用事が出来て久々にピノコニーを訪れた俺達は、せっかく来たんだから!と穹に半ば引きずられる形で、ドリームリーフで開催されている小さな音楽フェスに参加することになった。
穹と三月が特別ゲストとしてステージに上がって歌っているのを俺は隅の方で見ることにした。
それから時間が経ち、フェスも何事もなく終わった帰り道。
人々は段々帰っていき、さっきまでの熱気が嘘のように静かになっていく。
俺達も時間が時間だしと帰ることにし、ドリームリーフの暗い道を歩いていた。
穹と三月はあれだけ歌って踊っていたのに元気そうで、フェスの感想を言い合っているのを一歩後ろを歩きながら聞いていた。
「あー!面白かった!まさか、こんなに面白いことやってたなんて知らなかったよ!」
「ステージ上がるって分かってたら、ウチ、もう少しお洒落したのに!」
穹は振り返って俺の顔を見て、まるで子供が小さな悪戯を思い浮かべたような顔をして笑う。
「丹恒もステージ上がって歌えば良かったのに!動画撮りたかったなぁ…」
「俺は、見てるだけでいい。それに、無許可で動画をどこかに載せるつもりだろ?やめてくれ。肖像権の侵害だ。」
穹はちぇ、バレたか。丹恒は顔が良いからいつもより再生されるんだよなぁ。と不貞腐れたように呟きながら、また三月と会話を始めた。
その時、ふと、人工的で甘ったるい香りが鼻につく。
俺はその人工的な甘い匂いがした方を見ると、曲がり角の方に見覚えのある、夜空に血を垂らしたような長い髪が漂ったのが見えた。
見間違いかと思ったが、あの特徴的な髪をしている人は、彼以外に見たことがない。
だが、彼がこんな所にいるはずがない。
ピノコニーの警備はかなり厳重であの“星核ハンター”が来れるわけが無い。受付をしようものならカンパニーの方が先に来るだろう。
そう思うものの、以前に裏ルートで潜入していた事実がある。
一旦落ち着け、冷静になれと、思えば思うほど、心臓がどくどくと激しく音を立てる。
ずっとあの曲がり角に釘付けになってしまう。
何のために?俺を殺しに来た?
そもそも本当に彼なのか?仮面の愚者の悪戯か?
どれだけ悩んでも結論は出なかった。
いっその事、追いかけるか?そう考えた時、ふと、視界を見慣れたグレーの髪の毛が覆い隠す。
「丹恒?どうしたの?早く帰ろうよ。」
その場に立ち止まっていたのに気がついたのか穹が心配そうに顔を覗き込んでいた。
俺はそれにハッとし、一歩後退り眉間を押さえ、気を落ち着かせようとした。
「…なんでもない。」
そう言うと、不思議そうな顔をしながらなんも無いならいいけどさ?と返される。
三月も丹恒ってそう言うトコあるよね。と、呟きながら歩き始める。
俺も2人に追いつこうと数歩程進んだが、どうしても気になってしまった。
「2人とも悪い。急用が出来た。先に帰っててくれ。」
それだけを告げ、返事も待たずに走って、“あの髪”が靡いていた方に向かった。
「あ、ちょっと!丹恒っ!?もう!!」
後ろから三月の呆れるような大きな声が聞こえ、申し訳ないと思ったが好奇心の方が勝ってしまった。
悩むぐらいならこの目で確かめた方が、やはり早い。
追いかけて違えば俺の杞憂で済むし、もしも彼本人ならば、何をしでかすか分からないし、ハウンド達に報告した方が良いに違いない。
万が一、刺されてもここは夢の中だから現実の俺には何も支障はない。そう判断した。
