三崎
2025-12-07 12:07:54
4717文字
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鉄と追がなんやかんやする話 つづき
ジャーナルネタバレあり リバあり 捏造あり スケベなし 鉄レ匂わせあり かなりめちゃめちゃ 次で最後

 鮮明になっては朧気になる記憶の中、王はひたすらに挑んでくる夜渡りたちを倒し続けた。かつての仲間たちのことを、忘れたくなんかなかった。そう思っても、会うたびに彼らのことを思い出し、撃退しては忘れていく。ただ、彼らを苦しめぬよう、全力で出来るだけ早く退けたいということだけを心に刻み、王は剣をとった。自身の願いのためだけに、彼らをこの戦いに縛り付けてしまっている。その後ろめたさを誤魔化すために、慈悲深いふりをして彼らを斬った。
 何度倒されても挑んでくる彼らに、早く諦めて欲しいと王は願う。彼らに再会しなければ、思い出すこともない。夜は終わらず、妹が泣くことになっても、それでも、彼らは、妹は生きていられる。それなのに、今日もまた、王の根城に侵入者が現れた。懲りぬ彼らに、今度こそ思い知らせてやらなければならない。
 そうして顕現した王の前に立っていたのは、血塗れの弓使いが一人だけ。
「お、前は……!」
 こいつのことだけは、忘れたくても忘れられなかった。こいつは、かつての自分がどうしても思い出したかった、思い出せなかったことを知っている。
「よう、――
……
 ああ、それだ。顔も名前も忘れてしまった祖父が妹と揃いでつけてくれた、自分の本当の名前。聞けばそれだとわかるのに、言われない限り思い出せなかった、大事な名前だった。それなのに。
「な、ぜ……お前、が、それを……知って、いる……
 弓どころか短剣さえ構えない男に向けて、王は剣の切っ先を喉元に突きつけた。嫌な予感しかしなかった。聞きたくない、そうであって欲しくない予感が。
 男は口を開いた。マスクの下でさえ、歪んだ笑みを浮かべていることがありありとわかる口ぶりで。
「お前の大事な妹が教えてくれたんだ。彼女は少しばかり、世間慣れしていないところがあるな」
「き、さま……彼女、に……なにを、した……ッ!!」
 切っ先がわずかに喉に食い込み、じわりと血が滲む。自分で聞いておきながら、それを聞く前に首を刎ねてしまいたかった。男は実に楽しげに続ける。
「彼女も使命に疲れていたんだろうな。お前と同じだ。少し迫ったら、くくっ、簡単に甘えてきたぞ」
 王は剣を薙ぎ払った。しかし首を刎ねるつもりの一撃は空を切り、男は後ろに跳んで回避すると、短剣を抜いて王の懐へと飛び込んできた。
「お前のだけじゃない。彼女の名前だって教えてくれた。知りたいか? お前は忘れてしまったんだろう? 妹の名を」
 脇腹を切り裂きながら男が王に尋ねる。ああそうだ。妹の名も、顔も、もう思い出せない。けれど、こいつは知っている。しかし、こいつの口からだけは聞きたくなかった。
 王は剣をきつく握り、男に向けて踏み込んだ。〝それ〟を口にする前に、黙らせてやらねばならない。王の剣が男を切り刻もうと振り下ろされる直前、男はマスクを下ろして、その素顔を晒しながらニタリと嗤った。
「やはり双子というのは似るものだな。寝台の上での反応はお前にそっくりだったぞ」
 男を頭の先から真っ二つに叩き割ろうとした一撃が、既のところでぴたりと止まる。
 こいつは今、なんと言った? 妹、ぼくのだいじな、うつくしい、きれいな妹を、こいつは……
 ――こいつは、こいつだけは、慈悲ではなくただの憎しみでもって殺さねばならない。出来る限り凄惨に、二度と歯向かう気にならないくらいに。
「殺す……殺してやる……ッ!」
「ハハッ、やってみろ、出来るものならなッ!!」
