ながひさありか
2025-12-06 17:31:41
3795文字
Public STR-Phaidei
 

月面都市開発計画

・3.7後、結婚してオンパロスを旅してのんびり過ごしている二人です。
・オンパロスを旅していた二人に月に来てくれないか? とカイザーから連絡が来る話。なんとなく「永遠のあくる日」の続きの世界線ですが、本を読んでなくても読めます。
・スティコシアに月があったので月があることにしています。それ以外は全部雰囲気。
・そのうち続くかも

 カイザーがとうとう月に到達したというニュースがディアディクティオに掲載されたのは、十年程前のことだった。
 新世界以降、セイレンスを連れオンパロス中を旅していた彼女は「地上は征服し尽くした」と五十年ほど前に宣言し、「これからは天空を目指す」とかつて黄金裔と呼ばれていた十二人の勇士のいるグループチャットに連絡を入れたのを最後に、しばらく連絡がつかなくなっていた。と言っても長命のオンパロス人にとって五十年はさほど長い時間でもなく、カイザーがオンパロスを旅していた四百年から見れば散歩と言ってもいいような時間だ。彼女を良く知るトリビー達やアグライアは「相変わらず精力的ですね」と彼女にメッセージを返信したが、それに返事が帰ってくることはなかった。

《月面都市開発計画》
 グループチャットにそんなメッセージが送られてきたその時、ファイノンはカイザーと同じく、モーディスと共にオンパロスを旅している最中だった。
 新世界になってしばらくの後、二人は互いの両親に挨拶をし、オクヘイマで挙式をし、正式にパートナーとなっていた。結婚後、ファイノンが望んでいた通り図書館に連れて行ったモーディスは、「次の望みはなんだ?」とファイノンに尋ねた。
 ファイノンは一週間ほど考えたのち、「昔、剣士か旅人になりたかったんだ」と何故か恥ずかしそうに口にした。甘い顔立ちに良く似合う青い瞳がきらきらと輝くのを見ながら無言で頷くモーディスに、ファイノンは「旅の計画を立てててさ」とクレムノスからの出立計画(仮)をモーディスに見せる。
『できればついてきて欲しいんだけど、などと馬鹿げたことを宣うなよ』
 モーディスの顔色を伺うようにちらちらと視線を送ってくる男に、モーディスは先手を打って口にした。え、と眉を一瞬下げてから、サッと苦笑に変える男が次の言葉を口にする前に、むぎゅっ、とファイノンの頬を摘む。
『未来永劫お前と共に在る、と婚儀の際に民の前で誓った。忘れたのか?』
 そういうわけで、モーディスは程なくして王権を一時的に父親のオーリパンに預けると、クレムノスを空けてファイノンの傍へ身を寄せている。元より結婚前に王権を父親に戻すことは両親に伝えていたから、そこには特に波紋は起きなかった。念のため「有事の際には呼び戻せ」とケラウトルスに伝えていたが、この四百年、特に呼び戻しがかかったことはない。モーディスの師でもあり優秀な老兵は、現在はクレムノスの若手の指導をするのと共に、かつての主人であるゴルゴーに仕えている。

 そうして二人で気ままに旅を続けているうちに、気づけば四百年の時が流れていた。移動要塞であるクレムノスに旅先で出会えば一時的に身体を休め、荷物を整えるとまた次の目的地に向かって旅に出る、と言った生活をしていた。
 かつては各国と延々と戦争をしていたクレムノスが今も要塞を移動させているのは、他国を侵略するためではない。彼の国はモーディスの教育もあり、今や美食大国となっている。以前は敵兵相手に見事な戦果を誇った優秀な戦士は、珍しい食材(と言う名の怪物や海魔)を狩るために日夜(包丁の)刃を研ぎ、(的確に仕留めるための)俊敏さを磨いていた。そう言うわけで、クレムノスの戦士もとい調理人/狩人たちを育成するため、定期的に要塞を移動させ、オンパロス各地の食材を手に入れていた。近年は優秀な料理人が大鍋を背負って城の門を叩くことも珍しくはない。
 どこかの輪廻で剣術を学びにクレムノスを訪れたことのあるファイノンは、彼の国の変わりように些か複雑な気分だったが、「クレムノスの料理人がコンクールで優勝した」とにこにこしながら報告してくるモーディスの顔に免じ、甘んじて受け入れることにした。
 本に地名は出てきたものの、どう言った国なのか全く記録のない都市の宿の一室で、にこにこ顔で石板を見せてくるモーディスに「おめでとう、なんだかこの所ずっとクレムノスが優勝してないか?」と返しながら、ファイノンは画面に映る体格の良い料理人が黄金のトロフィーを掲げている写真を見つめた。眩しい笑顔の隣のプロフィール欄には小さく「特技:パイナップルを片手で潰してジュースが作れます」と書かれている。
 かつてはオクヘイマ周辺でしか繋がらなかったインターネット回線はアグライアが各地に洋裁店を開くにつれ拡大され、今ではオンパロス全土に広まっている。
 そう言うわけで、こんな風に、旅の間、故郷のニュースを拾えもすれば、グループチャットに入る連絡で同僚達や家族の近況を目にしてもいた。それぞれがやりたいことをやっている姿にファイノンは安堵と幸福を覚えた。勿論、モーディスと二人きりで日々を送ることも幸福だったが、あの長く辛い旅路の果てに、皆の幸福もあって欲しいと願っていたからだ。