暗がりの中、がむしゃらに走っているとまたあの人工的な甘ったるい香りが色濃く漂い、先の方に光が見えてくる。
路地裏を抜けた途端、目を焼くようなネオンカラーの看板がギラギラと光り輝く、黄金の刻のように派手でうるさい街にたどり着いた。
辺りを見回すと、そこらで肌を晒した女性達が甲高い声で男に話しかけ、擦り寄っている。
そしてあの甘い香りやアルコール、そして煙草の匂いが混ざり合い、吐き気を催した。
俺は、以前、姫子さんとヴェルトさんが治安が悪いから避けるように。と、濁していた場所に来てしまったとすぐわかった。
帰ろうと一瞬思ったが、ここまで来てしまったからには追いかけるべきだと判断し、ガヤガヤと騒がしい街を身を潜めながら歩いた。
治安が悪いことに変わりはないが、大人の街…所謂、風俗街のようだった。
このような場に慣れてないことが伝わっているのか知らないが、すれ違う人々に向けられる品定めするような視線に耐えられず、帰ろうと踵を返した時、数メートル先の路地裏からふらっと、あの髪の持ち主が現れる。
その瞬間、騒がしかった街の音が消え、彼以外の全てがスロー再生されたような感覚になった。
だが、現れた刃は“俺の知っている姿”とは、かなりかけ離れていた。
いつもの黒づくめの肌を隠すような服装とは違い、網タイツにヒール、そしてエナメル製の…いわゆるバニー服を着て、身体に刻まれた目を背けたくなるような沢山の傷を晒していた。
ここに来るまでの間、彼と似たようなバニー服に身を包んだ男を度々見かけたからコスチュームなのかもしれないが、彼のことをよく知るからこそ違和感があった。
服装に気を取られていたが、よく見ると頭にはうさぎの耳を模したカチューシャをつけ、“三時間 2500信用ポイント”と書かれたプラカードを手に持っていた。
刃は俺に気がついていないようでぼんやりと立ち尽くしていた。
通行人達は刃のことをあからさまに避けて目を合わせないようにしていた。
見なかったことにするのが互いの為だろう。
すぐにその場を離れようとしたが、刃が何回か通行人に話しかけようとし、露骨に拒まれているのを見たら、理由は分からないが、放っておけないと思ってしまった。
「刃…だよな?」
そう声をかけると、刃は目を見開いて俺を見た後すぐに顔を顰めながら、バツの悪そうな顔をして手に持っていたプラカードを持ち直し、露出の多い身体を隠すような仕草をする。
羞恥なのか、はたまた俺との距離を保つ為かは分からないが、自ら望んでその服を着てる訳ではないということだけはわかる。
「フン…ここはお前のような“子供”が来る場所ではないぞ、飲月。」
そう刃は呟いた後、あっちにいけと言うように手で追い払うような真似をした。
「何を、してるんだ?」
「客引きだ。見てわかるだろう。」
刃はそれだけ言うと嫌そうに俺を見たあと、通行人に目をやる。
やはり通る人は皆、刃を避けているようだった。
数分程、刃の客引きの様子を見ていたが、後からやってきた背が低く華奢で、似たようなバニー服を着た男の方が先に声をかけられごった返しているネオン街を歩いていった。
刃は立ち去っていった男と比べても、お世辞にも華奢とは言えず、背も高く、全身傷だらけだ。
それに一目で“普通では無い”と分かる雰囲気があり、避けられるのも無理はないかもしれない。
