自らの首を小脇に抱えて帰還した鉄の目を、夜渡りたちは呆れた様子で出迎えた。戻って来るまで異様なほどに時間がかかっていたから、皆がそれぞれ心配していたのに、本人は暢気に異様な姿で帰ってくるものだから、驚きよりも呆れが勝ってしまった。
「――で、どうだったんだ」
隠者に首を固定され、大祝福の側でじわじわと傷を癒やす鉄の目に、復讐者が尋ねる。彼女は傷が治りきるのを待つつもりはないらしい。いくら呼びかけても応えてはくれないかつての仲間に、新たな夜の王に、彼女は随分と苛立っている。
鉄の目はごぼごぼとあやしい音を喉からさせながら、事の顛末を話した。倒せなかったが、少しばかりあいつは思い出すことが出来たらしい、と。
「お話はできたの? 私たちでは、会話にならなかったけれど」
「あ、ああ゙……少し、な。ちゃんと、人の、言葉を……話せて、た……ゔウッ……!」
完全に繋がりきっていない首では、話し続けることは難しい。復讐者も隠者もそれ以上は尋ねなかった。首が一番酷いが、鉄の目の体は他にも酷い傷が無数に残っている。しばらく出撃はさせられそうになかった。
「……会話が出来ようと、私たちのすべきことは変わりませんよ、先生」
「そうだけど……せめて、ここがどうなったか、伝えてあげなくちゃ」
手引した手前、隠者は責任を感じているらしい。彼の願いがもたらすものを、当然、彼女は予測していた。その結果、彼を討たねばならなくなるとわかっていても、誰かの願いを止めることは彼女には出来なかったのだ。それが、彼の優しさに寄るものだとわかっていたから。
夜の王を倒す使命を重んじる守護者は渋い顔をしているが、それはそれとして、彼の不器用な優しさを知ってもいたから、複雑な思いはあった。彼が守ろうとした新たな群れには様々な危険因子が潜んでいて、けれど、ただ排除すれば良いと断ずるほど、ことはそう単純な話でもない。
一人で暴走し、遺体を殺した鉄の目のことを、一番警戒していたのは守護者だった。鉄の目を出撃させることにも最後まで反対していたが、新たな夜の王の気を引くために残された方法は、鉄の目と引き合わせること以外に思いつかなかった。それに、そうでなくても、今の自分たちにはどうしても彼の力が必要だった。
「お前さん、あいつにどこまで話せたんだ? いや、無理に話さなくていい。治ってからでかまわねえが」
「ぐうっ……い、いや……だい、じょうぶ、だ……。あいつ、には……話した、何も、かも……」
無頼漢の問いに、鉄の目は嘘をついた。何もかもなど話していない。それどころか嘘をついている。この作り変わった円卓や、再び集まった夜渡りのことは話した。しかし、彼が最も気にかけていた相手について、鉄の目は嘘をついたのだった。自分の楽しみのためだけに。しかし、苦しげな鉄の目の様子を見て、無頼漢はそれ以上は尋ねなかった。
「……」
執行者は何か言いたげに、鉄の目の首に巻かれた血の滲む包帯を見つめている。言葉は交わさずとも、追跡者と執行者は随分と長い時を共に過ごした仲間だった。自分には彼の悩みを解決することはおろか話を聞くことも出来なかったが、それでも、気を張ってばかりの彼が無防備に居眠り出来る居場所であれたことは、小さな誇りでもあった。彼が苦しんでいるのなら解放してやりたいと、そう思う。
「何にせよ、あまり無理をしすぎるな。今のこの円卓は、お前さんがいなくちゃ成り立たねえ」
「そうだな。不本意だが……今はお前が、この円卓の巫女なのだから」
各々の思惑は様々だが、新たな円卓に集った夜渡りたちの目的は同じだった。かつての仲間を、夜の王たる運命から解放すること。
そのために新たに選ばれた巫女――鉄の目だけは、彼らの目的とは少しばかり違う思いで動いていたけれど。
追跡者が夜の王に変じたことで作り変えられた新たな円卓は、今までの円卓と似ているようで違っていた。
まず、再び集った夜渡りたちの中に、レディの姿は無かった。追跡者が祈った通り、彼女だけは解放されたのだ。きっと彼女は喜ばず、自分の足で元の地に立ったことを口惜しく思っただろう。兄がしでかしたことを知ったなら、青ざめて涙を流したに違いない。それでも、追跡者の願いは叶った。追跡者が夜の王を討った瞬間に円卓にいた夜渡りの中でただ一人、妹だけは、この夜を巡る運命の外へと解放されたのだ。
しかし、円卓には巫女がいなければならない。そして選ばれたのは、何の因果か、不死の殺し屋、鉄の目だった。なんでこいつが、と集った夜渡りたち全員が思ったが、鉄の目だけはその理由を察した。その理由は単純明快、追跡者と寝たことがあったから、それ以外に思いつかなかった。下世話なことに、この世界の理というのは、そういった繋がりを深い縁として判定するらしい。明らかな裏切りを仕出かした男でも、巫女になったなら排除する訳にもいかなかった。彼がいなければ、円卓そのものが維持出来ない。
