また違う太陽を見ている

フラ←カラ前提のジプデウ
一部くれないの豚のオマージュがあります
みずのいしをあげる前あたりの時系列

 濃紺の空から鮮やかな空に変わるのがいつも、空気の匂いでわかる。ジプソはそういう、夜の世界にもう長い間ずっと生きてきた。暗がりの空に飛ぶ相棒はいつも、銀色の体をキラリと光らせて飛んでいる。エアームド、と呼ぶと、ポケモンはこちらに気づいて軽やかに降りてきた。
 ──その朝方に、エアームド以外の輝きが一瞬見えた。開けたバトルコートの中で、一心不乱に踊る少女の後ろ姿が見える。先ほどジプソが気づいた光は、ヒトデマンの中央の赤が反射したのだ。あれはああいう色で光るのか、と一つ学んだ。
 ミアレの夜はこんなふうに一人で踊れるほど、必ずしも治安がいいとは言えない。よく彼女は今まで無事でいたものだ。
 彼女がダンスを終えて帰るのを、さり気なく部下の数名に見張らせる。
「ボスが懇意にしているエムゼット団のメンバーだ」
 と一言付け加えると、途端に場がきゅっと引き締まる。……これでさっきからコートの近くでニヤニヤとしていた数名の男たちは、彼女に手は出せなくなるだろう。
 もちろん、少女はそのことを知らない。知らないままでいてほしい。ジプソのいるこちら側へ少しでも入った形跡が残ってしまえば、彼女の歩く道に傷がつく。
 ジプソが去ろうとすると、少女の足音が響いた。ダンスの練習を終えて帰るのだろう。ヒトデマンが横をついて歩く。彼女の相棒であることに、なんの疑いもなく、なんの劣等感もない、まっすぐな友情がそこにはある。
 ──自分は、どうだっただろうか。

 サビ組を作る前のことだ。気に入らなかった当時のカラスバを追いかけ、ポケモン勝負だと持ち込んだとしても気がつけばいなくなっていた。
 やっと見つけたと思ったらそこはフラダリの庭で、追いかけ回していたころとは全く違う顔をしたカラスバがいた。ジプソが様子を見ていると、カラスバはなにかを熱く語り、フラダリがそれを楽しそうに聞いていた。内容はどれも高尚で、崇高で、ジプソには無理だと思うような計画が次々とカラスバの口から溢れているのを聞いたとき、フラダリの笑い声が一際大きく楽しそうに響いた。ジプソたちに施しや、援助をしているとき、彼はこんな笑顔を見せたことはない。いや笑みこそたたえてはいるが、あくまで社交辞令で、恐れられないようにするためだけの繕われた笑みだ。
「げ、ジプソや」
 こちらに気付いたカラスバが、途端に「また今度!」と言ってこちらを振り向かず、フラダリの元から走り去っていくと、ぶつかりそうになったメイドが悲鳴を上げた。フラダリは驚いた顔をして、ジプソは庭から離れてすぐに追いかけっこを再開した。
 フラダリに会った後のカラスバはますます追いつかなかった。逃げ足が倍になったように軽やかになった。フラダリとの会話が相当嬉しかったのだろう。そんなふうに態度にはっきり出るような、まっすぐに伸びやかな子ども相手に敵わないなんて。ジプソはこのころから、悔しさや劣等感をごちゃまぜにした、それよりもむしろ圧倒される魅力に取りつかれ、自分よりはるかに大きなカラスバという器に賭けてみたくなった。素直さと一途さもあるくせに、考えることは誰よりも鋭利で先を行く。アンバランスなようで、しかしうまくやり切る力がある。ジプソははっきり自覚した──フラダリ譲りか、それ以上のカリスマを。
 そこにまっすぐな友情なんてものは存在せず、むしろ清々しいほどの敗北とすら言える。けれどそれで良かった。ミアレは、自分がボスとして率いるにはあまりに課題が大きく、悠久だった。それをカラスバに伝えるといつも「またくすぐったい話するんやなあ」と呆れ、笑われる。

