望月 鏡翠
2025-12-07 01:22:25
1058文字
Public 日課
 

#1928 ミノーフィッシュの男たち6

#毎日最低800文字のSSを書く/我らが王の身罷りて 二次創作


  商人のところで学んだことは多かった。計算も読み書きも、貴族に対する接し方も、権力者たちの考え方も、彼から教えてもらった。
 そこで女に媚びることと音楽以外の稼ぐ手段を見つけて、トルガはようやく自力で生きていく方法を考える余裕ができた。この先の人生というのを、考えるようになった。
 そのときに、貴族になるという考えはなかった。
 貴族がいい生活をしていることは間違いないにしても、彼らが楽な生活をしているとは、どうにも思えなかったからだ。子種を港に落として行ったトルガの父親や、自分を拾った貴族の女性、母や、自分を犯そうと狙っていた港の男たち、雇ってくれた商人。
 惨めに死なずにいられる道を選びとっていたら、いつの間にか今いる場所にいた。商人は一番向いているような気がしたし、一番自由に生きられるような気がした。
 生活を支える金はあるし、貴族のような血筋や身分のしがらみはない。横柄な客や貴族の態度に腹を立てるような余計なプライドを持たなければ、実に気楽に生きていられた。
 もちろん、それは稼ぎを得るだけの腕前があればの話だ。時流を見誤れば全てを忘れる。そうなったときに助けてくれる人はいない。リスクはあるが。そのリスクをゲームとして楽しむことができる。
 仕事を覚えたあと、独り立ちした。
 世話になった商人の期待を裏切ってしまうことになったが、彼はトルガが独り立ちしたがっていることはもうわかっていたようだった。
 人生のうちで、最も充足した時間を送っていたと言ってもいいだろう。
 しかし商売が大きくなるに連れて、ミノーフィッシュの家名が足を引っ張るようになってきた。名を挙げるほどに、誰の落とし子なのかという詮索が入る。名乗らぬ彼の父親が、家業を助けているのではないかという噂が立ち、誰かも知らぬ親に手柄を持っていかれる。
 このまま順調に商売を拡大してけば、その金を目当てにどこぞの貴族が私が親だと名乗り出てくる可能性もあった。トルガにはその真偽を見極める手段はない。
 仮にそれで実の親が迎えにきたとして、トルガ自身は不愉快になるだろうということもわかっていた。
 だから纏まった金を手に入れたあと、思い切って新しい土地に旅立ったのだ。バンデイアであれば、ミノーフィッシュは単なる家の名前の一つでしかない。
 海を渡るとき、世話になった商人の伝手を頼った。リュネストに旅立つトルガにもう老年に差し掛かった男は、商売敵が街から消えると清々すると皮肉を言いながら笑顔で送り出してくれたのだ。