追跡者の記憶だけを基に再構築された円卓は、ところどころに綻びがあり、非常に不安定なものだった。それをみんなで修繕し、執行者が探してきた黄金樹の種子で消えかけた祝福の光を補強して、やっとのことで出撃出来るようになったものの、戦果は芳しく無かった。かつて集めた遺物は散り散りになり、現れる夜の王たちも異様な強さになっていた。理を捻じ曲げるほどの祈りは、その分の代償をもたらしたらしい。
やっとのことで夜の王の元へ――追跡者だった男の元へたどり着いたものの、彼は夜渡りたちのことを何も覚えていなかった。それも仕方のないことだと予想はしていたし、それでも介錯はしてやらねばならない。しかし、かつての夜の王の力に追跡者の力が加わったことで、その強さはさらに増していた。夜渡りたちが何度挑んでも彼には勝てなかった。声は届かなくても、何も覚えていなくても、かつての仲間たちの能力を、彼は良く知っているようだった。
何度目かの出撃を終えた夜渡りたちに、巫女としての役割を担わされていた鉄の目が言った。自分なら、あいつの心を揺さぶれるかも知れない、と。反対もあったが、自分を強く意識させるには一人で行った方が良いと固辞する鉄の目を、皆が渋々送り出した。果たして、鉄の目の思惑通りに、王は少しばかり記憶を取り戻したようだった。しかし、次に会う時まで覚えていられるかどうかはわからない。それでも、僅かばかりの希望は見えた。彼が願いが叶ったことを知れば、何かが変わるかも知れない。
もちろん、真実は違う。鉄の目は嘘をついた。妹が再び巫女となり、追跡者の願いは叶わなかったのだ、と。彼は妹を生かし続けるために、必死で生き延びようと、かつての仲間たちをより容赦なく叩きのめすだろう。
妹が助かったと知ったなら、彼は自身の死を望むはずだ。夜の王になるのは手段に過ぎず、妹が生きているなら自分の生き死にはどうだっていい、追跡者はそういう男だ。鉄の目が巫女になったことで円卓の崩壊を躊躇するかというと、答えは否。少なくとも鉄の目はそう思って嘘をついた。
きっと、これからの戦いは、より苛烈になるだろう。出撃の準備を始めた夜渡りたちの背を見つめながら、鉄の目は自身の企みが上手く行き過ぎていることに、ニタリと口元を歪めるのだった。
それからまた、長い時間が流れた。夜渡りたちは何故かより容赦がなくなった夜の王に幾度となく返り討ちにあい、遺物集めに奔走したり、訓練場で鍛えたりしながら時を過ごした。鉄の目も彼らと共に出撃するようになったが、夜の王との戦いの際、鉄の目ばかりが執拗に狙われていることを、夜渡りたちは不審に思い始めていた。
「お前さん、余程あいつに嫌われてるのか? いや、その逆か」
「さあな。まったく、可愛げのないやつだよ」
出撃から帰った無頼漢と鉄の目は、反省会を兼ねて酒を酌み交わそうと暖炉前の卓についた。ここは追跡者も良く訪れていたから、比較的再現度の高い場所の一つだった。ここで追跡者はよくパンを捏ねていて、それを仲間たちに振る舞っていた。自分が食べる姿は、誰にも見せなかったけれど。
夜の王に成り代わるという選択をした追跡者が、あの兜の下、どんな顔で、何を思ってこの円卓で過ごしていたのか、それを思うと無頼漢はもどかしかった。夜渡りの仲間たちのことを何かと気にかけて見ていたつもりだったが、彼が最後まで兜を外して見せることは無かったし、その理由を話してくれることも無かった。妹だってそうだ。あれが兄だと口にしたこともなかったし、円卓と運命を共にする定めだということを打ち明けてもくれなかった。
追跡者とレディ、不器用で頑固な双子を失った円卓は、何か大きなものが欠けてしまって、どこかもの寂しい。
きつい蒸留酒を煽り、酒臭い息を吐きながら、無頼漢はゆっくりとワインを飲む鉄の目を見つめた。こいつもまた、隠し事をしている。以前も、今も。
「……なあ、あんた、嘘をついただろう」
「何のことだ」
「とぼけるなよ。嘘だけじゃない、隠し事もしてる。どうだ?」
「……」
この男は、大体のことは見て見ぬふりをしてくれる。いざという時には手を差し伸べてはくれるものの、過度な介入はしない男だ。だが、いよいよ誤魔化せなくなったということだろう。鉄の目はことりとグラスを置き、小さくため息を吐いた。
「……付き合わせたのは悪かった。だが、この世界の夜を終わらせる。それだけは約束する。だから、もう少しだけ見逃してくれないか」