「…諦めて、帰ったらどうだ?」
「それで帰れたら、俺はこんな馬鹿げた服を着て、立っていない。」
刃は眉間に皺を寄せ、俺のことを睨む。
帰れない事情…、きっと彼らの良く言っている“脚本”に関係することだろうと推測ができる。
脚本で決められた任務ならば、仲間の身体を見ず知らずの男に売らせるような連中だったと言う事実に嫌悪感が込み上げた。
そして、刃に対してほんの少しだけ、哀れだと感じてしまった。
「もしかして、お前がいるから、俺に客がつかないんじゃないか?」
刃はそう言うとキッとまた俺を睨み嫌そうな顔をした。
「お前が俺を買うか買わないかの検討をしてると勘違いしているに違いない。じゃなかったら…こんなにも声がかけられないのはおかしい。帰るべきは、俺ではなく…お前だ。」
そう言い切ったあと邪魔だと言うようにまたシッシッ、と追い払う仕草をする。
どう見てたって刃本人の見た目や雰囲気のせいだろうに、責任転換をするような刃の言い方に腹が立った。
「客が引けないのは、俺のせいではないだろう!それは、お前がっ…」
そう声を荒らげた後、慌てて口を噤む。
それは刃の、見た目や雰囲気のせいだと言ってしまえば、きっと彼は、傷つくだろうと考えた。
そのまま、口を閉じぎっと睨むと、刃も不快そうに顔を顰める。
「お前が来る前は…客を、引けていたぞ。そう考えると…引けないのは、やはり、飲月。お前のせいだ。」
刃はそう言うと、男にしては豊満で柔らかそうな胸をアピールするかのように、腕を組み、俺を見下ろす。
「三時間で二人、捕まえた。どうだ?飲月。これでも、俺が悪いと言うのか?」
ふん、と得意げに鼻を鳴らして口角を僅かに上げながら、自慢するかのように刃は告げる。
「…捕まえたのに、ここにいるのか…?」
そう聞くと刃は先程の得意げそうな顔を顰めたあと、いや、それは、と言い訳するかのように呟く。
その様子から察するになにか揉めて帰られたに違いない。
呆れたようにため息をつくと、刃はまだごにょごにょ言葉を紡いでいる。
「ま、まあ…そんなことはどうでもいい。お前がいるから客が…」
そういった後、刃はハッとして、何かを考える素振りをした後、愉しげに目を細める。
俺は何となくその刃の不審な笑みに嫌な予感がして、少し後退り、距離を置いた。
「ふん…。客が見つかったぞ。」
「……客?」
辺りを見回すがそれっぽい人は誰一人おらず、なんなら俺と刃を避け、異物を見るようにしてる人しか居なかった。
どこにその客がいるんだ?と、呟きながら刃を見ると、小馬鹿にしたように笑いながら、俺の腕を掴む。
「お前だ、飲月。お前が、俺の客だ。」
そう言って強い力で引き摺るように歩いていく。
「おい、刃!!ふざけるな!俺はっ!お前達に手を貸すつもりはない!」
手を振りほどこうと暴れてみても刃の力は強く、ピンヒールを履いてると言うのに体幹すらブレない。
そのままカツカツとヒールを鳴らし大股で歩いていく。
擊雲を使うことも考えたがこの街並みで騒ぎを起こすのは気が引けるし、仮に殴り合いに発展し、姫子さん達に迷惑をかけてしまうかもしれないと思ったら、抵抗をやめ、刃に連れていかれるしか無かった。
刃は俺が大人しくなったのを確認すると掴んでいた手の力を少し緩め、早足に騒がしいネオン街を進んでいく。
こんなことならすぐに帰ればよかった!
