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ナスカ
2025-12-07 21:16:49
4217文字
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砂漠の王子よ、星砂を掴め①
ゲルドのプリンスな幼いティアガノ様の元に、小さなアストル君が降ってくる話。
封印戦記のストーリーを前提にしているので、ネタバレ有りです。続きます。
どうして皆はオレに頭を下げるのだ?
『それは貴方様こそが、我が一族を率いる御方だからにございます』
どうしてオレが一族を率いねばならぬのだ?
『それは貴方様が我が一族で百年に一度生まれるヴォーイだからにございます』
どうしてそんな決まりがあるのだ?
『それが【掟】だからにございます』
掟。古くから続く、祖先たちが連綿と紡いできた歴史そのもの。自分がこの場にいるのは、彼女たちの弛みない努力のお陰だ。それを蔑ろにするつもりはないし、理解はしている。
けれど、ひとつだけ納得がいかないことがあった。
✽✽
「え〜、であるからして、水の確保は我らゲルドにとって重要な事項となるのです」
描かれた複雑な図絵を前にして、キリリと偉ぶった家庭教師が話をまとめた。しかしただひとりの生徒は退屈そうに頬杖をつき、ぼんやりと外を眺めている。
すらりとした体つきの、赤毛の少年だ。橙色の瞳で青い空を眺めている。その空の下に広がっているのは、果てなき砂の海。
「あの
……
ガノンドロフ様? 聞いておられるのですか?」
「
……
なぁ、聞いていいか?」
少年の訊ねる声には、既に諦めが含まれていた。質問の答えをもう知っているのだろう。
「え
……
えぇ勿論にございます。どうぞ」
「何故、オレには友がおらぬのだ?」
夕焼け色の双眸に見つめられ、家庭教師は口ごもる。ウンウン唸りながらも、やがてそれらしい答えを導き出したらしく嬉々として口を開いた。それが余計に少年の心を暗くさせる。
「それは、ガノンドロフ様が王となられる御方だからでしょう」
「何故王に友がいてはならぬのだ?」
「王とは、民のために粉骨砕身で働かねばならぬのです。そんな方に友など
……
王となる上での妨げにしかなりませんから」
「何故妨げになるのだ?」
納得する様子のない少年に、家庭教師はため息をつく。今度こそ答えを引き出してやるとばかりに、少年は捲し立てた。
「お前は賢いだろう。友という存在が、何故王を妨げることになるのか
……
わかるのではないか?」
「
……
ガノンドロフ様、お勉強に戻りましょう」
家庭教師の硬質な反応に、少年は口を閉ざした。筆を走らせようにも手が動かない。学習内容に耳を傾ける気にもなれない。
考えるのは、いつかやって来る『真の友』のこと。一緒にスナザラシで砂漠を渡りたい。夜明けまで互いに思いを打ち明け合いたい。心を許せる存在を得て安堵したい
……
。
それは『いつ』やって来るのか、それともそんな日は永遠に来ないのか。
なにはともあれ、少年は運命の出会いを待ち焦がれていたのである。
「まあガノンドロフ様! お勉強の時間は終わりまして?」
「わたくしと一緒に弓の稽古を致しましょう!」
「いいえ! 今日こそはアタシと槍の稽古を!」
部屋から出た途端これだ。同じ年頃のヴァーイたちが自分を取り囲み、ワーキャーと騒いでいる。ガノンドロフは態度を取り繕うことなく、大きなため息をついた。
「オレは疲れている。今は休ませてくれ」
取り巻きになろうとする少女たちを振り切り、自室へと足を向ける。だが彼女らは「お供します」だの「ヒンヤリメロンをお持ちしょう」だのと言ってくる。煩いことこの上ない。
「一人にさせてくれ」
苛ついてはいたが、声を荒げないよう努力した。しかしヴァーイたちは、ガノンドロフの一言に顔も言葉も凍りついている。この砂漠の暑さを以てしても、暫く解けそうにない。
ガノンドロフは彼女たちを無視して、部屋へと戻っていった。
豪奢な部屋は、次代の王が過ごすには相応しい。だがそれを分かち合いたいと思う者は側にいなかった。会ったことすら無い。
心に滞留する不満を打ち崩すべく、ドスンと拳で壁を殴りつけた。けれど手が痛くなるばかりで、心はちっとも晴れやしない。床を踏んづけるように歩き、ベッドに寝転がった。腹立たしい時は、眠るに限る。
自分が王となる運命なのは承知済みだ。だが王に友がいてはいけないなど、全く以て理解できない。王であること以外は、他の同年代のヴァーイたちと何も変わらないはず。それなのにどうして自分だけ。
「
……
オレだって」
ガノンドロフは小さく鼻をすすった。
「ガノンドロフ、そこにいるのか?」
自分よりも少し大人っぽい、落ち着いて優しい声がする。媚びたヴァーイたちとは違う、思慮深さを兼ね備えた声だ。ガノンドロフは目元に浮かびかけた涙を拭い、「あぁ」と答えた。
「部屋に入っても?」
「
……
好きにしてくれ」
やや鼻声になってしまったのが恥ずかしい。しかし彼女はそれを指摘することなく、こちらへとやって来る。
年上の『姉』と呼ぶべき存在。自分が王の座に就くまでは、彼女が一族をまとめることとなっている。
「
……
アルディ」
「またヴァーイたちを困らせたそうだな」
腰に手を当て、呆れ顔で現族長の子女はそう言った。彼女はよくよく『褒められたものではない』ガノンドロフの素行を言い咎めに来る。ガノンドロフはチラとアルディを見ると、再びくるりと丸まった。