そうぽつぽつと話す鉄の目の視線は、いつもの冷たく不遜なものではない、真摯なものだった。その言葉にきっと嘘はないのだろう。ならば、ちくりと釘を刺すくらいで勘弁してやろう、無頼漢はそういうことにして、ワインの瓶を手に取った。
「あんたの趣味は理解出来なくもない。だが、誰もが賛同出来るもんじゃない。忘れるなよ」
「わかってるさ、それくらいは」
ならいいがな、無頼漢はそう言って、まだ半分も残ったグラスにワインを波々と注いだ。明らかに注ぎ過ぎである。
「おい……」
「たまには良いだろう、大酔いしても」
「酔わせて吐かせようって腹じゃないだろうな」
「お前さんはそういう迂闊な男じゃないだろう」
褒められているのかどうなのか。どちらにせよ、酔い過ぎないように気を張っていたのはバレていたという訳だ。鉄の目は両手を挙げて観念すると、ずしりと重くなったワイングラスを手に取った。無頼漢もまた自身のグラスに酒を注ぎ、がちりと杯を合わせた。卓の上には碌なつまみもなく、殺風景なものだった。誰かしらが料理をして、それをみんなで分け合って食べる、そんな時間が随分と昔のように感じられる。あの頃も相応に苦労があったけれど、それでも笑顔があった。今は、誰も彼もが殺気立って、笑う余裕を皆が忘れてしまったようだった。それも無理のないことで、すぐにどうにか出来ることでもない。
ほろ酔い加減の無頼漢は、空になったグラスに酒を注ぎながら、鉄の目に尋ねた。
「なあ……」
「ん?」
「巫女は円卓と運命を共にする……だとしたら、お前さんは」
「……」
その質問の意図がわからない鉄の目ではなかった。以前の円卓の理ならば、円卓が消える時、巫女もまた消える定めにある。夜の王を斃し、円卓を終わらせるということは、鉄の目にとっては自分が消えることと同じことだ。前の円卓で鉄の目がしたことを、皆忘れてはいない。ここの終わりを考えた時、鉄の目の動向を警戒するのは当然だった。
無頼漢は優しい男だし、戦いに身を置き続けたい鉄の目の気持ちにも一定の理解はある。だから警戒というよりは、純粋な心配に近い気持ちで尋ねてくれたのだろう。鉄の目は身勝手ではあるが、人の好意を理解出来ないほど無神経な男ではなかった。鉄の目はやっと半分ほどに減ったワイングラスを傾けながら答えた。
「この円卓は作り変えられた。前の円卓と同じ定めになるかはわからないだろう?」
「……そうかもしれねえが、お前さんにしちゃあ、楽観的すぎやしないか」
「そうかもな」
しかし、あのお人好しの追跡者が、妹を縛り付けていた理と同じものをこの円卓に引き継いだとは鉄の目には思えなかった。あれも身勝手な男だったが、自分よりは良心があったから。
鉄の目は卓にグラスを置いて、古ぼけた椅子に背を預けた。ギシリとあやしい音がして、思わずふっと笑みが溢れる。いつか、追跡者に突き飛ばされて木箱に激突した時のことを思い出したのだ。
「もう一度……もう一度だけ、あいつと二人きりで話をさせてくれ。そうしたら、腹をくくるよ」
そう話す鉄の目の肩をぽんと叩いて、無頼漢はワイン瓶を手に取った。もう勘弁してくれと思いつつ、再び自分のグラスにワインが波々と注がれていくのを止めなかったのは、あえて自分の言葉に騙されてくれたことへの感謝の証のつもりだった。
話だけで済むはずがない。前のように首を刎ねられるならまだいい方で、今度はもっと酷いことになるだろう。いくら不死の体といえ、ダメージが大きければその分再生には時間がかかる。面倒をかけることになるが、少なくとも無頼漢は見逃してくれるということだ。
だいぶ鈍くなった頭で、鉄の目は重いグラスを手に取った。血のように赤いワインを、溢れるのも構わずどくどくと喉の奥へと流し込む。
「ふ……ふふ……」
「なんだ、お前さん、笑い上戸だったのか」
「どうだかな……」
無頼漢の軽口をはぐらかして、鉄の目はもう一口、ワインを飲み下した。
楽しい時間には終わりが来る。だから、次の楽しみを見つけなければ。だが今は、とびきり楽しくなるはずの夜の王との逢瀬に期待して、どこまでも酔ってしまうことにした。
あいつはきっと、俺の顔など見たくはないだろう。でも、こちらは違う。お前の醜い本性を、もっと見たくて仕方がない。その時は、きっと……。
ぐらりと頭が揺れ、無頼漢の声が遠くに聞こえた。やれやれ、そう呆れた声を最後に、鉄の目の意識は途絶えた。無頼漢の太い腕に抱えられながら運ばれた寝台は、なんとも愉快なことに、追跡者と鉄の目が何度も隠れて抱き合った、あの寝台だった。
つづき
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