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杏夏
2025-12-07 21:24:11
4009文字
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「陽だまり」「不意打ち」「嫉妬」
魏無羨(受け)と藍景儀(攻めの家にいっぱい居る弟子の一人)がお話する話。
雲深不知処は攻めの家(藍家)の本拠地で、皆修行している場所です。「~~するべからず」という家規(ルール)がめっちゃたくさんある。
攻めの呼び名は「藍湛」「藍忘機」「含光君」など
魏無羨は雲深不知処の裏山で大の字になっていた。あまり木が生えておらず下草が柔らかく茂った陽だまりは心地いいが、気分は晴れない。
少し離れた場所ではウサギたちがのんびりと草を食んでおり、時折ぷぅぷぅとかすかな鼻音が耳に入った。そこに遠くから足音が加わる。
「魏先輩。何してるんですか」
藍景儀が顔を覗き込む気配がして、魏無羨は目を開けた。景儀の手にはウサギの餌が入っているであろう籠がある。
順当に考えればウサギの餌やりでたまたま来たのだろうが、景儀の額にはうっすらと汗があり、隠しているが息が少し上がっている。近くに来るまで、急いで駈けてきていたのだろう。
藍湛の差し金だろうな、と魏無羨は思った。魏無羨は先程、「少し一人にしてくれ」と言って静室を出てきていた。弟子を餌やりにかこつけて様子見に来させたことに、魏無羨は苛立つべきか、はたまた「藍湛ったら心配性なんだから♡」と喜ぶべきか、迷った。
「別に、ただ考え事してただけだよ」
結局魏無羨はどちらも選ばず表情に出さないまま、上体を起こした。
「なんか、魏先輩が一人で静かに考え事なんて珍しいですね」
「そうか? 騒がしいことに自覚はあるけど、考え事ぐらい俺だってするぞ」
「そりゃあ先輩は、俺たちが考えもつかないようなこといつも考えてますけど、わざわざ一人になってまで、ってあんまりないじゃないですか。集中力凄いから、どこでだって考えられるし」
景儀は魏無羨の隣に座り、小さく切ったにんじんの一欠片をウサギのいる方向に放った。魏無羨たちとウサギの中間辺りに落ちたにんじんの匂いにつられて、ウサギたちが動き出す。
「景儀く~ん? なんで餌やりに来ただけの景儀くんが、俺が一人になりたがってたって知ってるのかな?」
「ギクッ」
ウサギを眺めながら言った魏無羨の言葉に、景儀はわかりやすく肩を強張らせた。
魏無羨は呆れて息を吐く。
「まったく。正直なのはお前の美徳ではあるが、わかりやすすぎるのも問題だぞ」
「え、え~っと、こ、これはですね
……
」
「家規に背いて嘘まで吐くつもりか? いいよ、藍湛に頼まれたんだろ?」
「
……
はい、そうです」
しょんぼりと肩を落とす景儀の、その肩をばしばしと魏無羨は叩く。別に怒っているわけではないし、藍忘機もばれることは織り込み済みだろう。
「藍湛は何て言ってた?」
「特に何も。ただ、長くなるようなら日が落ちる前に帰らせてほしいとだけ」
「ふ~ん」
好きにさせてくれることに、魏無羨の機嫌が少し上向いた。魏無羨は藍忘機になら首に縄をかけられても、静室に閉じ込められても構わないが、それはそれとして一人で考え事をしたいときはある。それを尊重してくれる藍忘機のことがやっぱり好きだなと思った。
「何かあったんですか?」
もう取り繕う必要も無いと悟ったからか、景儀は籠の中身を適当にその辺に逆さにして、魏無羨へ向き直った。魏無羨を避けるようにして、ウサギたちはにんじんや白菜などの野菜くずに群がり始める。
「まあ、有り体に言えば浮気された」
「はあ!? そんなわけないですよ、あの含光君が!」
突然の大声にウサギがぴゃっとかすかに飛び上がって、感情のない目でそれでも非難がましく景儀を見上げた。
魏無羨は肩を怒らせる景儀をどうどうと宥めた。
「それはそうだ。だが、ひとまず最後まで聞け」
「はあ
……
」
納得していませんと顔に書いてある景儀に、魏無羨は重々しく口を開く。
「つい昨日のことだ。藍湛はつぶらな瞳がぱっちりしたかわいこちゃんの頭を撫でていた」
「かわいこちゃん
……
」
「腰を支えてあげて、小さな手をそっと優しく取って、そしてそのまま見つめ合ってもいたんだ。これが浮気じゃないって言えるか?」
「そ、そんな、含光君が女性に軽々しく触れるわけ
……
。何かの間違いじゃ
……
」
情景を想像したのか、景儀の顔が青くなる。
「まだあるぞ。そこは人気の全然ないところだったんだけど、藍湛は衣が汚れるのも構わずに腰を下ろして、その子を膝に抱き上げた。小柄なその子はされるがままに藍湛の膝に収まって、期待するように藍湛を見上げて
……
、それで藍湛はどうしたと思う?」
「どうって
……
、含光君はどうしたんですか
……
!?」
「笑ったんだよ! 俺にしか見せないような、すっごい可愛い顔で嬉しそうに! これが浮気じゃないなら、この天下に浮気者なんて一人もいないだろ!?」
魏無羨が声を荒らげると、景儀は悲痛な顔をした。
「そんな、そんなはずは
……
