魔法舎の森で行われた合同訓練のさなかだった。リケの腹がおやつどきを告げて、賢者の魔法使いたちは思い思いの休憩を過ごすため散っていった。
ネロが大きなバスケットに詰めて持ってきた手作りの菓子を、もらいに集まる子どもたち――と、オーエン。そのすぐそばでは、西の魔法使いたちがさっそく宙にテーブルと椅子を浮かべ、お茶会を始めている。
オーエンは、彼らの賑やかな誘いをすげなく断ると、一同から離れた大樹の枝に腰掛け、両腕いっぱいに抱えた焼き菓子を堪能した。
唇に残る甘さまで舐めとって、満足の息を吐く。ふと視線を落として気づいたのは、姿よりも気配だった。菓子に気を取られた頭では誰もいないと勘違いしてしまうぐらいには、あまりに己に馴染んでしまった気配――左目の本来の持ち主。
オーエンは音もなく地に降り立つと、木陰から覗く後ろ姿に向かって歩きだした。
なにをしているのだろうか。もし彼も自分と同じように菓子を食べているのなら、奪ってやろうか。訓練で学んだことを書き留めているのなら、そんなことをしたところで強くなれないよと、ケルベロスをけしかけたっていい。
無意識に足取りが軽くなって、しかし目指す背中は微動だにしない。そろそろこちらの気配を悟って振り向いてもいい頃合だが――。
そうしてオーエンは、カインの肩が穏やかに上下を繰り返していることに気がついた。
「……へえ」
溢れたのは、嘲笑よりも驚きの声だった。
いつだったか、他人の足音や気配で目を覚ましてしまうのを職業病だと言って笑うのを耳にしたことがある。一方で、騎士団時代の任務や、中央の魔法使いたちのパジャマパーティーでは、雑魚寝をしたことがあるらしいのも。
オーエンには、初めてだった。彼の寝顔を見るのは、初めてだった。無意識に息を詰め、カインの前にしゃがみこんだ。一枚の落ち葉と木漏れ日が、その赤い髪のうえで遊んでいる。
*
「うわっ!」
幕引きは突然だった。一気に覚醒したカインが、夢の余韻もなく驚きの声をあげる。オーエンは思わず顔をしかめて、身体を離した。
「びっ……くりした……」
ややあって、カインは見開いた目を数度しばたかせると、声をあげて笑いだす。なんだかすべてを見透かされているような気がして、オーエンはいらいらと砂埃をはたきながら立ち上がる。
「魔法舎の敷地内だからって、油断して眠りこけてるなよな」
「そんなによく寝てたか?」
「素敵な髪飾りをひっつけるぐらいにはね」
髪についた落ち葉を示すと、カインは「おまえだって……」と言いかけて微笑んだ。
「なに?」と不機嫌に尋ねると同時に、ふたりのあいだを一陣の風が吹きぬける。ひらひらと舞い飛ぶ木の葉を、カインのふたいろの瞳が追う――葉は、二枚あったように見えた。
「なんでもない!」
遠くから仲間たちの呼ぶ声がして、ふたりは歩き出す。そのオーエンの銀灰色の髪のうえでも、木漏れ日は遊んでいる。
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