
「君の予定は?」
質問に質問で返すなという指摘は口には出さず、アムロはマグカップをテーブルの上に置き壁にかかっているカレンダーに視線を移す。
「ええと、夕方からハサウェイとチェーミンが誕生日を祝ってくれる予定があるくらいかな」
「ああ、君の上司の
……
」
「そうそう。ブライトとミライさんの息子のハサウェイと娘のチェーミン。毎年祝ってくれるんだ」
シャアとブライトに面識はなかったが、アムロがよくブライトの話をするのでシャアは納得したようにうなずいた。
アムロは昔から上司のブライトとブライトのパートナーであるミライに、公私ともにとても世話になっている。ふたりの息子のハサウェイと娘のチェーミンのことも、生まれた時から知っていた。よく子守りを任されたものだ。懐かしい。あまり甘やかすなとブライトには釘を刺されているが、まだ寝返りも打てない頃からハサウェイとチェーミンを見ているアムロはいまもふたりには甘くなってしまう。
そういえば、シャアとセイラも兄妹だ。かわいかっただろうなぁ、とアムロはひそかにふたりの幼少期に思いを馳せた。
「ブライトの家に行くんだ。シャアも行く?」
「急に来客が増えたら迷惑だろう」
迷惑どころか、むしろ歓迎されるだろう。
ブライトにもミライにもぜひシャアに会ってみたいと事あるごとに催促されていたアムロはいい案だと思ったが、驚いた様子のシャアにやんわりと断られた。躊躇いが滲む声に首をかしげる。
「いまから連絡すれば大丈夫だって」
「いや
……
」
いまになって、なにを悩むのだろう?
人生でいちばんが増えていくならあなたの隣がいいと、つい先ほどもアムロに思わせておいて。
落ち着かない様子でうつむいてしまったシャアを、本当はもう少しだけ待ってあげようと思ったけど
……
、とアムロは下から覗き込む。悩む必要なんかない、という気持ちで、その気持ちが目の前の鈍感な男に伝わりますように、と願いながら。
「あなたをブライトとミライさんに紹介したいんだけど、だめ?」
ごくり、とシャアの喉仏が上下した。ふと、アムロは昨夜もこの距離でシャアの喉を見つめたことを思い出す。
「ねえ、俺はブライトたちにあなたのことをなんて紹介すればいい? あなたは、どう紹介されたい?」
「どう
……
?」
「親しい友人? それとも仕事のライバル?」
「アムロ、私は
……
」
酔っ払ってはいたが、アムロは昨夜のことをしっかりと覚えていた。
「シャア」
まるで縋るように名前を呼びながら、アムロはシャアの首に両腕を回す。シャアの腕も恐る恐るアムロの腰を抱き寄せた。
アムロはシャアの肩にひたいを押しつけて、深く息を吸う。顔を上げると、シャアの顔がすぐそばにあった。美しい青い瞳は潤んでいる。シャアの瞳の中に、アムロは自分の姿を見つけた。
「俺を来年まで待たせるつもり?」
アムロを抱きしめるシャアの腕の力が強くなる。痛いくらいだった。その痛みすらうれしいのだから始末に負えない。
ずっと緊張していたのはあなただけじゃないんだよ。なんて、いまはまだ教えてやらない。
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