ortensia
2025-12-07 19:42:14
2855文字
Public 傭リ
 

悪い夢を食べる傭と、悪い夢に悩まされるあるいは夢そのもののリ、+ 比較的よく喋る配。

たぶん和風ホラーファンタジー(そうでもない)

 悪い夢、これは夢だ。夜な夜な街に出て、ひとけがないのを良いことに、所々でぽつんと一人立っている女性達を、霧に紛れて次々と殺めて行くなんて。自分がこんなことするわけない、だからこれは夢なんだ。
 けど、嫌だ。夢であってもこんなこと、自分に限って、あってはならない。
「ならその夢、おれが食ってやろうか?」
 左手からぼたぼたと返り血を滴らせたまま、声に驚いて振り返る。そんな自分の様子までリアルだ。しかしこれは夢なんだ。
 けれどこれまで夢にこんな男が、声が現れたことはなかった。いや、どっちにしろ夢なんだ。夢なんだから関係ない。分かっているが、酷く動揺した。
 動揺を、不安を誘う声だった。わたしを不安にさせるとは、男の登場は、何かを予感させる。
「この夢を、もう見ないようにしてくれるのか!?」
 しかし彼の提案は寝る夜起きた朝、そして夢見る間も強く願っていた、垂涎ものであった。
「おれは夢食い。この夢をおれに食わせてくれるならな。」
「食って!食らってください!こんな夢……!」
 話に食いついたのは寧ろこちらだった。
 思わず大振りになった手振り身振りで返り血が跳ねて踊る。月明かりを鈍く返して赤と男の目が光る。
 男の顔はどこか硬く、表情に時を感じない。
 話の流れでつい男の口元に目が行く。
 男の口は大きく、それどころか避けた口角が縫い留められているようであった。そんな奇妙なナリでも、夢の中ならば有り得なくも無いであろう、そう、思いたかった。衣類はぼろぼろで、こんな身なりの男には決して関わりを持たない、普段なら、けれどここは夢の中だ。
 男はわたしの言葉に直ぐに頷きを返すでもなく、ゆっくりと辺りを見回した。
「この夢は、確かにあんたは手に余るようだ。」
 この夢を、今から自分が食べる料理を見定めるように。
「このままだと、あんたのほうがこの夢に食い破られちまうかもな。」
「どういうことです!?」
 夢食いの男がゆったりとこちらを見る。
「この夢が、いずれ未来になるということだ。」
 そんな。
「あなたなら、手に余らないと言うのですね……!」
……余らない、寧ろ、余すことなく。」
「?」
 その時男は初めて笑った。
「では、この夢を貰ってあげよう。」
 目が覚めた。
 それ以降、霧の街の殺人鬼になる夢は、みなくなった。
 そして夢食いの手に渡ったとある夢は、しかし未だ手を付けられていなかった。
「夢食い、ですか。」
 夢は、自分が今いる場所は皿の上なのだと理解していた。
 夢の世界の皿。
「てっきりあの場でぺろりとやられてしまうかと思っていたのですが?」
 居館のようなイメージを夢の世界に展開しているらしい夢食いは、自室のようにくつろいだ様子を見せていた。
「そう急ぐもんでもねえ。」
「そうなんですか……?早く食べちゃわないと、悪さするかもしれませんよ。」
 自分が食われてしまう立場だというのに、余裕を見せた。そういう夢なのだ。
「おまえのことを飼ってやる。」
「買う……?おまえはあの男に請われた側なのに?」
「その買うじゃないが……貰ってあげる、も何かをあげるってことだからな。奴の願いと対等だったのなら、過不足なく取り引きは成立したってことだろ?」
「屁理屈では?」
「言葉ってのはそういうものさ。」
 夢食いは訳知り顔で言った。
「兎に角、おまえを直ぐに食っちまうようなことはない。おれはおまえを飼って、そしたらおまえは、今よりもっと美味くなるかもな?」
「飼い殺しにするんですか?」
「飼ってる間は殺さないだろ。」
 だから飼い殺しなのだ。
「また屁理屈です。」
 夢食いは笑った。
 夢は、夢食いの縄張りであるこの夢の領域内でなら、好きにして良いと言われた。しかしそれは、夢がしたいことが好きに出来るわけではないことだった。
 そこへ、犬を連れた何者かがやって来た。
 夢食いに近寄って、話し掛ける。
「夢買いのくせに、また妙なもの拾って来て。」
「おいおい。別に、そんなことないだろう。」
 犬が夢のほうに鼻を向けて、くんくんと動かす。
「あれは夢どころか、呪いだろうに。」
 夢食いは笑うばかりだ。
「で、今回は何処からの手紙だ?」
 夢食いが水を向けると、犬の背に背負わせた鞄から、何通かの手紙を取り出して、渡した。
「食らってほしい人の夢、次はこちらへ向かって。」
 夢食いは手紙を開封して、中を確認した。中身は夢への道標が記されていた。
 夢は繋がっている。夢の世界と夢の世界同士。あるいは、目が覚めた世界、現世と。
 そして、犬を連れて、また何処かへ行った。
 それを夢食いは、目で見送った。
 するとそばに夢が寄って来た。
「今どなたかいらっしゃいませんでした?」
……夢の中でも風くらい吹く。」
「は?」
 夢食いの言うことは、夢にはよく分からない。
「それはなんです?」
 夢は夢食いの手にあるものに気が付いた。
 夢食いは何かを思い付いたかのように、笑った。
「一緒に来るか?」
「へ?」
 夢食いが手紙を一通宙に飛ばすと、回転した手紙がみるみる扉に姿を変えた。
……この先、どなたかの夢?」
「ああ。」
 夢食いは扉に手を掛けた。
「仕事だ。」
 扉の先は、お化け屋敷のような様相であった。
「なんですかこれ。」
 この程度で悪い夢だなんて、なんとチープな。
「どうみえるかは、夢をみている主に寄るさ。」
 夢食いは何処からか串を取り出すと、その辺をぐるぐると掻き混ぜた。
 するとみるみる内に、串にふわふわと夢が巻き付いて行った。代わりに夢の景色がどんどん串に巻き取られ、おどろおどろしい光景は、楽しいメリーゴーランドの姿に変わって行った。
「どっちも大して変わらないと思いますけどね。」
 そうして、串にはふわふわの夢がしっかりと絡み付いていた。
「こんなもんか。」
 そしてそれを、夢食いはぱくぱくと食べ始めた。ふわふわに噛み付き、串から千切るようにして食べ進めて行く。
 夢はあっという間に夢食いに食い尽くされた。
 そして夢食いは次々と手紙を扉に変え、その先で次々と夢を食らって行った。
「なんだ、全部大したことないじゃないですか。」
「まあおまえに比べればそうかもな。」
 夢食いはぺろりと口端を舐め、そう言った。夢食いは、どの夢も美味そうに食らっていた。
「そんな夢が、わたしより美味いってんですか。」
 夢がそう言ったところで、夢食いは笑うばかりだ。
「そんなふうに言うと、おまえはどんどん美味くなってしまうな!」
……どういう意味です?」
 夢と呪いが似たものなら、嫉妬心を吸った夢が、どれだけ深い味となるかしれない。
 夢食いが夢を引き倒し、ぺろりと舐めた。
「今のままでもこんなに美味いんだ、この先おれに飼われていれば、もっと美味くなるぞ!」
 夢食いはご馳走を前にした垂涎の容貌で、楽しげに言った。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。