けがわ。
2025-12-06 18:30:04
3670文字
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すぺしゃる・でい

シャチョコンオンリー
ピリステにて開催されていた真ん中バースデー企画に合わせて書いたものです。

 ユキさんの誕生日は、偉い人たちとのパーティーの予定が入っていて、一緒には過ごせないらしい。ゲーム中の雑談としてそれとなく予定を聞いてみたのはいいものの、やはり社長さんの予定というものは中々空かないみたいだ。
「そうなんだ」
 少し残念に思いながらも、面倒くさい恋人にならないように気にしていない風を装った。
『ごめんね』
「あははっ、なんでユキが謝るの。お仕事がんばってね!」
……うん』
…………
 珍しくユキさんの方がなんだか落ち込んでるみたいで、なんとなく気まずい沈黙が流れた。
……あの、さ』
「ん?」
 少しして、ユキが迷ったように口を開いた。
『パーティー、一緒に参加してみない?』
「へ……?」
 突然そんなことを言われてしまえば誰だって一瞬固まってしまうというもので。
『だめ?』
 思考停止してしまったオレに追い打ちをかけるように、ユキが問いかけてくるからハッとして咄嗟にコントローラーを操作した。
 オレの操作するキャラクターはそれに合わせて、顔の前でバツ印に腕を交差させて全力で首を振っている。
「だ、ダメですよ! だってオレ、着て行く服もないし、ただのコンビニバイトだし、場違いですって!」
『僕の連れとして行くんだから場違いじゃないよ』
 オレの言い分にユキが少しだけムッとした空気を醸しだした。
 ユキの気持ちはすごく嬉しいけれど、そういう風に思ってくれるのはユキだけだし……
「ユキ、あのね。オレは……ユキがオレと一緒にいることで、ユキが悪く言われたり思われたりするのが嫌なんだよ……。オレみたいなのと一緒にいるところを見られたら他の人になんて思われるか……
 ユキは全くわかっていない。いくらゲームの中で相棒として肩を並べることができていたとしても、現実はそうではない。
 肩書というものはどこにだってついて回るし、ユキみたいな有名企業の社長さんは、それなりの交友関係があるものだと世間は認識しているだろう。
『他の人は関係ないよ。僕はモモと行きたい。それに、グループ会社全体の忘年会みたいなものだから、家族や大切な人を連れてくる人だっているし。ね、いいでしょ?』
 ゲーム内で滅多にモーションを使うことのないユキが『おねだり』のモーションを使っている。両手を祈るように組んで首を傾げて、キラキラしたエフェクトがアバターの周りに舞っている。
「うぐ……っ」
 アバターとリアルのユキさんは瓜二つだから、つい現実のユキさんを想像してしまい、あまり破壊力にがくりと肩を落とした。

