体が火照るような、熱を帯びていくような感覚がする。氷のように冷たい指先が肌をなぞるたび、与えられる冷たさとは反対に内側から発火するようにじわじわと温度が上がる。
「リー、頼むから……やめて……」
自分でもわかるほど弱々しく小さな声だった。リーはすっと朧花色をした目を細めると柔らかな力で指先を絡め取られ、手のひらが触れ合う。その温度はやはり冷たくて、僕は小さく肩を震わせた。
「まだ始まったばかりですよ、もうギブアップですか」
「もう十分でしょ、早く、離してくれると、助かる」
「いいえ、まだです」
断固とした意思で反対されてしまい、反論のために用意してきた言葉たちが喉につかえる。しかしこのままでは確実にこちらが保たない。何とかして距離を取りたいが、どうすればそれを許してもらえるのか。思考は重ねられた手のひらの冷たさに触れて散り、また集まっては散るを繰り返す。
「あの、リー……リー?」
「はい、なんでしょう」
「頼むから、一回手を離して、ください……」
「嫌です」
あまりにも容赦なく、蚊の鳴くような声で紡いだ願いは跳ね除けられる。ただ一度、落ち着きたいから手を離して欲しいというだけのはずなのに。
「知っていたつもりですが、貴方の手は温かいですね」
リーはこちらの意思に構わずにまた指先を滑らせる。指の形をなぞるように、皮膚の柔さを確かめるように触れられて、びくりと指先が震え身構えるように強張る。
「…………っ」
「……触れられるのは嫌、ですか?」
「嫌、な訳じゃなく、て」
決してリーに触れられるのが嫌なわけではないだと弱々しく首を振る。そう、触れられるのは全く嫌ではないし、むしろ嬉しい。触れてくれるのは嬉しい、のだけれど。
「落ち着かな、くて……その……心臓がずっとうるさいというか……」
「エデンの狩人が聞いて呆れますね。普段の勢いはどうしたんですか?手を繋いでいるだけです。これくらいなんてことないでしょう」
その声は若干の呆れを含んでいながらどこか愉しそうでもあった。手を繋がれて慌てふためいている姿を見て何が愉しいんだと睨んでも全く効果は無いようで、握られた手を離してもらえる気配はない。
「……誰かと手を繋ぐとか、は、じめて、なので……」
「幼少期に誰かと手を繋いだことくらいあると思いますが」
「っ、それとこれは別!」
そう、幼少期に誰かと手を繋ぐことと想っているひとと手を繋ぐのでは天と地ほどの差がある。そもそも誰かとこうやって触れ合うことなどほとんど無いに等しかったのだ。恋する乙女とかそんなものでは無いけれど、こちとら耐性というものは皆無なのだから、少しくらい手加減してくれたっていいのではないだろうか。例えば手を握るとかじゃなくて、まずは手に触れることに慣れることから、とか。
「握り返してはくれないのですか」
彼の手に握られ、握り返すこともできないままでいた手の関節がきし、と軋むような錯覚がした。
「ちょっと、そん、な余裕、なくて……」
本当にそれどころじゃないから待ってほしい。何とか目を逸らして視界からリーを追いやるが、先ほどから触れ合っている肌の温度にばかり意識が行って落ち着かない。こちらの手の温度を冷ますような、彼の手を温めているような、互いの温度が溶け出して『同じ』になっていく感覚がどうにも慣れなくて、強張った指先はまともに動かす事すらできない。無力である。
「……リー?本当に今、手汗、すごくて」
「ええ、そのようですね」
繋がれていない反対側の手が伸びてきて、僕はせめてもの抵抗に肩を震わせて強く目を瞑る。が、その指先は予想に反してさらりと頬を撫でて、たったそれだけで離れていく。安堵するように肩の強張りを解いて、恐る恐る瞼を持ち上げた、瞬間。
「指揮官」
「はい……っ!?」
抵抗の暇もなく顎を掴まれると、有無を言わさずにリーの方へ顔を向けさせられる。視線を逸らすことは許さないとでもいうように繋いでいたはずの手もいつの間にか解け、そっと引き寄せるほどの強さで腰に触れていた。身動ぎできる余白はあるものの、突然のことに硬直した体は動くこともままならない。
「は……、え……!?」
普段大した温度を持たない耳までもが熱を帯びていくような感覚がして、今自分の顔がどれほど赤くなっているかを嫌でも理解してしまう。もう乙女のようにか弱い声を出すことしかできないこちらを見てか、リーは満足そうに微笑んだ。
「赤いですね」
「誰のせいだ……!」
「僕のせいなら嬉しいところですが。指揮官?」
「……本当に、君のそういうところずるい」
「貴方にしかしませんよ、こんなこと」
そう囁くように、言葉が落ちる。一層近くなった距離に僕はやはり無力にも小さくなることしかできない。これから何をされるのか全くわからないが、きっと彼にねだられてしまえば彼に甘いと自覚している思考では断れなどしないのだろうから、いっそ腹を括るべきか。
「……これ以上は貴方が保ちそうにないですね」
限界に達して変に据わり始めた思考を見透かしたのか、リーはぱっと音がしそうなほど呆気なく手を離して一歩、二歩、と後ずさる。これ以上は何もしない、ということだろうか。ほっと安堵するように息を吐いたのも束の間、どこか離れていくのを引き止めたくなるような感情が芽生えたのを今は必死に押さえつける。今はもう心が保たない。無理です、キャパオーバーです。
「こっちはずっと倒れそうだったけど……!?」
「大袈裟ですね、これくらいで死にませんよ」
「死ななくても僕の心が保たない!」
しかしそんな喚きもきっとリーには届きなどしないだろう。意味深に微笑んだ口角を見て、嫌でも慣れさせられる日が来るのだと悟り、諦めて今更顔を覆う。普段の貴方は何処に行ったのでしょうね、なんて声が聞こえるが知ったことか。何もかも『はじめまして』なのだからもう少し優しくしてくれ。
「本当に……一生慣れる気がしない……」
「それは困ります」
「じゃあもっと手加減してくれ……」
「手加減できるかは貴方次第、ですね。指揮官」
そう言って笑うリーの姿を見てしまえばどんな反論も無意味なように思えてしまって、喉の奥まで出かかっていた言葉は飲み込まざるを得なくなる。時に酷く強引で、ずるくて振り回されてしまうのに、君が楽しそうならいいかなんて結局許してしまうのだから、やはり僕はリーに甘いのだろう。感情が帯びた行き場のない熱をどうにか冷ますように、僕は静かに息を吐いた。
心臓の騒音は、もうしばらく収まることはなさそうだ。
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