! あんなに魏先輩だけにめちゃくちゃ甘くて、魏先輩にまつわることでは頭おかしいほど恥知らずなのに、浮気なんてそんなの何かの間違いに決まってます!」
「
……
景儀お前、藍湛のことそんな風に思ってたんだな」
「はっ!? いや違います、今のは言葉の綾で
……
!」
「わかったわかった、他言はしないよ」
「そうしてもらえると助かります
……
、じゃなくて! なんでそんなことに! 相手の女性は誰なんですか!?」
憧れの先輩の不義に泣きそうになっている景儀の脳内ではきっと、小柄で可愛らしい女性との密通が思い浮かべられているのだろう。
魏無羨は、はあ、と一つ溜息を吐いた。
「目の前にいるよ」
「えっ、目の前?」
景儀はきょろきょろと辺りを見回す。午後のあたたかな陽だまりには、二人のほかはウサギたちしかいない。
いくら目を凝らしてもその事実が変わらなかったらしい景儀が、じとっと魏無羨を睨んだ。
「まさか魏先輩、今までの全部惚気ですか!? 心配して損した!」
「違うよ! ウサギ! ウサギの方!」
魏無羨は白いもこもことした固まりに指を向けた。
「はあ!?」
「藍湛は、昨日、ここで、ウサギを抱き上げて、撫でて、目を合わせて、笑ったんだ。起こった事実だけ抜き出せば、景儀だって浮気って思っただろう?」
「それはあんたが、相手が女性に聞こえるように話したからだろ!?」
「だから、相手が何であれ、事実としては浮気に聞こえるってことじゃないか」
「でもウサギなんでしょ!?」
「ウサギだよ!」
景儀につられて魏無羨も怒鳴ると、一時の静寂が満ちた。
件のウサギたちは大声に迷惑そうに耳を伏せると、にんじんを咥えて駈けていく。かさかさと草を踏む音がした。
「え~っと、俺、帰っていいですか?」
「俺の様子を見るのは含光君のお達しだろ。勝手に帰っていいと思ってるのか」
「ええ~~
……
」
立ち上がろうとした景儀の腕をひっつかんで留めた魏無羨は、疲れたようにまた草の上に寝転んだ。あたたかな日差しが眩しくて、目を閉じる。
「そう、ウサギ、ウサギなんだよ。でも、昨日はなんかいやだなって思ったんだよ。こんなの初めてだ
……
」
魏無羨だってわかっている。ただの小動物との戯れだ。可愛い伴侶と可愛い動物のふれあいは、酒の肴になりこそすれ、咎め立てるようなものではない。まして、浮気の範疇に入るわけがない。
行為をあげへつらえば浮気に聞こえると言ったって、へりくつなのは自分が一番よくわかっている。
今までこんな小さなことが気になったことなどないのに、魏無羨は自分の心がよくわからない。
「魏先輩ってヤキモチとか妬くんですね」
瞼の裏の暗闇に、景儀の声がぽつりと落ちる。思わず魏無羨は目を見開いた。
「へ?」
「含光君が街で女性に囲まれてても余裕綽々なのに、あんな小さくて無害なウサギには嫉妬するのがちょっとよくわからないですけど。でも先輩ってヤキモチ妬かないと思ってたので、意外です」
「景儀、お前今何て言った?」
「え? 意外です、って」
「その前!」
「魏先輩もヤキモチ妬くんだな、って
……
」
「ヤキモチ! そっか、これヤキモチか!」
魏無羨は立ち上がった。目の前がぱあっと明るく開けたようだった。
言われて初めて気付いた。
まさか自分が嫉妬する日が来るとは、夢にも思っていなかった。
「そっか、この気持ちが嫉妬ね。なるほどなるほど。そりゃあ面白くないわけだ。あー、すっきりした!」
経験のない気持ちに混乱して、一晩経ってももやもやが晴れなくて、藍忘機と一緒に居ると楽しいのに、ふとその気持ちがぶり返してしまっていた。それで一人で考えたかったのだが、まさかこれが嫉妬だったとは。
「え、ええ~
……
」
「ありがとな。景儀! おかげですっきりした」
「ま、まあ元気になったなら良かったですけど
……
」
いまいち腑に落ちない顔をしながらも、景儀はそう言ってくれた。
「よし、原因もわかったし、帰るか!」
「あ、ちょっと待ってくださいよ!」
さっさと歩き出す魏無羨に、慌てて景儀は籠を拾って駆け寄ってくる。
謎が解けた魏無羨の足取りは軽い。今日の夕飯は何かな、と裏山から戻って石段を上っているときだった。
「そういえば、含光君が微笑んでたっていうの、あれはウサギに対してじゃないと思いますよ」
「ん?」
何の話だろうと魏無羨は振り向いた。
「今まで、ウサギの世話をしてる含光君は何度も見てますけど、笑ってることなんて一度もありませんでした。だから、笑ってたっていうなら、それはたぶん、あんたの足音が聞こえたから、それで笑った瞬間だったんじゃないですかね」
「え
……
」
不意打ちでもたらされた情報に、魏無羨は一瞬ぱちりと瞬いた。
次の瞬間、カッと頬に熱が上がって、急いで魏無羨は景儀の肩を抱き込んだ。真っ赤になった顔を見られたくなかった。
「わ、わわっ、ちょっと!?」
「あははっ、藍湛のやつ! 口説くときは先に言えって言ってるのに、まさか人づてに口説いてくるなんて、お見それしたぞ!」
「声! 声が大きいですよ、先輩!」
自分も大声を出しながら諫めてくる少年ともつれるように歩きながら、早く藍湛に会いたいなあと、魏無羨は大笑いしたのだった。
終
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