 激昂する王に向けて、男は満面の笑みで弓を構えた。これでいい。これでやっと、自分の望んだ殺し合いが出来る。
 そして、彼らにとって最期の――途方もなく長い夜が始まった。


 互いに、今まで手を抜いていた訳ではないはずだった。しかし今日の二人の動きは、今までとは明らかに異質だった。互いに相手を殺すための一撃を放ちあい、当たれば四肢を失うほどのダメージを負いながらも戦い続けた。
 互いに死が遠い体だから、致命的な一撃を受けても死ぬことはない。腕が吹き飛んでも、鉄の目は止まらなかった。腕がなければ足で蹴り飛ばし、歯で弓を引けばいい。足が無ければ、這いずってでも弓を引いた。腕も足も、いずれ再生して、また戦えるようになる。内臓を抉られても、首を刎ねられても、心臓を潰されても、鉄の目は何度も立ち上がった。王もまた、何度も何度も鉄の目に剣を振り下ろし、四肢をもぎとり、地に這わせてやった。死なないとわかっていても、この手で殺さなければ気が済まない。夜に呑まれそうになる鉄の目をその度に助け上げ、王は鉄の目を殺し続けた。そんな戦いが一月ほど続いた。
 長い時間をかけて、王もまた傷つき、死の影がちらつきつつあった。砂地に散らばる鉄の目の四肢と彼の胴体を見下ろしながら、王はこの辺が潮時かと剣を地に突き刺した。このまま放っておけば、鉄の目は夜に呑まれ円卓に還り、いずれまた挑んでくるだろう。今回は殺しきれなくとも、また何度でも殺してやる。この男は、何度殺したって飽き足りない。
 自身を見下ろす王に、鉄の目は残念そうに語りかけた。
「も、う……終わり、か? ――
……
「俺は、お前と……もっと……
 もう、鉄の目に残された時間は少ない。あと少しだけ我慢すれば、このうるさい声を聞かずに済む。王は返事もせず、黙って鉄の目の呟きを聞いていた。
「ここ、まで……無駄な、戦いを、楽しんだって、のに……もう少し、付き合って、くれても……いい、だろう……?」
 やはり最後は頭を潰してやれば良かった。そうしておけば、無駄口を聞きながら見送る羽目にならずに済んだのに。そう後悔する王に向けて、鉄の目はニタリと笑って、ついに真実を口にした。
「もう、妹は……解放、されてる、ってのに……愚かな、奴だ……
――!」
 こいつは今、なんと言った? 王は地に刺した剣を取り、鉄の目の体を覆う夜を薙ぎ払った。妹は、再び巫女に据えられたのでは無かったのか。解放されたとはどういうことだ。ならば、自分がしてきたことはなんだったのか。こいつから聞き出さなければならない。
 鉄の目の前に千切れた四肢を放ってやり、王は尋ねた。
「どういうことだ。説明しろ、……鉄の目」
 やっと自分を昔のように呼んでくれたことに歓喜しながら、鉄の目は小さく頷いた。


 ちぎれた四肢を繋げる鉄の目の傍らで、王は彼の話を黙って聞いていた。
 妹は解放され、今の円卓にはいないこと。妹の代わりに、自分が巫女となったこと。だとしたら、もう、自分が戦う意味はない。誰かに斃されて夜を終わらせる。それだけでいい。けれど、その裏付けが鉄の目の話だけだ。
……信じろというのか、お前の話を」
「信じたくなければそれでいい。俺はそれで構わない。お前とずっと、戦い続けられるんだからな」
 馬鹿げているが、嘘をつく理由としては十分だと王は思った。こいつは、そんなくだらない理由を柱にして歩き続けられる男だ。それを王は――追跡者は、よくわかっている。
「お前は……そのために一人きりで王を斃したのか。俺と、こうして戦うために」
……
 自分の右足を拾い上げた鉄の目は、黙ってそれを繋げると、冷たい砂地に大の字になった。四肢は元通りに繋がり、側に置いた弓と短剣を手にすれば、いつだって殺し合いを再開できる。けれど、鉄の目はそうしなかった。追跡者はその隣にのそりと腰を下ろすと、黙って鉄の目の話を聞くことにした。