 カイザーが月に到達したと言うニュースから十年後の今日も、二人はオンパロスの旅を続けていた。昨日は砂漠を二人で越え、オアシスにある高級ホテルに泊まっている。
 ホテル代がもったいなくないか? と渋ったファイノンに、モーディスは髪から落ちる砂に顔を顰めながら「そろそろまともにバニオをする必要がある」と口にした。金が気になるなら俺が出すから言うことを聞け、と三つ編みを解き、落ちてきた砂に嫌そうな顔をするモーディスに申し訳なくなり、「野宿続きだったのを忘れてたよ」と訴えを受け入れることにした。
 いい香りのする湯で全身を洗い流し、清潔でふかふかのベッドで一夜を過ごした翌朝、珍しくグループチャットが活発に動いていることに気づいたのは、先に起きていたファイノンの方だった。
 モーディスはまだすやすやと寝息を立てながら眠っていて、ファイノンは彼の美しい髪に指を通しながら、さて、何をそんなにもりあがっているのだろう、とメッセージ画面を開いた。

「《月面都市開発計画》?」
 昼近くになってようやく目を覚ましたモーディスの髪をとかしながら、ファイノンは同僚たちが盛り上がっているプロジェクトについて口した。モーディスはまだ少し眠たそうにあくびをしながら、大人しく髪に櫛を通されている。
「カイザーが月に到達したって話があっただろ? あの後、どうやら樹庭の学者や技術者に声をかけて、月までの連絡船を作ってたらしいんだ。まだ十人程度しか乗れないそうだけど、彼女は一人で月に行ったから、それから考えれば大した進歩だ。チームにはアナイクス先生も声がかかって参加してるみたいだね」
 おしまい、とファイノンが櫛を髪から離すと、モーディスはいつものように三つ編みをし、暑いな、と溢しながら長い後ろ髪を片手で纏めて髪留めを探すように辺りを見回した。
「見えるけどいいのかい?」
「見える?」
 髪留め紐をファイノンから受け取りながら眉を寄せるモーディスに、ファイノンは無言で首の付け根をそっと撫でた。それで全てを察したのか、モーディスは呆れたようにため息をつくと、「別に構わん」と紐を結んでベッドから足を下ろした。
 モーディスは裸のまま部屋を移動し、クローゼットにかかっていたガウンを羽織ると「それで」と鼻歌を歌いながら冷蔵庫を開けているファイノンに視線を向けた。オアシスの中にあるホテルは家具と寝具こそ落ち着いたら色合いのものだったが、極彩色の花々が至るところに飾られており、テーブルの上も窓際も華やかだ。
「細かいことはログを読んでもらった方がいいけど、ようは僕たち全員、月に来て欲しいらしいんだ」
 冷たい水を注いだグラスをファイノンに差し出され、大人しく受け取る。半分ほどを一気に煽ると、柑橘類の爽やかな香りがモーディスの鼻腔を抜け、ようやく意識が覚醒したような気がした。
「開発のためにか」
「そうそう。僕は農村出身だろ? 畑を耕したりとか、そう言う方面でアドバイスが欲しいんだってさ」
「そもそも月に住めるのか?」
 月というのはあれだろう、空にある、とモーディスが天井に向かって指を突き上げるのを見ながら、「よく知ってるじゃないか、あの浮かんでる月だよ」とファイノンが笑う。
「住めるようにしたい、と言うのが正に今回の計画さ。今はまだ『行くことができる』程度で、それ以外は全部未知の領域だ。だから定期的に食料や物資をオンパロスから月に向かって配達してる……って書いてある」
 ここ、と画面を見せてくるファイノンの指の動きに合わせて、モーディスは文面を読む。確かに今言ったようなことが書かれていた。
「『可能な限り早急に参加して欲しい』」
 カイザーの言葉を読み上げるモーディスに、ファイノンが「面白そうじゃないか?」と興奮した様子で口にした。旅をしたい、とモーディスに告げたあの時の遠慮がちだったものと違い、今はモーディスがついてくることを疑っていない表情だった。
 モーディスは自然と口角が上がるのを感じながら、「俺は農業には今もそれほど興味がないが」と言いつつ、ファイノンのやや紅潮した頬にキスをする。
「ここから一番近いのはエリュシオンとオクヘイマのどちらだ? クレムノスは確かかなり遠いだろう」
 へらへらとしまりのない顔をしたファイノンが「エリュシオンかな」と笑う。
 であれば、荷造りはエリュシオンですればいい。


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