あかまる
2025-12-04 11:28:09
3160文字
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八尺ぷに(R15ホラー)

やわらか惑星直列に間に合わなかったやつ。主ちゃん出ます。

 その田舎町でガチョウを見たのは覚えている。一人で草がボーボー生える池の近くを行くと、白くて大きなガチョウが何羽もいた。アヒルと違って身体が大きく全然可愛くないし、妹に見せたら怯えるかもしれないな。その途端、何かから逃げるように、大きく羽を広げて一斉に飛び立っていった。
 急に何かと思えば、背の高い草を押しのけて大型犬サイズの白いものが現れた。顔の書いてあるごみ袋? 不思議に思っていると、それは確かにオレを見て瞬きをした。ギョッとして無意識のうちに足が下がる。踏みしめた草がガサリと音を立てた。

「ぷぷぷ?」
 数秒の見つめ合いの内、先に行動を見せたのはその生き物だ。不思議な声で鳴いて、頭をかしげている。頭の上の雲がゆらりと揺れていた。
 口の中に牙が見えなかったこともあり、オレは興味を引かれてそいつにゆっくり近づいた。頭に手を伸ばしても逃げたりしない。白い肌に触ってみるとスベスベしている。押すとどこまでも指が沈むが、弾力があり離すとすぐに戻る。頭の上の雲は綿のようだった。
 
 触られることが気持ちよいのだろうか。表情がだんだんニコニコとしたものに変わり、「ぷぷぷ」という鳴き声もどんどん高くなっていった。オレも楽しくなって両手でワシワシと撫でさすった。そいつは興奮したのかピョンと跳ねて、飛びかかってきた。その勢いに負けてその場に尻もちをつく。
 しっぽのように触覚の雲を振り回し、オレにぐりぐりと身体を押し付けてくる様子はまるで甘える犬のようで可愛らしい。股に身体を突っ込んでグリグリと押されるとくすぐったくて笑い声が漏れた。

「兄さーん! 迎えに来たよー」
 遠くから妹の声が聞こえる。笑顔だったそいつはすっと真顔に戻り、声の方に顔を向けた。あんなに揺れていた頭の雲がピタリと止まる。オレは妹を大声で呼ぶ。きっと妹もこいつを気に入るはずだ。
「オレはここだ! 池の傍にいる!」
「兄さん探したよ。こんなとこ……ひゃあ!」
「すごいだろ? これ生きてるんだぜ。お前も、あっ」

 さっきまでオレの身体にのしかかっていたアイツは、来た時と同じようにピョンとあっさり帰って行ってしまった。しまった。大きな声に驚いたんだろうか。
「兄さん……今のなに?」
「わからない。初めて見る生き物だった。犬みたいな性格だったけど」
「あんなの見たこと無いよ。なんか変な感じだったけど。」
「そうか? お前にも触らせてやりたかったけど仕方ない。さあ、ばあちゃんの所に帰るか」
「うん……
 まだ曇った顔でチラチラと生き物が消えてった方向を気にする妹の手を取り、オレは帰路についた。帰宅後に検索してみたが、同じような生き物はどこにも見当たらず、子供の頃の不思議な思い出としてすっかり記憶の底に押し込まれていった。

 
 まさか大人になってそいつに再会するとは思わなかった。

 今は恋人になった元妹と、ドライブ中に見覚えのある田舎道に出た。お互い思い出話に花が咲き、そのまま道端に車を止めて懐かしい道を散策することにしたのだ。車に忘れ物を取ってくると踵を返す彼女に、一緒に行くという申し出は断られてしまった。
 離れていく彼女の後姿を見つめていると、横から「……さん」という声が聞こえた。子供の声? チラリと目をやると、木立の奥で草むらがかすかに揺れている。姿は見えないが奥から「ぷ」「……にい、さ、ん……」「ぷ」「ここ、だ……」という、ぼそぼそとした声が聞こえる。なにかがおかしい。胸に警戒心が沸き起こる。

「兄さーん! 迎えに来たよー」

 心臓が止まるかと思った。聞き間違えるわけがない。あれは小さい頃の彼女の声だ。チラリと車の方へ視線をやると遠くに彼女の後姿が見えた。ほっと息がもれる。あれは彼女ではない。では始末しても問題は無い。腰の銃に手を回すと息を短く吸い込んだ。

