望月 鏡翠
2025-12-07 00:31:17
1282文字
Public 日課
 

#1926 ミノーフィッシュの男たち4

#毎日最低800文字のSSを書く/我らが王の身罷りて 二次創作

 トルガは、他人の視線に自覚的だった。それが彼の人生をここまで押し上げてきたと言っていいし、そうでなければ生き抜けない場面が何回もあった。
 最初は、母親が自分を見る目つきだ。
 徐々に男として成長していくトルガに対して、今はここにいない男の面影を見出していた。彼女を踏み躙った男への、今となっては晴らしようがない恨みと、今の生活の苦しさの原因を、その血を強く受け継いだ子供に見出している。
 それを悪いことだとは思わなかったが、共に暮らすことは難しかった。そういう親が制御できない感情に突き動かされて子供を殺す様を見たことがあったので、このままここにいたら、いつかはそうなるだろうと思った。
 親子の関係が憎しみだけで結ばれていたわけではない。物心がつく年まで育ててくれたのは、愛情ゆえだっただろうし、虐げられた覚えはない。後の生活の助けとなる楽器も、誕生日の贈り物だった。
 母が教えてくれた歌は好きだった。
 それでも、貧しい生活に大人になってゆくトルガを支える余裕はない。余裕がない人間は、攻撃的になる。
 美しかった女も、醜い化け物に成り果てる。
 だからそうなる前に、出ていくことにした。
 港で歌い、投げられる小銭を集めて生活の助けとしていたとき、男たちの視線に気がついた。彼らの縄張りで商売をしたのが気に入らないのか。うっかりしたふりをして金の入った帽子を置いて行ったら、その隙に盗んでいってあとは見逃してくれないだろうか。
 しかし、数人の視線は金ではなく、はっきりとトルガに向いていた。ねっとりとした品定めの視線が、絡みつくのを感じ、歌いながらもどうやら金を引き換えに彼らから逃げ出すのは難しそうだと悟った。
 貴族の女がどんなに美しくとも結婚するまで襲われないのは、彼女たちが貴族だからだ。護衛や権威に守られて、手を出したらもっと酷い目に遭うから、無事でいられる。
 親のいない平民の子供に、後ろ盾はない。口を塞ぎ、黙らせればいい。たとえそれが弱々しい女でも、保護者がいる子供と逃げ込む家がある子供は襲われない。
 家を出たトルガはそうではなかった。
 守ってくれる人はいない。彼らが路地裏に引き込んで服を脱がせても、助けは来ない。同じ場面に遭遇しても、トルガなら我が身可愛さに助けない。他の人もきっとそうだ。
 だから、身を守ってくれそうな権威がある新しい保護者を見つけることにした。
 広場で歌っているときに、若いとはいえない常に男を連れた女が、トルガをじっと見つめていることには気づいていた。
 彼女はよくまとまった金額を、そっとひっくり返した帽子の中に落としてくれていた。
 その日だけは、演奏をやめて近づいて、その手を取って目を見つめて、にっこりと微笑みお礼を言った。
 それは賭けであり、祈りだった。
 ここから俺を掬い出してくれ。
 そうでなくても、貴族の女に気に入られている様をみて、男たちが諦めてくれないだろうか。
 その賭けに、勝ったのだ。
 女は下心がある顔で、トルガを家に招いた。そうして、路地裏から脱したのだ。