「お前と一緒に戦うのも、抜き合うのも悪くなかった。だが……気付いてしまったんだ。お前とは、殺し合うのが一番楽しくなるだろうってことに」
……馬鹿げてる」
 追跡者の言葉に、鉄の目はふっと笑った。そうだ。全部自分のためだった。愚かで、狡くて、悪辣だと言ってもいい。けれど。
「気付いてからは駄目だった。どうやったらお前を追い詰められるか、怒らせられるか、本気で殺し合いが出来るか……必死で考えたよ。嘘もついたし、賭けもした。この一ヶ月は最高だったよ。命の削りあいはたまらなかった。お前の殺意も憎しみも痛みも……いつまでだって味わっていたい」
……
「呆れたか?」
 自分の楽しみのためだけに、お前の全てを利用した。妹への愛も、使命も、苦しみも、自己犠牲もすべて。世界がどうなっても良かったし、誰に恨まれたって構わなかった。それが、施設から解き放たれた自分が、唯一したかったことだったから。
……お前は、最低の、大馬鹿野郎だ」
「お前に言われたくはないな」
 お前だって妹のために、俺と同じことをした癖に。世界に狂った夜をもたらし続け、夜渡りの仲間たちを裏切った。それなのに、俺を大馬鹿野郎だなど、どの口が言うのか。そう鉄の目が言い返すと、追跡者は押し黙った。そう、こいつはずっとそうだった。口下手で不器用な、そして純粋すぎる青年だった。だから、同じ裏切り者なのに、こいつは夜渡りたちから今でも気の毒に思われている。
……で、どうするんだ、これから」
 鉄の目の問いに、追跡者は静かに立ち上がった。妹はもう、この夜を巡る運命の中にはない。戦う理由も、生き続ける理由も、もう、彼にはなかった。
……この夜を終わらせたい。妹はずっと、そのために戦っていたんだからな」
 追跡者は地に突き刺していた剣を取ると、その剣身を自身の首元に宛てがった。
「俺は消えるべきだ。しかし、お前の手では、絶対に死にたくない」
……つれない奴だ」
「お前だって、今の俺と戦ったってつまらないだろう」
「まあな」
 この一ヶ月を超えるほどの楽しい殺し合いは、きっと望めない。介錯を拒むのも追跡者らしい気がして、鉄の目は大の字になったまま、死のうとするかつての仲間を見上げていた。
「お前こそ……どうするんだ、この先」
「消えていくお前が気にすることじゃない」
……そうだな」
 鉄の目はもう、自分との戦いを続ける気はない。だとすれば、少なくともこの夜を終わらせてくれるだろう。その後彼がどうするかは、もう関係のないことだ。ただ、追跡者にはどうしても気になることがあった。
「最後に一つだけいいか」
「何だ」
……お前、本当に妹に手を出したのか」
「さあな。嘘だと思いたければそれでいい。お前も知っての通り、俺は嘘つきの大馬鹿野郎だからな」
……もし、これ以上妹を悲しませることがあれば、化けて出てやる」
「ハッ、だったら、やはりあの女を抱いておくべきだった」
 鉄の目の話が嘘だったのかブラフなのか、もう、追跡者にはわからなかった。これ以上は無駄だ。最後に聞いたのがこんなくだらない話になるのは癪だったが、更に不快な気分になるよりはいい。追跡者は握った手に力を込めて、最期に鉄の目に告げた。
……俺は、お前が嫌いだ」
「残念だ。俺はこんなに、お前のことを愛していたのに」
 鉄の目の言葉が追跡者に届いたかどうかはわからない。首を無くした夜の王はその場に膝をつき、二度と動くことは無かった。
 地に落ちた大剣と、顔のない頭。鉄の目は物言わぬ王の首を手にとって、ぽつりと寂しげに呟いた。
……お前は最期まで、その顔を見せてはくれなかったな」
 顔さえ知らぬ青年に、柄にもなく愛していたなどと口にするとは。自嘲するように笑い、鉄の目は王の遺体から夜の王のルーンを奪うと、円卓へ還る道へと歩き出した。
 夜の雨は止み、夜明けが世界を照らし出す。しかしそこに、鉄の目の姿はどこにもなかった。


つづく