 エムゼット団や、彼女たちとポケモン同士の絆を見ていると、ジプソやカラスバとの繋がりとは全く違う縁が見える。お互いを認め合って高めていける強さが、ジプソには少し眩しい。
 彼女の夢に向かう横顔を見ると、フラダリに夢を話していたころのカラスバの表情と重なる。
「デウロさん」
 ジプソは気がつけば、思わず声をかけていた。このまま去ってしまえばいいものの、あの日追いかけるだけだったカラスバの横顔を彼女に見てしまった。それはパッと記憶から弾けてなくなり、今はデウロの明るい顔が見える。
「あれ、ジプソさん……その、お仕事中、とか?」
「ええ。見回りしていたところです」
 そうでしたか。と、デウロは青いパーカーの裾をまくり、ヒトデマンをダイブボールへしまった。
「疲れさせちゃった、ごめんね長い時間」
 そんなにも練習をしていたのだろうか。彼女の方には疲れはあまり見られない様子だが。「ありがとう」と言いながら、彼女はボールを撫でる。
「進化すれば、体力ももっとつきますよ」
……そっか、進化……
 デウロはなにやら思案顔になり、顔を伏せる。
「あたし、ポケモンも強くしたいし、わざも鍛えなきゃって思うんです」
 ぽつりと呟く内容は、果たして自分が聞いていいものなのか。ジプソはわからず、ただ口を開く少女の丸い頭を見下ろす。
「でもそれ以上にダンスもちゃんとしないと……それを両立するのって、なかなかできなくて」
 ふと、この少女の周りの環境を考える。
 よそから来た観光客で、今では立派にミアレのためを思いながらひた走るキョウヤ。憧れの人に衣装を作ることを夢見て進むピュール。人助けのため奔走し、リーダーとしてエムゼット団をまとめるタウニー。
「もちろんみんなに嫉妬してるわけじゃないけど……羨ましくは、あるかも」
 彼らから弱音を聞いたことはない。いや、ジプソのような人間相手には吐かないだろうが、強く前進していく彼らを見ていると、そういう弱さとは無縁のように思えるのだ。
 だからもし、個人個人とこんなふうに話す機会があるのなら、きっと内に秘める思いは悲喜交々ひきこもごもだろう。
「じゅうぶんに頑張っているとは思いますが」
 ジプソはこういうとき、上手い言葉を返せない。男所帯で生まれ育ち、サビ組も女性こそいるものの基本的にはボスに忠義を尽くす任侠の世界だ。こういう寄り添うための言葉は、あまり親しんでこなかった。
「それでも足りないと思うのであれば、ないものねだりをしているのか、あるいはもっとやり込まなければならないか」
 二択を与え、考えさせる。デウロは顎に手を当て、悩んでいる。
 ──与えられる、ということにかつてのジプソは慣れすぎていた。フラダリが路地裏の子どもたちを援助したころ、ジプソはそれを「金持ちの道楽でくれる金」と思っていた。恩には感じていたが、それを減らすことはあれど増やすことは考えず、なくなれば求め、与えられれば当たり前と思っていた──カラスバを見るまでは。
 与えられるがままに使い果たしていた自分がフラダリを「フラダリ様」と慕うのは、半分は世話になった礼でもあり、もう半分は自分のボスが這い上がり、ジプソにチャンスをくれた存在になれたからだ。カラスバの背中は常にサビ組が守り、守られ、導かれている。そのカラスバの前方を照らすのは、フラダリがかつてジプソにもくれた、同じ光である。
 デウロにとって、光はなんだろうか。
「まず、徹夜は避けるべきでしょうね」
 自然と口をついて出た言葉に、デウロが目を丸くする。空はたしかに白み始め、朝が近い。
「良いアイディアも浮かびませんし、それに、美容にも良くないですから」
 この街には明るい日差しがまもなく訪れる。そのために彼女には、安らげる場所にいてその日を浴びてほしい。例えばホテルZのベッドで、みんなが待つロビーで、お気に入りのカフェで。そこが彼女の原点で、光なのだろうと気づかせるために。
 ジプソの願いは果たして、デウロにちゃんと届いたようだ。彼女はくすくすと笑っていた。
「そうします」
 デウロがお腹を抑え、「お腹空いちゃった」とポツリと漏らす。あどけない少女の言葉に、ジプソが与えられるものはなにかを考える。
「わたくしのような者と一緒にいるのを見られるのはまずいでしょうから、一つだけ……この先の角にある新しくできたカフェ、クロワッサンが美味しいと好評です」
「え! そうなんですか?」
「ボスが以前仰っていまして。昔、初めて食べさせてもらった味と似ているんだそうです」
 言い終えてから、少し喋り過ぎたかと口をつぐむが、デウロはあまり気にしていない様子だった。「行ってみます」と高揚を隠しきれない様子で歩き出し、くるりと振り返ってこちらに大きく手を振る。
 彼女の背に、もう朝日はまもなくやってくる。鈍い光が、彼女の輪郭を滲ませた。