「嫌なんだ。ああやって四六時中ベタベタくっつこうとしてきて、不快この上ない」
「王が不機嫌でいると、民は不安になるぞ?」
「
……
別に、王になりたい訳じゃない」
ギシ、と寝台が軽く鳴る。アルディが腰掛けたのだ。それでも尚、ガノンドロフはアルディに背中を向けたままだ。
「オレ、ヴァーイに生まれたかった」
「そんなことを言わないでおくれ。アンタは民の希望なんだから」
「勝手に希望にされるなんて、真っ平ごめんだね」
アルディが言葉を失っている。言い過ぎたかもしれないと思った。彼女は他のヴァーイたちとは違い、自分に阿ることも、媚びることもしない。ただ『立派な王とは』ということを、度々伝えに来てくれるだけなのだ。
それでも、望んで王になるわけではない。そんな反発した気持ちから、謝ることができない。
「
……
いいことを教えてやろう」
「つまらなかったら、怒るぞ」
「願い事の叶え方だ」
そう聞いてガノンドロフは思わず頭を持ち上げる。アルディは『つかまえた』と言わんばかりにニッコリと笑っていた。
「夜空の星のどれか一つは、願いを叶えてくれるものらしい。それに願えば、何でも現実になると言われている」
サッとガノンドロフは上半身を起こして身を乗り出す。夕焼け色の目を大きく見開き、アルディに期待を寄せている。
「本当か?」
「ヴァーヴァから聞いた話だからな。間違いでは無いだろう」
「星に
……
願えば
……
」
ふと外を見てみるが、夜には程遠い明るさ。日のある内にまだやらなければならないことが残っている。義務をこなして、願いをかけるのはそのあとだ。苦難のあとの楽しみが極上のご褒美になることをガノンドロフは知っている。
「
……
わかった、鍛錬に行くよ」
「良し、一緒に行こうか」
二人は手を繋ぐことこそ無かったが、揃ってガノンドロフの私室から出ていった。
✽✽
冷たい夜風に吹かれながら、ガノンドロフは断崖絶壁をよじ登る。自室のテラスから飛び移り、僅かな凹凸に足を引っ掛けながら上へ上へと向かっていった。
「あと
……
ちょっと
……
」
歯を食いしばり、手に力を込める。離せば大怪我では済まないだろう。今はひたすら登るしかない。
やがて傾斜が緩やかになる。難所は乗り切ったとばかりに、手足を急かす。真っ平らとは言えないが、立っていられる箇所に辿り着いた。誇らしい気持ちが湧いてくる。
「星の海だ
……
」
ふと見上げた空には、砂埃も雲も無い。瞬き輝く無数の星々がガノンドロフを見つめていた。
「願いを叶えてくれる星は、どれだ
……
?」
目を凝らしてみるが、如何せん星の数が多すぎる。砂漠の砂粒と空の星の数。一体どちらが勝るのだろう。この中から一つを探し出すのはあまりにも難しい。そもそもアルディは、どんな星だか話してくれなかった。いや、知らないのかもしれない。
「なら、全部に祈ってやる!」
ギュッと手を組み、目を瞑り、一心不乱に強く願う。
「どうか、オレの元に
……
真の友がやってきますように。オレに媚びないけど、オレのことを大事に思ってくれる
……
本当の友が現れますように
……
」
願いを終え、ガノンドロフは空を見上げた。やはり、どこに願いの星があるのかはわからない。
だが、願いを口してみるのは存外気持ちがいいものだ。不満を漏らすようにブツブツ言うでもなく、ぶつけるように荒々しく言うでもなく、ただ真っ直ぐに心からの願い事を、神に捧げるが如く言葉にして紡ぐ。まるで、極上のフルーツジュースを一気飲みした時のような清涼感だ。
「
……
まあ、すぐ叶うわけではあるまい」
顔を下ろし、荒涼たる砂漠に背を向けた。降りるのも骨が折れるが、ここで夜を明かす前に凍りついてしまうだろう。なんとかして戻らなければ
……
とガノンドロフは遙か下を見下ろした。
途端、急に風が強まる音がした。だが風は吹いていない。不思議に思って見回してみると、空から何かが降ってくる。金色に光り輝く物体だ。時折空から『ほしのかけら』なるものが落ちてくることがあると聞くが、此れは其れなのだろうか?
じいっと目を凝らす。どんどんこちらへ近づいてくるのがわかった。やがてそれは、人の形をしていると気づく。膝を抱え、まるで生まれたてのヴェーヴィのように。
「なんだ、或れは
……
?」
訝しみながらもガノンドロフは其れを見上げて両手を広げた。腰を少しばかり落とし、受け止める体勢に入る。
ふわり、と其れの形が変わった。いや、丸まった姿勢が、両手両足を広げたものになっただけである。
「来るなら、来い!」
意気込んだ瞬間、其れはガノンドロフに組み付く形で着地を果たした。
「
……
軽い」
それに冷たくて硬い。金色の光は収まり、ようやく正体を探れる。ガノンドロフはその人物を岩の上に転がした。
青白い肌に黒い髪。皮膚や髪質が似てはいるものの、ゲルド族ではないのは確かだ。ほっそりとしており、冷たさといい硬質さといい、雪国にあるというつららなどというものを思わせる。
そして、自分と同じ年頃の
……
おそらくはヴォーイ。そうだと予測した瞬間、胸の奥がキラキラとしてきた。それこそまさに、この星の大海のように。
「もしかして
……
此奴が、オレの真の友なのか
……
!?」
続く
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