そう後悔してももう遅く、甘ったるいアロマの匂いが漂い、ピンク色でギラギラと光る看板がある、いかにもな怪しい店に辿り着く。
それを見たときにまた、最悪だ!と俺は思った。
刃は何も言わないで扉を開け中に入るなり、受付の男に客を連れてきた。手続きを早くしろ。と告げる。
店内は外と比べると、かなり質素で、長椅子と観葉植物が置かれた、こじんまりとした空間だった。
甘いアロマの匂いが一際強く香っていて、思わず顔を顰めてしまった。
「あのねぇ、君…。やっぱ態度が悪すぎるよ。さっきも言ったけど、その態度を直した方がいいと思うんだけど。顔は、悪くないんだからさ。顔は。」
受付に座っている男は呆れたように言いながら引き出しをあさり、書類を取り出す。
「ふん、お前には関係ないだろう?おい、飲月。ぼさっとしてないで、早く書け。」
刃はそう言いながら、机に俺を押しつけ、つまらなさそうに壁にもたれながら腕を組む。
顔を顰めながらペンを受け取ると男は眉を下げ、俺に平謝りをした。
手渡された紙に書かれていた内容は、嬢に何をしてもらいたいだとか、性癖がどうとか、あまりにも低俗な事ばかり書かれていて、思わず手が止まる。
そして具体的な内容に顔がかっと熱くなるのを感じた。
「ふん……何をそんなに正直に悩む必要があるんだ?飲月。適当に書けばいいだろう?お前がナニを書こうが……俺には関係の無いことだ。」
刃は少しイライラとした様子でそう答える。
関係ないことは無いだろう?と言おうとしたがそれより先に受付の男の方がため息をついて刃に苦言を呈した。
「君ねぇ、少しぐらい愛想良くできないの?そんな舐め腐った態度で接して…。」
「だが、この態度につられて数人やってきた。」
刃は自慢げに答えるが、受付の男は呆れたような、冷めた目で刃を見る。
「でもその運良くつられた客を、君が殴ったせいで、こっちは大損なの!理解してる?次、殴ったらクビだからね。はぁ、こんな子、雇うんじゃなかった!」
「殴っ…!?」
殴ったなんて聞いていない!と思いながら、刃の方を向くと、刃は苦虫を噛み潰したような顔をし、目を伏せる。
受付の男は俺のほぼ白紙の状態の紙を一瞥したあと、面倒そうに部屋の鍵を差し出して、これ以上話をしたくないと言いたげにスタッフルームに籠っていく。
刃はふんと鼻を鳴らしたあと、行くぞ。と呟いて、受付台の鍵と俺の腕を乱暴に掴み、部屋に向かっていく。
無造作に並ぶ部屋は壁が薄いのか、店内に流れる流行りのBGMに加え、甲高い声や水音が聞こえ、扉の向こうで行われているだろう“行為”を想像してしまい、また顔に熱が溜まるのを感じた。
そして、一番奥の部屋にたどり着くと、刃は乱暴に鍵穴に鍵を差し込む。
ガチャリ、と重い音を立てて扉が開かれると、途端に甘ったるいアロマの匂いが、さっきまでよりも数段濃く鼻腔に押し寄せる。
中に強引に押し込まれると、刃は振り返り、素早く扉を閉め、鍵をかけた。
外の喧騒が少しだけ遠のき、2人だけの空間に変わる。
通された部屋は狭く、壁紙は濃い紫の照明を浴びて、不健康なピンク色に染まっている。
受付と同様に物は少なめで、手前の方に小さなテレビと、小さなソファ、そして観葉植物。
入ってすぐにある扉はユニットバスを示すマークがついていた。
あとは奥の方に寝心地悪そうな硬めの大きなベッドが置かれていて、横にあるサイドテーブルには冷たい銀色の手錠と避妊具のであろう小袋、そして行為に使うであろう潤滑油が無造作に置かれていた。
俺は、初めて見る光景にどうしていいのか分からず、俯いて自分の足先を見た。
「ふん…随分と、情けないな。飲月。」
刃はからかうように呟いたあと、カツン、とヒールを鳴らして俺の前に立ち、そのまま顔を覗き込んだ。
刃の長い髪がだらんとカーテンのように垂れ下がり、俺の視界から刃以外が消える。
そして、端正な顔がゆっくりと近付いてくるのに目が離せなくなった。
何故か鼓動が早くなり、喉もカラカラに乾いてくる。
刃の真っ赤な瞳が細められた時、心臓が今まで一番大きく跳ね上がり、息を飲んだ。
刃はまた、情けないなと呟いたあと、ぐっと俺の腕を掴み、そのままベッドに投げ飛ばした。
慌てて受け身をとり、何をするんだ!と大声を出しながら降りようとするが、それより先に刃が俺の手首を掴み、手錠でベッドボードの柱と繋いだ。
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