***

 結局根負けして来てしまった……
 見上げるほどに大きな都内のホテルで開かれるバーティーは、最上階の広々としたパーティーフロアを貸し切って行われるらしい。
 そわそわと落ち着かない気持ちのまま、ユキさんの一歩後ろをついて歩く。ドレスコードはユキさんが用意してくれた特注のスーツで、履き慣れていないピカピカの革靴が足音を強調してしまう。
 いつもスニーカーばかりだから、新品の革靴が足に馴染まなくて少しだけ踵が痛むけれど、我慢できないほどの痛みではない。そんなことを思いながら足元を見て歩いていると、ふとユキさんが立ち止まって、それに合わせてオレも歩みを止める。少し歩いては色んな人に声をかけられて、そのたびにどこかの……多分偉い人がオレを怪しむようにじっと見てくる。
 ……居心地が悪い。
 別にこうなることはわかってはいたんだけど。それでもユキさんがオレのことを大事な人だと紹介するたびに、どこか値踏みするような視線を浴びせられて心臓が縮まったような、逃げてしまいたくなる感覚に襲われる。せっかくこんな素敵な場所に連れてきてくれたのに、仕立ててもらったスーツも、歩いてたら渡されたので思わず受け取ってしまったワインもオレには全部似合わなくて、周りの人からの視線でも相応しくないと言われている気がした。
 それにオレ、あんまりお酒強くないんだよね。ワインって結構度数あったような気がするし。
 見知らぬ誰かと話しているユキさんを横目にワインを一口飲もうとした瞬間、ユキさんの手の甲がオレの唇に触れて、そのまま攫うようにグラスを奪っていった。
「っ!」
 そのままワインが入ったグラスを飲み干して、近くのウェイターに空のグラスを預けると、新しい飲み物を受け取ることなく、オレの手を引いて早歩きで歩き出してしまった。
「あの、ユキさん!?」
「もう無理、限界」
「へ……?」
 さっきまでゆっくり会場内を歩いていたのが噓のように速足で進んでいく。状況を飲み込めないまま縺れる足を何とか動かしてユキさんの背中を追った。
「あの、ユキさん、さっきの人たちは……
「もう挨拶は済んだよ」
「でも……
 チラリと後方を確認すると、多分偉いおじさんたちはオレたちの方をじっと見つめたまま、固まっているようにも見える。
「ねぇ、ユキさん」
 パーティー会場の出入り口の扉を抜けると、中が賑やかだった分、一気に静寂に包まれたような気がした。それでも尚ユキさんは速足でどこかに向かっている。
「あの……
「こっち」
 急に廊下の角を曲がったと思ったら、白くてピカピカした陶器が並んで……ってかどう見てもトイレだ。
 ユキさんは迷うことなく一番奥の個室にオレを連れ込んでガチャンっと施錠した。
「ユキさん……?」
「はぁ~~~~っ」
 グッと腕を引かれたと思ったら、大きな溜息と共にオレの背中と腰に腕を回して全身で抱きしめてきた。
「はっ!? へ……? え!? ちょ……!」
「しー、騒いだら誰かきちゃうよ」
「ぅ……
 そんなことを言われてしまえば黙るしかなくて、ユキさんに抱きしめられたまま口を噤んだ。
……いい子」
 そんなオレをあやすように頭を撫でてきて、しばらくユキさんにされるがままになっていると、ユキさんのしなやかな指先がオレの耳朶に触れて、クニクニと弄り始めた。
「んっ……ぁ、ね、ユキさん……ほんとにどうしたの……?」
「疲れたからモモで充電してる」
「そ、そうなんだ……
「本当は、こんな場所来たくなかった……でも仕事だし。……だからモモがいてくれたら頑張れる気がして……。なのにあいつらが厭らしい目でモモをを見るし……もう我慢できなくて……
 な、なんかすごいこと言われてる気がする……
 ユキさんは相変わらずオレの首筋に顔を埋めたまま、たまにスンスンと匂いを吸い込んでいる。……ちょっと恥ずかしいからやめて欲しいんだけど、今日のユキさんはなんだか弱っているみたいで、やめてとも言いづらい。
 それに、別に嫌ではないし……
 おずおずとユキさんの背中に腕を回し、オレも抱きしめ返してユキさんの肩口に額を擦り付けると、ふんわりと優しい香りが鼻腔を擽る。
 さっきまで知らない人に見せていた仕事モードのユキさんじゃなくて、オレの恋人としてのユキさんが戻って来てくれたような気がして、ホッと息をついた。
「あのね。オレも本当は、今日ユキさんの誕生日だし、一緒にいたかったんだよ。だから誘ってくれて嬉しくないわけじゃなかったんだけど……
「けど……?」
 ユキさんが少し体を離して、上目で伺うように続きを促してくる。
 あざとい仕草が可愛くて、それでもやっぱりカッコいいなんて、ユキさんはどこまでもズルい大人だ。
 多分オレがその顔に弱いってわかっててやってるし。
「本音は……二人きりがよかったな……って……
 ユキさんの切れ長の瞳が丸くなっていく。恥ずかしいことを言ってしまったかもと後悔したところで、もう聞かれてしまった後ではどうしようもない。
「モモ」
「ん? な——んんっ!?」
 急に顎を掬われたと思ったら、綺麗なあお色が視界いっぱいに広がった。
 キスされてると認識した時には、あたたかな熱は離れてしまった後で、触れていた箇所を確かめるように自分の唇にそっと指で触れた。
 たった一瞬だけ触れ合っただけなのに、全身が火傷したみたいに熱くなって、場所も考えずにユキさんを求めてしまいそうになる。
 困ったように眉を下げればユキさんは楽し気に口角を上げた。
「帰ろうか」
「ふぇ……でもパーティーが……
「いいよもう、顔も出したし。あとはどうせ中身のない世間話を聞かされて終わりだから」
「でも……
「そんなことより……
 ユキさんの顔がまた近づいて反射的にぎゅっと目を瞑ると、耳元で微かに笑みを含んだ吐息が聞こえた。
——帰ったら続き、ね?」
……っ!」
 不敵にほほ笑んだユキさんはオレが頷くよりも先にトイレの個室からでると、オレの手を引いて歩きだした。
 あたたかい手のひらと、楽しそうに響く靴底に自然と笑みをこぼして、オレも手を握り返す。
 振り返ったユキさんの瞳が嬉しそうに弧を描いていて、今日はずっと一緒にいられるかも、なんて、楽しい予感に胸が躍った。