「兄さん探したよ」

 彼女の台詞で現れたそれは、幼い頃に見たアイツだった。サイズはすっかり大きくなり、二メートルを遥かに超えていそうだ。

「お前、今のオレより大きくなったのか」
「兄さん」
「あの時に妹の声を覚えたのか? 案外賢い団子だな」
「ぷぷぷ」

 腰の銃から手を放し、艦隊の端末で生体スキャンする。この生き物についての検索結果は見つからない。けれど、ぼよんぼよんという効果音がつきそうなほど、楽しそうに弾んでいる様子に、自然と手が伸びてしまった。記憶にある触り心地だ。
 撫でられたことが嬉しかったのか、昔のように飛びかかってきた。流石にこの質量に潰されては骨の一本や二本折れてしまうかもしれない。引力で制御しようとEvolを使うが、手ごたえが無い。背筋がひやりとした瞬間に、オレの身体は真っ白いもの包み込まれてしまった。

 白い肌は、子供の頃触れた時のようにすべすべしていたが、その質量は比べ物にならない。少し押すとすぐに手が沈むようなやわやわとした密度なのに、巨大すぎて押しのけられない。
 アイツの巨体で頸動脈が押さえつけられて、血液の通りが制限される。呼吸が浅くなる。鼓膜がドクドクと鳴り、頭が上手く働かない。微かに甘い匂いが鼻に届いた。

 のっしりと圧迫される中、オレの頭上で「ぷぷぷ」という楽しげな声が聞こえる。地面に押さえつけられて、背中の草がひんやりとしているのに、押さえつけられているところが暖かい。甘い匂いが肺いっぱいを満たし、骨がミシリと鳴る瞬間に脳がしびれる。柔らかい肉に包まれているような気持ちよさに頭が痺れ始めた。
 脳はすっかり危険信号を送るのをやめて、快楽物質を吐き出し続けている。リラックスしているのに股間は張り詰めて今にも暴発しそうだ。

……なんでこんなに気持ちいいと思ってるんだ?)

 現実と幻覚の境目が消えていく。もうこのまま……そんな思いが頭をよぎった瞬間。――細い手がオレの手に触れて、光が満ちる。

 瞬時に意識が現実へ戻った。共鳴のEvolがオレの引力を強くする。圧迫感が無くなり、”ドン!”と大地が揺れるような衝撃音が響いた。身体を拘束していた白い塊が、弾けるようにオレの身体から離れて行く。解放されたオレは助けに来てくれた手を借りて、その場で身を起こした。

「マヒル、大丈夫だった!?」
「ああ、助かった。お前は?」
「私はなんともないよ。ここを離れた方がいいかも、歩けそ――……

 彼女の心配そうな声が尻すぼみになり、空気の中に消えて行った。不思議に思って彼女の視線を追うと、自分の下腹部に張られたテントで止まった。とっさに彼女の目を手で覆う。何でまだ勃起してるんだという混乱と、彼女以外に反応したところを見られてしまった焦りで変な汗が流れる。無言だったのはほんの数秒だった。

「あー……歩けそう?」
……ゆっくりなら。車まで、なんとか」
「そう……。アレが戻ってくるかもしれないから早く離れよう。……その、無理のない速度で」
……そうしよう」

 オレはすっくと立ち上がり、彼女の手を引いてぎこちない歩き方で車に向かう。いつもはオレが彼女のスピードに合わせるが、今日は彼女が合わせてくれているのに気付いて、羞恥で顔から火が出そうだ。あの生き物はここを離れられないのだろう。二度とここに来なければ同じ問題は起こらない。それと――

 まだ混乱する頭の中で、オレは彼女の細い指をもう一度キュッと握りしめる。これからもっと食事を食べさせた方がいいかもしれない。彼女は細すぎる。彼女に肉が付けばあの幸福感をもう一度味わえるかもしれない。すぐ痩せてしまいがちな彼女の健康のためにもそれが最善だろう。そんな危険で身勝手な考えが頭を占めていた。